アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

02.市販の便利アイテム

 少し考えたアロイスが不意に口を開いた。


「火気厳禁だが、要は燃え移らなければ問題無いのだろう? 一瞬だけ火を起こすことは出来ないか、メヴィ?」
「一瞬で着いて、一瞬で消えるようにですか?」
「ああ。あの魔物を自主的に立ち退かせられればそれでいい。近くに木さえ無ければ簡単な話だからな」
「なるほど……。確かに魔物避けの疑似魔法みたいなやつを持ってた気がします」


 魔物も元を正せばただの動物、というか本能的に動く生物だ。余程知能が高いか、炎に耐性のある魔物でない限りは極力火気を嫌がる傾向にある。
 件の魔物学者曰く、魔物避けアイテムの中に擬似的な発火作用を持つ魔法を含んだ物が多いのはそういう理由らしい。当然、魔物とは一般人より遙かに強靱な肉体や魔力を持つものも多くいるので失敗した際には報復が恐い訳だが。


 木にがっちり貼り付いている昆虫系の魔物は火気を嫌がる最たる魔物だ。すぐ近くで火を起こせばアロイスの言う通りすぐさま飛び立つ事だろう。ご立派な羽が付いているのも見て取れる。
 ローブの中を弄くっていれば、かなり昔に購入した魔物避けのアイテムが出て来た。どこにでも売っている量産品だ。


 一般に広く普及しているそれを見たアロイスはしかし、魔物避けのアイテムなど見た事も無いようだった。


「それはどうやって使うんだ? まさか、爆発物ではないだろうな。導線があるように見えるが……」


 手の平より小さな球体。紙で出来たそれにはか細い導線が着いている。アロイスの言う通り、これは火を付ける為のものだ。


「これは普通に店に売ってる最も有名な魔物避けのアイテムです。戦う力の無い一般市民は家に一つ以上は置いていると思うんですけど、アロイスさんは今までどんな生活を送って来たんですか……?」
「そうなのか。ならば俺は使わないから買った事が無いんだな」
「そりゃそうでしょうけれど。このアイテムは小爆発を起こします。何でしょう、火の熱さと爆発音だけを再現した疑似魔法が編み込まれているんです。火を付ける事によって発動して、音と熱を振りまくだけの代物というか」
「発火する訳ではないのか?」
「導線に付ける火は必要ですが、燃え移るような炎は発生しません」


 つまりは見せかけだけのハッタリである。余程知能の高い魔物でない限り面白いように騙されてくれる。そもそも、知能が高いと言われる魔物は火など恐れないのだが。
 使用が想定される場所も山や森なので山火事を起こさない設計になっている。これであれば、後で依頼人に変な音がしたと言われても問題無く使用した事を告げられるだろう。


 懐からライターを取り出す。導線は長いので火を付けてすぐに音が鳴る事は無いのだが、何故かドギマギしてしまうのだから不思議だ。
 慎重に火を付け、これまた慎重に魔物との距離を測りそれを投げる。
 木の根元に転がったそれは、一拍を置いて大袈裟過ぎる程に大袈裟な音を響かせた。軽く熱のある風が頬を撫でる。


 ――と、音と熱に驚いたカミキリムシのような魔物が木から離れる動きを見せた。ちっとも驚いた様子の無いアロイスが大きく左足を踏み込むと同時、新品の大剣を振り抜く。
 風切り音と同時、両断された魔物の死骸が力無く地面へと落ちて行った。何とも鮮やかなお手並みである。


「こんな所か。どうする、メヴィ? この魔物の素材は回収するのか?」
「はい、勿論! ちょっと待っててくださいね」
「……出来立てほやほやの素材なんだが、これは触れるのか」
「急に襲い掛かって来たりはしませんからね」


 しかし、メイヴィスの言い分はアロイスにとってみれば難解なものだったらしい。頭を振って困惑しているのが伺える。


「因みにこういった素材は何に使うんだ?」
「魔導師用の防具とかですね。虫の甲殻っていうか、この固い部分のパーツは割と頑丈なんですけど軽いんです。運動をあまりしない、後衛向きの装備に加工しやすいんですよ」
「なるほど。直接的な物理攻撃を受ける事が少ない後衛であれば、その軽装で何ら問題は無いという事か」


 そう言いながらもアロイスの視線はメイヴィスへと向けられている。説明しておいて何だが、メイヴィスの装備はローブ1枚だけだ。そりゃ視線も向けられるというものである。


「――……その、私の装備はほら。あんまり戦闘はしないし、この程度の防具ではどうしようもないくらい鈍臭い感じなので、ね?」
「? まあそうだろうが、何をそんなに慌てて弁明しているんだ」
「えっ、あ、そうでしたか。えーっと、じゃあ、次のお仕事に行きましょう。こういう魔物は1匹見たらもっとたくさんいるものですからね」
「ああ」



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