猫、時々姫君

篠原皐月

第3章 思惑渦巻く王宮:1.狸達の来襲

 参加者の殆どにとって青天の霹靂であった夜会から一週間が経過し、内心はどうあれ、シェリルは自分が置かれた状況に、それなりに順応していた。


「いやぁ、シェリル殿下は誠に謙虚なお人柄でいらっしゃる。今日実際にお目にかかれて、感服いたしました」
「本当に。市井でお暮らしと伺っておりましたが、立ち居振る舞い、お考え方が洗練されておられる」
「正に、生まれながらの姫君としか思えませんな」
 自己紹介の言葉を述べるなり、見た目が全く異なるにも係わらず円卓越しに延々と自分への美辞麗句を並べ立てる中年男三人組に、王女としての装いもそれなりに板に付いてきたシェリルは、顔が引き攣りそうになるのを何とか堪えながら、殊勝な物言いで言葉を返した。


「そんな……。私は自分の至らない所は、きちんと認識しておりますので。皆様が私を立てて下さっているのはありがたいのですが、過剰な褒め言葉は控えて頂けますか? 気恥ずかしいですわ」
(ううぅ、歯が浮くっ! それに、本の中でしか知らなかった『褒め殺し』の言葉の意味を、こんなシチュエーションで体感することになるなんて……。もういい加減、まともに相手にするのは疲れるんだけど!)
(シェリル様、頑張って下さい! ほら、顔が引き攣ってますよ? 最後まで笑顔笑顔!!)
 何とか笑顔は保ちつつ、内心で盛大に愚痴っていると、三人組の背後の壁際に待機しているリリスが、自分の頬を両手で指し示しつつ、手振りで励ましてくる。それでシェリルが何とか気合いを入れ直していると、相手はさり気なく話題を変えてきた。


「全く、シェリル姫のお人柄を、ミリア殿も是非見習って頂きたいものですな」
「誠に。最近では鼻持ちならない姫君になって、侍女達を横柄な態度でこき使っておられるとか」
「何事も傍若無人な振る舞いで、暴言も日常茶飯事だそうですな。同じ姫君でも甘やかされて育てられると、ろくな人間にならないという良い実例です」
(絶対、ミリアに実際会った事も無いくせに、好き放題言ってるわよね。盛大に反論したいのは山々だけど……)
 如何にも真実らしく重々しく告げる男達に、この間似たような会話を何度もこなしてきているシェリルは、余裕で控え目に反論してみた。


「あの……、でも、ミリア様は、私が王宮に来て以来、結構親しくお声をかけて下さいますよ? そんなに傍若無人な方だとは……」
 そこで激しくテーブルを叩く男と共に、きつく言い聞かせる声が響く。


「騙されてはいけませんぞ、シェリル様!」
「え、だ、騙されるって……」
 もう続く話の流れがほぼ完璧に予測できていたものの、シェリルは驚いてたじろいでみせた。するとたたみかけるように、相手が口々に言ってくる。


「あの小生意気なミリア殿は、シェリル姫を母親が出自の知れない平民だと侮って、馬鹿にしておいでなのです!」
「そうでしょうか……」
「姫はお人が宜しいから……。幾ら生母が平民だからと言っても、姫はきちんと陛下に存在を認知され、あの稀代の天才魔術師と当時名高かったアーデン殿に、陛下が直々に養育を依頼された方なのですよ?」
「同時にアーデン殿が王宮を辞したのも、当時は全く理由が分かりませんでしたが、今では陛下が姫を王族の枠に囚われずのびのびと育てて欲しいと望み、アーデン殿がそれに応えた結果だと皆承知しております」
「誠に、アーデン殿は忠臣の鏡! それだけ陛下に大事に思われているシェリル姫を、伯爵家の小娘風情が産んだ我儘娘と同列に語る事すら、私どもにとっては噴飯ものです!」
 その話は今回初めて耳にしたシェリルは、思わず遠い目をしてしまった。


(お義父さんが王宮専属魔術師長を辞めた事情が、そんな風に誤解されて広まってるとは知らなかったわ……。実は王妃様に懸想した挙句、一人で思い詰めて仕事を投げ打って森に引き篭もっただけなんです、なんて教えてあげたら、この人達どんな顔をするのかしら?)
 そんな事を考えていると、シェリルの正面に座っている某侯爵が、苦々しい顔付きで言い出した。


「伯爵家の小娘と言えば……、あの女が産んだ息子も、娘同様大して出来は良くなさそうですな」
「多少見栄えは良いかもしれんが。我儘で、鼻持ちならない若造ときている」
「あんなのが我が国の王太子だとは……、嘆かわしいにも程がある!」
(……やっぱりそういう話題になるんだ)
(シェリル様! 気持ちは分かりますが、何とか話を合わせて下さい!)
 心底うんざりとしたシェリルが、項垂れそうになるのを辛うじて堪えていると、再びリリスから目線で訴えられた。それに(大丈夫だから)と軽く頷いてみせてから、慎重に意見を述べてみる。


「あの……、でも一応、王太子はレオン殿と決まっていますし、それ程欠点があるようにも思えませんが……」
 しかし三人組は、薄く笑って彼女の意見を一蹴した。


「誠に姫君は、お人が宜しい」
「欠点があからさまになっている様なら、即座に王太子の座は奪われるに決まっています」
「それはもう、分からない様に注意深く隠蔽しているのですよ」
「そういうものでしょうか?」
(本当に、良く言うわねこの人達)
 シェリルは半ば呆れていたが、そんな事は微塵も分かっていないらしい男達は、勢い込んで力強く宣言してきた。


「そういうものなのです。ですがご安心下さい。私達は、シェリル姫の味方ですぞ!?」
「……まあ、心強いですわ」
 何とか笑顔を作ろうとして、思わず一瞬反応が遅れたシェリルだったが、相手はそんな事は気にせずに話を続けた。


「王宮で怠惰に暮らしていた連中よりも、市井でまっすぐのびやかにお育ちになられたシェリル姫とラウール殿下なら、きっと気もお合いになると思います」
「そうかもしれませんね……」
「シェリル姫は王妃様と顔を合わせる機会も多いとか。是非、王妃様とお茶の席でもご一緒される機会が有れば、ラウール様もお誘い下さい。きっとお話も盛り上がる事と存じ上げますので!!」
 身を乗り出さんばかりにして訴えてくる連中に対し、シェリルは内心で辟易しながらも、取り敢えず相手が望むであろう答えを返した。


「王妃様におかれましては、私などとは違い何かとお忙しい立場でいらっしゃいます。私の方から細かい事を申し出るのは心苦しい為、確約はできませんが、本当に機会が有ればその旨はお話ししてみますので……」
(そして最後に、あの偽者王子に話を繋げるのはお約束……。もうこの一週間で、すっかりパターンが読めちゃったわ。もっと他の流れで来る人、居ないのかしら? そうしたら少なくても緊張して、嫌気がさす暇も無いと思うんだけど……)
 そんなある意味贅沢な事を考えていたシェリルに、割り当てられた面会時間の終了が迫っていた面々は、しっかりとラウールと王妃の面会の段取りが整わなかったものの、気落ちする様子など見せず上機嫌に告げた。


「勿論それで結構です。いや、本当にシェリル姫は、慎ましやかでいらっしゃる」
「今回我らが持参した物、姫へのご進物とは別に王妃様宛の物もありますので、王妃様に宜しくお伝え下さい」
「そうですな、姫のお時間が空いた時に、離宮に出向かれてラウール殿下とご対面されては? 殿下もきっとお喜びになりますよ?」
「はぁ、そうですね。考えておきますわ」
「是非ともそうして下さい!」
(だ、だめ……、無理に笑顔を作ってるから、顔が引き攣るっ……。それにこんな腹の探り合いみたいな会話、神経が焼き切れそう……)


 そんな事を考えながらも、時間が来たその三人組が礼儀正しく挨拶をして立ち去るまで、シェリルは気力を振り絞って何とか笑顔を保ち続けたのだった。



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