アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

08.小さな魔道士

 ***


 当然ではあるし、予想通りでもあるが。
 結果的に言えば館へすんなり着く事は叶わなかった。あまりにもストレートに予想通り過ぎて一瞬反応に困った程だ。


「――す、すいません。アロイスさん……」
「お前のせいではないさ。気にするな」


 目の前には巨大猪。目は真っ赤に爛々と輝き、人を簡単に串刺しに出来そうな角が生えている。言うまでも無く魔物だ。今まで一度だってこんなに相手が面倒臭そうな魔物と遭遇しなかったのに、何故よりによって今。
 分かりきってはいた事だがそう思わずにはいられない。


「メヴィ、どうにも今日はあまり危険な事をしない方が良いようだ。俺が片付けるから、そこに居てくれ」
「そう、ですね。今日は本当に何やらかすか分かったものじゃないですし」


 ――でもこれ、物理攻撃の効果が薄そうじゃないか?
 分厚い皮を着ているであろう猪は鼻息荒く、突進の姿勢を取っている。下手な動きをしたらよーいドンで走り出すに違いない。
 しかも、補足ではあるが後ろに小さめの同じ魔物が2頭程控えているように見える。子供だろうか。それとも手下とか子分とかだろうか。


 考察している間にアロイスが地を蹴った。その重そうな筋肉からは想像も付かない速度で大猪へと肉薄する。ピギィ、という鋭い声と共に場が騒然となった。
 アロイスの一閃は猪の首元を正確に捉えてはいたが、やはりゴワゴワとした毛皮と皮膚の硬さ。それらが相俟って致命傷にはならない。手応えで察していたのだろう、大猪を一度おいたアロイスは後ろのやや小さめの猪にも流れるような動きで斬り掛かった――


「すいません、これは何事ですか?」
「ヒエッ!?」


 と、急に背後からソプラノトーンの声が聞こえて来た。完全に油断していたので変な声を上げて、臨戦態勢を取りながら振り返る。そして、ぎょっとして二度見した。


「え、あ、女の子……?」


 歳の頃なら10歳とか、11歳くらいだろうか。やや仕立て直したようなサイズの大きめの魔道ローブを着用している。その手にはやはり大人用、大きめの杖を持っていた。間違いなく魔道士ではあるが、あまりにも幼い。
 というか、何故ここに?
 当然の疑問にブチ当たり、暫く少女を見つめる。が、答えは全く得られなかった。


 さらりとした黒髪が揺れる。子供特有の、傷んでいない髪質に目を細めた。本当に、紛うこと無く、どこかの少女。ここにいるべきではない、ある意味魔物より異質な存在。


「これは、今、何をしているのですか」


 聞こえていなかったものを解釈したのか、少女がもう一度同じ質問をした。いやに大人びていて、物怖じしない声音に何故か背筋が伸びる。


「えーっと、魔物退治……? この先の館に用事があったんだけど、足止めされちゃってて」
「へえ。それで、そちらの方は? 貴方の連れですか」
「ああうん、用心棒みたいな」
「そうですか」


 平坦にそう返事した少女は杖の先を、アロイスが相手をして居ない、フリーの魔物へと向けた。ぶつぶつとまるで意味の理解出来ない魔法発動用の詠唱を並べた――かと思えば、地面に氷の魔法が走る。辺り一帯を凍り付けにしながら、目標である猪の魔物一体を完全に氷像へと変えた。


 驚いたアロイスがちらっとこちらを一瞥したが、すぐに戦闘行動へと戻って行く。少女はと言うと次のターゲットを狙い澄ましていた。


「あ、危ないよ? 向かって来たら――」
「結界を張っています。問題ないかと」
「いや、ちょ、こわ――」


 結果的に言えば心配は完全に杞憂と化した。
 何故ならこの唐突に現れた少女の振るう魔法は、同じ人間かと疑ってしまう程度には強力で魔物の逆襲などあり得ないと言わんばかりに、一瞬で討伐してしまったからだ。


 一方で、アロイスの方も3対1からサシになってしまったからか、気付けば大猪もまるっと斬り伏せていた。真っ赤な液体が地面に広がっているのが遠目にも見て取れる。


「ありがとう。えっと、どこの子かな?」
「どこ? 私はただ、この先にある館に用事があるだけです」
「そうなんだ……」


 会話の輪にアロイスが加わる。くらい山道にそぐわぬ少女の存在に、小首を傾げながら。


「メヴィ、彼女は知り合いか?」
「いえ……ただ、館に用事があるらしくて。そうだ、私はメイヴィス・イルドレシア。君は?」


 名前を訊ねはしたものの、少女はやや眉根を寄せて言い淀んだ。不審者と勘違いしているのだろうか。
 何とか弁解しようと僅かに口を開き掛けたところで、ようやっと少女は問いに応じた。不承不承、ちょっと悩んだ末にと言った体で。


「私は――イアン・ベネットと申します」
「そっか、よろしくイアン」


 随分と大人びた喋り方をするが、どんな教育を受けているのだろうか。疑問に思いはしたが、恐らくは貴族家だとか、やんごとなきお家の出身なのだろうと訊かずにおいた。



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