猫、時々姫君

篠原皐月

4.後宮の騒動

 シェリルがどこの屋敷かも分からないまま、応接室に閉じ込められたのとほぼ同じ頃、不在が明らかになった彼女の部屋で、レオンの怒声が響き渡っていた。


「だから! シェリルはどこに行ったと聞いている! 泣いていては分からん! きちんと説明しろ!!」
「申し訳ございません!」
 怒りに任せてテーブルを拳で叩きながらレオンが喚くと、既に泣きはらした顔のリリスが再び蒼白な顔で頭を下げた。そんな二人を見たミレーヌが、やんわりとレオンを諫める。


「レオン殿、責めるのはお止めなさい。怒鳴りつけてもシェリルの居場所が分かる訳ではありません。それにソフィアはどうしました? 姿が見えませんが」
「ソ、ソフィアさんなら……」
「お待たせいたしました」
 そこで何故か侍女のお仕着せでは無い、男物の上下を身に着けたソフィアが、ドアでは無くベランダに面した窓から入って来た。それに呆気に取られた表情で、レオンが尋ねる。


「お前、その恰好……。それにどうして外から」
「王妃様。シェリル様は、やはり猫の姿のまま、王宮の外部に出たと思われます。クラウス殿に、王宮内で特殊な術式が展開されたかどうか、急遽精査して頂きました」
 レオンを丸無視してソフィアが報告すると、ミレーヌは若干表情を緩めた。


「それでは、シェリルの身元が判明した上で、誘拐された状況とかでは無いのですね?」
「はい。そして王宮の各出入り口を見張っている私の仲間にも確認したところ、式典が始まる前に、後部に黒猫がしがみついていた馬車が、王宮から出て行ったと報告がありました」
「何だと!?」 
 尚も言いかけたレオンを手で制し、ミレーヌは冷静に彼女に問い掛けた。


「行き先は判明していますか?」
「はい。通常二人一組で行動しておりますので、私が黒猫の姿の姫様付きになっていると知っていた仲間が、何となく気になって後をつけてくれました。その連絡を、今受け取った所です」
「良くやってくれました」
 ミレーヌが心から褒め称えると、ここでソフィアが恐縮気味に申し出た。


「これからその屋敷に、早速向かうつもりですが、今現在手の空いている人間は、諜報探索に特化した物ばかりで……。襲撃するのに手勢を少しお貸し頂けると、ありがたいのですが」
「そういう事なら、私を連れて行って貰おうか」
 いきなり聞こえてきたその声に、室内の全員が声のした方に視線を向けると、そこにはきらびやかな正装を身に着けたジェリドが佇んでいた。


「ジェリド、お前、どこから湧いて出た! 第一、シェリルの不在をどうやって知った!」
「父から連絡を貰いました。『近衛兵を大勢動かすと、色々拙い。婚約者を気取るなら、お前一人で何とかしろ』と」
「宰相、無茶ぶりが過ぎるぞ……。それにお前、どうやって後宮に普通に入り込んでいる」
 ジェリドの話を聞いてレオンは頭を抱えたが、ミレーヌは時間を無駄にせず、早速話を進めた。


「ジェリド殿、どこから聞いていましたか?」
「そちらの侍女が、姫の行き先を確認した辺りからです」
「それでは今回の彼女の行動を、どう思いますか?」
「彼女が周囲に迷惑をかけると分かっている行動を、進んでするわけはありません。猫の姿で王宮内を巡っているうちに、偶然、今回の偽ラウール事件に関する証拠や、他の何かを掴んだのではないでしょうか?」
 その推察を聞いたレオンとリリスは驚いて目を見開き、ミレーヌとソフィアは無言で頷いた。


「それでは今回、あなたが無許可で後宮に侵入したのは不問とします。ジェリド殿、ソフィアと協力して、シェリルの安全の確保、及び不埒者を捕らえる事と、証拠を確保する事に全力を尽くしなさい」
「畏まりました、王妃陛下」
「ソフィア。あなたにも期待して宜しいのよね?」
「こちらの司令官閣下の、足手まといにならない程度には働けます」
 二人は恭しく床に膝を付いて頭を下げ、時間を無駄にせずにすぐに部屋を出て行った。そこでミレーヌは、相変わらず真っ青な顔で控えているリリスを振り返る。


「リリス。シェリルは急病で、夜会も欠席する事にします。ですからここに誰が押し掛けてきても、シェリルの不在を悟られない様に、あなたの責任できちんと対処して下さい」
「分かりました。誰も一歩たりとも、足を踏み入れさせません」
 きちんとした仕事を与えられた事で、何とか自分を取り戻したらしく、リリスは力強く頷いた。それに小さく微笑んでから、ミレーヌはレオンと連れ立ってシェリルの部屋を出て廊下を進んだが、歩きながら通路の窓から見える空を眺め、密かに義理の娘に言い聞かせた。


(無茶な事はしないで、無事で戻って来なさい、シェリル。何かあったりしたら、エリーシアに顔向けできませんからね)
 そんな決して表沙汰にできない、シェリルの行方不明というトラブルを抱えたまま、ランセルの即位二十周年記念の夜会開始時刻は、刻一刻と迫っていた。



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