アルケミストの恋愛事情
10.真夜中の館
工房に戻って数分すると、非常に眠そうなフィリップが下りてきた。シオンの姿は無い。
下りて来た館の主は文句を言う事もなく、用件を尋ねてきた。
「それで、私に手伝って欲しい事とはなんだ?」
「はい、それなんですけど――」
事の経緯を詳しく説明する。半分眠った顔でそれを聞いていたフィリップは鷹揚に頷いた。そういう所は大きな館を持っている主らしい挙動と言える。
「では、私はこれを起動すれば良いのか。……まあ、人間にこの手の魔法は厳しいな。よくもまあアイテムの作成までこぎ着けたものだ」
「知り合いの女の子にやってもらいました」
「女の子?」
疑問顔だったフィリップだったが、続いて彼の興味はメイヴィスが用意した他のアイテムへと移った。それは範囲結界が封じ込められているマジック・アイテムの他にある、今回の依頼品を作成する為のミスリルドームなどだ。
それを一目見てガラス玉ではないと気付いた彼が首を傾げる。目を細め、案の定疑問を覚えたのか訊ねてきた。
「これは何を使った球体か?」
「えぇっとそれは……うーん、企業機密です! でも、特に身体に有害なアレとかは無いかと思いますので、はい」
「そうか。まあいい」
「それじゃあ、お願いします」
メイヴィスはフィリップに手渡した結界のアイテムを指さす。胡乱げな顔をした館の主は少しだけ頭を掻くと、ボソッと呟く。
「私も1分程が、魔法持続時間の現界だが問題無いか?」
「そのくらいあれば大丈夫です」
「分かった。……この場で使っていいのか?」
「お願いしまーす」
凝縮封印されていた魔法がフィリップによって展開される。
このマジック・アイテムを魔道士に使わせると人柄がよく表れるのだ。例えば、尤もアイテムの発動回数が多いウィルドレディアは素早さ第一。不可は無いが丁寧でもなく、とにかくスピード感のある展開を披露してくれる。
その他にも、解凍が苦手で手間取る人、展開の順番に拘りがある人、色々だ。
しかし、フィリップは今までに見た誰とも似ても似つかない方法で魔法を再展開した。と言うのも、彼は手にしたガラス玉を易々と握り潰し、中身の魔法を全て一気にぶちまけたのだ。
――そんな乱暴なやり方ある!?
思わず心中で絶叫する。魔法が破損したらどうするのか、と思ったが全て一気に解放された魔法の術式を一瞬で正確に組み立てた彼は魔力コストの重さに眉根を寄せている。もう眠そうな顔はしていない。目が覚めてしまったようだ。
そんな事に感心している暇は無い。我に返ったメイヴィスはその魔法を別の道具に落とし込む作業に従事した。時間は1分、今週で一番濃い1分が始まったのだ。
***
「――あら?」
「どうやら成功したらしいな、夜だ」
所変わってリビングにて。会話も無くボンヤリと時間を過ごしていたアロイスは、楽しげなウィルドレディアの声で顔を上げる。そして、昼間であった風景が夜へと変貌を遂げているのを見て、肩を竦めた。
「うふふ、流石はメヴィね。偉大なアルケミストだわ」
「まるで成功するのを知っていたようだな」
「さあ、どうかしら」
そう言って魔女は笑う。特に悪意などは無い、純粋にメイヴィスの成功を喜ぶ笑みであったので冗談とも付かない言葉の数々は受け流す。
しかし、彼女の次の言葉には答えが必要だった。
「それで、アロイス。今回の件はどうするのかしら? 結局、メヴィも連れて一度ギルドに戻るの?」
「さて、どうだろうな。メヴィがここに残りたいと言うのであれば、俺だけ一度ギルドに戻ろう。あまり彼女は巻き込みたくない」
「メヴィは錬金術しか出来ないし、しなくていいのよ。一人では生きて行けないわ。きっと貴方に付いて行くと言うに決まっている」
「お前はメヴィの面倒を見られないのか?」
「無茶を言うのねぇ。私ではダメなのよ」
釈然としない答えだったが、とにかくコゼットには一度戻る必要がある。錬金術師のあの子が残ると言うのであれば止めはしないし、用事が終われば自分もまた彼女の隣に戻るのだろう。
全ては彼女次第。あの奔放なアルケミストを止める権利は自分には無いし、他の誰にも無いのだろう。相変わらず、目の前の魔女は意味深に笑みを浮かべている。
***
全ての行程を無事に終えたメイヴィスはリビングにフィリップと共に戻ってきた。自分が地下の工房へ籠もる前と何ら変わらない形で、終わる気配の無いお茶会が繰り広げられている。まるで時間が止まっていたかのようだ。
そんな彼等を一瞥したフィリップはソファの空いている場所に腰掛けた。
「メイヴィス・イルドレシア」
「はいっ!?」
打って変わって、家主の厳かな声音に思わず背筋を伸ばす。彼は薄い色の双眸でメイヴィスを真っ直ぐに見ている。
「依頼は完了だ。報酬を支払おう。見事、私の無茶なオーダー通りのアイテムを作成してくれた」
「ど、どうも」
「急いでいるとシオンから聞いている、これからの事についてだが、この館はいつでも宿泊用に貸そう。好きな時に寝泊まりして構わん。しかし、お前が来た時には何か依頼をするかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「毎度どうも。何でも、とは言えませんけど頑張ります」
「そして、お前達のスポンサーには私が報告しておこう。今後、お前をジャックが訪ねて来るかもしれないが、その辺は知らん」
「まあ、十中八九来るでしょうね……。スポンサーって事ですし」
メヴィ、と不意にアロイスから声を掛けられる。
「俺は一度コゼットに戻るが、結局どうするんだ? フィリップ殿もこう言っているし、ヴァレンディアに残っても良いぞ」
「まさか! 私も一旦ギルドに戻りたいし、アロイスさんも戻るなら私も戻ります」
「……そうか」
何故かアロイスが渋い顔をしたが、その真意までは測れなかった。
次は一旦ギルドに戻るとしよう。メンバー達は元気にしているだろうか。
下りて来た館の主は文句を言う事もなく、用件を尋ねてきた。
「それで、私に手伝って欲しい事とはなんだ?」
「はい、それなんですけど――」
事の経緯を詳しく説明する。半分眠った顔でそれを聞いていたフィリップは鷹揚に頷いた。そういう所は大きな館を持っている主らしい挙動と言える。
「では、私はこれを起動すれば良いのか。……まあ、人間にこの手の魔法は厳しいな。よくもまあアイテムの作成までこぎ着けたものだ」
「知り合いの女の子にやってもらいました」
「女の子?」
疑問顔だったフィリップだったが、続いて彼の興味はメイヴィスが用意した他のアイテムへと移った。それは範囲結界が封じ込められているマジック・アイテムの他にある、今回の依頼品を作成する為のミスリルドームなどだ。
それを一目見てガラス玉ではないと気付いた彼が首を傾げる。目を細め、案の定疑問を覚えたのか訊ねてきた。
「これは何を使った球体か?」
「えぇっとそれは……うーん、企業機密です! でも、特に身体に有害なアレとかは無いかと思いますので、はい」
「そうか。まあいい」
「それじゃあ、お願いします」
メイヴィスはフィリップに手渡した結界のアイテムを指さす。胡乱げな顔をした館の主は少しだけ頭を掻くと、ボソッと呟く。
「私も1分程が、魔法持続時間の現界だが問題無いか?」
「そのくらいあれば大丈夫です」
「分かった。……この場で使っていいのか?」
「お願いしまーす」
凝縮封印されていた魔法がフィリップによって展開される。
このマジック・アイテムを魔道士に使わせると人柄がよく表れるのだ。例えば、尤もアイテムの発動回数が多いウィルドレディアは素早さ第一。不可は無いが丁寧でもなく、とにかくスピード感のある展開を披露してくれる。
その他にも、解凍が苦手で手間取る人、展開の順番に拘りがある人、色々だ。
しかし、フィリップは今までに見た誰とも似ても似つかない方法で魔法を再展開した。と言うのも、彼は手にしたガラス玉を易々と握り潰し、中身の魔法を全て一気にぶちまけたのだ。
――そんな乱暴なやり方ある!?
思わず心中で絶叫する。魔法が破損したらどうするのか、と思ったが全て一気に解放された魔法の術式を一瞬で正確に組み立てた彼は魔力コストの重さに眉根を寄せている。もう眠そうな顔はしていない。目が覚めてしまったようだ。
そんな事に感心している暇は無い。我に返ったメイヴィスはその魔法を別の道具に落とし込む作業に従事した。時間は1分、今週で一番濃い1分が始まったのだ。
***
「――あら?」
「どうやら成功したらしいな、夜だ」
所変わってリビングにて。会話も無くボンヤリと時間を過ごしていたアロイスは、楽しげなウィルドレディアの声で顔を上げる。そして、昼間であった風景が夜へと変貌を遂げているのを見て、肩を竦めた。
「うふふ、流石はメヴィね。偉大なアルケミストだわ」
「まるで成功するのを知っていたようだな」
「さあ、どうかしら」
そう言って魔女は笑う。特に悪意などは無い、純粋にメイヴィスの成功を喜ぶ笑みであったので冗談とも付かない言葉の数々は受け流す。
しかし、彼女の次の言葉には答えが必要だった。
「それで、アロイス。今回の件はどうするのかしら? 結局、メヴィも連れて一度ギルドに戻るの?」
「さて、どうだろうな。メヴィがここに残りたいと言うのであれば、俺だけ一度ギルドに戻ろう。あまり彼女は巻き込みたくない」
「メヴィは錬金術しか出来ないし、しなくていいのよ。一人では生きて行けないわ。きっと貴方に付いて行くと言うに決まっている」
「お前はメヴィの面倒を見られないのか?」
「無茶を言うのねぇ。私ではダメなのよ」
釈然としない答えだったが、とにかくコゼットには一度戻る必要がある。錬金術師のあの子が残ると言うのであれば止めはしないし、用事が終われば自分もまた彼女の隣に戻るのだろう。
全ては彼女次第。あの奔放なアルケミストを止める権利は自分には無いし、他の誰にも無いのだろう。相変わらず、目の前の魔女は意味深に笑みを浮かべている。
***
全ての行程を無事に終えたメイヴィスはリビングにフィリップと共に戻ってきた。自分が地下の工房へ籠もる前と何ら変わらない形で、終わる気配の無いお茶会が繰り広げられている。まるで時間が止まっていたかのようだ。
そんな彼等を一瞥したフィリップはソファの空いている場所に腰掛けた。
「メイヴィス・イルドレシア」
「はいっ!?」
打って変わって、家主の厳かな声音に思わず背筋を伸ばす。彼は薄い色の双眸でメイヴィスを真っ直ぐに見ている。
「依頼は完了だ。報酬を支払おう。見事、私の無茶なオーダー通りのアイテムを作成してくれた」
「ど、どうも」
「急いでいるとシオンから聞いている、これからの事についてだが、この館はいつでも宿泊用に貸そう。好きな時に寝泊まりして構わん。しかし、お前が来た時には何か依頼をするかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「毎度どうも。何でも、とは言えませんけど頑張ります」
「そして、お前達のスポンサーには私が報告しておこう。今後、お前をジャックが訪ねて来るかもしれないが、その辺は知らん」
「まあ、十中八九来るでしょうね……。スポンサーって事ですし」
メヴィ、と不意にアロイスから声を掛けられる。
「俺は一度コゼットに戻るが、結局どうするんだ? フィリップ殿もこう言っているし、ヴァレンディアに残っても良いぞ」
「まさか! 私も一旦ギルドに戻りたいし、アロイスさんも戻るなら私も戻ります」
「……そうか」
何故かアロイスが渋い顔をしたが、その真意までは測れなかった。
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