アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

05.王女の依頼

 それで、とルイーズが議題の修正をする。


「今まではギルドでの内外調査が目的で出入りしていたのだけれど、今回は明確で具体的な目的があってここに来たの」
「メヴィへの錬金術依頼ですね?」
「そう。メイヴィス・イルドレシア――貴方の素晴らしい手腕は、そちらのイーデン殿から聞いているわ」
「イーデン、とは誰でしょうか?」


 アロイスが眉根を寄せるも、王女様は不可思議なものを見るような目をした。彼女の麗しい視線が、スポンサーことジャックへ向けられる。肩を竦めたジャックが首を緩く振った。


「誰に何と言う名前で名乗ったか、訳が分からなくなってきた。そういえばメイヴィス一行にはジャックの偽名を名乗った気がするな」
「貴方、そういう所よ。……これ以上小難しい話になっても困るから、わたくしもこの場では『ジャック』の名を呼ばせて貰うわね」
「構わん」


 ごほん、と仕切り直すかのように王女様が咳払いする。


「――ええ、ともかく。貴方のスポンサーをしているジャック殿の紹介で貴方を知ったのよ、メイヴィス」
「わ、わわ、私、そんな大層なものでは無いんですけどもっ!!」
「いいえ、貴方の高い錬金技術についてはしかと聞き及んでいるわ。あのジャック殿の後ろ盾を得られる程だもの。それに、聞いた所によるとオーウェンの弟子、らしいわね?」
「それは……はい、そうですけれど……。す、すいませんうちの師匠が。まあ、私が謝った所で何の意味も無いし、特に価値のある行為でもありませんけど……」
「悲観的なのね。貴方は既に師の元から去り、独立していると聞いているわ。ギルドマスター殿からも神魔物の騒動に加害者として関与している様子は全く無いと太鼓判を押されているもの。つまり、師の非について貴方が何か連帯責任的な処罰を受ける事は無いわ」


 ――別にそういうつもりで言った訳ではないけれど。
 お気楽ギルドメンバーのメイヴィスに比べ、柔和な物腰に見えるルイーズは選ぶ話題が実用に飛び抜けている。相手が危惧するマイナス面のフォローを欠かさないと言えば聞こえは良いが、裏を返せばとてもビジネスライク。話をすると言うより交渉をしている気分になる。


「ともかく。メイヴィス、わたくしは貴方の腕を信用しているわ。何と言っても王属錬金術師の弟子にして、ジャック殿のお眼鏡に適う逸材。わたくしは貴方の経歴と人脈をこれ以上無い程に信頼している」
「うう……」
「そういう訳だから、一先ずわたくしの依頼内容を聞くというのはどうかしら? 当然、報酬は弾むわ」


 それは確かに、話も聞かずに要求を突っぱねるのは不敬かもしれない。話を聞いた上で、出来る自信が無ければお断り。出来そうなら高い報酬を目当てに引き受ける。そう、いくら王女様と言えどギルドを利用して依頼をするのであればお客様だ。いつも通りに接すればいい。
 心を落ち着かせる言葉を心中で並べ立て、深く息を吐く。あまりにも嫌がると首を刎ねられかねない。


「分かりました、お話、お伺いします」
「有り難う、メイヴィス。貴方ならばそう言ってくれると思っていたわ。それで、依頼の内容なのだけれど――神魔物を出し入れ出来るページの解析をお願いしたいの」
「はい?」
「ページ……貴方がつい先日、紙片と呼んでいた紙切れの事よ。どうやら巨大な書物の1ページを切り取った物である事が分かったから、わたくし達は以降それをページと呼んでいるの」
「あ、ああ、あの……ストマが吸い込まれて行ったっていう」
「そうよ。あのページ、マジック・アイテムである事は間違いないわ。そこで仕組みをアルケミストである貴方に解析して貰って、どういうアイテムなのかを調査しようというわけ」


 依頼先が間違っている――という事は無い。ルイーズの判断は正しいだろう。マジック・アイテムを作る側である錬金術師は即ち、魔法道具の解析も得意だ。先人の知識を吸収し進化させる為にはアイテムの回路、素材、作製技術を知るのが手っ取り早い。物を作るだけがアルケミストなのではなく、実は地道な解析作業が華やかな錬金術師にとって必要不可欠な手段という訳だ。
 長々と述べたが、端的に言ってしまえばメイヴィス自身も解析などといった細々した作業は大好きだし、得意である。ただ。


「――そ、そんな神魔物が入っているような危ないページ、私が扱って大丈夫ですか? 正直、解析は失敗とイコールです。失敗を経ずして成功はありえません。中に居る神魔物を逃がしてしまうかも……」


 意外にも理解を示したのはジャックだった。


「そうだろうな。何事にも失敗はつきものだ」
「なら――」
「神魔物が逃げ出しても、すぐに対処出来るよう私が付き添おう」
「はい!?」


 理解不能な言葉が聞こえた。スポンサー様はあまりにも美し過ぎるご尊顔に薄く笑みを浮かべる。子供と遊ぶ親のように穏やかだった。


「だから、逃げ出してもすぐ捕獲が出来るように私が付きそうと言っている。メイヴィス」
「それはおかしい! 言っておきますけど、神魔物に関するページのマジック・アイテムだなんて生まれてこの方一度だって触った事がありません! 1日や2日じゃ何の情報も得られない事は請け合いです。1ヶ月以上、私に付き添うつもりですか!?」
「ああ、構わない。一月など、瞬きの一瞬だ」
「だ、だいたい、私にはアロイスさんが居ますし……」


 護衛騎士に視線を移す。苦笑いしたアロイスは珍しく、難しいという旨の意見を吐き出した。


「俺では力不足だろうな。何度も神魔物が逃げ出すのであれば、解析などしない方が良いと言ってしまいたいくらいだ」
「そうだ。だが気に病む事は無い。私が希代の錬金術師、彼女の面倒を解析終了まで責任を以て見るとしよう」


 何を根拠にジャックがそう言っているのかは謎だが、いやに自信たっぷりなので出来るのだろうな、という漠然とした安心感に苛まれる。が、彼に護衛が出来た所でそれを証明する術は無い。出来ればお断りしたいのが本音だ。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品