猫、時々姫君

篠原皐月

13.エリーシアの推論

「ありがとうございます。それではこちらをご覧ください」
 先程ミレーヌの私室で投影した映像を、エリーシアは再び壁に映し出した。
「謁見の場に急遽呼ばれて横に控えていた時に記録を取っておいたのですが、あの短剣が少々気になりました」
「短剣? だがあれは確かに、私が職人に作らせた物だが」
 憮然としてランセルが応じたが、彼女は画像の一部を拡大表示した。


「ここの短剣の柄の、宝石がはめ込まれている周囲をご覧ください。目立たないようにしてはいますが幾つも傷がついて、それを修復した跡が残っています。私はこれまで修繕の仕事もしていましたので、鍍金めっき等のやり方も存じていますので」
「それが?」
「この傷の付き方は取り落としたとか、ひっかけてできた類の物ではありません。宝石を無理やり剥がすために抉った跡を補修した跡です」
 それを聞いた室内の者達が、はっとした様子で画像に見入る。するとミレーヌが、思わずといった感じで声を出した。


「……思い出しました。あの短剣を見た時の違和感ですが、アルメラに贈られた時にあの柄に嵌め込まれていた宝石は、確かクリセードではなくミストリアでした。同じ緑色の石ですが、全く輝きと深みが違います」
「確かにそうだな。すっかり忘れていた」
 軽く目を見張ったランセルとミレーヌの間でそんな会話が交わされたのを聞いて、エリーシアは自分なりの推察を述べた。


「恐らくシェリルを捨てた人間が欲を出して短剣を持ち去り、宝石だけを引き剥がして短剣自体は処分したのでしょう。それがどうやってかラミレス公爵の手元に渡った後、石が欠けていては大事に肌身離さず持っていたという話の信憑性に欠けると思って、同じ緑色の石を嵌めこんだのではないでしょうか? 公爵は緑色の宝石が填め込まれているのを知ってはいても、どんな石かは正確には知らなかったのだと思います」
「そうするとその点だけでも、ずっと手放さずに保管していたという話が嘘だと追及できる証拠にはなるな」
 レオンが幾分顔色を明るくして独り言のように呟くと、エリーシアが思わせぶりに言葉を継いだ。


「ハリード男爵の息子の容姿と、彼が養子である事実を知った人物の手元に、偶々第一王子が行方不明になった時に一緒に所在不明になった短剣があったとしたらどうなりますか?」
 その仮定話に、レオンが筋書きを読んだように呟く。


「男爵と公爵の間を繋いだ人間がいるか……。そして男爵を仲間に引き込んで、その子息を偽者に仕立て上げたと言うのか?」
「もしくはなんらかの事柄で脅迫したか、です。あのハリード男爵は、どう見ても息子に王子の名前を騙らせるような、そんな大それた企みに進んで乗るタイプには見えません」
「確かに……」
 その場全員が先程見た男爵の様子を思い返して納得していると、エリーシアが話を続けた。


「それからあの偽ラウール殿下の周囲に、変な魔力の気配を感じました」
「確かにそれは、私も感じたが……。ラミレス公爵が後ろに付いているし、防御魔法の類を施していてもおかしくないだろう? 君も姫の装飾品に、色々細工している筈だし」
「あれはそんな可愛い物ではありません。強いて言えば、シェリルに施されていた物と同系統です。あれよりは簡単な術式だと思いますが」
「姫の物と同系統……、まさか姿替えの術式!? しかも私達にそれと悟らせない程度の、かなり高度な物という事か!?」
 シェリルが驚きで目を見張り、クラウスが顔色を変える中、エリーシアは皮肉っぽく顔を歪めながら淡々と続けた。


「これはあくまでも私見ですが」
「しかしそれが本当なら、由々しき事態だ。エリーの勘が正しければ、ラミレス公爵の背後にかなり優秀な魔術師が付いている事になる。更に姿替えの術式を周囲に悟らせずに安定させる力量の持ち主となると……、この国にもそうは居ない。最悪、他の国の思惑が絡んでいる可能性も出てくるぞ」
 彼がそう口にした途端、動揺を隠せない周囲からざわめきが生じた。


「何と……」
「益々面倒な事に……」
「どう考えても、傍観できない事態です」
「それで、一つ提案なのですが」
「なんですか? エリーシア」
 ミレーヌが応える声と共にざわめきが静まって静寂が戻ると、エリーシアは慎重に意見を述べた。


「当然、王宮から偽王子の調査に人を派遣すると思いますが、その表向きの調査隊とは別に、秘密保持ができて腕が立つ人間を何人か付けて、私をハリード男爵の領地に、内密に派遣してください」
「エリー? どうしてそんな事を?」
「どうしてお前が?」
 いきなり話が飛んだことでシェリルとレオンが驚いて彼女の真意を問いただすと、エリーシアは冷静に言ってのけた。


「これから王都では偽第一王子様と勝手に後見人を気取っているラミレス公爵に、貴族達が群がって騒々しくなって、そちらの調査と牽制で忙しくなる筈です。しかも相手に凄腕の魔術師の影がある以上、それに対抗できる人間を調査に派遣する必要があるかと思います。しかし王都内の警護や怪しい人物の監視で、従来の王宮専属魔術師の方々は手一杯ではありませんか?」
「まあ、確かにそうなる可能性は高いな……」
 思わず渋面になって応じたクラウスに、エリーシアが多少茶化すように述べる。


「ですが、最近義妹の七光りで王宮お抱えになった新米女魔術師が一人不在になっても、怪しむ人間も目くじらを立てる人間もいませんよ。ちょっと行方をくらまして、ハリード男爵とついでにラミレス公爵との関係、それからどこの国が背後で糸を引いていないか探ってみます」
「あっさり言うがな……」
 益々難しい顔になったクラウスだったが、そこで殆ど話に付いていけず聞き役に徹していたシェリルが、我に返って声を上げた。


「ちょっと待って! そんなの危ないし、エリーにだけ色々させる訳にはいかないわ!」
「あら、勿論シェリルにも、やって貰う事はあるのよ?」
「え? 何をするの?」
 平然とそんな事を言われたシェリルは面食らったが、エリーシアは含み笑いをしながら説明を始めた。


「あのね、偽第一王子様を推す連中は、まず彼が第一王子だと認めて貰う事に血道を上げるけど、並行して王太子位の奪取を目論む筈なの」
 平然と言われた内容に、シェリルは仰天して言い返した。
「どうしてそうなるの!? だって王太子はレオンじゃない!?」
「第一王子はレオン殿より十日程早く産まれた事になっているし、生母のアルメラ様の実家はレイナ様の実家より格上。確かそうですよね?」
 そこで目線で同意を求められたレオンは、末席に居た男性をはばかるようにチラリと視線を向けてから、頷いてみせた。


「ああ。ファルス公爵家はあの騒動以降、率先的に社交界で存在を誇示する事はしていないが」
「そうなるとどう考えても、王太子就任に関しては第一王子側の方が有利だもの」
「そんな!?」
「だからどうあっても、ラウール王子の存在を認める訳にはいかないの。それに短期間で円満に解決しないと内紛の兆しありとか思われて、周辺国に付け込まれかねないわ。それで話を戻すけど、第一王子の王太子就任を望む連中は、どういう対策を取ろうとするか分かる?」
「全然分からないけど……」
「手っ取り早く現王太子を亡き者にしようとするのは勿論だけど、同時にシェリルに取り入ろうとするわね」
 あっさりとそんな事を言われたシェリルは、本気で狼狽した。


「ちょっと待って! 何それ!?」
「だってどう考えても、レオン殿下は邪魔者よ?」
「本人の前で言う事じゃないわよね!? レオン、ごめんなさい!」
 慌ててレオンに向かって頭を下げたシェリルだったが、相手はさほど気にせず、寧ろ真顔で考え込んだ。


「いや、本当の事だから構わないし、俺の命が狙われるのは十分想定内だったが、シェリルに纏わり付く輩が出る可能性もあったか……」
「どうして私に取り入ろうとする人がでてくるの? 私は王宮に来たばかりだし、役職とかも無いのよ?」
 シェリルとしては尤もな事を言ったつもりだったのだが、エリーシアは残念そうに首を振った。


「それはシェリルの後見人に、子供が居られない王妃様が付いたからよ」
「加えてシェリルは王宮に引き取られたばかり。どう考えても、誰よりも御し易いと思われるな」
「つまり、王妃様の保護下にあるシェリルを味方に付ければ、王妃様にシェリルと同様に第一王子の後押しをして貰えると、短絡思考の奴は考える筈なのよ」
「下手をすると俺を推す第二側妃側と、第一王子を推す王妃側で後宮内が分裂って寸法だな」
「本当に絵に描いたような光景だけど、是が非でもそういう状態に持ち込みたいわよね。後ろ暗い連中としては」
 そう言ってレオンとエリーシアが乾いた笑いを漏らすと、思わずシェリルが確認を入れた。


「でも、実際にはそんな事は起こらないでしょう?」
 それにレオン達が答える前に、ミレーヌが強めの口調で割り込む。
「シェリル。この際、そんな浅はかな連中の企みに、乗って欲しいと言ったら怒りますか?」
「王妃様?」
「つまり、甘い汁を吸おうと群がってくる人間の相手をして、誰がどんな人間と繋がっているのか、それとなく探って欲しいのよ」
 ミレーヌの台詞の意味をエリーシアが分かり易く解説すると、予想に違わずシェリルの悲鳴が室内に轟いた。


「そんなの無理! やった事ないし!」
「大丈夫よ。主だった所はカレンさんに差配して貰うわ。だからシェリルはにこにこ笑って相手をして変な言質は取られず、かといって相手を失望させないで、ほのかに期待させる程度にあしらって貰えば良いのよ」
「そんな簡単に言われても!」
 狼狽著しいシェリルだったが、ここでエリーシアは彼女の両肩をしっかり掴みながら真顔で言い聞かせた。


「無理でもなんでも……、やって貰うわよ、シェリル。悪党共の陰謀を叩き潰す為に、ここにいる皆さんはこれからきりきり舞いすることになるのよ。まだ実感はないかもしれないけど、ここはあなたとあなたの家族が暮らす場所なの。得体の知れない人間の侵入なんか、絶対に許しちゃ駄目なのよ」
 口調は抑えてあるものの真剣極まりない声と顔付きのエリーシアの言葉に、その場にいる全員の顔が引き締まる。それはシェリルも同様で、なんとか心の中の不安を抑えながら頷いた。


「うん、分かった。それじゃあカレンさんに協力して貰って、なんとか頑張ってみる。でもエリーも気を付けてね?」
「大丈夫、そんなに心配しないで」
 そこでミレーヌは、微笑したエリーシアからタウロンへと視線を移した。


「それでは宰相殿。表向きの調査団とは別に、エリーシア殿に付ける人員の選定を今夜中に済ませてください」
「早速取り計らいます」
「ありがとうございます。準備が整い次第出立しますので、後の事はお願いします」
「ええ、シェリルの事は任せてください」
 そしてランセルも、険しい顔のまま指示を出す。


「近衛騎士団は王宮内及び王都内の警護体制を見直すと共に、第二級警戒態勢を当面の間堅持するのを各司令官に伝達するように」
「既に召集はかけてありますので、早速全部隊に通達を出します」
「それからファルス公爵。急遽招集した上に不快な物を見せて申し訳ないが、後見人としての名目で彼の身辺調査と監視を頼む。さぞかし周囲が騒がしくなると思うが……」
 ここでランセルが申し訳なさそうに末席の男性に声をかけ、シェリルとエリーシアが(この人がアルメラ妃の実弟の、現ファルス公爵!?)と密かに驚愕する中、ファルス公爵アルテスは小さく頷いてから了承の言葉を返した。


「私の役目は心得ております。それから王宮内での人手も不足するかと愚考しますので、こちらから信用の置ける人材を何人か、執務棟と後宮に入れる許可を頂きたく存じます」
「タウロン、聞いたな。至急、そちらの手続きも頼む」
「畏まりました」
 そのやり取りが解散の合図だったかのように、そこで誰も何も言わずとも円卓を囲んでいた全員が静かに立ち上がり、自分の職務を全うするべくそれぞれ移動を開始した。当然シェリル達も国王夫妻に頭を下げて会議室を出ようとしたが、少し歩いた所で背後から呼び止められた。











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