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アビシニアンと狡猾狐

篠原皐月

第31話 狡猾狐の本領発揮?

 連休最終日に夜まですったもんだした挙句、何とか深夜になる前に自分のマンションに帰り着いた幸恵は、連休明けにも係わらず気合を入れて始業時間に十分な余裕を持って出社した。何故かと言うと深夜に電話したり、簡潔にメールで済ませたりできない人物が自分の職場に存在していた為、朝のうちに詳細な報告しておこうと思ったからである。


「彼氏の実家に、その母親の見舞いがてら顔を出すだけとか言っておきながら、どうしてお前はそう他人には予測も付かない事をしでかすんだ?」
「今回の“これ”は、私のせいばかりでは無いと思いますが……」
 この四日間の事を掻い摘んで説明すると、目の前で黙って話を聞いていた弘樹は、呆れ顔で盛大な溜め息を吐いた。さすがに少々弁解したくなった幸恵だったが、ここで弘樹はニヤリと面白がる様に笑いながら告げてくる。


「それで? それから君島さんに引きずられて、婚姻届を出しに行ったのか? それなら社の方にも、色々届け出ないといけないが。各種用紙を、総務から貰ってきてやるか?」
「自分で行って貰って来ます。それに幾ら何でも、そこで市役所に直行しませんよ」
「何だ。つまらん」
 本当につまらなさそうに言われて、幸恵は舌打ちしたいのを必死に堪えた。


「人の結婚を娯楽みたいに言わないで下さい。ですが確かに収拾が付かなくなりそうだったので、あの場で一応届け出用紙に署名はしました。こちらの心の準備もありますので、今度の週末に二人で提出に行く事にしています」
「まあ、とにかくめでたいな。……そうするとお前の結婚時期に関する賭は、誰が勝ったんだ? 俺はもとから勝つつもりは無かったが」
 ブツブツと相手が何やら言っているのは無視する事にして、幸恵は取り敢えず神妙に頭を下げた。


「その……、遠藤係長には、休日に煩わしい思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
 その幸恵の謝罪に、弘樹は一瞬戸惑う素振りを見せてから、納得した様に頷く。
「あ? ああ、君島さんが血相変えて『幸恵の仲の良い友人達の連絡先を教えて下さい!』って電話をかけてきた“あれ”の事か? 確かに少し驚いたが、携帯のアドレス帳からピックアップして転送しただけで、大した手間じゃ無かったから気にするな。君島さんにもそう言っておいてくれ」
「……私としては、どうして係長が私の交友関係をご存じなのかと、それ以上にどうして当然の事の様に彼女達の連絡先をご存じなのかを、問い詰めたいところなのですが」
 ヘラヘラと笑いながら本当にどうでも良い事の様に述べた弘樹に、幸恵が鋭い視線を向ける。しかし弘樹は堂々と言ってのけた。


「そんな無粋な事は聞くな。単にお前の友人には、綺麗どころが多い。加えて魅力的な女性の連絡先を把握するのが、俺のライフワークだってだけの話だ」
「……くたばれ、女の敵」
「うん? 今何か言ったか?」
「いえ、特に何も」
 ボソッと小声で呟いた悪態は弘樹の耳には届かなかったらしく、幸恵は営業スマイルで誤魔化した。そこで顔付きを改めて、弘樹が思い出した様に言い聞かせてくる。


「ところで、君島さんから問い合わせの電話を貰った彼女達も、お前の事結構心配してたぞ? 俺に問い合わせの電話をかけてきたのも何人もいたし」
 そう言われて、幸恵が居心地悪げに頷いた。
「行方不明だなんて聞かされればそうでしょうね。和臣から話を聞いて、全員に『誤解だから心配しないで欲しい』とメールで一括送信したんですが、さすがに皆詳細を聞きたがっていると思ったので、時間が合う人とは今日社員食堂で落ち合って、事情を説明する事になってます」
「あ~、食堂でそれをやると周囲も聞き耳を立てるだろうし、お前がもう売約済みって話は、たちまち社内中に広がるよなぁ……」
「そうでしょうね……」
 がっくりと項垂れた幸恵を弘樹は憐れむ様に見やったが、それはほんの少しの間だけで、すぐに何やら考え込んである疑問を口にした。


「君島さん、どこまで本気で怒ってて、どこまで計算したんだろうな?」
 その自問自答っぽい呟きに、幸恵は小さく肩を竦めてから苦笑気味に述べる。
「私も後から考えると、何となくあの剣幕に押し切られた気がしないでもありませんが、もうどうでも良いです」
「おうおう、開き直っちまって。じゃあ盛りだくさんの連休は終わったわけだし意識を切り替えて、独身生活最後の週、バリバリ仕事してくれよ?」
 小さく噴き出してから茶化す様に笑いながら言った弘樹だったが、幸恵は負けず劣らず楽しそうな笑顔で、さり気なく上司にお伺いを立てた。 


「はい、勿論です。……それでは遠藤係長、休み明けに精査の上返却して頂く事になっている、布地用接着剤の新規溶剤考案書の方はどうなっているでしょうか?」
 ニコニコと返事を待つ体勢の幸恵であるが、これまでの付き合いで(出せるならとっとと出せや、オラ!)的なオーラを醸し出している事に気が付かない弘樹ではなく、朝に似合わない深い溜め息を吐いた。


「今日1日位は、ホンワカ幸せ空気を醸し出しとけよ。大目に見てやるからさ」
「係長、今返却して頂けるんでしょうか?」
「……今日中に渡すから少し待ってくれ」
「分かりました。宜しくお願いします」
 しっかり言質を取った幸恵はすました顔で一礼して自分の机に戻り、二人のやり取りに聞き耳を立てていた同僚達は、揃って笑いを堪えながら自分の仕事に取り掛かった。


 その週の土曜日の午後、和臣と幸恵は幸恵の本籍がある市役所に出向いて、無事婚姻届を提出した。当初は荒川家に顔を出して一言挨拶をと考えていた二人だったが、その日に君島が是非一席設けたいと申し出て来た為、挨拶は改めてする事にして、とんぼ返りで都心へと戻る。
 指定されたフレンチレストランに時間ギリギリに到着すると、二人は黒服のフロア係に恭しく奥の個室に案内された。


「ちぃ兄ちゃん、幸恵さん。入籍おめでとう!」
「わざわざ足を運んで貰って悪かったね、幸恵さん。二人で祝うつもりだろうとは思ったんだが」
 広い室内に一つ置かれたテーブルの向こう側に並んで座っていた君島と綾乃が立ち上がりつつ、満面の笑みで祝福と歓迎の言葉を述べ、それぞれ花束と祝いの品が入っているらしい箱を手渡してきたが、幸恵がそれに礼を述べながら受け取っている横で、如何にも面白く無さそうに和臣が愚痴を零す。
「全くだ。少しは遠慮してくれ」
「ちょっと和臣! せっかく君島さんが席を設けてくれたのに、ブツブツ文句を言わないの!」
 さすがに叱り付けた幸恵を、すかさず君島が苦笑いしながら宥めた。


「いや、和臣が拗ねるのも尤もだが、この前の連休中、篤志達の事で迷惑をかけてしまったお詫びも兼ねて、是非ご馳走したくてね。だから幸恵さんもそんなに怒らないでくれ」
「はあ……」
「ほら、ちい兄ちゃんも、そんな仏頂面しないで。さあ、座って座って。すぐお料理も来るから」
「分かった」
 そうして取り敢えず全員席に着き、そのタイミングを見計らったかの様にソムリエとセルヴールがやって来て、予め君島が指示していたらしいシャンパンと皿に少しずつ数種類盛られたアミューズを出して恭しく下がって行った。そして君島家の人間だけになった所で、当然の様に君島が乾杯の音頭を取る。


「それでは、和臣と幸恵さんの結婚を祝して乾杯」
「乾杯!」
「乾杯」
「ありがとうございます」
 和臣は苦笑気味に、幸恵は微笑しながら四人でグラスを軽く触れ合わせた。そして一口飲んだところで、好奇心を隠せない様子で綾乃が尋ねてくる。


「ねえねえちぃ兄ちゃん、式とか新居とかどうするの?」
 その問いに、和臣は取り敢えず決定している内容から告げる事にした。
「お互い荷物が結構有るし、当面は互いの部屋を行き来する事になるが、元々幸恵が通いやすい様に、お前のマンションと同様あの路線の駅に近い場所で、広めの物件を探してたんだ。幾つかピックアップしてるから、どこを購入するか幸恵と相談して、来年までには引っ越すつもりだ」
「購入資金は? 結婚祝いに少し出してやるか?」
「見くびるなよ、親父。俺の勤務先、どこだか忘れてないよな? ちゃんと頭金位は貯めてるし、銀行員が勤務先でローンを組めないなんて、笑い話にもならないんだが」
「確かに笑い話にもならんな、すまん」
 思わず心配そうに口を挟んできた父親に和臣は苦笑いで返し、対する君島も豪快に笑った。そこまで話を聞いた綾乃が、嬉々として尋ねてくる。


「じゃあ同じ沿線に住む事になるから、行き来し易いですね。引っ越したら遊びに行って良いですか?」
「ええ、勿論」
「綾乃。新婚なんだから邪魔するな」
 幸恵は快く頷こうとしたが、和臣はあっさり切って捨てた。その言い方に流石に綾乃が抗議の叫びを上げる。
「ええ? そんなにしょっちゅう入り浸ったりしないわよ。ちょっと位良いじゃない! ちい兄ちゃん横暴!」
「何とでも言え」
「和臣、心狭過ぎよ……」
 全く妥協する気配を見せない和臣と、珍しく怒っている綾乃を見て、幸恵は思わず溜め息を吐いた。そんな息子夫婦と娘のやりとりを、君島は笑いを堪える風情で眺めていたが、空になった皿と入れ替わりにオードブルのテリーヌが目の前に出されたのを契機に、顔付きを改めて神妙に幸恵に声をかける。


「それで、実は幸恵さんに、披露宴についてお願いが有るんだが……」
「親父、何も今言わなくても」
「はい、何でしょうか?」
 どうやらこれから父親が言うつもりの内容を察しているらしい和臣が、僅かに渋面になったが、幸恵は何を言われるのかと身構えながらも素直に応じた。すると君島が静かに話し出す。


「その、二人とも東京で勤務しているから、招待客として職場関係の方や交友関係がある方々を招くとなると、都内で挙式及び披露宴を開催するのが妥当だと思う」
「そうですね。それが何か?」
「それとは別に、広島でもやって貰いたい。費用は全てこちら持ちにさせて貰うから。どうだろうか?」
 真顔で言われた内容を頭の中で反芻した幸恵は、ちらりと隣で小さく溜め息を吐いた和臣を見てから、(うん、まあ、ある程度見世物になるのは、仕方ないでしょうね)と自分自身を納得させた。


「…………ええと、君島家は交友関係が幅広いと思いますし、東京に大挙して来て頂くのもなんですから、それが妥当でしょうね」
「宜しく頼みます」
 そして幸恵が比較的あっさりと受け入れてくれた為、安堵した様にテリーヌにナイフとフォークを伸ばした舅と義妹を眺めつつ、和臣に囁く。


「……家を出た次男の披露宴でも、やっぱり必要なの?」
「色々あってな」
 若干口調に苦々しい物が混ざった為、幸恵は慌てて宥めた。
「今更、それ位で文句は付けないわよ」
「安心してくれ。兄貴達程派手じゃない筈だから」
「比較対象がどんな物が分からないから、コメントできないわ。あ、そうだ」
 そこで、唐突にこの間気になっていた事を思い出した幸恵は、君島に顔を向けて問いかけた。


「君島さん、お聞きしたいんですが」
「何かな?」
「篤志さんが私の実家に、泉さんを迎えに行ったかどうかご存知ありませんか?一昨日香織さんと話した時には、まだ姿を見せないどころか、連絡すら無かった様なんですが?」
 幸恵は何気なく尋ねたつもりだったのだが、ちょうどテリーヌを食べ終えた君島は「うっ」と詰まりながら、カトラリーを皿に置きつつ気まずげに弁解してきた。


「その……、それなんだが、どうやらある条例を巡って県議会が紛糾しているそうで……」
 常日頃の雄弁さと強硬さが影を潜めたその物言いに、幸恵は無意識にこめかみに青筋を浮かべ、綾乃は盛大に肩を落とし、和臣は思わず舌打ちした。
「お兄ちゃん……」
「いい加減にしないと、本気で愛想尽かされるぞ。言っておくが、俺は泉さんの味方だからな」
「……電話をかける位、できますよね?」
「いや、うん、まあ、幸恵さんの言うとおりだ。今回は私からも、再度あいつに意見しておこう」
「宜しくお願いします」
 ちょっと緊迫した雰囲気になりかけたところで、気分直しといった訳ではない筈だが、再びギャルソンがやって来てポタージュを配って行った。そして綾乃が「冷めないうちに飲もうね!」などと明るく促し、皆で飲み始めたところで、椅子の背もたれと背中の間に置いておいた自分のバッグから、スマホが着信を知らせるメロディーを通常の音量で奏で始めた為、幸恵は自分の迂闊さを呪った。


「すみません」
「いや、構わないから」
 向かい側に謝罪をすると君島が鷹揚に頷いてくれた為、うっかりマナーモードにするのを忘れていたそれを沈黙させようとした幸恵だったが、ディスプレイに浮かび上がっ発信者名を見て、考えを変える。
(香織さん? 噂をすれば影ってこの事だわ)
 何となく泉に関する話の様な気がした幸恵は、再度君島に断りを入れた。


「すみません、ちょっとだけ出ますので」
「ええ、どうぞ」
 その言葉に遠慮なく甘える事にした幸恵は、背中に視線を感じながら足早に窓際まで進み、その間に通話状態にしてスマホを耳に当てた。
「もしもし、幸恵ですけど。待たせてごめんなさい」
「幸恵さん、今日婚姻届を出して来たんでしょ? 和臣さんと記念のお食事中だったら、邪魔してごめんなさいね?」
 恐縮気味な義姉の声に、幸恵は困惑しながら話の先を促してみる。


「いえ、それは良いんですけど、何か急用ですか?」
「う~ん、急用ってわけじゃ無いんだけど、幸恵さんが気にしてると思うから、早めに知らせておこうと思って、電話してみたの」
「何ですか?」
「それが……、さっき篤志さんから泉さんに電話があって、暫く二人で話してたの」
「本当に!?」
「ええ」
 思わず声を荒げた幸恵に、少し離れたテーブルに着いていた三人は何事かと彼女に目を向けたが、そんな事はすっかり頭の中から抜け落ちた幸恵は、勢い込んで香織に尋ねた。


「頭ごなしに怒ったり、問答無用で叱りつけたりしなかったでしょうね?」
「どんな会話だったかは正確には分からないけど、泉さんは終始落ち着いててニコニコ笑ってたし、大丈夫なんじゃない?」
「そうなんだ……。それなら良かった。やっぱり気になってたの」
 しみじみと幸恵がそう告げると、電話越しに香織が小さく笑う気配が伝わる。


「でしょうね。だから早目に教えてあげようと思って」
「ありがとう、香織さん」
「それで泉さんが言うには、来週の日曜日、篤志さんが夢乃さんと一緒に、泉さんを迎えに来る事になったそうよ」
「そうなんだ。泉さんを東京まで迎えに……、って香織さん、ちょっと待って! 今『篤志さんが夢乃さんと一緒に』って言った!?」
「ええ、言ったわよ?」
 先程以上の大声を上げて幸恵は叫んでしまい、それを聞いた綾乃と和臣は無言で目を丸くし、君島ははっきりと顔に怒りの表情を浮かべて立ち上がった。それに気付かないまま、幸恵がまくしたてる。


「だって夢乃さんは、まだ入院中の筈なんだけど!?」
「それが……、何とか外泊許可を取って、君島さんに内緒で来る事にしたらしいの。『嫁がお世話になったお礼を言う方々、お仏壇に線香を立てる事にした』とかなんとか、篤志さんが泉さんに説明したらしいの。だから泉さんが先に帰ったりしたら、夢乃さんがまた実家に行く気を無くすかもしれないから、そこで大人しく待ってろって言ったとか」
 そこで肩を軽く叩かれた幸恵は、背後を振り返って思わず固まった。すっかり存在を忘れていた君島が、そこで眼光鋭く自分を見つめているのに気が付いた為である。その為、幸恵は君島に視線を合わせたまま、声を絞り出して香織に謝罪した。


「その……、ごめんなさい、香織さん」
「何? 急に変な声で」
「実は今ここに、君島さんが居るの。思わず大声出して聞かれちゃって……」
 その告白に、香織は溜め息と苦笑いで応えた。
「不可抗力ね。怒られるから内密にしておいて下さいとは言われたんだけど……。君島さんに代わって貰える? 私の方からきちんと説明するから」
「お願いします」
 そして兄嫁には申し訳ないと思いつつも、君島の迫力に恐れをなした幸恵は、恐る恐る相手にスマホを差し出した。


「あの……、香織さんから説明したいので、君島さんに代わって欲しいと言われたんですが……」
「お借りします」
 そしてニコリともせずにそれを受け取った君島が、「もしもし、君島ですが……」と硬い表情で話し出すと同時に、幸恵はゆっくりとその場を離脱し、自分の席へと戻った。そして若干冷めてしまったボタージュを平らげ始める。
 そんな彼女の様子を既に飲み終えていた君島家の兄妹は微妙な表情で黙って眺めていたが、ちょうど幸恵が飲み終えたところで、通話を終わらせた君島がテーブルへと戻って来た。


「幸恵さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。あの……、それで夢乃さんの体調は大丈夫なんでしょうか?」
 スマホを受け取りながら懸念を伝えてきた幸恵に、君島は苦々しい表情を浮かべながらも、なるべく穏当な言葉遣いを心掛けつつ言葉を返した。
「ご心配かけてすみません。あれはこうと決めたら頑固ですから。どうせ主治医と派手に口論した挙げ句、どうにか丸め込んで外泊許可をむしり取ったんでしょう」
「やりそうだよな……」
「あと1ヶ月は入院してる筈なのに……」
 思わずと言った感じで声を漏らした兄妹に、幸恵は益々怪訝な顔で尋ねる。


「派手に口論してから、どうやって丸め込むのかしら?」
「まあ、色々な」
「うん、色々ね」
 何やらこれまでに色々悟っているらしい二人が、どこか遠い目をしながら応じると、君島が補足説明を入れてくる。
「体調が最近安定している事は勿論ですが、ちょうど入院中の病棟に私の親戚が看護士として配置されていまして。彼女に無理を言って休みを入れて貰って、東京までの往復の付き添いを頼んだそうです。それなら心配は少ないだろうが……、全く、無茶をするにも程がある」
「鳥山さんにお礼しないとな」
「本当だよね……」
 どうやら該当する人物に心当たりが有るらしい二人が深い溜め息を吐いた所で、君島が顔付きを改めて和臣に声をかけた。


「それで和臣、実は来週の日曜は、党の常任理事会の後、決起集会があってだな」
「了解。荒川家には俺が出向いて、様子を見て来るから」
「あ、私も行く!」
「その、私も泉さんの事が気になりますし、実家に行こうと思うんですが」
 君島に皆まで言わせず即座に応じた和臣と、それに引き続いて綾乃と幸恵も声を上げた為、君島は幾分表情を緩めて礼を述べた。
「宜しくお願いします。和臣と綾乃も頼むぞ。大丈夫だとは思うが」
 そしてスープの皿と入れ替わりに魚料理の皿が出て来た為、それが揃ってギャルソンが退出してから、君島がナイフとフォークを持ち上げながら、確認を入れてきた。


「それで幸恵さん、和臣が星光文具の最寄り駅沿線の物件を探していますから、仕事はこのまま続けるんですよね?」
「はい、そのつもりですが、何か支障があるでしょうか?」
「いえ、色々大変かと思いますが、頑張って下さい。私では家事育児のお手伝いはできないと思いますが、必要な時に必要な人手を差し向ける事はできますので、ご遠慮無く」
「ありがとうございます。何かありましたら、遠慮無くお願いします」
 共働きは駄目だと釘を刺されるかと身構えた幸恵だったが、予想に反して君島が寛容な意見を述べてきた為、安堵して笑顔で頷いた。そこで隣から上機嫌な声が響いてくる。


「うん、取り敢えず一年は新婚気分を味わいたいし、その間は子供は作らない事にして、でもその後は子供は三人欲しいから、上から順に女、男、女かな? それで幸恵が四十になるまでに出産を済ませるとなると、手間のかかる期間と育児休業の取得も考えると、四年おきの出産が理想的だけど」
「黙って聞いていれば、何をヘラヘラと自分1人で頭の中で組み立てた家族計画なんぞを口にしてるのよ!」
 いきなりとんでもない事を口走られた幸恵は、勢い良く和臣に向き直ってその胸元に掴みかかったが、対する和臣は飄々として言ってのけた。


「え? 幸恵は男2人に女1人とか、男3人の方が良いとか? 駄目駄目、息子なんか成長すると愛想なくなるし、何やらかすか分からないし。娘ばかりだと色々大変だから、虫除け要員に息子は1人居ればちょど良いと思う」
「得体のしれない息子本人が、何ほざいてんのよ! 第一、息子が虫除け要員ってふざけてるわけ!? 出産も子供の数も、まだって言うか当面白紙よ白紙!! 私にだって仕事があるんですからね!?」
「分かった分かった。じゃあこれからゆっくり、二人で考えていこうな?」
 憤怒の形相で和臣を締め上げる幸恵だったが、当の和臣は余裕の表情で幸恵を宥めていた。そんな兄夫婦の姿を目の当たりにして、綾乃は隣の父親に体を寄せて小声で囁く。


「お父さん……」
「どうした?」
「ちぃ兄ちゃん、家族計画どころか、今後五十年の人生設計位、計画済みな気がしてしょうがないんだけど?」
 そんな娘の訴えに、君島はまだ何やら言い合っている当人達にチラリと目を向けてから、真顔で肯定する。
「やってるかもな。そしてなんだかんだ言いつつ、それに幸恵さんが振り回されそうで心配だ」
「家族から見ても、ちぃ兄ちゃんって何を考えているか今いち分からない、傍迷惑な人だものね……」
 幸恵に少し同情しながらの父娘の溜め息は、目の前の二人には気付かれる事無く、宙に消えたのだった。



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