アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

01.解毒キット

 しとしとと決して激しくはないが、そうであるが故に止みそうにない雨が降っている。湿気てはいるが秋特有の冷たい風が濡れた身体を冷やしていくのを感じながら、ぐったりとメイヴィスは溜息を吐いた。


「どうしよう、これから……」


 皆が一様に疲れ切っている様子で明確な答えは返って来ない。
 自然的に出来た洞窟はとても土臭く、余計に不安な気持ちを煽る。


 今日、ここへはクエストで来た。魔物の討伐、という実にありきたりでよくあるクエスト。メンバーは自分に加え、ナターリア、ヘルフリートとエサイアスだ。
 なお、エサイアスについては魚人である。かなり人間味が強いせいか、輝く透明な鱗は目の周りにのみ煌めいているのが伺えた。ナターリアは獣人で、自分とヘルフリートは人間なので奇しくも基本三種と呼ばれる人口上位三種が一堂に会している事となる。


「寒くないカ?」


 不意にエサイアスがそう訊ねた。それはナターリアというより、人間である自分とヘルフリートへ向けた言葉だ。魚人特有の舌足らずさが、何となく可愛い。
 そんな彼の言葉にメイヴィスとヘルフリートは揃って首を横に振った。


「寒くないです」
「ああ、大丈夫だ。火でも起こしたいところだが――この雨で、しかもこの状況じゃな……」


 そうだ、とこんな時にでも猫かぶりを忘れないナターリアが手を打つ。


「メヴィ、何か身体を温められるアイテムは持ってないのっ?」
「ご、ごめん。今日は解毒系アイテムしか持って無い……」
「ありゃ、そっか。そうだよね。アイテムも、嵩張るし!」


 そもそもどうしてこんな事になったのか。話は3時間程前に遡る。


 ***


 3時間前はまだ、どんよりとした雲は立ちこめているが雨は降っていない、そんな空模様だった。


「雨、降りそうですね」
「そうだな。雨が降る前に――は、流石に無理か。まあ、風邪を引く前には帰りたいな」


 そう言ってヘルフリートが爽やかに笑う。


 ここは湿地帯の入り口だ。コゼット・ギルドに程近い場所にある、珍しい薬草やら魔物やらが生息する地。ここの管理人とやらがうちのギルドと贔屓してくれていて、魔物の討伐というクエストを毎回掲示してくれるのだ。


 そんな湿地帯でのクエストに同行した今日の面子。実に統一性は無いものの、一応全員顔見知りである。ナターリアが持って来たクエストなのだが、それに暇人達が寄り集まった。
 残念な事にアロイスは朝から見掛けなかったので今日は自主休日かもしれない。とはいえ、例えギルドに居たとしても声を掛ける勇気は無かっただろうが。


「今日のクエストは何だっただろうカ。もう一度、確認してくれないカ?」
「今日は何故か大量繁殖した毒トカゲの駆除がクエストですよっ! メヴィが解毒アイテムを大量に持っているので、毒でも浴びたのなら早めに相談してくださいねっ! エサイアスさん!」
「それはいいガ、大量に……具体的にはどのくらい持っている? 遠慮無しに使うと、無くなってしまったりはしないのカ?」


 大丈夫ですよ、とメヴィは笑みを浮かべる。


「こんな事もあろうかと、かなり昔に作った解毒キットを持ってきました。毒トカゲの毒さえ採集出来れば、何と解毒剤の無限生成が可能! とはいえ、今回は毒トカゲ戦しか想定していないので、他の魔物の毒性物質は解毒出来ないんですけどね」
「おお! 君は本当に便利なアイテムを一杯持っているんだな。今度、刃物の艶出しとか作ってくれないか?」
「そういうアイテムは全てお隣の鍛冶屋に提供しているので、そちらと交渉してくださいね!」


 ワカッタ、とエサイアスが大きく頷く。喋り方で色々と台無しだが、基本的には落ち着いたお兄さんのような人物なのだ。安全が確認出来た事で多少なりとも心にゆとりが生まれたのだろう。
 あ、とメイヴィスは不意に思い出したように手を打った。


「そうだ、普通に毒を浴びない為に持って来たアイテムもあるので、そっちも配りますね。短期間とはいえ、毒なんて有害な物質浴びたくないですもんね!」
「そうだナ。そもそも、毒さえあびなけれバ、解毒剤は要らナイからな……」


 教会で売られている聖霊布。シスターが三日三晩祈りを捧げ、魔力とはまた違った神聖を持つ布で作ったお守り。それを1人1つずつ持たせる。流石に物理攻撃を弾く為の結界を編み込みたい訳ではなかったので、魔石で毒攻撃を凌ぐアイテムを作るのは憚られた。コスト的な面でだ。


 人によっては不謹慎だ何だと言ってきそうだったので、原材料の話は伏せる事とする。特に騎士であったヘルフリートなんかは苦言の一つでも漏らしてきそうだ。



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