アルケミストの恋愛事情
02.防犯面の心配
***
ブレイクタイムを終え、更に部屋の片付けまで終わった時には夕方近くになっていた。血汚れというのがどうにも落とし辛く、大変時間が掛かってしまったのだ。
片付いた他人の部屋を見たアロイスは嘆息する。非常に達成感に満ち溢れた様子だ。
「粗方、片付いたか。血の臭いが少し鼻に付くが、換気すれば問題無いだろう」
「アロイスさん、鼻良いですね。私はもう、壁掃除に使った薬品の臭いしか感じ取れませんけど……」
これからこの騎士サマはどうするのだろう。用事も終わったし、そろそろ帰るのだろうか。
人を家に招いた事などないので、この後どうしたらいいのか分からない。退去を促していいのだろうか。それとも、もう一杯紅茶を淹れた方が良いのだろうか。
悶々と内心で悩みまくっていると、アロイスがテーブルの前にあぐらを掻いて座った。成る程、まだここにいるつもりらしい。
それに倣い、屋主であるメイヴィスも腰を下ろす。
「メヴィ、お前がいない間に共有した情報があるんだが……聞くか?」
「え、どうしてそんな事を確認してくるんですか?」
「いや、ケガした時の話を聞くのは気が滅入るかと思ってな」
「そういう繊細な神経は無いので。問題ありません」
そうか、と頷いたアロイスは一瞬だけ何かを考えるように口を噤んだ。
「まず昨日、お前が倒れていた場所で見た人影の話だ」
「人影? 私の影ではなく?」
「お前は地面に倒れていたから、別の人物の影だ。その人影が現れてから、ウタカタが消えた」
「えっ? 連れて行ったって事ですか?」
「俄には信じがたいが、人がウタカタを操っている可能性がある」
「人災……!!」
「そしてもう一つ。これはマスターからの伝言でもあるな。明日、お前が復帰したら一度クエストのメンバーで集まるそうだ」
「そうでしょうね」
「ただ、俺達が受けたクエストは一旦終了となったぞ。ウタカタが消えてしまった事と、あまりにも胡散臭い話になってきたからな。このまま手を引く事になりそうだ」
――そりゃそうだろうな……。
アロイスの言葉は尤もである。メイヴィスのケガがメンバーにどう伝えられたのかは分からないが、重傷者が出ている訳だし、焦臭い話というのも頷ける。ギルドマスターのオーガストもまた、メンバーの安全を第一に考えているようだし、彼の言う通りこの件からはこのまま手を引く事になるだろう。
さて、とアロイスが不意に腰を浮かせる。この話をする為だけに一旦着席したのだろうか。玄関口で話してくれて構わなかったのだが。
「では、そろそろ俺もお暇しよう。女性宅に遅くまで居座るのは良くないな。くれぐれも安静に、メヴィ」
「いえいえ、色々とありがとうございました。私は結構元気なので、問題ありません」
立ち上がりアロイスを玄関まで送る。子供相手のように鍵をきちんと閉める事を言い渡された後、手を振って別れた。
***
翌日。
1日ぶりのギルドへ顔を出すと、早々にナターリアが接触してきた。彼女にしてはギルドへ来るのが早い。今日はそういう気分だったのだろう。
「おはよう、ナタ!」
「メヴィ! 無事だったの? 昨日、ケガしたから休みって聞いてたんだけど。クエストの後から会って無いし、ギルドに顔出さないくらいの大怪我なのかと思ったよっ!」
「ああいや、大した事は無かったんだけど、その、大事を取ってってやつ」
ケガの度合いというのはクエストのメンバーへ詳細に伝えられている訳ではないらしい。咄嗟に大した事無かったと大嘘を吐いてしまう。
ケガ自体は綺麗さっぱり修復されてしまったので、ナターリアの疑念を孕んだ目はすぐに外される事となった。メイヴィスが重傷を負っていないのは見れば分かるからだ。
「大事じゃ無くて良かったよ! ところで、昨日は何をしてたのかな? 途中、アロイスがメヴィの見舞いに行くとか言ってたけれども」
「久しぶりに家でゆっくり過ごす事になっちゃったし、掃除をしてたよ。ナタの言う通り、アロイスさんも来たし。掃除を手伝って貰っちゃった」
「え、そう……。私がこういう事言うのもあれだけど、あんまり不用意に家の中に人入れちゃ駄目だゾ……! 防犯的な意味でね」
「アロイスさんだしなあ……。流石に知らん人は家に入れたりしないでしょ」
立ち話をしていると、不意に急いだ様子の女性が走って来た。受付の制服を身に纏っている。この人は確か、古株の受付嬢だったはずだ。仕事が早い事で大変有名且つ有能な女性である。
そんな彼女は駆け寄ってくるなり、メイヴィスに対して用件を切り出した。
「メヴィさん、受付に貴方の師匠と名乗る男性――オーウェン様というお客様がいらっしゃっています。会われますか?」
「えっ、師匠が!?」
「ええ。そう仰っておりますね。数日前にも一度来たそうですが、その時には貴方が留守だったそうです」
「あー、そういえばアロイスさんが……。多分、私の師匠で間違いないと思いますから、会います!」
「分かりました。ではこちらへ。ご案内致します」
「ごめんナタ、ちょっと行ってくる!」
はいはい、と手を振るナターリアに再度謝罪し、受付嬢の後を追う。こう何度も訪ねて来るという事は、それなりに重要な話があるのだろう。
ブレイクタイムを終え、更に部屋の片付けまで終わった時には夕方近くになっていた。血汚れというのがどうにも落とし辛く、大変時間が掛かってしまったのだ。
片付いた他人の部屋を見たアロイスは嘆息する。非常に達成感に満ち溢れた様子だ。
「粗方、片付いたか。血の臭いが少し鼻に付くが、換気すれば問題無いだろう」
「アロイスさん、鼻良いですね。私はもう、壁掃除に使った薬品の臭いしか感じ取れませんけど……」
これからこの騎士サマはどうするのだろう。用事も終わったし、そろそろ帰るのだろうか。
人を家に招いた事などないので、この後どうしたらいいのか分からない。退去を促していいのだろうか。それとも、もう一杯紅茶を淹れた方が良いのだろうか。
悶々と内心で悩みまくっていると、アロイスがテーブルの前にあぐらを掻いて座った。成る程、まだここにいるつもりらしい。
それに倣い、屋主であるメイヴィスも腰を下ろす。
「メヴィ、お前がいない間に共有した情報があるんだが……聞くか?」
「え、どうしてそんな事を確認してくるんですか?」
「いや、ケガした時の話を聞くのは気が滅入るかと思ってな」
「そういう繊細な神経は無いので。問題ありません」
そうか、と頷いたアロイスは一瞬だけ何かを考えるように口を噤んだ。
「まず昨日、お前が倒れていた場所で見た人影の話だ」
「人影? 私の影ではなく?」
「お前は地面に倒れていたから、別の人物の影だ。その人影が現れてから、ウタカタが消えた」
「えっ? 連れて行ったって事ですか?」
「俄には信じがたいが、人がウタカタを操っている可能性がある」
「人災……!!」
「そしてもう一つ。これはマスターからの伝言でもあるな。明日、お前が復帰したら一度クエストのメンバーで集まるそうだ」
「そうでしょうね」
「ただ、俺達が受けたクエストは一旦終了となったぞ。ウタカタが消えてしまった事と、あまりにも胡散臭い話になってきたからな。このまま手を引く事になりそうだ」
――そりゃそうだろうな……。
アロイスの言葉は尤もである。メイヴィスのケガがメンバーにどう伝えられたのかは分からないが、重傷者が出ている訳だし、焦臭い話というのも頷ける。ギルドマスターのオーガストもまた、メンバーの安全を第一に考えているようだし、彼の言う通りこの件からはこのまま手を引く事になるだろう。
さて、とアロイスが不意に腰を浮かせる。この話をする為だけに一旦着席したのだろうか。玄関口で話してくれて構わなかったのだが。
「では、そろそろ俺もお暇しよう。女性宅に遅くまで居座るのは良くないな。くれぐれも安静に、メヴィ」
「いえいえ、色々とありがとうございました。私は結構元気なので、問題ありません」
立ち上がりアロイスを玄関まで送る。子供相手のように鍵をきちんと閉める事を言い渡された後、手を振って別れた。
***
翌日。
1日ぶりのギルドへ顔を出すと、早々にナターリアが接触してきた。彼女にしてはギルドへ来るのが早い。今日はそういう気分だったのだろう。
「おはよう、ナタ!」
「メヴィ! 無事だったの? 昨日、ケガしたから休みって聞いてたんだけど。クエストの後から会って無いし、ギルドに顔出さないくらいの大怪我なのかと思ったよっ!」
「ああいや、大した事は無かったんだけど、その、大事を取ってってやつ」
ケガの度合いというのはクエストのメンバーへ詳細に伝えられている訳ではないらしい。咄嗟に大した事無かったと大嘘を吐いてしまう。
ケガ自体は綺麗さっぱり修復されてしまったので、ナターリアの疑念を孕んだ目はすぐに外される事となった。メイヴィスが重傷を負っていないのは見れば分かるからだ。
「大事じゃ無くて良かったよ! ところで、昨日は何をしてたのかな? 途中、アロイスがメヴィの見舞いに行くとか言ってたけれども」
「久しぶりに家でゆっくり過ごす事になっちゃったし、掃除をしてたよ。ナタの言う通り、アロイスさんも来たし。掃除を手伝って貰っちゃった」
「え、そう……。私がこういう事言うのもあれだけど、あんまり不用意に家の中に人入れちゃ駄目だゾ……! 防犯的な意味でね」
「アロイスさんだしなあ……。流石に知らん人は家に入れたりしないでしょ」
立ち話をしていると、不意に急いだ様子の女性が走って来た。受付の制服を身に纏っている。この人は確か、古株の受付嬢だったはずだ。仕事が早い事で大変有名且つ有能な女性である。
そんな彼女は駆け寄ってくるなり、メイヴィスに対して用件を切り出した。
「メヴィさん、受付に貴方の師匠と名乗る男性――オーウェン様というお客様がいらっしゃっています。会われますか?」
「えっ、師匠が!?」
「ええ。そう仰っておりますね。数日前にも一度来たそうですが、その時には貴方が留守だったそうです」
「あー、そういえばアロイスさんが……。多分、私の師匠で間違いないと思いますから、会います!」
「分かりました。ではこちらへ。ご案内致します」
「ごめんナタ、ちょっと行ってくる!」
はいはい、と手を振るナターリアに再度謝罪し、受付嬢の後を追う。こう何度も訪ねて来るという事は、それなりに重要な話があるのだろう。
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