アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

06.依頼の理由

 穏便にお仕事を断る為にはどうすればよいか? そこはそれ、解析など不要だと説得するのが一番効果的だろう。そう考えてみればあまりにも依頼の理由が不明過ぎる。


「――そもそも、どうしてページの解析が必要なんですか? 調査と言っても、何故そんな事をしたいのかも謎ですし……」


 そうね、と王女様は頷いた。優雅で優美な動作ではあるが、それは平民に対し鷹揚な肯定の意を見せたような、ごくごく自然な上位者としての振舞いである。


「貴方の言う通り、わたくしの言葉が足りなかったわ。メイヴィス、貴方への調査依頼はわたくしがしたい事の序盤も序盤、幾つか張り巡らせた策の一つよ」
「は、はあ……」
「わたくしが最終的に至りたい結果としては、兄であるシーザー・グランデの不正を暴き、それを収束させる事。けれど、それをするには障害が幾つもある。それがその神魔物を出し入れ可能なページ」
「……あ」
「貴方は知っているはず。コゼットに蔓延る神魔物が1体や2体ではないという事を。ストマはわたくし達が手に入れたけれど、ウタカタもプロバカティオも捕獲には至っていない。これだけでも2体の神魔物が兄の手にある」
「……」
「神魔物を放置したまま、シーザーを糾弾するのは難しいわ。死人に口なし、騎士団をも凌ぐ脅威をコンパクトに手元へ置いている以上、口封じでわたくしや証人が殺害されかねない。神魔物への対抗策は必須条件なの。ならばどうするか――件のアイテムの解析は優先事項となるわ」


 神魔物が1体ずつ出現したのであれば、まだ対処のしようもある。が、一度に複数体現れた時には煮え湯を飲まされてしまった。あの時の失敗はメイヴィスの脳に深く刻まれている。
 ルイーズの言う通り、現王をどうこうしたいのであれば神魔物の対策は必要不可欠だ。つまり、依頼されている解析作業はかなり重要な作業という訳だ。


 理由を聞いて辞退しようと思ったが、そういう訳には行かない事を逆に突き付けられた。本当の意味で国の行く末だとかが懸かっている以上、安易に断れない。
 黙り込んだのを考えていると理解してくれたのか、不意に王女様はヘルフリートに視線をやった。


「――ヘルフリート、ついでに貴方にはお兄様の不正を暴く為、証人になって貰いたかったのよ」
「確かに俺は今回の件に一枚噛んでいますからね。ギルドにも洗い浚い報告してしまいましたし、このままルイーズ様のお供をさせて頂きます」
「騎士と言うのは……王に忠誠を誓う者と、国に忠誠を誓う者。このどちらかに別れると聞くけれど、何故お兄様は師団を使ってストマを回収しようと思ったのかしら?」
「我々、騎士が王家の方々のお考えが理解出来ないように、騎士でない者も騎士の考えを理解出来ません。それだけの事でしょう。それに、俺へ命令してきたのはオーウェン殿であって、陛下ではありませんから」
「そう。やはりアルケミストと騎士では役割が違うのね。互いの考え方を理解出来なかったのね」


 王城系会話が繰り広げられている間に、メイヴィスは心を決めた。否、最初から事が重大過ぎたので断るという選択肢は消されていたのだが。


「る、ルイーズ様」
「ええ、どうするか決めた?」
「あ、はい。その、依頼は……お受け致します。あの、それで、その、厚かましいのですが私のお願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「出来るだけ聞いてあげたいけれど、物によるわね。話してくださる?」
「はい……。私、師匠にどうしても一度会いたいのです。どうにか出来ませんか? 勿論、師匠を逃がしたり、ここで話した事を横流しにするつもりは無いんですけど!」
「……あまりお勧め出来ないわね。危ないわ」
「承知の上です」


 ルイーズが思案するように黙り込む。ややあって、今もなおずっと黙って事の成り行きを見守っているアロイスへと声を掛ける。


「アロイス。貴方にメイヴィスの護衛を依頼しても? オーウェンと会わせるにしても、とても一人では送れないわ」
「はい、勿論。元よりそのつもりです」
「そう? 加えて第三者としての立場で二人の会談を監督して。師弟関係は身内関係と同義。申し訳無いのだけれど、暫定罪人であるオーウェンを身内と二人きりには出来ないわ。……良いかしら? 貴方は今や、師団に所属している訳ではないから断るのも自由なのだけれど」
「拝命致します。お任せ下さい」
「ありがとう。話が早くて助かる」


 大きく頷いたルイーズがメイヴィスとの会話に戻る。


「メイヴィス、この通り、もし面会が可能であればアロイスを連れて行きなさい。ただ、オーウェンはお兄様の所有ではあっても、わたくしが好きに動かせる相手ではないわ。釣り上げる事が出来なかった時には容赦してね」
「断られる可能性がかなり高い、という事でしょうか?」
「五分五分といったところね。貴方一人ならあっさり承諾してくれそうだけれど、護衛であるアロイスを付けた交渉ならば、警戒して断られるかもしれない」
「……分かりました、お願いします」
「任せて」



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