零れた欠片が埋まる時

篠原皐月

第25話 罪作りな天使

「聡さん、これがこの前の成人式の時の写真なの。由紀子さんに見て貰って下さいね?」
 一月も半ばの週末、喫茶店で清香と待ち合わせた聡は、挨拶もそこそこに差し出された封筒を受け取り、その中から何枚かの写真を取り出して顔を緩めた。


「ああ、早速母があげた簪や帯留めを、使ってくれたんだね? ありがとう、これを見たら母も喜ぶよ」
 振袖姿の清香の全身を写した物や、上半身のアップの物など何枚かの写真の中に、清人とのツーショットを認めた聡は一瞬手の動きを止めたが、清香は特に不審に思わずに笑顔で話を続けた。


「当日、着付けと髪のセットをしてくれた玲二さんも感心してました。『流石に大企業の奥様だと、普段使いの物も本物だね』って。一応お店で貸して貰える飾りを、家まで持ってきてくれたんですけど、無駄になって謝っちゃいました」
 それを聞いた聡は思わず写真から顔をあげ、感心したように清香に向かって呟く。


「へえ……、玲二さんは当日の朝に、わざわざ清香さんの自宅まで出張してくれたんだ。優しいんだね」
「はい。それに『清香ちゃんの振袖姿を見逃してたまるか!』とかで、結局他の皆も成人式の会場に勢揃いしてしまって、そこで撮ったのが一番下のそれなんです」
「……そうなんだ」
 清香に指し示され、端だけが見えていた一番下の写真を引き抜いて見ると、確かに振袖姿の清香を囲んで彼女の兄と従兄達が、笑顔で全員集合しており、聡は軽い頭痛を覚えると同時に納得した。


(清香さんの成人式に顔を出そうかとも思ったが、大学祭の二の舞になりそうな予感がしたんだよな……。しかもこの日に皆予定を合わせたから、今日は誰もちょっかいを出しに来れ無かったとみた。つくづく正解だったぞ)
 そんな考えを頭の中で巡らせていると、無言になっていた聡を不審に思った清香が声をかけてきた。


「聡さん、何となく元気が無い気がしますけど、どうかしましたか?」
 その問いに対し、聡はついこの間の懸念について口を滑らせる。
「……ちょっと、ね。実は今、母さんが少し体調を崩してて」
 その言葉に、清香は忽ち心配そうな表情を浮かべた。


「大丈夫なんですか? そう言えばこの前、神田明神でお会いした時、何となく顔色が優れない様な感じでしたけど」
「確かに、久し振りに人混みの中に出て、ちょっと疲れたのかもしれないね」
「そうですか……。退院されたばかりですし、あまり無理なさらない様に伝えて下さいね?」
「心配してくれてありがとう。母に伝えておくよ」
 体調を崩した原因が、清香自身の兄の一言だとは言えず、聡は静かに微笑んで誤魔化した。そして話題を変えようと、ここに来た時に感じた事を口にしてみる。


「だけど清香さんも、何となく元気が無い感じがするんだけど」
「私ですか? 私は別に具合は悪く無いですよ?」
 キョトンとして言い返した清香に、聡が真顔で続ける。
「でも俺がここに来た時に、何か難しい顔をして考え込んでなかった? 何か心配事でもあるなら、相談に乗るよ?」
 そう言われて合点がいった顔付きをした清香は、次に戸惑う様な表情を見せた。


「心配事ですか? まあ、確かに有ると言えば有るんですが……」
「何? 遠慮せずに言ってみて?」
「こんな事言われても、聡さんが困るかと思うんですが、最近、お兄ちゃんの様子が変なんです」
 そう言われた瞬間、聡は別に困るでもなく、寧ろ平然とその言葉を受け止めた。


(兄さんは清香さんに関わる事限定で、相当変だし色々常軌を逸しているのは、これまでで十分分かっているが)
 冷静にそんな事を考えた聡だったが、清香に対しては心配そうな顔を装いつつ問い返してみた。


「先生の様子が変って、いつからどんな風に? 原因が何かは分かってるのかな?」
 それに対し、清香は割と冷静に答えた。
「思い返してみると、初詣から帰ってからの様な気がするんです。突然どこか上の空になったり、気が付くと飾ってある家族写真を無言で凝視してたりとか」
「へぇ……、その日に何かよほど気に入らない事や、ショックな事でもあったのかな?」
 原因がしっかり把握できているにも関わらず、聡は惚けたが、続く清香の物凄い的外れな台詞を聞いて、激しく脱力した。


「ええ、お兄ちゃんったら、その日おみくじで、初めて凶を引いたんです」
「え?」
「お兄ちゃんはこれまで毎年、不思議な位大吉ばかり引いてたんですよ」
「…………なかなか、強運な人なんだね」
 辛うじてコメントを口にした聡に、清香が更に追い討ちをかける。


「そうなんです! それなのに今年偶々凶を引いて、密かに動揺して落ち込んいでるみたいで。それで巷で有名なラッキーアイテムを色々集めて、お兄ちゃんにプレゼントしてみたんですけど、なかなか気に入った物が無いらしくて。あれから微妙に調子が戻らないままなんです」
 ポニーテールを微かに揺らしながらテーブルに身を乗り出し、真顔で訴えてくる清香に、聡は思わず遠い目をしてしまった。


(そりゃあ……、おみくじの結果が悪くで、気分を悪くしている訳では無いだろうからな)
「聡さん、見ただけでお兄ちゃんの心をグッと鷲掴みしそうな、そんなラッキーアイテムに、心当たりはありませんか?」
 あくまでも真剣に尋ねてくる清香を、冷たく突き放す事はできず、聡は神妙に答えた。


「ごめん、その手の類にはあまり詳しく無くて……。今度耳よりな情報が入ったら、清香さんに教えるね?」
「お願いします」
(全く……、母さんの体調崩しただけでは飽き足らず、清香さんにまで、変な心配をかけるなよ。あの馬鹿兄貴!)
 聡は心の中で清人に罵声を浴びせてから、写真を元の様に封筒に入れてコートの内ポケットにしまい込み、カップに残っていた珈琲を飲み干した。


「じゃあそろそろ出ようか。スケートをしに行く前に、寄りたい所が有るんだろう?」
「はい、そんなに時間はかかりませんから。この近くで開催されている、明良さんの個展に顔を出したいんです」
「明良さん? 倉田さん、だよね。確かフリーのカメラマンだったっけ」
「はい、結構活躍してるんですよ? 実はさっき渡した写真も、明良さんに撮影して貰ったんです」
「そうなんだ」
 そうして支払いを済ませた二人は、清香の先導で他愛の無い話をしながら表通りを五分程歩き、繁華街のビルの一階に入っている貸しギャラリーの前で足を止めた。


 ガラス張りの、そのギャラリーの入口横には《倉田明良個展会場》の表示が掲げられており、二人は躊躇する事無く中へと足を踏み入れる。すぐ側の受付で担当の女性に軽く会釈しつつ記帳を済ませると、少し離れた所で年配の男性と立ち話をしていたスーツ姿の明良が、清香達に気が付いて話を終わらせた。


「そんな所ですね。それではごゆっくりご覧下さい。…………やあ、良く来てくれたね、清香ちゃん。小笠原君もようこそ」
 笑顔で歩み寄って来た明良に清香は悪戯っぽく笑い、聡は社交辞令的な笑みを返した。


「うふふ、明良さんに言われた様に、サクラの頭数を増やしに来たわ」
「それはありがたいな。清香ちゃん一人でも、十分華やぐからね」
「お邪魔します」
「やあ、付き合わせて悪いね。大した物は無いけど、一通り見て行って」
 明らかに謙遜と分かるそんな会話を交わしてから、三人はそれなりに人が入っているであろう会場内をゆっくり移動し始め、偶々手が空いていたのか、それともスポンサーであっても中年男の相手よりは清香にへばり付いていた方が楽しいのか、明良は清香に寄り添って展示されている作品の解説を始めた。


 今回の個展の被写体は主として自然の風景らしく、断崖絶壁から鳥が飛翔する瞬間を狙った物や、洞窟内の神秘的な光景を撮った物など、思わず聡も見入ってしまう秀逸な題材と絶妙なアングルの作品が多かった。それで思わず素直な感想を口に出す。
「なかなか、素敵な作品が多いですね」
 清香と話し込んでいた明良がそれを耳にして、益々嬉しそうな顔になりながら、清香と聡を奥まった場所へと誘導した。


「ありがとう。実は最近の一番の傑作はこっちでね。是非ともその感想も聞かせて欲しいな」
「そうなんですか。拝見します」
 それに素直に従って付いて行った聡は、目の前に現れた三枚のパネルを目にした途端、絶句して固まった。


「ああ、これだよ」
「これ……、…………っ!?」
「きゃあぁっ! 思ったより素敵に出来てる!」
 明良が自慢げに披露し、清香が歓声を上げたそれらは、《羽化》と題名が付けられた連作だった。それを見た聡がどうして固まったのかと言えば、それが清香の全裸を撮影した物だったからである。
 勿論きわどいショットなどでは無く、向こう側を向いて膝立ち状態の背中に、翼をイメージした様に薄く透けて見えるシフォンの細長い布を交差させて体に軽く巻き付け、その両端を両手で掴んで幅広く広げた物、横向で膝を抱えてその上に乗せた顔をカメラの方に向けながら、下部はやはり薄布に埋もれている様に写っている物、更にうつ伏せになった状態で両肘を付き、組んだ手の上に顔を乗せて真っすぐ見詰めている物の三枚だった。
 これだけでも聡は心臓が止まる位驚き、次いで猛烈な怒りに駆られたが、傍らの脳天気な二人の会話がそれに拍車をかけた。


「良いだろう? 出来上がりを見て、是非とも今回のラインナップに加えたくなってね。これまで見た人の反応も、結構良いんだよ」
「うわ、凄く嬉しい! 撮影前にエステで全身を、お姉様達に散々いじられた甲斐があったわ」
「はは。俺は後から文句言われたけどね。『あんな何もしなくてもピチピチの若い子連れてきて、私達にどうしろって言うのよ。嫌み?』って」
「あはは、そんな事があったんだ」
 そんな会話を耳にしているうちに、聡の中で何かが盛大に音を立てて切れた。と同時に聡の顔から徐々に表情が消え去っていき、ここで漸く清香と明良が、静か過ぎる聡に気が付く。


「小笠原君? さっきから黙ってるけど、どうしたの? 俺の傑作に度肝抜かれたとか?」
「聡さん、これ、どうですか?」
「……どうして“これ”を撮ったんですか?」
 二人の問いかけに聡は質問で返したが、その声音は地を這う様な代物だった。それに当然気付きながら明良は平然と言い返し、清香は何も考えないまま素直に答える。


「どうしてって、清香ちゃんの成人の記念に。綺麗な今の清香ちゃんを残しておこうと思ったから」
「裸なんて、明良さんじゃなかったら恥ずかしくて撮って貰え無かったし。でも明良さん、流石プロだよね? 撮る時結構厳しかったし」
「そりゃあ、良い物を撮る為に、命かけてるからね。それ以前に清香ちゃんを撮るんだから、下手な物は撮れないさ」
「でも、本当に良い記念になったわ。ありがとう明良さん」
「どういたしまして。あとから別なパネルを家に送るからね」
 如何にも楽しげに会話している清香と明良を凝視したまま黙っていたが、ここでいきなり聡は右手で清香の手首を鷲掴みし、明良に軽く頭を下げただけで足早にその場を後にした。


「失礼します。行くよ」
「……え? あの、聡さん!? ちょっと待って!」
 当惑しながら聡に半ば引きずられて行く清香を見送った、この事態を引き起こした張本人である明良は、一人取り残されたギャラリーでクスクスと笑いながらひとりごちる。


「ああ……、ちょっとばかり刺激が強過ぎたかな? 頑張って、清香ちゃん」
 そうして何事も無かったかの様に、新たな来客に向かって愛想を振り撒いていた。
 そして今現在自分が置かれている状況に全く気が付いていない清香は、一歩先を早足で進む聡に困惑しながら声をかけた。


「あ、あのっ! 聡さん? いきなりどうしたんですか!?」
 そんな問い掛けを何回か無視しながら聡は建物を出て通りを進み、少し歩いたと思ったらいきなり細い路地に清香を引っ張り込んだ。更に通りから陰になって見えない場所を選んで、建物の壁に清香の背中を押し付け、その両脇に自分の両手を付いて半ば彼女を閉じ込める体勢になる。
 事ここに至っても、自分に何が起きているのか今一つ分かっていない様に、不思議そうに見上げてくる清香に向かって、聡は無表情のまま漸く口を開いた。


「……無防備にも程がある。多少腕には自信があるのかもしれないが、それで油断してると火傷だけじゃ済まないって分かって無いな」
「は?」
 いきなりの断定口調に清香が戸惑った声を上げたが、続けて言われた言葉にカチンときた。


「加えて無頓着で無神経過ぎるし」
「……聡さん、怒りますよ?」
「怒ってるのはこっちだ!」
「きゃあっ!」
 軽く文句を言っただけなのにいきなり怒りの表情で顔の横の壁を拳で叩かれ、清香は相手が相当怒っているのを漸く理解した。


「一体何がどうなると、ヌード写真なんか撮られる羽目になるんだ?」
「だから……、それは明良さんが、二十歳になった記念に、綺麗な私を撮ってくれるって……」
 しどろもどろになりながら弁解を始めた清香だったが、聡は容赦しなかった。


「そんな口車に乗った挙げ句、撮影中散々男達に裸を舐めまわす様に見られてヘラヘラ笑ってたんだ?」
「それは……、裸と言われてもきわどい写真なんか撮られてませんし、明良さんは気心が知れてる相手だし、芸術作品を撮りたいって。それに舐めまわす様になんて誤解で、明良さん以外は全員女性スタッフで終始和気あいあいと……、きゃあっ!」
「ふざけるな!」
 今度は強く両肩を掴まれて一瞬揺さぶられた為、流石に清香も固まって顔を引き攣らせた。そこで漸く聡も自分が清香を怯えさせているのを自覚し、肩を掴む手の力を緩めて黙って自分の足元を見詰める。
 そして自分の感情を落ち着かせる様に、軽く何回か呼吸をしてから、再びゆっくりと顔を上げて清香の顔に視線を合わせた。


「……あ、あの、聡、さん?」
「俺としては……、はっきり口にしてなくても、もう家にも呼んで両親にも会って貰ってるからそのつもりだったんだけどね。迂闊だったな……」
「な、何が、でしょう?」
 心底疲れた様な溜め息を吐かれ、幾らか怖じ気づきながらも清香が尋ねると、聡は一気にサラッと言ってのけた。


「清香さんと、付き合っている気になってたって事。残念ながら君の方は、そうじゃなかったみたいだけどね。まあこの際、済んでしまった事は仕方がない。この際はっきり言わせて貰う。俺と付き合って」
 真正面からそんな言葉を投げ掛けられた清香は、思わず逃げ場を探してしまった。


「え、えっと……、それは所謂、どこかに行くと言う事では……」
「できれば、俺をこれ以上怒らせないでくれるかな?」
 ここで唐突に聡の顔が、先程までの怒りの表情から不気味な位の極上の笑顔に切り替わった為、清香は心の底から戦慄した。


(や、やだっ! 何かこの笑顔怖いっ! 絶対、聡さん怒りまくってる!!)
 見せかけの笑顔に騙されず、聡の心情を正確に理解できた清香は、未だ両肩を掴まれた不自由な体勢のまま、軽く頭を下げて謝罪した。


「……すみません。所謂男女交際についてのお話だって事は、十分理解してます」
「それは良かった。一々説明する手間が省けて安心したよ。じゃあ話は戻るけど、俺の恋人になって?」
 台詞の内容は依頼する形なのに、何故か拒否する事を許さない空気を醸し出している笑顔の聡に、清香はおずおずと口を開いた。


「……あの、聡さん」
「何? 俺が恋人じゃ不満?」
「いえ、そんな事じゃなくてですね。私、これまであまり男の人に好かれた事が無いんですけど……」
 ボソボソと自分の経験値の低さを語り、遠回しにどうしてそんな自分と付き合おうとするのかと問い掛けてみた清香だったが、聡はその発言を切って捨てた。


「単に、世の中の男達の見る目が無さ過ぎるのと、根性が無さ過ぎただけだから。俺から見たら清香さんは、十分魅力的な女性だよ? 他に質問は?」
「他に、と言われても……」
 完全に進退窮まった格好の清香に、聡は自分のペースのまま話を続けた。


「それなら問題は無いよね。じゃあこれから俺達は、恋人同士と言う事で」
「はぁ……」
「それで、早速恋人の俺から君に、幾つか注意事項があるから良く聞いて」
「はっ、はい。何でしょうか?」
 急に再び険しい表情になった聡に、清香がビシッと全身を緊張させると、聡は大真面目に言い聞かせてきた。


「他の男の前で裸になるのは禁止、って言うかそんなのは問題外だから。今回だけは特別多目に見てあげるけど、もし万が一同じ様な事があったら…………、お仕置きだけじゃ済まないよ?」
「……っ!?」
 最後に呟く様に語られた台詞の時、聡の瞳の中に得体の知れない危険な物を感じ取った清香は、目を見開いて固まった。
(ちょ、ちょっと待って! 聡さんが何か変っ!?)
 本気で狼狽する清香の前で、聡が自嘲めいた小さな笑いと呟きを漏らす。


「自分でも驚く位、俺って独占欲が強いタイプだったみたいだな。でもこれまでこんな事は無かったし、本気の相手限定か……。これじゃあとても、“あの人”を笑えない」
「え、えっと……、それはどういう意味」
「だから、水着もビキニは禁止」
「は、はあぁ?」
 話の流れに全く付いていけない清香を半ば無視し、聡が淡々と自分の要求を繰り出す。


「ただし、俺がプールを貸切にする時だけは、構わないから」
「あの……」
(独占欲が強いとか、ビキニは禁止とか、だけどプール貸切の時はOKとか……、何か突っ込み所が満載なんだけど……。っていうか! いつもの穏やかで冷静な聡さんはどこに行っちゃったのよっ!?)
 聡の理性と冷静な判断力を崩壊させた張本人である清香が、悶々と考え込んでいると、聡が顔を近付けて覗き込んできた。


「ねえ、俺の話、ちゃんと聞いてる?」
「は、はいっ! 聞いてますっ!」
(ち、近いですから顔がっ!!)
 自分達の体勢と距離を再認識して、自分の顔が赤くなるのを自覚した清香だったが、聡は傍目には変わらないままだった。


「そう。流石に温泉とかで、女湯に入る時まで水着を着ろとは言わないから安心して?」
(安心してって……、それは当然だと思うんだけど)
 心の中で突っ込みを入れた清香だったが、取り敢えず別の内容を口にしてみた。


「あの…………、因みに、温泉テーマパークとか、クアハウスの類に行く場合は……」
 それに対する聡の答えは、実にきっぱりとした物だった。
「他の男に見られるだろ? 当然ワンピースタイプ。スカートの付いたAラインタイプの物や、パレオ付きなら尚良いね」
「………………」
 最早何も言えず黙り込んだ清香に、聡が笑顔で促してくる。


「返事は?」
「はいっ!」
「うん、良い子だ……」
 反射的に了承の返事をすると、聡は満足そうな笑顔になってその顔を近付けてきた。


「あ、あのっ! 聡さんっ!?」
 思わず両手で聡の身体を押しやる様にしながら、これから起きる事態を想像して軽くパニックを起こしながら清香は両目を閉じた。しかし自分の額に何か柔らかい物がほんの少しの間触れた感触がしただけで、何も変わった事は起きず、少ししてから恐る恐る目を開いて聡を見上げてみる。
 するとそこにはいつも通りの穏やかな笑顔をたたえた聡が立っており、何か面白そうに清香を見下ろしていた。


「うん? 何? 清香さん」
「……いえ、何でも無いです」
 ついさっきまでの一連のあれは幻だったのかと思う位の清々しい笑顔に、清香は呆然となりながら聡の問い掛けに答えた。すると聡が清香の手を取って、元の広い通りに向かって歩き出す。


「さあ、じゃあ話がついたところで、予定通りスケートに行こうか」
「あ、は、はい……」
(えっと……、と、取り敢えず、私、聡さんとお付き合いする事に、なったんだよね?)
 そんな些か頼りない認識をしながら、清香は聡と共に目的地に向かって歩き出したのだった。


 後日、明良から『めでたく清香ちゃんと交際開始にこぎつけた様だから、祝い代わりに贈ってやる。だがくれぐれも変な用途に使うなよ?』とのメッセージ付きで例のパネルをポスターに仕立てた物を送りつけられた聡は、「変な用途って何だ! しかもこれを一体どこに飾れと?」と本気で頭を抱えた。
 その一方で清香からどんな記念写真を撮影したのかを詳しく聞いていなかった清人は、自宅に届いたパネルを見せられた途端、「明良! お前俺に殺されたいのか!?」と、盛大に電話口で吠えたのだった。





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