聖獣として異世界召喚されました!?

ゆなか

41

「まず、自己紹介をしようか。私の名前は『ライール・ハインリヒ』。ハインリヒ伯爵家の嫡男で二十三歳だ」
……ハインリヒ……はくしゃくけ?
って……まさか……『伯爵』様……!?


「……申し訳ありません! わ、私……とても失礼な事を……!!」
私からしたら雲の様な遥か遠い存在の人だ。
慌ててその場から立ち上がろうとするが……


「うん。ちょっと落ち着こうか。まだ自己紹介は終わっていないでしょう?」
白い王子様……ハインリヒ様が笑いながら私の身体を押し止めた。


「で、でも……!」
「良いから。私の言う事を聞いてくれる?」
シーッと幼子に言い聞かせるように口元に人差し指を当てたハインリヒ様が首を傾げる。


……私がここまで慌てているのは、ハインリヒ様の身分や出会った時の事など様々な事情も絡んでいるのだが…………一番は今の状況にある。


「ハインリヒ様……から降ろして頂くわけにはいかないでしょうか……?」
「うん。却下」
「そ、そんな……!」
私は目の前にある顔を恨めし気に上目遣いに見上げた。
なんと私は……ハインリヒ様の膝の上で横抱きにされているのである。


食事という話だったので、てっきりダイニングにでも連れて行かれると思ったのだが……私が運ばれたのは、なんとハインリヒ様の自室だった。


私に与えられていた部屋の直ぐ近くにあったハインリヒ様のお部屋。それはまだ良い。
広い部屋に置かれた大きめなソファーは三脚あったのに……ハインリヒ様はそのどれか一つに私を降ろす事無く、私を抱えたままソファーに座ったのだ。


……どうしてこうなってしまったのだろう。
私は頭を抱えたくなってきた。


目の前には沢山の食事が並べられているが、ハインリヒ様は私を膝の上に乗せているだけではなく、手ずから私の口元まで食事を運んでくれている状態でもあるのだ。


……これでは、何をどこに食べたのか分からない。


ハインリヒ様はもしかしたら、この栄養が足りずに未熟な容姿のせいで私を小さな子供と勘違いしているのかもしれない。
そう思った私は口の中のフルーツを咀嚼し終えた後に口を開いた。


「あ、あの……ハインリヒ様……」
「何かな?この態勢は止めてあげないよ?」


……先手を打たれた気がする。
何故か理由は分からないが、私を降ろす気はないらしい。
しかし、私の話を聞けばこの状況も変わるだろう……。


「私……十五歳なんですが……」
「知っているよ?」
「え……?」
……知っている?
「君の名前は『ユーリ』。あの村で生まれ育った十五歳」
ニコニコと微笑んでいるハインリヒ様はどこか胡散臭い詐欺師の様にも思えた。


「……失礼な事を考えているね?」
「あ、いえ!そんな事は……!」
「まあ、良いけど。君を迎えに行ったのだから。全て分かっているよ」
「……あの、どうして……わざわざハインリヒ様が私なんかを迎えに……?」
私が貴族の隠し子だなんて物語の様な展開はない。私は間違いなく、家名無しの貧しい生まれの人間なのだ……。
ならば……何故……。


「君は、神の声を聞いた事があるかい?」
「神様……ですか?」
「そう。この世界を守る男神だ」
「いえ……私には……。あ、でも最近……不思議な声?……を聞いた事はあります」
「教えてくれる?」
「はい。あの時は、晴れた日だったので食料を探しに森に入ったのですが……」




その帰りに大雨に見舞われた私は、あわや崖崩れに巻き込まれそうになった。
その時に『こっちだよ』という不思議な声を聞いた。
聞いたと言うよりも……直接心に語り掛けてくる様な感覚だったが。


「多分、それは神によるものだろう。君は神によってこの国の『神子』に選ばれたんだよ」
「……神子様が…………私を?」
「そう。神の声を聞き……尊き声を代弁する存在。君はこの世界の希有な存在だ」


私が……神子で……希有な存在……?
そんなの信じられない。
神様の加護なんて感じた事はない。
……でも、私は結果的に神様に助けられた……というの?


「信じられないのも無理はないだろう。先代神子はご高齢で公にはしばらく出ていなかったしね。神子が代替わりする時はこんなもんだよ。君はこの邸でゆっくり過ごしながら、安心して神子としての使命を全うすると良いよ」
「この邸……ですか?」
「おや?何か不満でも?」
「いえ……あの、神子ならば、神殿とかに行かなくて……良いのですか?」
「ユーリ……いや、私の『愛しき百合リリー』は、ここから出て行きたいのかな?」
私の頬を両手で包み込む様にしながら固定しながら、ハインリヒ様が私の瞳をき込んでくる。


男性に……しかもハインリヒ様の様な綺麗な顔の人に見つめられるだなんで……。
私の心臓は骨や皮膚を破って、外に飛び出てしまいそうなほどにバクバクと脈打っていた。
顔は焼ける様に熱い……。私の顔は隠し用も無い位に真っ赤に染まっているはずだ。


「いえ……。私はハインリヒ様と一緒にいたいです……」
「良かった。神殿には君の事を利用しようとする悪い奴が沢山いるからね」
「はい。ハインリヒ様」
「私の事は『ライール』で良い。私の大切なリリー?」
「ラ……イール様?」
「うん」
嬉しそうに微笑む……ライール様。


……絶望しかけたこの世界だけど、こんなに素敵な人が私に笑い掛けてくれる。


私はこの人の為に……何が出来るだろう?
神子の使命……とは?
まだ何も分からない。
だけど……私は、この人の役に立ちたい。
神の為ではなく、私をあの場所から連れ出してくれた…………この人の為に生きよう。


……そうしたら、自分の事が好きになれるかもしれない。


私はライール様に全てを捧げる事を誓った。

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