アルケミストの恋愛事情
09.気が散る
***
メイヴィスは地下工房にやって来ていた。途中で落ち合ったスポンサーも一緒である。これから、王女様より拝命したクエストをこなさなければならない。
あまりにも胃痛がする展開なので、出来れば時間を掛けずに終えたいが生憎と作業に取り掛かってすらいない為、どの程度で終了するのか目処は立っていない状態だ。胃が焼ききれるのが先か、クエストを終えるのが先か。チキンレース開始の合図が脳内で鳴り響く。
「――メイヴィス」
「あっはい」
アロイスとは違う声で呼ばれて我に返る。見ればスポンサーことジャックはその手に紙片を持っていた。ヘルフリートから回収した例のページである。
「まずはこれをお前に。神魔物、ストマの入ったページだ。使い方を誤れば内容物が闘争する可能性がある。私がいない時には作業は休め」
「分かりました」
恐る恐るページを受け取った。手触りは恐らく紙。ただ、どことなくつるつるしているというか、高級な紙が使われているのは確かだ。
錬金術がある程度普及しているので、紙の素材はそれこそ数え切れない程にある。同じ系列の植物から、またはとある魔物の毛から。コストが掛かるのに品質としては微妙な物、あまりにも現実的ではない製法から弾かれていき、数は減ったり増えたりしているようだ。
「では、何から始めようか。手が必要であれば手伝おう。が、私は錬金術に精通している訳ではないからな。精々荷物運びくらいしか出来ないが」
「あ! いえ、ローブがあるので荷物とかは楽々運べますし大丈夫です。そっちにある椅子に座ってて下さい」
「承知」
稀に見学に来るアロイスがいつも座っている椅子だ――そういえば、結局彼はギルドにいつまでいるのだろうか? そもそも本当に止めるのか? 具合良く収まればここにいるのかもしれないし、よく考えたら詳しい話を全然聞いていない。
少し抜けている所がある人なので、決まりの無い時間事には結構ルーズだ。その内帰る、という言葉はあまりにも信用が出来ない。アロイスは恐らく師匠と類似したタイプだろう。
であれば帰ってくる期間を決めさせれば、いずれはギルドへ戻ってくるかも知れない。何せ、約束しているのだから。時間はゆったりな人ではあるが、約束をすっぽかす事は無かったはず。
――そういえば、スポンサー様って妻子持ちだったよね?
今日は娘であるイアンの姿もなければ、スポンサーご友人の姿も無い。完全に別行動のようだし、何ならメイヴィスは奥方の顔も見た事が無かった。
結構彷徨いているのを見るし、奥さんを放っておく感じなのだろうか? 娘のイアンは連れ回しているようなのに。
「――何か疑問でも?」
手を止めてまじまじとジャックを見ていたせいで、緩く笑みを浮かべた殺人的な美しさを持つ容を向けられてしまった。一瞬だけ息が詰まったものの、気になった事は解明したいので勢いのままに不躾な質問をする。
「あの、失礼な事なのでお答え頂かなくて結構なんですけど……。その、今回、イアンちゃんは一緒じゃないんですね?」
「イアンか。今回は事が大きいので妻に預けてきた」
「奥さんの所に帰らなくて良いんですか? いや、私の手際が悪いからお付き合いさせちゃってるんですけど……」
「出来れば早急に戻りたいが、長丁場になる事は話してきた。何か問題があれば連絡を寄越すだろうし、まあ、イアンも一緒にいる。問題は無い」
「な、なるほど?」
魔法力に長けたイアンが一緒なら大丈夫、なのかどうかは判断に困るがジャック自身はあまり心配ではないらしい。彼もイアンもかなり強そうだし、奥さんも超人の類いなのだろうか。
「でも、なかなか帰らないと奥さんも困っちゃうかもしれないですよね」
「いや、ちょくちょく帰ってはいる。人は短命で脆弱な生き物だ。目を離した隙にどうこうなっていないとも限らないだろう?」
「あ、そうなんだ……」
「その為に転移魔法まで作った。魔力コストが重いのは難点だが、点と点を自在に行き来できる優れものだ」
――あっ、これ割と毎日帰宅しているのかも。
ちょくちょく、とは言ったが数日おきには戻っていそうだと確認してしまった。見た目に似合わず愛妻家らしい。申し訳無いが少しだけ意外に思ってしまった。
などと考え事ばかりしていたからだろうか。取り出した薬品の入ったフラスコを肘で小突いてしまい、盛大にひっくり返す。危険物質の類いでは無くて良かった。
なお、その後も些細なミスを繰り返し、更にはページに入ったストマの脱走を許しそうになった所で、とうとう黙っていたジャックが眉根を寄せて小言を口にした。
「いつもこう、そそっかしいのか? メイヴィス」
問いに対し首を横に振る。そそっかしい所は否定出来ないが、いつもはもっとマシである。
「すいません、ちょっと工房へ来る前に色々あって。今始めたばかりなんですけど、外の空気を吸って来て良いですか? 頭を入れ替えたい……」
「ああ。では、何時間後に再開する?」
「……2時間後で」
頷いたスポンサー様はメイヴィスの手からするりとページを引き取ると、早々に工房を後にした。
メイヴィスは地下工房にやって来ていた。途中で落ち合ったスポンサーも一緒である。これから、王女様より拝命したクエストをこなさなければならない。
あまりにも胃痛がする展開なので、出来れば時間を掛けずに終えたいが生憎と作業に取り掛かってすらいない為、どの程度で終了するのか目処は立っていない状態だ。胃が焼ききれるのが先か、クエストを終えるのが先か。チキンレース開始の合図が脳内で鳴り響く。
「――メイヴィス」
「あっはい」
アロイスとは違う声で呼ばれて我に返る。見ればスポンサーことジャックはその手に紙片を持っていた。ヘルフリートから回収した例のページである。
「まずはこれをお前に。神魔物、ストマの入ったページだ。使い方を誤れば内容物が闘争する可能性がある。私がいない時には作業は休め」
「分かりました」
恐る恐るページを受け取った。手触りは恐らく紙。ただ、どことなくつるつるしているというか、高級な紙が使われているのは確かだ。
錬金術がある程度普及しているので、紙の素材はそれこそ数え切れない程にある。同じ系列の植物から、またはとある魔物の毛から。コストが掛かるのに品質としては微妙な物、あまりにも現実的ではない製法から弾かれていき、数は減ったり増えたりしているようだ。
「では、何から始めようか。手が必要であれば手伝おう。が、私は錬金術に精通している訳ではないからな。精々荷物運びくらいしか出来ないが」
「あ! いえ、ローブがあるので荷物とかは楽々運べますし大丈夫です。そっちにある椅子に座ってて下さい」
「承知」
稀に見学に来るアロイスがいつも座っている椅子だ――そういえば、結局彼はギルドにいつまでいるのだろうか? そもそも本当に止めるのか? 具合良く収まればここにいるのかもしれないし、よく考えたら詳しい話を全然聞いていない。
少し抜けている所がある人なので、決まりの無い時間事には結構ルーズだ。その内帰る、という言葉はあまりにも信用が出来ない。アロイスは恐らく師匠と類似したタイプだろう。
であれば帰ってくる期間を決めさせれば、いずれはギルドへ戻ってくるかも知れない。何せ、約束しているのだから。時間はゆったりな人ではあるが、約束をすっぽかす事は無かったはず。
――そういえば、スポンサー様って妻子持ちだったよね?
今日は娘であるイアンの姿もなければ、スポンサーご友人の姿も無い。完全に別行動のようだし、何ならメイヴィスは奥方の顔も見た事が無かった。
結構彷徨いているのを見るし、奥さんを放っておく感じなのだろうか? 娘のイアンは連れ回しているようなのに。
「――何か疑問でも?」
手を止めてまじまじとジャックを見ていたせいで、緩く笑みを浮かべた殺人的な美しさを持つ容を向けられてしまった。一瞬だけ息が詰まったものの、気になった事は解明したいので勢いのままに不躾な質問をする。
「あの、失礼な事なのでお答え頂かなくて結構なんですけど……。その、今回、イアンちゃんは一緒じゃないんですね?」
「イアンか。今回は事が大きいので妻に預けてきた」
「奥さんの所に帰らなくて良いんですか? いや、私の手際が悪いからお付き合いさせちゃってるんですけど……」
「出来れば早急に戻りたいが、長丁場になる事は話してきた。何か問題があれば連絡を寄越すだろうし、まあ、イアンも一緒にいる。問題は無い」
「な、なるほど?」
魔法力に長けたイアンが一緒なら大丈夫、なのかどうかは判断に困るがジャック自身はあまり心配ではないらしい。彼もイアンもかなり強そうだし、奥さんも超人の類いなのだろうか。
「でも、なかなか帰らないと奥さんも困っちゃうかもしれないですよね」
「いや、ちょくちょく帰ってはいる。人は短命で脆弱な生き物だ。目を離した隙にどうこうなっていないとも限らないだろう?」
「あ、そうなんだ……」
「その為に転移魔法まで作った。魔力コストが重いのは難点だが、点と点を自在に行き来できる優れものだ」
――あっ、これ割と毎日帰宅しているのかも。
ちょくちょく、とは言ったが数日おきには戻っていそうだと確認してしまった。見た目に似合わず愛妻家らしい。申し訳無いが少しだけ意外に思ってしまった。
などと考え事ばかりしていたからだろうか。取り出した薬品の入ったフラスコを肘で小突いてしまい、盛大にひっくり返す。危険物質の類いでは無くて良かった。
なお、その後も些細なミスを繰り返し、更にはページに入ったストマの脱走を許しそうになった所で、とうとう黙っていたジャックが眉根を寄せて小言を口にした。
「いつもこう、そそっかしいのか? メイヴィス」
問いに対し首を横に振る。そそっかしい所は否定出来ないが、いつもはもっとマシである。
「すいません、ちょっと工房へ来る前に色々あって。今始めたばかりなんですけど、外の空気を吸って来て良いですか? 頭を入れ替えたい……」
「ああ。では、何時間後に再開する?」
「……2時間後で」
頷いたスポンサー様はメイヴィスの手からするりとページを引き取ると、早々に工房を後にした。
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