アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

01.すれ違う思惑

 アロイスの怪我は完治し、大剣の補強も済んでから1週間。ヴァレンディア魔道国へ戻ってからは3日間が経過した。


「うわあ……」


 白い雪、白い地面、吐き出す息は白く凍る。
 年中真冬の大地、シルベリア王国の国境付近に来ていたメイヴィスはあまりの寒さに愕然と息を吐き出した。寒い、とにかく寒い。ヴァレンディアは既に春の陽気に包まれていただけに、まるで別世界へ来たようだと錯覚してしまう程だ。


「ふふ、寒いな。メヴィ」
「あ、アロイスさんは全然寒そうに見えませんけど……!」
「まさか。俺だって人間だ。寒い時には寒さを感じているさ」


 それは確かにそうなのだろうが、分厚い雲に覆われた空を見ている騎士サマは心なしか楽しそうで、とても寒さを感じているようには見えない。
 とはいえ、防寒具は錬金術で完全保温性のコートに変えて来た。実際に寒いのは、コートに触れていない部分。手袋と袖の隙間だとか、マフラーの少し空いた部分とか、顔面だ。それでも身体の芯が凍るような寒さだが。


「何だか、ヴァレンディアでは春だったのが嘘みたいですね」
「王国は年中、冬で雪が降っているからな。気候を完全に無視したこの大地の謎は、未だに解明されていないそうだ。どうだ、メヴィ? 調べてみる気は無いか?」
「アロイスさん……。私は天候学者でも、地質学者でもなく錬金術師なんですよ」
「ああ。知っているさ」


 何故、シルベリアにいるのか。
 事の発端は一昨日にまで遡る。


 ***


 正午、今までお休みしていた分を取り戻すかのようにユリアナにアイテムの納品をしたメイヴィスは地下の工房で休憩していた。錬金アイテムは何故か馬鹿売れするので、たくさん作っても取り敢えずは全て売れる。次から次に錬金術に触れるのは、勉強になってとても良いと言えるだろう。


「――メヴィ、少し良いだろうか」
「ふわっ!? あ、ああ、アロイスさん!? どっ、どうしましたか!?」


 前々からそうだったが、アロイスは工房へ入ってくる時のノックとドアを開けるタイミングが同時だ。それはノックの意味がないと思ったが、未だにその事実を教えられずにいる。
 ともあれ、急に乗り込んで来た彼はいやに真剣な顔をしていた。改まっている、とも言える。


 まさか、護衛の任を下りるという通達だろうか。あり得なくも無い。何せ、アロイスは元騎士。他に割りの良い仕事など幾らでもあるし、ヘルフリートやシノ曰く、一カ所に留まるのを嫌うとの事だ。
 急にギルドへ戻ると言い出しても不思議ではない。
 アロイスに合わせて、メイヴィスもまた背筋を正した。恐々と死刑宣告を待つ。


「メヴィ、俺は考えたのだが……」
「な、何をですか……?」


 息を呑む。
 これまでにないくらい真剣な顔をしたアロイスは、ゆっくりとその考えを口にした。


「――シルベリア王国に行ってみないか?」
「は?」
「隣の王国だ。ヴァレンディアとはまた違った雰囲気だし、折角、隣の大陸に来たのだから見に行ってみるのも悪くないだろう。どうだ?」


 ――いや、どうだ? って言われても……。何で急に……?
 全く唐突な申し出に、メイヴィスは一瞬だけ言葉を失った。彼が言わんとする事は理解出来るが、どうして今なのか。もっと生活が落ち着いて、来週くらいでもよくないか?


 そう思うと同時、まさかアロイスが何の目的も無く、ただ観光で遠くへ足を伸ばそうと言っている訳では無いと思い直す。
 シルベリアへ行く理由、理由、理由――


「……あ」


 ――そうか、素材集めだ! アロイスさんは、私の為に素材集めへ行こうと提案してくれているんだ!
 確かに、シルベリアのような特殊な大地にはそこにしかない素材がたくさんある。行って損は無いどころか、珍しい素材を手に入れるチャンスではないだろうか。


 メイヴィスはキラキラとした目を護衛騎士へと向けた。流石は経験豊富な騎士サマ。考える事が凡人の自分とは一線を画している。


「行きます! とにかく、防寒具を作りますね!」
「ああ、そう言うと思っていた。実はヒルデが、雪の綺麗な土地だと言っていてな。気にはなっていたんだ」
「雪? 確かに、シルベリアの上質な水を含む雪は良い素材になりそうですね!」
「素材……?」


 可愛らしく小首を傾げるアロイスを見て、不意に理解した。
 ――あっ、これ別に素材とか気にしてくれていた訳じゃなく、特に考えず観光に行きたかっただけなんですね、アロイスさん!



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