絶叫除霊師ミソギ

ねんねこ

06.怪異『豚男』

 ぐったりした調子で、しかしどこか気楽そうに南雲は話を続ける。


「昨日、ミソギ先輩は見てたみたいっすけど、アプリで連絡したじゃないすか。俺、白札の山背って奴を助けに行ってたんです。何つってたかな、最近流行の怪異――そうだ、『豚男』とかいうのに襲われたらしくて」
「エグそうな響きだよね、豚男って」
「そーなんすよ! 実際、かなりグロかったっす。俺、一度は山背さん、助けたんですよ? でも――」


 要領を得ない南雲の話を噛み砕くとこうだ。
 昨日の2時頃、救援依頼のルームに則り、白札の山背という除霊師の救援に行った。山背はすでに怪異『豚男』から目を着けられ、標的にされていたらしく逃げても逃げても『豚男』と遭遇する事になってしまう。
 集中力が切れてきたところで山背が失踪。気付いたら隣にいなかったらしい。すぐに山背を捜したが見つからず。途方に暮れた南雲は、ミソギ達に相談という名目の助けを請うたという訳だ。


 トキが眉根を寄せて腕を組む。怒っているように見えるが、これは何事かを考えている時の表情だ。


「気になる所が幾つかあるな。南雲、今はお前が『豚男』の標的にされているのか?」
「そっすね。昨日――っていうか、時間的にはもう今日だったんだけど、午前2時、つったら人いないじゃないすか。でも、今の時間帯は違う。人が多い。だから俺、まだ無事なんだと思います」
「人目を憚るのか、その怪異は」
「どうっすかね……。何度かチラッとは見掛けたんすよ。もしかしたら、霊感の無い人間は自分の異界に取り込めないのかもしれないっす」


 異界。怪異の類が、標的を呪い殺す為に展開する、現実によく似たしかし異なる世界の事だ。『きさらぎ駅』なんかと似ていると言えるだろう。下手に霊感がある、もしくは怪異の力が強いと一般人でも引き込まれてしまう事がある。
 どちらかと言えば、異界は除霊師の天敵であると言えるだろう。下手に霊感を持ち、そして専門的な知識は僅かにしか持たない。


 そこで不意に疑問が脳を掠めた。


「あれっ、山背さんはどうなったの? 行方不明?」
「や、朝見たら死亡者リストに名前載ってたっす。けど、遺体がどこかに消えちゃったみたいで……」
「殺されてるのに、その遺体が持ち去られたの? えーと、ちなみに死因は?」
「撲殺。鈍器で殴り殺された感じですね。でも、俺は直接見た訳じゃないんで何とも言えませんけど」


 人に直接的に害を及ぼせる怪異は稀だ。というか、すでにかなりの力を持っていると言ってもいい。撲殺死体として挙がっている山背、それ即ち『豚男』は現実世界に影響を及ぼす力を持っているという事だ。


 ゾッとする事実に気付いてしまい、息を呑む。ホラー的な恐怖ではなく、どこか人為的な匂いのする怪異。もしかすると実在した人間がモデルなのかもしれないという生々しさがある。


 意味が分からん、とこの場に居る皆が思っている事をトキが口にした。


「人間の死体を持ち帰って、『豚男』に何の利がある?」
「それについては『豚男』の性質じゃないすかね。カニバリズム系の怪談持ってるし」
「順番が前後したな。怪談の概要を話せ。怪異の弱点は怪談の中にある」
「うーん、とはいっても俺もザックリしか知らないんすよ」


 ***


 ――怪異、豚男。


 逢魔が時、薄暗く、正面からやって来る他人の顔もよく見えないような、どこか不安を駆り立てる時間帯だ。
 今年、大学に入ったばかりの男は帰路を足早に帰っていた。最近、この辺りでは不審者をよく見掛けるらしい。「男のくせに、そんなものに怯えるな!」、と祖父は言ったが、不審者の話は子供の頃からずっと苦手だった。


 何せ、自分の顔は少しばかり中性的で、遠くから見ると女性のようにも見えると評判だ。それに、大学生だからと言って力が強いわけでもなく、運動は苦手。不審者に勘違いでも襲われた際、まともな抵抗が出来るとは思えなかった。


「あれ……?」


 人気のない住宅街に差し掛かった時だった。前方からゆっくりと歩いて来る人影。逆光でよく見えなかったが、随分と肥え太っている。
 否、肥え太っているなんていう表現は最早生温い。
 それは球体に手足が生えているかのような、まるでボールのようにも見えるあり得ない体形だった。その巨体を、どうやって2本の足で支えているのかも分からない。


 その異形を暫く茫然と見つめていたが、その男はどうやらトンカチを持っているらしかった。
 ――コイツが巷で噂の不審者ではないのか。
 一瞬だけ視線を外し、恐怖と僅かな正義感からスマートフォンを取り出す。警察に通報した方が良いと考えたのだ。


 しかし、目を離したのは良く無かった。気付けば、先程まで結構な距離があったように見えた男との距離は僅か数メートルにまで縮まっている。


 獣の体臭。それがむわっと鼻孔を突く。
 その理由にはすぐ思い至った。トンカチを持った不審者は頭に豚の頭を被っていたのだ。あまりにも異様な光景に言葉を失い、立ち尽くす。


「きれいな顔……食べれば、僕の顔も……」


 言葉を紡ぐように豚の口が開く。次の瞬間、男がトンカチを振り上げた。


 ***


「――って話っすね。ちなみに、大学生は首から下だけが見つかったらしいっす」


 ありがちな、目撃者が死んでいるのに怪談が伝わっているという矛盾には触れてはいけない。それはそういうものなのだ。問題は、どれだけの人に『伝わって』いるかである。



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