猫、時々姫君

篠原皐月

5.新婚旅行?

 調査に出ているエリーシア達から、この間の成果について報告がくる事になっているからと、気を利かせたミレーヌに呼ばれたシェリルが彼女の私室に出向くと、そこにはレオンの他、宰相のタウロン、王宮専属魔術師長のクラウス、近衛軍総司令官のラスティとそうそうたる顔ぶれが揃っていた。
 かなり緊張しながら勧められたレオンの隣席に落ち着くと、周囲の者達の中でも一目で武闘派と分かる、茶髪で顎髭を蓄えた目つきが険しい壮年の男性になんとなく視線を合わせてしまう。するとミレーヌが、改めて彼を紹介してきた。


「シェリル。この前の夜会の後、顔を見たとは思いますが、きちんと紹介するのはこれが初めてですね。こちらが近衛軍総司令官のラスティ・エル・グラント伯爵です」
「シェリル殿下のお噂は、妻と娘から折りに触れ聞いております。今後とも宜しくお願いします」
「いつもカレンさんとリリスにお世話になってます。こちらこそ宜しくお願いします」
 一見取っ付きにくい顔立ちながらも、彼がカレンの夫でリリスの父親である事は彼女達から話に聞いて知っており、シェリルは感謝の気持ちを込めて、素直に頭を下げた。しかし頭の中では、率直な感想を思い浮かべる。


(う~ん、この前も思ったけど、間近で見るとやっぱり威圧感がある顔……。リリスはやっぱりカレンさん似よね。お父さん似じゃなくて、良かったかも)
 そんな事を考えていると、唐突にラスティが真面目な顔で言い出した。


「私も、娘が妻に似て、良かったと思っております」
「はい……、って、え!? いえ、あの、そうではなくてですね!?」
 思わず素直に頷いてから、シェリルはわたわたと両手を振って否定しようとした。


(えぇ!? 何? この前もタウロンさんに考えていた事を言い当てられたけど、私ってそんなに心の中が読みやすいタイプなの!?)
 狼狽しながら密かにショックを受けているシェリルの隣で、レオンが彼女に憐憫の視線を送る。


(シェリル……、完全に遊ばれているな。この面子なら仕方が無いか……)
 ミレーヌはもとより、クラウスやタウロンははっきりと笑いを堪える表情になっており、ラスティも謹厳そうな表情を崩さないながらも、口元が弛んでいる事から面白がっている事は明白であった。そして動揺しているシェリルを宥めてから、クラウスがその場に集まっている面々に声をかける。


「それでは通信回線を開きます」
「お願いします」
 ミレーヌが応じると、テーブルに立てられていた術式を組み込み済みの魔導鏡に向かって、クラウスが呪文の詠唱を始める。それを大人しく聞きながら、シェリルは今回初めて離れて過ごす事になったエリーシアの事を想った。


(エリー、全然連絡をくれなかったけど、元気にしてるかしら? やっぱり忙しかったのかな?)
 そしてエリーシア側の魔導鏡との回線が繋がると同時に、シェリルと同様にかなり心配していたらしいクラウスが、状況を尋ねた。


「やあ、エリー。元気にしていたかい?」
「はい、クラウスおじさん。いたって元気ですのでご心配無く」
 クラウスに笑顔で応じてから、エリーシアは彼の背後にその姿を確認したらしいシェリルに、軽く右手を振りながら明るく声をかけてきた。


「シェリル、元気にしてた? なかなか連絡できなくてごめんね?」
「ううん、大丈夫だったから。皆さんに良くして貰ってたし」
(良かった、元気そう。十日ぶりかな? きっとお仕事が忙しかったんだよね?)
 そう安堵してもう少し質問しようかと思ったところで、エリーシアを押しのける様にして、一人の男が魔導鏡の中に姿を現した。


「やあ、君が近い将来、俺の義妹になるシェリルちゃんだね? 初めまして。俺の事はアッシーと呼んでくれ」
「……はい?」
 いきなりの登場と理解が追い付かないその台詞に、シェリルは本気で面食らった。明るい色調の髪と垂れ気味の目が、友好的な印象を与えていたが、どこか捉えどころの無い、奇妙な印象を受ける。するとエリーシアがその男を肩で押し返そうとしながら、文句を口にした。


「ちょ~っとアッシー! 人の会話に許可なく割り込まないで貰える? 今十日ぶりの、しんみりとした姉妹の対面中だったのに!」
「いやいや、ハニーが常々自慢してる可愛い義妹ちゃんの顔を、漸く見られるチャンスじゃないか。ここで割り込まずして何とする。おっさん相手の報告だけだったら、つまんねーんだよ」
「もう、仕方無いわね~」
(え? な、何事? この男の人、誰?)
 鏡の向こう側で何やら話が付いたらしく、エリーシアが彼に鏡の正面の位置を譲った。それに満足したらしく、笑顔で彼が話を続ける。


「ハニーのお許しが出たんで、ここで自己紹介。俺は今、エリーと新婚旅行真っ最中の、アクセスって言うんだ。近衛軍所属で、表向きはあのストーカー野郎のジェリドの副官をやっててね。だから稼ぎは十分だから、ハニーの事は心配しないでくれ」
「……は、はぁ?」
(え、えっと……、ハニーって多分エリーの事で、アクセスさんだからアッシーなのよね。それで、新婚旅行真っ最中……。新婚旅行って事は、結婚!? エリー結婚したの? いつの間に!? じゃあこの人が私の義理のお兄さん!?)
 与えられた情報を精一杯消化しようとしたシェリルだったが、無意味に口を開閉させながら完全に固まってしまった。それを横目に見ながら、レオンが鏡の向こうの彼を盛大に叱りつける。


「アクセス! ふざけるのもいい加減にしろ! シェリルがパニックを起こしてるだろうが!? エリーシア、お前もお前だ! アクセスの悪ふざけに乗るのも程が有るぞ!?」
 しかしその非難に、鏡の向こうで二人が平然と言い放つ。


「いやぁ、この間新婚夫婦として過ごしてるものでして、つい」
「だってこの組み合わせで旅行するには、そう名乗るのが一番自然でしょう?」
「そうそう、各所でサービスも良いしさ。広い部屋を融通して貰えるし、料理も良いんだよな。リピーター狙いで」
「寝台が大きいサイズの物が一つって言うのは、閉口したけどね」
「閉口しても、それを一人で占領してた人間が、文句を言う筋合いじゃ無いよな」
「あら、女性に寝台を譲るのは当たり前よ」
 そんな息の合ったやり取りにシェリルは目を丸くし、レオンは盛大に顔を引き攣らせながら呻いた。


「エリーシア……、そいつの実年齢を知ってるのか?」
 しかしその問いに、彼女は事も無げに答える。
「三十五歳でしょ? こうしてると、どう見ても二十代半ばだけど。化け物よね~」
「化け物は酷いな~」
(ううう嘘っ! エリーよりちょっと年上でお似合いだと思ってたのに、そんなおじさんだったなんて!?)
 アクセスの、見た目とのギャップにシェリルが動揺していると、彼が神妙な顔でシェリルに声をかけてきた。


「シェリルちゃん、おじさんだなんて傷付くな~。本当の事だけどさ~」
「うぇっ!? いえ、そんなっ!?」
(ちょっと待って! やっぱり私って、そんなに心の中が読まれやすいわけ!?)
 再び動揺しているシェリルを余所に、鏡の向こうでは二人の明る過ぎる掛け合いが続いた。


「だけどこれまで一度も王都の端から出た事が無かったから、全てが新鮮だったわ~」
「ここら辺は保養地として、昔から有名だからな」
「初めて温泉にも入って、感動したわ~。湯屋をあちこちハシゴして、もうお肌がつっるつる!」
「エリーの奴、この地方特産のチーズも薫製も、美味いってもりもり食べててさ~」
「厳選してお土産に持って帰るわ。期待しててね~」
「……う、うん」
(取り敢えず……、お芝居で新婚旅行を装ってるのは分かったけど……。リリスがこの前言ってたみたいに、もの凄く楽しんでるみたい。こっちはこっちで色々大変だったのに……)
 能天気としか言えない二人の話を聞いて、さすがにちょっと拗ねてしまったシェリルだったが、ここで如何にも不機嫌そうな声が室内に響き渡る。


「最初に、この緊迫した空気を和ませようという意図は買うがな、アクセス・リゲル・フォース。そろそろ近衛軍諜報部門長官としての役目を果たさんか。王妃陛下も宰相閣下も、暇を持て余されている訳では無い」
 ラスティがそう厳命した途端、鏡の向こうの男が纏う雰囲気と表情が、瞬時に変化した。


「失礼致しました。それではこの間の、調査結果の報告をさせて頂きます」
「うむ」
(え? な、なんか顔付きとか声の感じとかガラッと変わって……。確かに同じ顔だと思うけど、まるで別人だわ。それについさっきまでと違って、年相応に見えるのはどうして?)
 途端に真面目な顔付きに豹変したアクセスの変わりようにシェリルが無言で目を丸くすると、レオンが軽く体を寄せて囁いてきた。


「な? 化け物だろう? 一見ふざけてるが、あれで近衛軍の諜報部門の総責任者なんだ。周囲にそれがばれると査察とかができないから、その肩書きを隠す為に、第四軍司令官副官の肩書きも持っているんだが」
「ええ、凄いわ」
 本気で感心したシェリルが呆然としながら頷いていると、アクセスの報告は一気にきな臭い物となっていた。





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