アルケミストの恋愛事情
08.装備の重さそれぞれ
***
風が頬を撫でる度に子供がすすり泣くような声が聞こえてくる。背筋が凍るような、音に息を呑みつつ、湿った地面を踏みしめた。何故か毎度湿気が酷いらしく、腐った落ち葉の匂いが鼻腔を突く。更に、今日は良い天気だというのに森に入った途端薄暗くなった。
「――かなり不気味ですね。何だかちょっと肌寒いし……」
心細くなり、前を歩いているアロイスにそう声を掛けた。くるりと騎士サマがこちらを振り返る。どうやら彼は言葉の後半部分のみ聞き取ったらしい。
「寒いのか? 困ったな、羽織る物を何も持っていない」
「や、別に言う程寒くは……。ただ不気味だと思っただけで」
そういえば、と思い出したようにナターリアが口を開いた。視線が自分に集中していないのを良いことに、彼女はにんまりと笑みを浮かべている。何か企んでいる顔だ。
「夜泣きの森と言えば、たっくさん黒い噂があるよねっ!」
「いやいやいや! 今、そういうのは求めてないから!」
止めようとしたが、彼女の舌は止まらない。更にブルーノも興味があるのか、「へえ、噂?」と煽る始末。
「それなんだけどっ、ここ、地元の人達からは『子捨て森』とも呼ばれてるんだよねっ! 何せ、昔は本当にこの森に食い扶持減らしのため、子供を捨ててたとか……」
「ええ、ありましたね。そんなお話も」
ヒルデガルトが悩ましげに目を伏せる。これは起きた出来事に対し、悲しみの念を抱いている表情だ。
「私がまだ騎士団に所属していた頃――初めの頃に受けた仕事が、夜泣き森での捜索活動支援でしたし」
「ガチじゃないですかそれ……」
「それに、ここは自殺の名所でもあります。実際、春口にはたくさんの遺体が上がりますし、人とは業の深い生き物ですね」
――夜泣き森、ガチ心霊スポット説浮上。
頭の中でそんなテロップが浮かんだ。ナターリアは木々の擦れる音と言ったが、やはり人の泣き声に聞こえるというからには何か理由がある。
一部始終を黙って聞いていたブルーノがかなりドン引きしたトーンでポツリと呟く。
「え、人間って恐い生き物だな……」
そうですね、と心中だけで全面的に同意した。どうも彼、ブルーノは格好はがさつとしか言いようが無いが言動の端々に品がある。良いところの育ちというか、どことなく高貴というか。
父親もギルドマスターをやっているし、人外というのは人間以上に品を重んじる生き物なのかもしれない。俗物とは縁が無いようにも思える事だし。
超越者について思いを馳せていると、他でもないブルーノ本人から小さく肩を叩かれた。
「おう、そろそろ例の物が必要なんじゃねぇか?」
「……ああ! お掃除用手袋ですね!」
一瞬何の事か分からず、考え込んだ後に合点がいった為手を打つ。何だ何だ、と事情を知らない3人の顔がこちらを向いた。丁度良い、と烏のローブから撥水性抜群、水を完全に弾くお掃除用手袋を取り出す。人数分+予備だ。
「採取方法についてもっと詳しく説明しますね」
おー、とやる気があるのか無いのか分からない掛け声と共に、謎の拍手が巻き起こる。ただし騎士連中は甲冑を着込んでいるので、鋼の痛々しい音が響き渡ったのみだ。この人等の、ギルドに順応する姿勢そのものは評価して行きたいので触れずにおいたが。
「ミズアメタケって名前の通りミズアメっぽい匂いのする粘性の液体に覆われているんです。それで、私達には感じ取れないんですけど、どうも甘い匂いがするらしいんですよね」
「成る程、想像するとなかなかに美味しそうですね」
「これが自然環境への順応ってやつでしょうね……。この匂いを頼りに、アッシュにミズアメタケを探して貰って、私達はこの手袋とスコップを装備し、掘り起こすっていう手順になります」
「手袋か……。神経性の毒があると先程言っていたが、この甲冑では危険か? であれば、一度籠手を外す必要があるのだが」
「その間接とか普通に液体って通り抜けしますよね? じゃあ、危険なので外して貰った方が良いかと……」
分かった、とアロイスがすんなり頷いた。とはいえ、彼が何か提案に対し理由も無く難色を示した事など過去一度も無いが。ぼんやりと籠手を外している様子を眺めていると、よく分からん紐を引きながらアロイスが声を掛けて来た。
「メヴィ」
「あ、はい!」
「お前のそのローブは何でも収納できると言っていたな?」
「え、ええ。そうですね」
「すまない、これを置いておいてくれないか。流石に両手に持ったまま採取作業するには邪魔だ」
「えっ! 良いんですか、私が持っていて」
「うん? ああ、いや、こちらが頼んでいるのだが」
恐る恐る、防具の一部を受け取る。ずっしりと重い。恐らくこの籠手だけで自分の装備の重量と同じくらいに違いない。怖々とローブの中にそれを収納した。
という事は、恐らく似たような装備のヒルデガルトも脱いだ籠手の置き場に困っているはず。
「ヒルデさんのも、預かりましょうか?」
「ありがとう。よろしくお願いします」
同じように恐る恐るヒルデガルトから防具の一部を預かる。こちらもずっしりとした重みがあるが、気持ちアロイスの装備の方が重かった。戦闘に特化した彼等彼女等は自らの一番扱いやすい道具を好んで使う傾向にあるので、同じ装備でも重さや形が違うのだろう。
風が頬を撫でる度に子供がすすり泣くような声が聞こえてくる。背筋が凍るような、音に息を呑みつつ、湿った地面を踏みしめた。何故か毎度湿気が酷いらしく、腐った落ち葉の匂いが鼻腔を突く。更に、今日は良い天気だというのに森に入った途端薄暗くなった。
「――かなり不気味ですね。何だかちょっと肌寒いし……」
心細くなり、前を歩いているアロイスにそう声を掛けた。くるりと騎士サマがこちらを振り返る。どうやら彼は言葉の後半部分のみ聞き取ったらしい。
「寒いのか? 困ったな、羽織る物を何も持っていない」
「や、別に言う程寒くは……。ただ不気味だと思っただけで」
そういえば、と思い出したようにナターリアが口を開いた。視線が自分に集中していないのを良いことに、彼女はにんまりと笑みを浮かべている。何か企んでいる顔だ。
「夜泣きの森と言えば、たっくさん黒い噂があるよねっ!」
「いやいやいや! 今、そういうのは求めてないから!」
止めようとしたが、彼女の舌は止まらない。更にブルーノも興味があるのか、「へえ、噂?」と煽る始末。
「それなんだけどっ、ここ、地元の人達からは『子捨て森』とも呼ばれてるんだよねっ! 何せ、昔は本当にこの森に食い扶持減らしのため、子供を捨ててたとか……」
「ええ、ありましたね。そんなお話も」
ヒルデガルトが悩ましげに目を伏せる。これは起きた出来事に対し、悲しみの念を抱いている表情だ。
「私がまだ騎士団に所属していた頃――初めの頃に受けた仕事が、夜泣き森での捜索活動支援でしたし」
「ガチじゃないですかそれ……」
「それに、ここは自殺の名所でもあります。実際、春口にはたくさんの遺体が上がりますし、人とは業の深い生き物ですね」
――夜泣き森、ガチ心霊スポット説浮上。
頭の中でそんなテロップが浮かんだ。ナターリアは木々の擦れる音と言ったが、やはり人の泣き声に聞こえるというからには何か理由がある。
一部始終を黙って聞いていたブルーノがかなりドン引きしたトーンでポツリと呟く。
「え、人間って恐い生き物だな……」
そうですね、と心中だけで全面的に同意した。どうも彼、ブルーノは格好はがさつとしか言いようが無いが言動の端々に品がある。良いところの育ちというか、どことなく高貴というか。
父親もギルドマスターをやっているし、人外というのは人間以上に品を重んじる生き物なのかもしれない。俗物とは縁が無いようにも思える事だし。
超越者について思いを馳せていると、他でもないブルーノ本人から小さく肩を叩かれた。
「おう、そろそろ例の物が必要なんじゃねぇか?」
「……ああ! お掃除用手袋ですね!」
一瞬何の事か分からず、考え込んだ後に合点がいった為手を打つ。何だ何だ、と事情を知らない3人の顔がこちらを向いた。丁度良い、と烏のローブから撥水性抜群、水を完全に弾くお掃除用手袋を取り出す。人数分+予備だ。
「採取方法についてもっと詳しく説明しますね」
おー、とやる気があるのか無いのか分からない掛け声と共に、謎の拍手が巻き起こる。ただし騎士連中は甲冑を着込んでいるので、鋼の痛々しい音が響き渡ったのみだ。この人等の、ギルドに順応する姿勢そのものは評価して行きたいので触れずにおいたが。
「ミズアメタケって名前の通りミズアメっぽい匂いのする粘性の液体に覆われているんです。それで、私達には感じ取れないんですけど、どうも甘い匂いがするらしいんですよね」
「成る程、想像するとなかなかに美味しそうですね」
「これが自然環境への順応ってやつでしょうね……。この匂いを頼りに、アッシュにミズアメタケを探して貰って、私達はこの手袋とスコップを装備し、掘り起こすっていう手順になります」
「手袋か……。神経性の毒があると先程言っていたが、この甲冑では危険か? であれば、一度籠手を外す必要があるのだが」
「その間接とか普通に液体って通り抜けしますよね? じゃあ、危険なので外して貰った方が良いかと……」
分かった、とアロイスがすんなり頷いた。とはいえ、彼が何か提案に対し理由も無く難色を示した事など過去一度も無いが。ぼんやりと籠手を外している様子を眺めていると、よく分からん紐を引きながらアロイスが声を掛けて来た。
「メヴィ」
「あ、はい!」
「お前のそのローブは何でも収納できると言っていたな?」
「え、ええ。そうですね」
「すまない、これを置いておいてくれないか。流石に両手に持ったまま採取作業するには邪魔だ」
「えっ! 良いんですか、私が持っていて」
「うん? ああ、いや、こちらが頼んでいるのだが」
恐る恐る、防具の一部を受け取る。ずっしりと重い。恐らくこの籠手だけで自分の装備の重量と同じくらいに違いない。怖々とローブの中にそれを収納した。
という事は、恐らく似たような装備のヒルデガルトも脱いだ籠手の置き場に困っているはず。
「ヒルデさんのも、預かりましょうか?」
「ありがとう。よろしくお願いします」
同じように恐る恐るヒルデガルトから防具の一部を預かる。こちらもずっしりとした重みがあるが、気持ちアロイスの装備の方が重かった。戦闘に特化した彼等彼女等は自らの一番扱いやすい道具を好んで使う傾向にあるので、同じ装備でも重さや形が違うのだろう。
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