乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

07.乙女ゲームが本領を発揮してくる

 しかし、本当に疲れるのはここからだ。今からラヴァとスピサ、スタフティを捜し出し合流しなければならない。正直、兄弟喧嘩が止まるとは全く思えないので人員を見つける順番に失敗したら死あるのみだ。
 どうにか最初にラヴァと合流したい。巻き込み事故で死にかねないメンバーを後回しにしたい。


「あ」


 信じてもいない神に祈りを捧げていると、不意にプロシオが間の抜けた声を上げた。何だ、と聞こうとして失敗する。
 口を強制的にチャックさせられた。というのも、あらぬ方向を見上げていた長男殿が唐突に私の身体を米俵のように担ぎ上げたからだ。急過ぎる展開に事情を訊く事すら忘れる。
 腰――腹回りに腕を回したまま彼は大きく飛び退った。腹に言い知れない圧が掛かって潰れた蛙のような声を上げる。


 瞬間、先程まで彼が立っていたはずの場所に煌々と燃える火柱が上がった。私が先生に教えて貰ったものの比では無い熱量に、離れていても全身を熱風が撫でる。


「えええええ……!? あっつい……」
「熱い? 人間って脆いなぁ、オイ。もっと離れてやろうか?」


 そう言ったプロシオは私の返答を聞かずに更に数歩、退避した。数歩、と言っても人間離れした跳躍力で跳ねたという方が正しいのでかなりの距離を移動したが。
 というか、そもそも――


「ううっ、助けて頂いて有り難うございました」
「ん? おお。このくらい朝飯前だぜ」


 ――そういう所だぞ、もう!!
 ポン、と放り出されるように地面へ下ろされてから胸を抑える。流石は人気上位常連者、乙女ゲームが何たるかを心得ている。こういう所が人気の所以か。オルヴァー一筋じゃなかったら落ちてた。
 暴れ狂う心臓の動きを鎮める為、深呼吸を繰り返し蹲る。ここ最近で一番心にきた。乙女ゲームサプライズは止めろ、下手すると心臓が止まる。


「おーい? 何、具合でも悪いのかよ。えー、面倒臭ぇな……」
「は?」


 あまりにも声が近い。まるで目と鼻の先で喋られたかのようだ。驚いてパッと顔を上げる。
 私と同じく屈み込んだプロシオとばっちり目が合った。文字通り、目と鼻の先で。


「はああああ!? もうホント、そういう所!! 自重して! 顔が良い!! ぐううう……」


 大声を上げても尊さを噛み殺しきれなかった。頭を抱えて煩悩を全て断つ体勢に入る。これはいけない。私はオルヴァー一神教。
 こちらの気など当然知らず、キャッキャとプロシオははしゃいでいる。彼の笑いのツボは意味不明なので、何かしらの行動を面白く感じたのだろう。幸せそうで何より。


「やっべー、からかうの面白過ぎる。おい、顔上げろよ! ……んん?」


 またもプロシオが不穏な声を上げた。恐る恐る顔を上げる。瞬時に知らんフリしとけば良かったと後悔した。
 燃えるような赤髪の青年、スピサ寄りの白い肌、160センチ前後の身長――ラヴァ一家と濃い血の繋がりを感じる次男坊、スタフティが仁王立ちしている。離れていても分かる怒りの形相に、僅かに震えているのは武者震いだろう。


 ただ、良い事がたった一つだけある。末っ子のスピサがちゃんと次男のスタフティと合流出来ている事だ。血の気が引いた表情で兄2人の動向を見守っているだけなのは置いておいてだ。
 たっぷり間を置いて、スタフティが口を開く。


「へぇ、兄さん……やるべき事も放り出して、人間の女性を襲っていたんだ。一般人には手を出すなって言ったよね? どうしてこうも、次から次に問題を起こすかな」


 スタフティの顔には笑みさえ浮かんでいた。ただし目はちっとも笑っていない。本当に怒っている人が、無理に怒っていないと取り繕う時の表情だ。
 しかも多大な勘違いをしている。私はプロシオに襲われていたのではなく、どちらかと言えば次男の物と思われる魔法から助けてもらった。まあ、最初は爆破されかけた訳だが。


 勿論、プロシオも弟に言われっぱなしではなかった。ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らした彼は立ち上がり盛大に弟を煽る。


「はあ? どこをどう見たら俺が人間を襲ってるってんだよ。お前が俺を狙って放った魔法で巻き添え食いそうになったから助けてやったんだろうが。オイオイ、よく見て魔法は撃てよな。むしろ、お前が俺に感謝するべきじゃね?」
「は? 見えていたに決まってるじゃないか。兄さんが! 女性に無体を働いていると思って救出に入ったんだよ!」
「にしては殺意高すぎじゃね? 俺はともかく、人間が巻き込まれたら怪我じゃ済まなかっただろ」


 兄弟が睨み合う。夕飯の話が欠片も出て来ないのだが、本当に解決の糸口掴めてるか? 駄目そうな気がしてならないのだが。
 相変わらず顔色が悪いスピサはぐったりと溜息を吐いている。止めるのを諦め、母が早めの到着をする事を祈っている顔だ。

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