乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

01.久しぶりの相談者

 ドラホスが持ってきた教会騒動から数日が経過した。穏やか過ぎるくらいに穏やかな毎日が続いており、最近は疎かになっていた相談室運営も順調だ。やはりドタバタしていたからか、安定して私が相談室にいればやって来る人も増えたのだが。


 時計を見る。既に午後6時を過ぎ、あと数十分もすれば7時台に乗る時間帯。今は相談者もいないのでそろそろ店仕舞いして、帰る支度を進めよう。何せ、この世界は治安があまりよろしくない。鍛えているとはいえ、不要な絡まれ方をしてトラブルに発展するのはごめんだ。
 そんな私を嘲笑うかのように相談室のドアが開け放たれた。遠慮も何も無い、まるで自宅へ戻って来たかのような気安さである。


「――何だ、開いてるな」
「おっ、オルヴァーさん!? あれ、メッチャ久しぶりじゃん」
「お前が相談室をずっと閉めてたんだろうが」


 それは確かにそうなのだが、久しぶりのそのご尊顔を拝見した気がする。ここ最近は精神面に問題を抱えていそうなサツギル屈指の恐ろしい連中とばかり出会っていたので、オルヴァーが可愛く見えるレベルだ。
 とはいえ、彼も彼で傷付いたギルドのメンバーを放置して帰る鬼畜ハードモード仕様の人物ではあるのだが。好感度が低いと物理的な危害も加えてくるし。
 だがそこは今まで培って来た関係性。もう流石に置いて行かれる事はあれど、トドメを刺されるなんてアホな事には恐らくならないだろう。断言は出来ないけれど。


 勝手知ったる様子で小さな丸椅子に腰掛けたオルヴァーはボンヤリと室内を見回している。先程の発言を前向きに捉えると、偶然私が居ない時に何度か相談室へ来ていたのかもしれない。


「そういえば、最近はどうなの? 全然音沙汰無かったけれど、やっぱり上手く行ってないの?」
「あ? ああ、まあ」


 ――何だその雑な返答は。
 オクルスの件で何か吐き出したい悩みがあるのではないのか。そういえば、贈り物がどうのと言っていたが進捗は? 必ずしも相談相手に報告しなければならない訳ではないのだが、気になるものは気になる。
 が、一向に渦中の人物が何かを語る気配は感じられない。ただ椅子に座っているだけ。何をしに来たんだ。


 こうしていても仕方が無いので手元のタブレットで再度――もう何度も繰り返して失敗してはいるが、検索欄にオクルスの名前を打ち込み検索を掛ける。当然エラーを吐いてしまい、有力な情報は得られなかった。
 情報が更新されているかもしれない、と思ったがそういう機能は無いのだろうか? 見なくても覚えている情報はいちいち調べたりしないので、その辺りもかなり曖昧だ。


「オルヴァーさん。今日はどうして来たの? 何か用事があるんじゃないの?」
「用事? いや別に無いが。開いていたみたいだったから寄っただけだ」
「ええ?」


 もしかしてうちの相談所、暇を潰せる場所にクラスチェンジした? この間から暇潰し目的で来る人が多い気がする。


「まあ、何でも良いけれど7時には退勤予定だから、そこんとこはよろしく」
「ああ」


 普通に雑談して午後7時まで過ごした。


 ***


 推し・オルヴァーと限界まで雑談を楽しんだ後、事務処理の関係で一旦、ギルドの事務室に足を向けた。あまり遅い時間に出歩きたくはなかったのだが、どうしても早めに申請を出さなければならない物があったからだ。
 十分弱程、事務と会話した後に戸締まりをすべく相談室へ戻ってくると新しい客の姿があった。おかしいな、クローズのドア札貼っておいたのに。


「よお、遅かったなシキミ」
「アリシアさん、申し訳無いんですけど、今日は閉店です」
「ははは」


 ――いや、笑い事じゃなくて。
 午後8時からの治安は最悪の一言だ。私のように見た目がかなり弱そうな女の一人歩きは危険過ぎる。これ以上遅くなりたくはないのだが、アリシアが椅子から立ち上がって退室する気配はまるで無かった。何をしに来たんだ彼女は。


「いやさ、久しぶりにお前の顔を見てから帰ろうと思ったんだけど居なかったから。ところでコレ、どうやって使うの?」
「え?」


 情報量が多い言葉だったが、ふと見ればアリシアはその手にタブレットを持っていた。画面が点灯しているので、起動する所までは持って行けたらしい。
 勿論、タブレットの使い方を教えてやるつもりなどないのでやんわりと板に手を伸ばす。穏便に返して頂きたい。


「シキミ、お前オクルスについて調べてんの?」
「へあっ!?」
「はは、何その声! だってさ、これ、調べようとして名前を打ち込んだんだろ?」
「……っ!?」


 大誤算。検索欄に名前を入れっぱなしで消してない。
 7割くらいは自分の責任である。自身の血の気が引いていく音をダイレクトに聞いてしまった。目の前のアリシアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべているが、それにしては邪悪が過ぎる。



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