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　……あった。


　その何・か・は心臓部分にあった。
　ミーシャ姫の小さな心臓をギリギリと締め付けているそれは、頑丈な鎖のようにも……恐ろしい蛇のようにも見えた。
　恐らくだが……浄化しきれない穢れが幾重にも重なりこのようになってしまっているのだろう。


　こんなものが巻き付いていたのであれば寿命も縮むわけだ。


　原因は分かったが、私にこれを何とかできるのだろうか……？
　ジワジワと不安がこみ上げて来る。


「……ミーガルド様？」
　思わず顔をしかめた私に、ジルが不安そうな声を上げる。


　……駄目だ。
　私・が・こんな顔をしていたら、ジルやミーシャ姫本人が何よりも一番不安になってしまうではないか。
『できるだろうか？』ではない。
　やってみるのだ。やるしかない。私は……聖・獣・なのだから！


　私はブンブンと頭を左右に大きく振って気持ちを切り替える。
　悩んでる暇なんてない。


「大丈夫だからね？」
　ミーシャ姫の心臓の上にそっと手を乗せる。


「ミーガルド様……」
　私のしようとしていることを察したジルに私は黙って頷いた。
　ミーシャ姫に笑いかけると、微笑みながら頷き返してくれた。


　さあ、信頼にはしっかり応えなければ！！


　まずは【万能】とやらの力で、心臓に絡み付いている鎖を断ち切ろうと思う。
『外れろ！』と強く心の中で念じると、パシッと音を立てて鎖が粉々になった。
　あれ……？粉々になっちゃった……。
　鎖を切断するイメージだったのだが……ま、まあ良いか。
　結果オーライだ！　どうせ次はそうするつもりだったのだ。
　手順が変わってしまったが……粉々になった穢れの鎖の欠片を跡形もなく『消滅』させる。


　よーし。キレイに無くなった！！


　最後に弱り切ってしまっているミーシャ姫の身体だが……。
【癒し】の力を使えば全回復させる事も可能だ。
　だけど、今日は全回復ではなく、半分だけにする。
　身体を回復することはできても、疲弊した精神は回復させることができない。
　死までも見据えていたミーシャ姫の心のバランスを考えると、段階を踏んで回復させた方が良いと思った。
　焦らなくても、今すぐに命の心配をする必要はなくなったのだから……。


「ミーシャ姫の身体を蝕んでいたものは消えました」
「……え？」
　ミーシャ姫は、ヴァイオレット色の大きな瞳を見開いた。


「ミーガルド様……それでは……妹は！」
　ジルが私に詰め寄って来る。
　私はその勢いに押されつつも、大きく頷いた。


「はい。ただし今日は、ミーシャ姫の精神のバランスを考慮して、体力の完全回復はしません。明日から何日かかけて完治させます」
「……つまり？」
「近い内に、元気いっぱい走り回ることができますよ」
　私が笑いながらそう言うと、ジルはミーシャ姫を抱き締めた。


「ミーシャ……良かった！本当に良かった……！！」
「……はい！はい！！お兄様！」
「ありがとうございます！！ミーガルド様、ありがとうございます！！！」
　涙を流しながら抱き締め合う二人。


　そんな姉弟愛を見せられたら……私の瞳まで潤んでしまうじゃないか。


　良かった。……。力がきちんと使えて良かった。
　嬉し泣きをしている二人を見ているのがこんなに嬉しいだなんて……。
　私にこの力があって良かったと……思った。
　少しだけ……ほんの一ミリ弱なら神に感謝してやっても良い。


　目尻に溜まった涙を拭った私は二人の邪魔をしないように、そっとミーシャ姫の身体に触れて【癒し】の力を身体中に循環させた。


　泣くのも体力が要るからね。
　久し振りにたくさん涙を流すと良いと思うよ。
　もう絶望することはなくなったのだから。


　癒しの力を使い終えた私は、一歩引いた所で穏やかに二人を見守ることにした。




　穏やかに見守ることにしたのだが……。
　うーん。幸せそうな二人を見ていたら何故か……無性にお酒が飲みたくなった。
　自分でも『こんな時に！？』とは思うが……何ヵ月か前の売上げ達成後に飲んだビールの味が思い出される。
　……そうだ。達成感だ。
　楽しくお酒を飲みながら喜び合いたい気分なのだ。






　＊＊＊


「唯様。ありがとうございます！」
　さっきまでの倒れそうな青白い顔から、うっすらと赤みの差した健康そうな顔色に変わったミーシャ姫は、横になっていた身体を起こして、私に向かって深々と頭を下げてくる。


「いや、そんな！お礼なんて！」
　私は大きく両手を振った。


「私からもお礼を言わせて下さい。ミーガルド様……いえ、唯様のお陰で妹がこんなに元気になれたのですから」
　ジルは立ち上がり、膝に頭が付いてしまいそうなほどに深く頭を下げている。


　いやいやいや！
　子供に……それも王子と王女に頭を下げられるなんて……心臓に悪すぎる。
　そりゃー、たまに私がタメ口になってたけどね！？


「ミーシャ様はまだ完全に回復された訳ではありませんし、ね？」
「でも……」


　それに、二人には言えないのだが……粉々にしてキレイさっぱり消滅させたはずの穢れが、またミーシャ姫の心臓に集まり始めているのだ。
　回復と一緒に今後も浄化をミーシャ姫には掛け続ける必要があるのだろう。
　……これはなかなかに業が深いのかもしれない。


　神には『二度と帰れない』と宣告されてしまったし……ミーシャ姫が元気になったら、聖獣らしく困ってる人を助ける為の旅に出ても良いかもしれない。
　ついでに美味しい物探しをしても良いなー。


　まだ正直、私はこの状況を受け入れきれてないし……突然、蒸発するように消えた私を心配する両親を泣かせてしまうだろうけど……。
　私は……私を必要としてくれるこの異世界で聖獣として頑張ってみるよ。


「唯様！何かお礼をさせてください！」
　もー！ジルはしつこいな。お礼は良いって濁したのに……。
　まあ、仕方無いか。ここはお姉さんが折れてあげよう！


「じゃあ、ジルもミーシャ姫も今後は敬語一切無しで！今回みたいに私の力が必要な時があったら、お礼に美味しいお酒とご飯をちょうだい？」
「……えっ。それだけじゃ……」
「嫌なら何も要らない」
　プイッと頬を膨らませながら顔を反らすと、ミーシャ姫がクスクスと笑った。


「お兄様。唯様がこう言って下さっているのですから」
「う……うん。分かった。ありがとう。唯様」


「……『様』？(にこり)」
「唯様……」
「……(にこり)」
　あの時のジルと同じことをしてやったぞ！！ドヤ！


「あー、もう！！これからもよろしく頼む！唯！」
　ガシガシと蜂蜜色の髪を掻きむしりながら、ぶっきらぼうにジルが言った。


　ふふっ。ムキになって可愛いな。


「私もよろしくお願い致します。唯様」
「うん！よろしくね！」


　ミーシャ姫にも呼び捨てで良いよと言ったのだけど、『今のままで呼ばせてさせて下さい』と、頬を染めたミーシャ姫に逆にお願いされてしまった。……何故だ。


　はっ！……そうか。ミーシャ姫もジルと同じで猫好きか！！
　ミーシャ姫にも後でモフモフを……！！


　……と、そんなこんなで私の異世界【聖獣】生活がスタートしたのだった。