絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

03.階段と走り下りてくる女

 廊下を半分ほど通り過ぎた。階段が見えて来たからか、背筋に緊張が奔る。前を歩いていた紫門が愉快そうな嗤い声を溢した。


「ふふ、無意識もカウントする十三階段、か。殺意の高さに震えが止まらないよ……っ!」
「貴様それは嬉しそうに言う事か? 危機感を持て」
「うーん、君に心配されても、全くこう……出て来ないよね。感情が」
「誰が、いつ! 変質者の心配をしたッ!?」
「その蔑むような目、とってもグレイトだね! こう、君って目の形が綺麗に切れ長だからね。睨み付けられるとそれだけで興奮するよね」
「ヒッ……」


 先頭組は元気一杯の模様。怪談より恐ろしい会話の内容は聞かなかった事にし、南雲はスマホを取り出した。黙々と歩いているミソギは顔色こそ悪いものの、当初感じていた気怠さが少しだけ無くなったように感じる。


 それを尻目に、アプリを起動しルームに入った。ご無沙汰していたが、ルームは活発に活動を続けているらしく、落ちてはいない。そこに素早く現状と『十三階段』についての情報を投下した。


『白札:十三階段? ありがちだけど、思い込み系は……ねぇ?』
『白札:確かに。こういうのって13段あった、って思い込むだけで発動するし。全員で行くとか正気かよ』
『白札:13時間後に効果が発動するんでしょ? それまでに霊障センターに駆け込めれば勝ちだわ。つか、七不思議なら範囲は学校内だけかもしれないけど』
『赤札:いや、今4人しか人数いなくてさ。2対2に分かれても、怖がりがどっちかに一人付かなきゃいけないのが逆に危険だって』
『白札:え? 半狂乱になって騒ぐ奴が2人もいるって認識でOK? そりゃ、分かれるの躊躇うわ』
『白札:爆笑だわ。半分が死ぬ程ビビリって。アホみたいな編成に目を疑うわ』
『白札:まあ、あれだな! 13時間以内にその怪異をブチ転がせば勝ちだろ! 楽勝楽勝!』
『白札:脳筋白札さんチーッス』


「おい、いつまでスマホを弄っている。着いたぞ」
「え? あ、すんません」


 ふと気付けばいつの間にか例の階段は目前に迫っていた。慌ててスマートフォンをポケットに仕舞う。


「取り敢えず、自分の中で数えながら下りてみようか。全員で数えて下りると、全員13段になった時に困りそうだ」
「当然だな。おい、数はちゃんと数えろよ」


 ぎろり、と効果音が付きそうな勢いでトキに睨まれる。分かったという意を込めて両手を挙げたが、それが伝わったかは定かではない。


「アカリちゃん、君はどうする? 数えてみるかい?」
「ううん、数えない」
「そうだよね」


 紫門がクツクツと笑いながら、躊躇い無く一歩足を踏み出した。自然に階段を下りて行くが、頭の中では恐らく段数を数えているのだろう。
 トキがスタスタとその後に続き、陰鬱な表情のミソギもその後を追った。
 慌てて南雲もそれに続く。


 ――1、2、3……7段目を数えたところで、不意に頭上から形容し難い音のような声のようなものが聞こえてきた。
 恐怖に敏感な南雲と、そして1歩前を歩いていたミソギの足が自然と止まる。
 トキが振り返った。


「どうした?」
「や、今何か音が――」


 ――ぅううぁあああぁぁぁぅうううううううあああああ……。
 低い呻り声にも似た、獣とも人ともつかない声。気持ち女声に聞こえなくもないそれに、ほぼ反射的に上を見た。
 階段はカクカクとうねるように下へ続いているが、その隙間。
 血走った両の目が、射貫くようにこちらを見ている。


「ぎゃああああ!? ヤッベェ、マジでいんじゃんんんん!!」
「ひっ……! 走って来てる、走って来てるってッ!」


 本能的な恐怖を掻き立てる、凄まじく速い足音。すぐに我を失い、南雲は駆けだした。ミソギも同じく飛ぶようにして階段を駆け下りて行ったので、階段の中程で立ち止まっていたトキと紫門を追い越し走る。
 直ぐに1階へたどり着いた南雲は遮二無二走り出し、とにかく廊下が延びている方へと駆けた。自分がどこへ向かって走っているのかも分からないが、背後からは軽快な足音が聞こえる。
 誰か着いてきている――


「おい! 待て、止まれッ!!」
「はっ!?」


 それがトキの声であると気付いた南雲は緩やかに減速した。頭が冷静になるにつれ、先程までの木造建築から硬い感触の床に変わっている事に気付く。即ち、いつの間にか別棟を離れてしまったようだ。
 そういえば、途中まで前を走っていたミソギの姿が見当たらない。そして、自分を追って来ているのはトキのみだ。


「……あれ? ここどこだ?」
「どこだ? じゃないッ! 貴様のせいでミソギとはぐれたぞ、どうしてくれるんだ!!」
「ま、まあまあ、落ち着いてって。先輩は見当たらないけど、紫門さんもいねぇじゃん。あの人が先輩の事を追って行ったかもしれないだろ」
「かもしれない、では済まないぞ!?」


 ――珍しい。ここまで欠片も恐怖を滲ませた事の無い冷たい顔に、狼狽の色が浮かんでいる。


「大丈夫だって! あの人、俺より全然強いし! いいから、来た道を戻って先輩を捜しに行こうぜ、怒鳴ってないで」
「誰のせいだと――」
「あっ! そういえば、階段。何段あった? 俺、途中で数えるの忘れちゃったんだけどさ」


 舌打ちを漏らしたトキはしかし、予想に反してボソッと一言だけ階段の成果を述べた。


「――あったぞ、13段」



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