アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

01.通常クエスト

 コゼット近隣には巨大な森が広がっている。未開拓地とも、自然保護区とも呼ばれるその森では今までもたくさんのクエストを受けて来た。コゼット内部でのクエストは大抵この森か、反対側の海が任務地となるからだ。
 国の中に街があるように、森の中も細かく境界線が引かれて街のように分けられている。これは立ち入り禁止、商人などが通るべき道を分かりやすく示す為だ。


「そんな訳で、今居るここ、白の森に関しては許可が無いと立ち入れないんです」
「ただ白い木が並んでいるだけのように見えるが……」


 久しぶりの通常クエスト。例の如くアロイスに同行して貰ったメイヴィスはやや興奮気味にそう言った。
 というのもこの白の森、先にも述べた通り入るには許可が必要だ。国が直々に指定した保護区なのである。白の森に入る際も立っている憲兵達に許可証を見せるというドキドキ体験をさせられた。
 そして何より――


「この魔力をたっぷり吸った木が報酬なんですよ? 乗らない手は無いですよね! すっごい素材になりそうです」
「魔力を吸ったから、葉まで白い木になるのか?」
「私も聞き囓った程度なので信憑性の程はあれなんですけど、この白い木が立ち並んでいる一帯だけ大気中の魔力がかなり多いそうです。大気だけでなく、土やこの辺りを通る雨雲もその影響を受けます。魔力を多く含んだ雨、土に育てられて白い木に育つそうですよ」


 アロイスが白い木、と形容した木は植物学的に見ればどこにでもあるただの木だ。しかし、その色は葉まで白く染まっておりただ事では無いのが見て取れる。
 この白い木はこの場所にしか無い。場所限定の変異種。
 当然、厳重に保護されているのでクエスト報酬とはいえその木を合法的に分けて貰えるのは大変有り難い。上位系魔物の素材よりずっと貴重だ。


 そうか、とあまりピンと来ない様子のアロイスだったが早々に深く考えるのを止めたようだった。頭を振って話を入れ替えてくる。


「ともあれ、お前の報酬の為頑張ろうか。クエストは――害虫駆除、だったな」
「はい。毎年依頼している業者が店を畳んでしまったそうで。このまま、毎年うちに依頼してくれないかな……」
「ふふ、そうなれば来年も同じクエスト、同じ報酬を受け取れるな。尤も、今回のクエストが成功すればの話だが」
「えーっと、幾つか注意事項があります。まず、当然ですが山火事の危険性がありますので火気厳禁。万が一、火が付いた際は絶対に消火しろとの事です」
「昆虫系の魔物には火が一番効くんだがな。仕方無い。しかし、そのルールで行くと去年までの業者はなかなかの手練れだったのか……?」
「害虫魔物の駆除だけやってる業者も何なのって話ですけどね」


 アロイスと話をしつつも、周囲を見回す。駆除対象は目視出来るサイズの昆虫系魔物である。木は幹も葉も白っぽいので、魔物自体が白くない限りは大変見つけやすくなっている。
 が、やはり常日頃から整備されているだけあってまだそれらしい魔物は発見できていない。駆除、という事だったがいない可能性も十分にある。


「いません……ね……!?」
「どうした、メヴィ?」
「あ、あれ……!!」


 確認作業を行いながら周辺に注意を払っていたメイヴィスは些細な違和感に気付いた。1本だけ、黒っぽい幹の木を発見したのだ。葉は白いので、辺り一帯に生えている特殊な木で間違いはずなのだが――
 目を凝らす。黒い幹が波打ったように見えた。
 どうやら視力が常人のそれとは違うらしいアロイスが納得したように頷く。


「大きな虫だな。あれが駆除対象か」
「えっ、あのサイズの……魔物!? エグい!! ちょっと生理的に無理な感じが伝わって来ます!!」
「だがメヴィ、お前は錬金術の素材に昆虫のパーツを使用する事もあるだろう?」
「何言ってるんですかアロイスさん! 奴等はもう既に素材として加工されてるじゃないですか! 奴はまだ存命してるんですよ!?」
「俺には全て同じに見えるが……。昆虫は苦手なのか? 案外、可愛らしい所もあるじゃないか」
「そんなに苦手じゃないんですけど、アイツはサイズ感がちょっと受け付けないですね……」


 木の幹にしっかりとしがみついているその魔物。遠目では幹をすっかり覆い隠しているのだからかなりの大きさだ。というか、メイヴィス自身と同じくらいの身長かもしれない。


 その魔物がはっきりと見える場所にまで近付く。カミキリムシのような魔物だ。大きさはただの虫と言うには些か大きすぎるが。
 魔物は立派過ぎる触覚を生理的嫌悪感を抱かせるように動かしている。端的に言って、もうこれ以上近づきたくなかった。
 しかしアロイスはというと、全く平気なようで魔物をどうやって幹から引き剥がすか思案している。


「どうしたものか……。あの腹の下に剣を差し入れて、梃子の原理で引き剥がすか?」
「え? お腹を捌いてって事ですか?」
「いやそれだと、虫の足なんかが幹に残ってしまいそうだな。というか、側面は甲殻に覆われている。無理矢理割れば、木ごとバッサリいきかねない」


 考え始めるアロイスを余所に、害虫は身動き一つしない。見れば見る程、鳥肌が立つから早くどうにかしたいものだ。



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