零れた欠片が埋まる時

篠原皐月

第5話 秘められた確執

 浩一が鞄を片手に、ビジネススーツ姿で小料理屋『くらた』の前に立つと、まだ営業時間内にも関わらず暖簾が店内にしまい込まれ、準備中の札が入口に掛けられていた。それを見た彼は一瞬戸惑ったものの、店内の明かりと人の気配に、苦笑して引き戸を開ける。
 カラカラとドアの開ける音で、奥のL字型のカウンターに囲まれた調理場の女性と、右手奥の座敷席に陣取っていた男達が浩一に目を向け、それぞれ笑顔を向けてきた。


「浩一さん、日曜まで仕事でしたか? お疲れ様です」
「そんな所だ。馬鹿な部下の尻拭いほど、疲れるものは無いな。……しかし奈津美さん、早じまいしたんですか? 愚弟が迷惑をかけて申し訳ない」
 真っ先に声をかけてきた、上下白の仕事着のまま座敷で寛いでいた、この店の主でもある従弟の修に、苦笑いの表情を向けた浩一は、次にカウンターの向こう側で、予め用意されていた料理を取り分けている、彼の妻の奈津美に向かって軽く頭を下げた。しかし彼女は笑って手を振る。


「あら、良いんですよ。修さんの大事な清香ちゃんの一大事なんでしょう? お店を開けていたって、そわそわして仕事にならないもの」
 そう言われて浩一はますます苦笑を深めてから、左側に幾つか並ぶテーブル席の横をすり抜けて座敷に上がり込み、諸悪の根源の弟の隣に立った。


「あ、兄貴、お疲れ~」
 そう言ってヘラヘラ笑いかけてくる玲二に、浩一は疲れた様な溜息を吐きながら畳に膝を付き、弟の首を絞める真似をしながら恫喝する。


「玲二、お前な……。人の都合も聞かずに『俺達の愛しの清香ちゃんに纏わりつく害虫発見! 駆除対策を練るべく即刻全員集合すべし!』の文面に、ここの場所と時間だけ付け足して送るとは、良い度胸だな。何様のつもりだ?」
「あ、あはは…、いや~、俺もちょっと動揺したかな~?」
 他の皆が傍観する中、玲二が些か引き攣った笑いを浮かべた所で、タイミング良く浩一用のお通しとグラスを運んできた奈津美が割り込んだ。


「はいはい、浩一さん、その位で。皆さん、浩一さんが来るのを今か今かと待っていらしたんだから」
 そう言われながら目の前の空席に小皿とグラスを並べられた浩一は、あっさりと怒りを静めた。


「分かりました。奈津美さんに免じて許してやります」
「ありがとう。さあ、どうぞ」
 笑顔の奈津美に促されて浩一が所定の位置に収まると、この場を仕切っていたらしい修が、浩一のグラスにビールを注ぎながら玲二に声をかけた。
「じゃあ全員揃った所で、早速始めようか。玲二君?」
 それに軽く手を上げて、玲二が真顔で応じる。


「はい、じゃあまず俺から報告。何が目的か、清香ちゃんに近付いてる男が居ます。そしてどうしてだか、これに清人さんが気付いて無いらしいという、驚愕の事実」
「はあ?なんだそれ」
「ありえない」
「泳がせてるわけじゃ無いのか?」
「もっとあり得ないだろ、即断即決の清人さんが」
 その場の殆どの人間が懐疑的な視線を向ける中、玲二は予め協力を要請していた従兄弟に話の主導権を譲った。


「それで、俺の店に来た時に清香ちゃんから得たデータを元に、今日明良に調べて貰ってるんで。あ~き~ら、ちびちび飲んでんなよ。後は任せた!」
 それを受けて、修の弟である 明良がグラスを置き、どこからか取り出した手帳に目を落としながら、詳細を話し始めた。


「玲二から連絡を貰って、取り急ぎ分かる範囲だけ調べてみたんだけど……、結構面白い事が分かったから報告するよ?」
「おう、何だ?」
「男の個人情報なんて聞いても、面白く無いとは思うがな」
 大して気にも留めない様子で促した面々に気を悪くした様子も見せず、明良は淡々と衝撃の事実を告げた。


「故意か偶然か、清香ちゃんに接近してきた男は自称『角谷聡』。この名前で小笠原物産営業部第一課勤務の二十五歳。実は本名『小笠原聡』で、小笠原物産代表取締役社長、小笠原勝の一人息子……。かつ、清人さんの異父弟だ。社長夫人の由紀子さんが、清人さんの実母だからな」
 そう明良が口にした途端、一瞬店内に沈黙が発生し、次いで驚きの声が沸き起こった。


「はあぁ!? ちょっと待て!」
「何なんだそれは!?」
「そんな話、初耳だぞ!」
 しかしそんな中、年長組である浩一と友之、正彦が何とも言い難い顔で黙り込んでいるだけなのに気付いた玲二が、訝しげに声をかけた。


「おい兄貴、友之さん、正彦さん。どうして平然としてるんだ?」
 それに対し、友之と正彦はちらりと互いの顔を見合わせてから、不思議そうに問い返す。
「いや……、お前達知らなかったのか? 清人さんの母親の事」
「清人さんと引き合わされる直前、俺は親父から聞かされてるが……」
 それを聞いて唖然とする修、玲二に、がっくりと項垂れる明良。


「何だよ、三人は知ってたのか……。気合い入れて調べて損した……」
 それを浩一が、申し訳なさそうに宥める。
「悪い明良。でも今日の午後に玲二から連絡を受けてから、それだけ調べられるとは大したものだ。伊達に人脈の広さを誇ってないな」
「どうも」
 そう言われて苦笑するしかない明良から他の面々に視線を移しつつ、浩一が慎重に口を開いた。


「さて、どこからどう話せば良いかな……。佐竹の叔父さんが香澄叔母さんと結婚する前に、離婚歴があったのはお前達も知ってるだろう?」
「それは勿論」
「だから揉めたんだろうし」
 素直に頷く従兄弟達に、軽く頷いて浩一が話を続ける。


「実は叔父さんと最初に結婚してたのが小笠原勝夫人の由紀子さんで、前小笠原物産会長小笠原幸之助の一人娘なんだ。二年位で離婚して実家に戻り、その数年後に小笠原物産で頭角を現していた勝氏と再婚した。婿養子に入った勝氏とは盛大な挙式披露宴を催したが、清吾叔父さんとは駆け落ち同然で式も挙げなかったから、世間的には清吾叔父さんと由紀子さんの結婚の事実は知られていない。清人は佐竹家に置いていかれてその後没交渉だったし、余程の事情通でなければ親子である事実も知られていないな」
 立て板に水の如く浩一が語り、ここで喉を湿らせる為にビールの入ったコップに手を伸ばす。何となくその場に重苦しい沈黙が満ちたがそのままにしておけず、控え目に正彦が問いを発した。


「そう言えば、離婚の理由は?」
「そんな事、当人にしか分からんだろ。俺に聞くな」
「それもそうだ」
「それで?」
 促してきた面々から僅かに視線を逸らし、浩一が如何にも言い難そうに言葉を濁す。


「清人の記憶力が抜群なのは知ってたが、あいつ母親が出て行った時の一歳児当時の事をしっかり覚えているらしい。もう驚愕としか言いようがないな。それで…………、表からは窺い知れ無い、精神的な部分で相当グレた」
(身も蓋もない言い方だな……、否定できないが)
 浩一のその台詞を聞いた者は、この場に居ない人間の事を思い返して全員遠い目をしてしまったが、続く浩一の言葉で意識を引き戻された。


「その後、表向き佐竹家と小笠原家とは没交渉だったんだが、清人の話によると、母方の祖父に当たる小笠原物産の前会長が、時々ちょっかいを出してきたそうだ」
「ちょっかい?」
「って、どんな?」
 思わず好奇心に負けて尋ねてくる玲二や明良に、浩一は苦々しい顔を隠す事無く仔細を告げる。


「自分が認めない男との間に馬鹿娘が産んだ孫なんか歯牙にもかけていなかったらしいが、清人の優秀さが分かったら掌を反して嬉々として擦り寄ってきたらしい。国内最難関の東成大経済学部に入学が決まった時、『学費は一切面倒みてやるし、小笠原の籍に入れてやる』と、恩着せがましく言ってきたそうだ」
「うわ、うちらの祖父さん以上のKY」
「そんな事を言って、本気で清人さんが喜ぶと思ってたのか?」
 その場全員の気持ちを代弁して問いかけた正彦に、浩一が肩を竦めてみせる。


「『ありがたくお受けします』と言うとでも、本気で思っていたんだろうさ。だがさすがに清人が『今まで様子も見ずに放っておいたのに、厚かましくありませんか?』と言ったら、『養育費と慰謝料はたんまりくれてやると言ったのに、全て拒否して今後私達親子に関わらないでくれとほざいたのはお前の父親の方だぞ。俺は情けをかけてやったのに、好き好んで自分の息子に貧乏暮らしをさせた甲斐性なしの上、大馬鹿野郎だ』と暴言を吐いたらしい」
 それを聞いた面々は何とも言えない顔で黙り込み、清人の出自は知っていてもそこまでの詳しい事情を知らなかった友之が、顔に嫌悪の表情を浮かべながら続きを促した。


「それでどうなったんです?」
「どうもこうも。清人は『丁重にお断りした』と言ってた」
「『丁重に』ねぇ……」
「『丁重に』の言葉の定義が変わりそうだな」
 両手を広げてお手上げ、と言った風情で述べた浩一に、修と正彦が茶々を入れる。それでその場に失笑が漏れ、場の空気が少しだけ回復した。しかし小さな笑いを収めた浩一が、更に容赦の無い話を続けた。


「それから清人が大学四年の時、あいつの主席卒業が本決まりっぽい時に『うちに入れ。ゆくゆくは社長の椅子を渡してやっても良いぞ?』と、厚かましく言われたらしい」
 それを聞いた浩一以外の面々は、揃って呆れ顔になった。
「一度で懲りなかったんだ? その祖父さん」
「……ある意味、根性あるよな」
「いや、もう意地じゃないのか?」
「それにしても、もう少し言い方を考えても」
 それを受けて、浩一が重々しく口を開く。


「その時清人は、小笠原物産にエントリーシートを提出して内定を貰っていたから、小笠原物産に清人を取られるかと焦ったんだ。だが……、卒業直前に某出版社の新人賞を受賞した事と作家デビューを公にして、華麗に辞退しやがった。同時期に柏木産業でも内定を出しててこちらも断られたから、小笠原と二股かけられてたと分かった時には、祖父さんと父さんに『早く向こうを断らせろ』と散々責められた挙げ句、内定を辞退された時には『何で気がつかなかったんだ。お前もグルか!』と怒鳴られまくった」
 そんな過去を告白して座卓に突っ伏した浩一を、周りの皆が同情の眼差しで見詰めた。


「大変だったんだな」
「華麗にって……」
「絶対一悶着あったよな?」
 ぼそぼそと男達が囁き合う中、再び浩一がゆっくりと上半身を起こし、陰鬱な口調で再び話し出した。


「それから五年程前」
「まだあるのかよ!?」
「おいおい、かんべんしてくれ」
 心底うんざりした声が上がる中、些か自棄になりながら浩一が話を続けた。


「前会長がいよいよ駄目らしいって事になった時、自分の死後、今現在辣腕を振るっている婿養子の勝社長が、会社を私物化するんじゃないかと不安になったらしい。まだ孫は学生だったし、幾らかでも社長の重しになる駒が必要と考えたんだな。入院先から弁護士を介して『相続人に加えてやるから、大して金にもならんくだらん物書きなど止めて小笠原の経営に参画しろ』と命令してきたそうだ」
「……馬鹿か?その祖父さん」
「見苦しいね、人生の最後に」
「清人さん、怒ったよな。『くだらん物書き』呼ばわりされて」
 ある者はがくりと項垂れ、またある者は溜息を吐いて清人に同情したが、続く浩一の言葉に全員固まった。


「当然だ。会長の病室に、山ほど仏花を送りつけようとした」
 言われた内容が一瞬理解できなかった一同は、頭の中でそれを反芻してから引き気味に感想を述べた。


「いや、幾らなんでも」
「さすがにそれはちょっと……」
「人間としてどうかと思う」
「第一、病室にそんな物を配達する花屋があるのか?」
「モラルに反するだろうが」
 それを聞いた浩一が、事も無げに頷く。


「ああ、さすがに配達先を聞いたら、引き受ける所は無かったらしい。どう考えても嫌がらせにしか思えないし、それの片棒担いで店の信用を落としたくは無いだろうからな」
「それじゃあ清人さんは諦めたんですか?」
 一縷の望みをかけて顔を引き攣らせながら明良が尋ねたが、浩一は苦々しく吐き捨てた。


「そんな訳あるか。昔からの付き合いで、あいつがやると言ったら手段を選ばず必ずやり遂げる奴だって事は、お前達も分かっているだろう?」
「言ってみただけです……」
「清人の奴、複数の花屋に日時を合わせて仏花を大量発注した後、その日に運転手付きで幌付きの軽トラック三台を手配して、その荷台に準備した花束を容器毎詰め込んで貰って、翌日の朝八時に入院先の玄関の車寄せに乗りつけやがったんだ」
「……げ、マジかよ?」
「病院の職員や警備員に、追い返されなかったんですか?」
 その当然の疑問に、浩一は苦々し気に答えた。


「同時にガタイの良過ぎる体育会系の学生を、三十人も現地集合で動員してな。バイト料を提示した上で、『今から十五分以内に指定する病室にこの荷物を全て運び終えたら、各自プラス一万円の料金を支払うから頑張ってくれ』とやったそうだ。清人は『職員の妨害なんてものともせず、皆嬉々としてきっかり十五分でやってくれたぞ』と嬉しそうに言っていた」
「ただでさえその時間帯は、外来の準備とか夜勤と日勤の引き継ぎとか、検温採血その他諸々で職員が忙しい時間帯じゃないですか」
「それを狙ったな。……どこまでえげつないんだか」
 過去に看護師と交際でもしていたかの様な冷静なコメントを零す友之に、呆れ果てた呟きを漏らす玲二。最早同意するのも馬鹿らしくなってきたらしい浩一が、淡々と話を続けた。


「職員に迷惑をかけたのは勿論、他にも入院患者が居る中、病棟をそんなものを抱えて走りまわられてはたまったものじゃない。百歩譲って菊の花束だけだったら病人の好みだと弁解も出来るが、当日持ち込んだのは菊の後ろにシキミが段々に整えられている奴だったから、どう見ても仏花以外の何物でもないからな。しかも『小笠原の指示で運び込んでますので、抗議は後から纏めて小笠原がお受けします』と叫ばせながら運ばせたそうで、後から会長側に『何を考えているんだ縁起でも無い!』と非難轟々だったそうだ。勿論激昂した前会長の指示で、遺言書から清人の名前は綺麗さっぱり削除された」
(人生の最後に、とんだ災難だったな……)
 そこまで聞いた面々は、ほんのちょっとだけ前会長に同情した。そこで何を思ったか、急に浩一が座卓に両肘を付き、文字通り頭を抱える。


「その時の事を聞いた時、清人が『花が広い病室だけに収まらなくて廊下にまで溢れて、なかなか壮観な眺めだったぞ? そのまま憤死しそうな会長の記念写真を撮ってあるから見るか?』といいながら当時の写真を差し出してきたんだ。その時のあいつの、悪魔的な壮絶過ぎる笑顔っ……。今思い出しても寒気がする。それ以降、俺は絶対にこいつを本気で怒らせまいと、深く心に誓った」
 本気で呻いている浩一を見ながら、他の者はさもありなんと頷いた。


「なるほど。そこまで拗れたら没交渉ってのも納得だな」
「互いに良い感情なんて持てないと思うし、妥当ですね」
「だけど今回、これまで一切面識の無かった弟が、清香ちゃんに接触を試みた、と」
「その前に、一度清人に電話をかけてきたそうだ。話を聞かずに即行でブチ切ったらしいがな」
「清人さんらしい……」
 話が次のステップに進んだのを捉えて、浩一が顔を上げて経過を告げると、皆が苦笑いした。しかし続く台詞に、その場の空気が再び不穏なものに逆戻りする。


「その話を聞かされた時、俺が小笠原夫人が最近入院している事をあいつに教えたら、途端に嫌な顔をされてな」
「ちょっと待って下さい、浩一さん。それじゃまさか、その聡って奴が偽名を名乗ってまで清香ちゃんに近付いたのは、単に清人さんに渡りを付ける為だって言うんですか?」
「そうとは限らないさ、明良。偶々仕事上で使ってる通称で自己紹介して、偶々自分の異父兄が作家だって事を知らなくて、偶々知り合った女性がその人の異母妹だった事を知らなかっただけかもしれないだろう?」
 飄々と口を挟んで来た友之に、明良が思わず白い目を向ける。


「友之さん、自分でも全然信じていない口調で言うのは、止めて貰えませんか?」
「はは、自分で言ってみても信憑性が無さ過ぎるな」
 苦笑いで返した友之の横で、玲二が軽く腕を組みながら、納得したように頷く。


「う~ん、でも何となく分かったな、今回清人さんの反応が鈍かったわけが。全然気にしていない様でいて、やっぱり母親の話を聞いて多少は動揺しているとか? 締切位で清香ちゃんの観察を怠るとは思えなかったから」
「そうかもしれない」
 浩一が賛同を示した所で、比較的大人しく話を聞いていた修が話を纏めにかかった。


「じゃあ取り敢えず、清人さんもそんな不純な動機で清香ちゃんに近付く男は即刻強制排除するだろうから、この際俺達も全面的に協力するという事で。清人さんには締め切りとやらが落ち着いた頃合いを見て、浩一さんか友之さんから報告して貰うって事でどうかな?」
「賛成」
「異議なし」
「右に同じ」
「全く厄介だな」
「本当に、他人の迷惑を考えて欲しいよな」
 そんな風に兄弟従兄弟で意見の集約をみた所で、先程から議論の様子を窺っていた奈津美が、新しいつまみの小鉢と酒を運んで持ってきた。そして各人の前に手早く並べてから、最後に夫に配りつつ幾分探る様に問いかける。


「さっきから随分物騒なお話をしているけど、もし万が一さっき言った様に何の下心も無く、偶然二人が知り合っただけだとしたら、その小笠原さんとやらをどうするつもり?」
 その問いかけに、修達は淡々と言い返した。


「それは、まあ……、そうだな」
「俺達も鬼じゃないし?」
「一応、強制排除なんて手段は取りませんよ?」
「年長者としての立場から色々言い聞かせて」
「納得ずくで、自主的に身を引いて貰うとか」
「そんなところだろうな」
(どちらにしても、清香ちゃんの周辺からは排除する方針は変わらないわけね)
 笑い出したくなるのを必死で堪えながら、奈津美は夫に言い聞かせた。


「どうでも良いけど修さん? 明日は月曜で朝からお仕事の方もいらっしゃるんだから、際限なくお酒を勧めちゃダメよ?」
「分かってるって!」
 苦笑して頷いた修に、早速他の面々から冷やかしの声がかかる。


「おいおい、もうすっかり尻に敷かれてるな~」
「何とでも言え! 家庭円満の秘訣は、何と言っても黙って女房の尻に敷かれてやる事だ。覚えとけ、この独り身集団!」
 ふんぞり返った修の言葉に、傷ついた様に玲二が胸を押さえてみせた。


「はあぁ~、言われちゃったよ」
「独り身集団で思い出したな、清香ちゃんへの求婚指令。どうする?」
「取り敢えずそいつの邪魔をしつつ、清香ちゃんとデートしてアリバイ作りにするか?」
「そうだな、あの祖父さんの事だ。俺達に尾行を付けて、清香ちゃんと接触が無いと呼び出されて説教されかねない」
「じゃあそういう事で、当面の方針は決まったな」
 そんな風に賑やかに、《くらた》での夜は更けていった。





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