乙女ゲームのモブに転生したので縁結び相談室を作る

ねんねこ

05.有力な証言

 ***


「結構、急な、傾斜だね……」


 私はやや息を切らしながら呟いた。
 ここは隣街にある裏山だ。裏山、というフランクな感じの場所だったので大した事ないと勝手に思っていたが当てが外れた。運動不足の事務員には辛い道のりで、まだ目的地も定まっていないというのに息切れと動悸が収まらない。


「シキミちゃん、君体力無いね。いや、相談室の管理人なんだしクエストには行かないから当然なのかな」
「それ以前の問題だと思うのだけれど。よくそれで付いてくるって言ったわね」
「仰る通り……」


 自分でも舐めて掛かった事は反省せざるを得ない。しかし、『山のヌシ』を舐めて掛かっている彼等には残念だが指摘されたくない。


 そして裏山に人影は一切認められなかった。噂のせいだろうか、猟師の姿も無ければ裏山を通って別の町へ行き来する人の姿も無い。


「アベル!! どこかにいるのかい!!」
「うわっ、急に大声出さないでよ!」


 急にマルセルが大声を上げ始めた。どこに潜んでいるかも分からない、人食い魔物を呼び寄せてしまいかねないので止めて欲しい。のだが、マルセルは気にした風も無く首を横に振る。


「ああ、ごめんよ。アベルの事だから酔っ払ってどこかで寝こけているのかと思って。呼んだら出て来るかもしれないだろ」
「いやでも、一応恐い噂のある場所だし、もっと静かにした方が……」
「そうよ、マルセル。ちょっとは考えなさいよね」


 意外にもクレールが味方してくれた。彼女は目を細め、仲間を睥睨している。小柄なウンディーネなのだが何故かその体格は非常に大きく見える。これが目には見えない威圧というものか。
 悪いね、と爽やかに謝るマルセル。何と言うか彼等のノリにはあまりついて行けないところがある。


 そんな彼等のやり取りを眺めていると、不意に怒号が響いた。


「おいッ!! そこに誰かいんのか!?」


 ――これはアベルの声じゃないな。
 渋めの声をしていて、もう少し上品に喋るアベルの声ではないと瞬時に判断。今思い出せるサツギルの攻略キャラクターでこんな声の人物は居なかったはず。であれば、私と同じモブか。
 周囲を見回すと猟銃のようなものを担いだおじさんが立っていた。言わずともがな、町の猟師だろう。どうやらマルセルの大声で私達に気付いたらしい。


 その人物は私達を見つけると目を怒らせながら、ドシンドシンと歩いて来た。明らかに何事かを注意する人間の目だ。案の定、その予想は大当たりする。


「どうして裏山をほっつき歩いているんだ! 危険だから避難しろって自警団の連中が言ってたろうが! ったく、最近の若い連中は人の話を聞かねぇからいけねぇな!」
「誰よアンタ」
「誰がアンタだ!!」


 クレールの言葉に更に猟師と思わしき男が激昂する。とはいえ、その怒りはすぐに収まったようだ。


「まあいい、おっかねぇ魔物に会う前におじさんと会えて良かったな。今、この場所には避難勧告が出ててよ。俺も自警団の連中から話を聞いて、避難してる途中って訳だ。一緒に町まで下りてやるから、ほれ、行くぞ」


 ――あっ、これ普通に良い人だ!
 こちらの身を案じて大声を出したようだ。根は優しい猟師なのか、道案内までしてくれると言っている。
 だが、こちらは捜し人がいる身の上。その親切に流されてしまう訳にもいかないだろう。私は猟師のおじさんに訊ねた。


「あのぅ、実はもう一人ここに来ている仲間がいてですね……。私達以外に山に誰かいませんでした?」
「うん? まだいんのか。俺が会ったのはお前達だけだがよ、そういや昨日は猟師仲間が1人頭からパックリ食われちまったし。夜中には酔っ払いがやっぱり頭からパックリ逝ったって聞いたぞ」
「酔っ払い……?」
「おうよ。千鳥足で危ないから町に戻れって注意しに行ったところを、パクッと。俺等の仲間も震え上がっちまってよ、その日は眠れなかったって聞いたぜ」


 これは――アベルである可能性がかなり高い。というか、恐らくそうだ。今までの散らばった彼の形跡からして、彼以外の人物が食われたというのであれば、それはもう奇跡のレベル。
 しかし、アベルが魔物に襲われて落命するイベントなどあっただろうか? 少なくとも、私が持っている無数のセーブデータの中にアベルが魔物に襲われて死亡したというイベントが発生したデータは無い。個別シナリオの方でもこんなイベントは発生しなかったと断言できる。


「だからよ、そのお仲間の事は一旦置いておいて、山を下りた方がいいぞ」


 猟師の言葉が右から左へと抜けて行く。さて、これからどうするべきだろうか。まだ希望を捨てずにアベルを捜すべきだろうか。
 私と彼には面識が一切無いので答えを決めるのは、プライベートパーティを組んでいる彼等ではあるが。その決定に従うしかないだろう。



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