乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

04.教会

 いよいよ教会の中へと入る。床には控え目な赤の絨毯が引かれ、前の椅子が机として使えるタイプの長椅子が等間隔で並べられている。祈りに使うアクセサリーのような道具も入り口で貸し出しが出来るようだ。
 ちなみにゲームであれば教会の奥にある女神像の前で聖水を配ってくれるお姉さんが祈りを捧げているはずなのだが、今はその姿が無かった。ゲームでは行けば必ずいるキャラクターだが当然現実ではそうもいかない。


 椅子には疎らに人が座り祈りを捧げている他、近くにあるパイプオルガンを弾く教会の女性もいる。ただし、建物の大きさに対して人の密度はどう見ても低い。空間の無駄遣いと言える程だ。
 ――この場にかなり居づらい。しかし信者でも信徒でもない私がとやかく言う事じゃないさそう。
 知りもしない事、物、人。それらを頭ごなしに批判するのは気分が良くない。教会の内部は信者達のものだ。そこには口出ししようがない。


「――そういえばドラホスさん。本当に無知で申し訳無いんですけど、お祈りするのに決まった礼儀作法とかがあるんですか?」
「礼儀作法自体は存在している。が、余程で無い限り頓着はしなくていい。祈りとは神へ捧げるものであり、大事なのは祈る心そのものだ。だから作法通りでなくとも注意をしたり、追い出したりはしない」
「フリースタイル可って訳ですね」


 それすら知らないし、今この場にいる信者の方々は一定法則の動きをしている。ドラホスの言う正式な礼儀作法に則った祈りを捧げているのだろう。上級者ばかりのようだ。
 少し決まりの悪そうな顔をしたドラホスは巨体に似合わず小首を傾げながら訊ねる。


「――その、やはり小難しく見えるだろうか? 神に祈りを捧げる、というのは」
「そう、ですね。勝手な思い込みで恐縮なんですけど、やっぱり少し敷居が高いように感じます。礼儀作法もそうですけど、その、出入りが自由って言うのだって私は初めて知りましたし」
「そうだったか。やはり外からの目は我々が思いも寄らない視点を持っている」
「いえいえ。偉そうな事言ってごめんなさい。あ、そうだ。外から教会を見てみたいので、チラッと見てきて良いですか?」
「ああ。私はここにいる。……自由に出入りして構わない」
「す、すいません。本当」


 色々と事情も知らないくせに指摘してしまった事を怒っているのか、と一瞬だけ思ったが聖職者の彼は柔和に微笑んでいる。分かり辛いがジョークの類いだったのだろう。


 ***


 教会の外に移動して来た。そもそも内部に人がいないので、外にも人はあまりいない。精々遠くから教会を眺める人物、早足でどこかへ向かう通行人くらいなものだ。
 因みに外装を見たかったのは駄目出しをしたかったからではない。外見に関してはド素人の私が口を挟む余地などないからだ。ただ、ゲームでの1枚絵であまりにも立派な教会だったのでその全容を肉眼で確認したかっただけだ。
 教会名物のステンドグラスも、今日は天気が良いので一層輝いて見える事だろう。


 そしてその予想は大当たりだった。
 白亜の壁に色取り取りのステンドグラス。屋根には重厚な青が載せられ、あまりの荘厳さに言葉を失う。内側から教会を見た時にも天井が高くて立派な造りをしていると思ったが、外から見ても予想を違わない美麗さ。
 外から見ているだけで満足した心持ちになってしまう程だ。


 ――そうだ、ダブレットで撮影しておこう。
 いそいそとそれを取り出し、カメラにする。1枚、2枚とあらゆる角度からステンドグラスひいては教会を撮影していった。


「よし、最後」


 パシャリ、とシャッターを切った。が、その写真の中に写ってはいけない者が写り込んでいる事に気付く。それは確かに私の方をニヤニヤと見ていた。


「あれ? 教会で何やってんの? 相談員さん」
「――ふわっ!?」


 写真を見て青ざめていると不意に目の前が薄暗くなる。急に影が差したような。次いで聞こえて来た声に思わず息を止める。
 ブリキの人形じみた動きでゆっくりと顔を上げた。
 凶悪なニヤけ顔。危険人物と全身でそう教えてくれるその人物はシリルだ。ついさっき相談室に暇潰しをしに来た人物。サイモンの関係者という情報は分かっていたが、まさか彼のテリトリーで出会すとは。つくづく運が無い。


 硬直している間にもシリルはマイペースに話を進める。サツギルの攻略対象はおよそ半数が人の話を聞かない連中で構成されているのだ。


「それ、さっき相談室に行った時も持ってたよね? 何してたのかな?」
「い、いやっ! 別に何も!!」
「あー、教会を撮ってたの? こんな小さな機械で? フィルムじゃないみたいだけど、どうやって現像するのさ。というかどうなってんだろこれ……」
「個人情報なので!!」


 取り上げられそうになるのを死守するべく身体を丸める。根本的にこの世界の人々はタブレットの使い方を知らないようだが、触らせてしまえば使用法を理解してしまうかもしれない。触れさせないのが一番だ。
 しかし、すぐにそんな攻防にも飽きたのかシリルはしつこく絡んでは来なかった。通行人が奇異の目で見ていたのでそれを気にしたのかもしれない。
 何事も無かったかのように彼は話を変えた。今までのタブレットへの執着が嘘のようだ。


「それで? なーんで相談員がこんな所にいんの? あ。もしかして祈りに来たの?」
「えっ、いや、ドラホスさんの相談でちょっと……」
「はあ? ドラホスぅ? 俺さあ、アイツの事嫌いなんだよなあ」
「……?」


 うんざりした調子でシリルが肩を竦める。知り合いですらない相手から、依頼人の陰口を聞く事になるとは。これも相談員としての宿命なのかもしれない。


「だってアイツさ、耳障りの良い言葉ばっかり吐くじゃんか。カミサマなんていないんだよ、知ってた? 知らないか、わざわざこんなくたびれた教会になんて来るぐらいだし」
「い、いやいやいや! あなたも教会の関係者なんですよね? 駄目でしょそんな事言ったら……」
「別に。サイモンが俺の存在が神なんていない事の証明だ、つってたよ。まあ、俺もそう思うわ。そんな都合の良いもんがいたら、まず間違いなく俺はこんな所にはいないし」
「教会で無神論者はヤバいよ……」


 ――シリルの個別シナリオをプレイしてないから、この台詞の意味が分からん。
 どう聞いても個別シナリオに続く為の伏線を張りに来た発言だが、如何せん未プレイなので何に繋がるのかがさっぱり分からない。



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