絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

09.日記『質問おばさん』

 いつもいつでも叫んでいるとはいえ、何も無い所でいきなり絶叫したからか、皆の視線を一身に集めてしまった。


「おい、急にどうした……ストレスか?」


 その奇行たるや、あのトキが顔を引き攣らせて思わず気遣うような言葉をポロッと吐き出すレベル。気まずさ全開でミソギは肩を竦めた。


「い、いや今私の後ろに何かいなかった?」
「いなかったと思うが……」


 自分の正面に陣取っている十束は首を傾げている。そうしたいのはこちらだ。しかし、このままでは頭の可笑しい女と周囲に認識されてしまうので、必死に弁解する。訳があって叫んだという旨を。


「今さ、多分『不幸女』? の声が後ろから聞こえてきて……ホントなんだって! 嘘でも幻聴でも無くて!!」
「あーあー、分かった分かった。おっさんはミソギちゃんの事を信じるぞー。だから次の日記も読んでいいかな?」
「読んで良いですけど、とにかく私、何にも無いのに叫んだ訳じゃないんですって!」


 誰一人信じてくれていなさそうだが、話が進まないので仕方なく言葉を呑み込む。日頃の行いのせいか、或いはあまりにも怖がっていたからか。皆が皆生易しい視線を向けてきた。だから、本当に何も無い場所で叫んだ訳じゃないんだって。


 読むぞ、とそう言って再び相楽が切れ端を読み上げる。


『豚が今度は中年の女性を連れてきた。こんなものが素材になるとは思えなかったが、よく見てみると瞳だけは綺麗な女性だ。ハーフなのだろうか、青い眼。外見は老いていて、少女のような瑞々しさが無いので使えないが、この目玉は別のパーツとして使えそうだ。
 しかしこの女、本当にうるさい。先程までは眠っていたのでそうでもなかったが、いちいち面倒臭い事を質問してきて、答えようが答えまいがとにかくうるさい。
 早い所絞めてしまった方が良いだろう。耳が痛くなってくる。


追記
 入手した眼球は、彼女に使う事にした。余ったガラスの眼球はあの中年女性にあげたが、気に入って貰えただろうか。今では確かめる術は無いが』


「ああ! 『質問おばさん』だな! しかし、実に狂気が滲む文面だ」


 明らかに狂人の日記を読まされているというのに、十束は元気だった。彼はものを楽観視する癖があるので、当然と言えば当然の反応だが。


「ここまで、全て三怪異にまつわる日記だったな。つってもまあ、これ読んだだけで『キョウカさん』が如何にヤバイ存在だったのかは想像に難くないが」
「追記の『彼女』って誰の事でしょうねっ! きっと重要人物ですよ!」
「残りの1枚が階段の事を指してんのか、『キョウカさん』の事を指してんのかで話は変わって来るだろな……。というか、ここまで都合が良すぎる。やっぱり人為的に創られた怪異なのか?」


 まさか、とトキが吐き捨てるように言う。


「怪異を恐れる人間が、怪異を生み出す事こそあれど自ら作り出す事は無いでしょう。そんなものは人間業じゃない」
「おっさんもそう信じたいんだけどねえ。ま、特殊ケースだから次の大会議の時にでも挙げてみるわ。つか、これを議題に会議開けるぞ。たぶん」


 ――と、不意に地下から破壊音が響いて来た。何か重たいものが盛大に横倒しになったような、そんな音だ。開けた開き戸から聞こえて来たのだろう。
 険しい表情を浮かべた相楽がそちらへ足を向ける。


「やべ、忘れてたけど、鵜久森達に何かあったんじゃねぇだろうな……」
「急いで向かいましょう、相楽さん!」
「行くぞ」


 十束とトキが全く同時に駆けだして、そして階段の前で衝突した。相性は悪いが、息はピッタリなのだ。目の前で起きた嵐の前兆に小さく悲鳴を上げたミソギは同期2人から距離を取る。取っ組み合いの喧嘩不可避だ。
 案の定、青筋を浮かべたトキが抗議の声を上げようとする。
 しかし、それは相楽によって遮られた。


「とつっ――」
「はいはいっと、おじさんが先に下りますよっと。早く来いよお前等」
「お先に行きますねっ!」


 顔を付き合わせて今まさに開戦の火蓋が斬って落とされようとしていたその間を、相楽が抜けて行った。果敢にもその後にミコが続く。
 毒気を抜かれたのか、トキの怒鳴り声が響き渡る事は無かった。


 地下は思っていた以上に埃っぽい。そして、かなり暗い。光源と呼べるものが一切無かった。ミソギはポケットからスマホを取り出し、ライトアプリを起動した。少しばかり周囲が明るくなる。
 明かりに引き寄せられる虫のように、一歩前を歩いていたトキがふらりと寄って来た。


「おい、私の足下も照らせ。よく見えん」
「トキ……。スマホ持ってないの? アプリ入れてあげようか?」
「馬鹿め。全員の手が塞がっていれば、何かあった時に対応出来ないだろう。お前は叫べば良いだろうが」
「確かに。じゃあ、私が足下を照らすから、何かあった時はよろしく」
「だから、さっきからそう言っている」


 ゆっくりと相楽――ではなく、ミコが持っている懐中電灯の光を追う。
 ――ぁぁぁぁぁん!
 不意にそんな声が聞こえた。ぐずぐずと何かが泣き言を言っているような、心が不安定になる、焦燥に駆られるような声だ。


「え、え? と、トキ……今化け物みたいな声が聞こえなかった?」
「南雲の声だな」
「えっ」
「あの馬鹿、床を踏み抜いて地下に落ちた挙げ句、今度は泣き喚いているのか……! 躾けし直す!!」
「は? ちょっ、まっ――」


 南雲の声をうっかり化け物と言ってしまった事や、トキは何故あの声を南雲と判別出来たのか、その他諸々心に引っ掛かる事は色々あったが、それらは全てトキが急に駆けだして行った事で一時的に頭の中から消えた。



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