猫、時々姫君

篠原皐月

9.ささやかな応酬

 現在ラウールと自称している彼が、護衛らしい騎士に目配せをして少し離れた所で待機して貰ってから、シェリル達が居るテーブルに歩み寄った。そしてにこやかに、三人に声をかけてくる。


「やあ、こんな所で奇遇だね、シェリル。姉弟仲良く、お茶会中なのかな?」
「え、ええ……、こんにちは、ディオン。今日は良いお天気ね」
(うわ……、なんだかミリアから、『何馴れ馴れしく挨拶してるのよ!』的な視線で睨まれている気がするわ)
 何とか笑顔を取り繕い、以前顔を合わせた時同様に「ディオン」と呼びかけたシェリルだったが、テーブルを挟んで斜め向かいに座るミリアから向けられる視線が、顔に突き刺さってくる心地がした。その為怖くてそちらの方向に顔を向けられないまま、どう話を繋げようかと必死に頭を働かせていると、微妙な沈黙を打ち消す様にミリアから声が上がる。


「シェリル姉様。私達に、こちらの方を紹介して頂きたいのですけど?」
 口調だけは穏やかな、少女らしい可愛らしい物言いではあったが、それに含む物を感じ取れない程シェリルは鈍く無かった。その為、幾分怖じ気づきながら、茶番だとは思いつつ紹介の言葉を口にする。


「あ、えっと……、ごめんなさい、ミリア。こちらは、この前から離宮に滞在している、ハリード男爵の息子さんのディオンで」
「目下、アルメラ様がお産みになった第一王子のラウール殿下の可能性が濃厚と、巷では言われている方ですよね?」
「……ええ。それでね? ミリア」
(分かってるならわざわざ聞かないで。それに、その喧嘩売る気満々の表情は止めて。お願いだから)
 自分の説明を遮って嫌味っぽく言及してきたミリアに、シェリルは泣きたくなってしまった。しかし彼女のそんな心情には構わず、ミリアは堂々と自己紹介した。


「初めまして。お噂は色々な筋から伺っていますが、噂が真実なら異母妹に当たりますミリアです。以後、お見知りおき下さい」
「ラミレス公爵の主張が真実だと認められたなら、あなたの異母弟になるカイルです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。レイナ様の所で姿を見かけなかったから残念に思っていたら、こんな所で二人に遭遇できたなんて嬉しいな」
 カイルもミリアと調子を合わせ、「真実」とか「認められたら」とかの部分に微妙に含みを持たせながら自己紹介を済ませた為、シェリルは溜め息を吐きたくなった。しかしその場の険悪な空気を感じている筈のラウールは、全く気にしない風情で話を続ける。


「二人はシェリルと仲が良いんだね? できれば私とも、同様に仲良くしてくれたら嬉しいな」
 それにミリアとカイルは、冷ややかとも言える笑顔で返す。


「シェリル姉様はれっきとした私達の姉ですから、仲良くするのは当然ですわ」
「勿論、あなたも僕達と血の繋がりがあると認められたら、それなりの対応はするつもりです」
「勿論そうね。私達、礼儀知らずでも恥知らずでも無いのだし」
(ちょっと二人とも! お願いだから、こんな所で揉めないで!)
 下手に口を挟むと変に状況を悪化させそうで、内心で動揺しながらシェリルが三人のやり取りを見守っていると、いきなりミリアが椅子から立ち上がった。


「それではシェリル姉様。私達、そろそろ失礼しますね?」
「え? ミ、ミリア?」
 お茶会の終了予定時間はまだまだ先の為、シェリルは慌てて声をかけたが、それと同時にカイルも立ち上がりながら、別れの挨拶を口にする。


「お茶もお菓子も、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ちょっと待って、カイル。もう帰るの?」
「はい。そろそろ勉強の時間になりますので」
「私も、来月の即位記念式典用のドレスが仕上がって来たから、合わせてみる事にしていましたから」
「お邪魔しました。ディオンさんはどうぞごゆっくり」
「ミリア……、カイル……」
 笑顔の二人が、この場に自分を置き去りにするつもりだと分かって、シェリルは盛大に顔を引き攣らせたが、ラウールは余裕の笑みで応じた。


「そうか。是非ご一緒したかったけど、予定があるなら仕方がないね。残念だけど、話はまたの機会に」
(ちょっと待って二人とも! 私だけ置き去りって酷くない? それは滅茶苦茶不愉快なのは、私にだって分かるけど!?)
 自分付きの侍女達を引き連れて、颯爽と立ち去って行く二人の背中に向かって、シェリルは心の中で精一杯文句をぶつけた。そんな中、のんびりとした声がかけられる。


「シェリル、せっかくだから、ここでお茶を一杯貰っても良いかな? 高貴な方と顔を合わせてきて、緊張して喉が渇いてしまってね」
 その申し出を無碍に断る事もできず、シェリルはテーブルの向かい側を手で示しながら促した。


「それじゃあ、そちらに座って下さい」
「ありがとう」
(あまり関わり合いになりたくないのは山々だけど……、ここで追い返す訳にはいかないわよね)
 そして少し離れた場所で待機している、リリスに視線を向ける。


「リリス」
「……畏まりました」
 短く声をかけると、色々思うところは有るにせよ、リリスは恭しく頭を下げてラウールの為のお茶を淹れ始めた。
 その間、何となくテーブルで無言のまま向かい合っていた二人だったが、彼の前にカップが差し出された事を契機に、会話が始まる。


「どうぞ」
「ありがとう」
 出されたカップに口を付け、中身を一口味わったラウールは、周囲をゆっくり見回してから、感心した風情で言い出した。


「うん、やっぱり王宮で使われている最高級の茶葉だ。美味しいね。それにクレムリアの花が見事だ。こまめに手をかけないとここまでの大木にならない筈だから、さすがは王宮の庭園だと思わされるよ」
「そう、ですね」
(うぅ、どういう話をして、どういう感じで切り上げれば良いのか、全然見当が付かないわ。どうしよう……)
 余裕綽々でお茶を味わっているラウールとは裏腹に、シェリルは内心で途方に暮れた。そんな心の内を読んだ様に、彼がカップ片手に笑いを堪える表情で言い出した。





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