絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

02.共感性

 それなんだけど、とアカリが不穏な気配に怯えた様な顔をしながらもおずおずと口を開いた。


「本当に怖いなら……その、着いて来ない方が良いと思うの」
「は? まさか、貴様――」
「はい、ストップ。訳を聞こうか。現状、君は校内の七不思議を唯一知っている訳だからね。何か変な噂でもあるのかな?」


 元々からアカリの事を信用していないらしいトキが噛み付こうとしたのを、紫門が押し留める。浮遊霊の少女は困ったように肩を竦めた。


「あの、あの階段は上から女が追い掛けてくる、みたいな噂もあるよ。それに、無意識で段数を数えていても駄目らしい……」
「成る程ね。君の語った七不思議を聞いた時点で、数えたくなくともついうっかり段数を数えてしまう事になりかねないと。どうしようかな、単独行動は出来ないんだけど」


 意味ありげな紫門の視線は自分とミソギに注がれている。
 そうだろうな、とトキが舌打ちした。


「2対2に分かれるとして、ミソギと南雲は一緒に出来ない。であれば、結局はどちらかが階段へ行かなければならなくなる」
「ボクは分かれて探索しない方が良いと思うんだよね。何でかっていうと、階段は13段を数えたとしても、即死制のルールが敷かれている訳じゃ無い。13時間後に何か起きるって話だっただろう? 13時間も学校にいる気は無いからね。13段あったところで、ボク達に被害は無い」
「加えて、こいつ等は階段で何かに追われればいきなり走り出しかねない。固まっていた方が安全だと考えるべきだろうな」


 分かった、と最早投げやりにミソギがそう言う。自分の意見が通らなかったとヘソを曲げていると言うより、そんなことはいちいち言われなくても分かっているという反抗期じみた態度だ。


「みんなで行くって事で良いんでしょ。いいよ、別に筋道立てて説明してくれなくたって。どうあっても行かなきゃいけない訳だし。大体、別に最初から『絶対に行きたくない』って言ってた訳じゃ無いじゃん」
「いや、悪いねミソギちゃん。人数がもう少しいれば考えたのだけれど」
「いいえ、気にしていませんよ。すいませんね、要らない意見を言って。南雲も、悪かったよ。怒鳴られ損だったね」
「あ、いや。俺もテキトーな事言って、すんません」


 これは自暴自棄にも似た態度なのかもしれない。先程までは恐怖に怯える感情を見せていたのに、途端に何もかもどうでも良くなったと言わんばかりの変わりよう。彼女にとっては怪異の恐怖より、別の何かの方が気掛かりなのかもしれない。
 時折発せられる彼女の刺々しい言葉は、もの悲しく感じる事がある。今この場には無い要因で混乱し、悲しみ、結果として周囲に八つ当たりしているような。声なき悲鳴のような響きだ。


 ――共感、してしまう。
 出会って1時間くらいしか経ってはいないが、怒りより悲しみの感情の方に共感してしまう自分がいる。漫画なんか読んでいてもすぐに号泣するタイプであると自負しているので、生の人間の感情には流されやすいのだ。


「先輩、動物とか飼ってます?」
「え、何で急に……。飼ってないよ、独り暮らしだもん。家にほとんどいないのに、動物なんて飼えないよ。いつ私が帰れなくなるかも分からないし」
「や、そんな重い感じに受け取らなくていいんすけど。なら、ここから無事出られたら猫カフェとか行きません? 多分、先輩には癒しが必要なんすよ。動物はいいっすよ。俺、同級生の割と深刻な悩みとか聞いてあげる時によく行くんですよね」
「……何だか君を見てると犬とか飼いたくなってくるなあ」
「あ、もしかして犬派っすか? えー、犬カフェって無いんですよね」
「いや、猫派だったんだけど。何でだろうね。やっぱり君を見ていると、猫より犬を飼ってみたくなるよ」


 猫派なら猫カフェ、と思ったがペットショップに連れて行った方が好評かもしれない。いや、そもそも動物を飼う気は無いだろうが。


「ああうん、犬って共感性の強い生き物ですからね。今は犬より猫の方が、良いのかもしれないっす」
「共感性?」
「そ。犬に限らず、動物って喋れないじゃないすか。だからか知らないけど、人の気持ちに人間以上に敏感だったりするんすよね。落ち込んでたら寄り添ってくれたり、物言わぬ動物だからこそ、って感じ。やっぱり動物の感性には人間は辿り着けねぇんだなって思います、いつも」
「会話が出来る事が、まるで悪い事みたいに言うね」
「や、俺はよく喋るし会話とか好きなんすけどね。でも、言葉が要らない――むしろ、言葉を使わない方が良い場面なんてよくある事っすから」


 今までの会話を反芻するかのようにミソギが黙り込んだ。黙って彼女の思考が終わるのを待つ。ややあって、情緒がかなり不安定な先輩はこう漏らした。


「ちょっと最近、色々あって何だか安定しなかったし、今も君の話を上手く分解出来ないんだよね」
「……はい」
「何を考えている時にも、ずっと罪悪感がチラついて上手く思考が纏まらない。さっきも酷い事を言ったような気がするし、そうじゃなかった気もする。だけどさ、南雲、君って犬みたいにコミュニケーション上手だよね。そういう所、本当に尊敬するよ。凄いよ、君。私うっかり要らない事を言いそうになったもん、今」
「要らない事? まあ、聞きはしませんけど、俺、こう見えて相談とか乗るの得意なんで。言いにくい話でしたら聞きますよ。今日も散々助けて貰った訳だし」
「……そうだね。南雲と話をしていたら、何だか持ち直しそうな気がする」
「あのー、先に言っておきますけど、俺に解決を求めないでくださいよ? 俺に出来るのは、あくまで現状の改善であって解決ではないですから」


 物事の解決、それは自分には出来ない。所詮は高校生くらいまでの人生しか生きていない身だ。そういうのは年長者に相談するか、あるいは揺るぎない正論を振り翳せる当事者と相談しなければならない。
 期待値の重さに怯んだものの、ミソギは真意の掴めない笑みを浮かべるのみだった。



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