アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

05.入れ違い

 早速向かおう、そう言いかけたシノが不意に動きを止めた。怪訝そうな顔でメンバーを越えた背後を見ている。その視線をいち早く辿ったグレアムが「あら」、と首を傾げた。
 メイヴィスもまた、慌てて振り返る。そこにいたのはギルドのロビーで見掛けるのは珍しい人物だった。


「やぁ、ちょっと良いかい」


 どこを見ているのか分からない虚ろな瞳。機能性重視の眼鏡をかけ、白衣を纏っている。清潔感溢れる服装の割りに、どこかボサボサの頭髪のせいでだらしのない印象を受ける男性。
 彼こそは件の魔物学者、イェオリである。普段はギルドの2階で魔物の研究に携わり、その成果をギルドに提出している。勿論、魔物を研究する以外の目的でクエストを受ける事もない存在だ。


「イェオリさん、お久しぶりです……。私達に何か用事ですか?」
「ああうん、そうでなければわざわざ煩いロビーに下りて来たりはしないさ」
「はあ……」


 特に聞いてもいないが、勝手にイェオリは自らの目的を口にする。


「実はマスターから君らの行くクエストに出る魔物が新種かもしれないって聞いてさ。丁度良いから、生態調査も任せていいかい? 勿論、相応の調査結果を出してくれれば僕からも報酬を支払うよ」
「あらあら、その為にわざわざアタシ達に声をかけてきたのかしら? でもま、見ての通りの面子よぉ。あまり過度な期待はしないで頂戴ね」
「ああ。僕は行かないから君らに完全委託するよ。当然、クエストの難易度によっては無視してくれても構わないさ。頭の片隅には僕の依頼についても置いておいてくれ」


 それだけ言うと、魔物学者は頭を掻きながら自分の巣へ戻って行ってしまった。緊急クエストだからか、付いてくるとは言わなかったがそうでなければ恐らく生態調査に自ら乗り出していただろう。
 そんな彼の背中を見送ったナターリアが、まるで今までの会話など無かったかのように言葉を紡ぐ。


「じゃあ、メヴィはアイテムをたくさん持って行ってねっ!」
「え? あ、うん。イェオリさんのクエストも増えた事だし、一応調査が出来るグッズもローブに入れておくね」


 少し遅くなってしまったが、そろそろ本当にクエストへ出発しなければ。何せ、緊急のクエストである。


 ***


「――誰もいないな」


 用事を早々に済ませ、ギルドへ戻ってきたアロイスは知った顔が見当たらない事に首を傾げていた。否、恐らくはクエストへ行ったのだろうが、メイヴィスはちゃんと頼れる仲間を連れて行けたのだろうか。それだけが気掛かりである。
 一応、ギルド内を一通り見て回ったアロイスはロビーの空いた席に腰を落ち着けていた。居ないものは仕方が無い。ただ、あのそそっかしい天才錬金術師がいないというのが久々なもので少しばかり落ち着かなかった。


「アロイス殿?」
「ん?」


 声を掛けられたので振り返ると同じ騎士であるヘルフリートが立っていた。なんだかんだ、彼の顔を見るのもかなり久しぶりだ。その手には昼食だろうか。ホットサンドを持っている。


「お久しぶりです、戻ってきていたんですね」


 形式めいた挨拶の言葉を口にした元同業者は爽やかな笑みを浮かべ、当然のように向かいの席に座る。それを見て広げていた荷物を足下に置いた。


「ああ、久しぶりだな。ところで、メヴィを見なかったか?」
「彼女たちなら、オーガスト殿から緊急クエストへ行くようお願いされたそうですよ。今頃、任地にいるのではないでしょうか」
「そうか……。入れ違いだったみたいだな」


 ――このまま待っていれば、救援要請で呼ばれるかもしれないな。
 ヘルフリートが目の前に居るのであれば、他に誰を緊急クエストへ連れて行ったのだろうか。恐らくナターリアは一緒だろうが、ウィルドレディアがいなければ窮地に陥るかもしれない。
 思考の海に沈んでいると、コーヒーを一口啜ったヘルフリートが訊ねてきた。


「今回はどうしてまたギルドへ? 確か、メヴィとヴァレンディアに長期滞在するご予定でしたよね」
「ああ……、王宮に呼ばれてな。無視する訳にもいかなかったので、一度戻って来た。それに、丁度メヴィの頼まれ事も一段落したからな」
「王宮から」
「二度と私用で呼ばぬよう、釘は刺してきたが……。この先が思いやられる」


 ふうん、と気温が一度下がったような返事をしたヘルフリートの目から笑みの形が消えるのを垣間見た。


「既に王属騎士ではないとはいえ、陛下に逆らうのはマズいのでは? アロイス殿が騎士を辞められたとしても、王国の民である事に変わりは無い訳ですし」


 ――俺が呼び出された理由を知っているのか?
 まるで光景を見て来たかのような言葉に一瞬だけそんな考えが脳裏を過ぎる。しかし、今目の前にいる相手が、同じ場所に居たとは考え辛い。つまり、ヘルフリートが自分と誰かの会話を盗み聞く暇は無かったはずだ。
 案の定、それ以上の詮索を同業者はしてこなかったので何も聞かなかった事として受け流した。



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