アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

04.ナターリアの腕前

 ギルドの庭に出て来た。いつもは誰かが腹筋したり、手合わせしたりと賑やかなのだがこの日に限って無人。何なんだ一体。


「わあっ! 広々と使えるねっ! メヴィ!」
「いやうん、そうなんだけどさ。ナターリア、殺意高く無い?」


 既に臨戦態勢に入っている友人を視界に入れ、メイヴィスは顔を青くした。それは隣に立っていたウィルドレディアも同じだ。目を白黒させ、戦闘態勢に入っているナターリアを凝視している。彼女のこんなレアな横顔、そうそう見れないぞ。


 しかし、いち早く我に返った魔女はどうどう、と可愛らしい獅子を宥める。


「ちょっと待って。ルールを決めて始めた方が良いんじゃないかしら? 怪我なんてしたら事よ」
「どうもこうも、メヴィはクッソ雑魚だし! 大丈夫、本気で掛かってきなよ。返り討ちにしてあげるからさ」


 獰猛な方の猫科のお面を被ったナターリアが嗤う。もう完全に捕食者のそれだし、返り討ちどころか病院送り、果てには冥界送りにされそうだが本当に大丈夫だろうか。
 とはいえ、それはつまり十八番であるアイテムを幾らでも使って良いと言っているのか、とどのつまりは。


 ――ここで物怖じしてても始まらない。何かやらなきゃ!
 気持ちを切り替え、ローブに手を突っ込む。今更意味無いような気もしたが、アロイスが負傷した日から前よりずっと多くの攻撃用マジック・アイテムを所持している。コストもそんなに掛からないし、模擬戦とはいえ使用して良いだろう。


 流石に火は危険だと判断し、氷系統のアイテムを取り出す。右手と左手に2つずつだ。


「オッケー、メヴィ! それは時間の無駄だって事をまず知らなきゃねっ!!」


 拳と拳を打ち合わせたナターリアが地を蹴る。軽やかな動作とは裏腹に凄まじい速度が初動で叩き出されるのを、見た。
 ナターリアとの距離はかなり離れていたはずだ。少なくとも10メートル。小さな部屋の端と端に立っているくらいには距離が空いていた。


 ――にも関わらず、ナターリアの行動を見送る。
 二段目の加速、メイヴィスとの距離を半分くらい詰めた彼女が更に地を蹴って速度を増す。最早、戦闘慣れしていないこの目には残像しか写っていなかった。


 次に彼女の姿を捉えられたのは、ナターリアが目の前に立ち拳を振り上げた瞬間だった。狙い澄ますようにピタリと照準を定めた彼女は、そのままもう一度地を蹴って拳を振るう。
 ――あっ、マズイ死ぬ。
 と、そう思ったが重ねたガラスがそのまま粉々に砕かれるような音で我に返った。音の正体は魔石による結界だ。つまり、携帯していた魔石が少なくとも1つは駄目になったという意味である。


「つっかまーえたっ!」
「……っ!? ……!!」


 模擬戦のはずなのに底知れない、本能的な恐怖を覚えた瞬間、足払いを掛けられる。ナターリアが手首を掴んでいたので酷く尻餅を着かずに済んだが、実戦なら間違い無く死んでいただろう。
 ぐっと顔を近付けて来た友人は機嫌良く、しかし肉食獣めいた獰猛な笑みを浮かべている。


「がおー。どう? 恐かった?」
「こっ……恐かった……! 狩られる魔物の気分を味わえたよ……」


 震える脚で地面を踏みしめた。如何に自分が無力な存在か思い知っただけでなく、結界が破壊されただけで平常心を失う、メンタル面の弱さにまで気付かされる始末。
 やや落ち込んでいると、一部始終を見ていたウィルドレディアが近付いて来た。


「メヴィ、貴方、戦闘には向かないんじゃないかしら? 今更ちょっと鍛えたところで何かが変わるとは思えないのだけれど」
「そうだねっ! だってメヴィには闘争心が足りないもんっ!」
「何さ、闘争心って……」


 そうねえ、と何やら考え込んだ魔女が1枚のメモにさらさらと何かを書き綴った。


「こっちを使ってみたらどう? 魔法は使えるでしょう、メヴィ。今はアイテムを取り出す時間を勘定に入れなかったけれど、恐らく術式を発動させる方が早いわ」
「ああっ! 失敗失敗! メヴィがアイテムを出す前段階で始めなきゃ、意味無かったねっ!」
「まあ、貴方はそのアイテムすらも完封したけれど……。いやでも、それなら魔法の発動も間に合わないのかしら?」


 何故棒立ちするか分からない、とナチュラルに貶して来た魔女は頭を抱えている。何だか戦闘以前の問題な気がしてならない。


「棒立ちっていうか、あたしの動きが見えて無いんじゃないかなっ! 焦点が合ってないっていうか、明後日の方向を見てるよね!」
「いやだって、速すぎて目で追えないんだもん」
「戦場では先に敵を見つけた方が勝つんだよっ! 見つかる前に、殺れ!」


 しかも、今気付いたがナターリアは普段の魔物討伐クエストでアホみたいに野蛮なハンマー武器を装備している。なお、今は素手。
 彼女と自分の間には、分かっていた事だが大きすぎる力の差があるようだ。



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