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アビシニアンと狡猾狐

篠原皐月

第30話 事の顛末

 すっかり現状を忘れて女二人で楽しく二日過ごした幸恵と泉は、東海道新幹線で新横浜まで来てから、在来線に乗り換える為に駅構内をのんびりと移動していた。
「泉さん、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。強いて言えば、ちょっと食べ過ぎたかしら?」
「それなら良いんですが」
 思わず苦笑してしまった幸恵に、ここで泉が顔付きを改めて慎重に言い出す。


「それはそうと……、幸恵さんに話しておきたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「和臣君の事。やっぱり怒ってるでしょう? 篤志さんから嫌がらせされた時、はっきり意思表示しなかったから」
 困った様にそんな事を言われた幸恵は、納得できない事があるのは確かな為、曖昧に言葉を濁しながら応じた。


「まあ、それは……、でもあいつにもそれなりに立場とか、身に付いた習性が有るでしょうし……」
「それはそうでしょうけど、だからと言って、和臣君が幸恵さんの事を蔑ろにしているわけでは無いと思うの」
「はぁ……」
「今回は私達の私的な事で迷惑かけておいて、こんな事を言うのは心苦しいけど……。落ち着いたら、幸恵さんから連絡を取ってあげてくれないかしら?」
 申し訳なさそうに縋る様な視線で言われて、幸恵は邪険に突っぱねる事も出来ず、諦めて頷いた。
「分かりました、そうします」
「良かった」
(ここら辺が折れ所って事なんでしょうね)
 安堵して微笑んだ泉を見ながら、幸恵も和臣に対して頭を下げる理由ができた事で何となくほっとした。しかしどうしても一言泉に突っ込んでみたくなる。


「でも泉さんに取っては、何歳になっても和臣は可愛い弟なんですね」
「そうね。随分格好良くはなったけど、手のかかるいたずらっ子のイメージが強くて」
「今でも人間性は変わっていないと思いますよ?」
「確かにそうかもしれないわ」
 そんな事を言い合って笑い合ってから、幸恵は電車が来る時間と現在時刻を確認しつつ、泉に断りを入れた。
「じゃあ、あと徒歩も含めて四十分強で実家に着くので、ちょっと電話しますね」
「ええ」
 そしてホームの片隅で幸恵はスマホを取り出し、切りっぱなしだった電源を入れた。すると起動したディスプレイに電話とメールの着信があった事を知らせるアイコンが浮かび上がったが、それを無視して暗記している実家の電話番号を押す。すると大して待たされずに、聞き慣れた義姉の声で応答があった。


「はい、荒川です」
「あ、香織さん? 幸恵ですけど」
「幸恵さん!? あ、えっと、連絡を待ってた、……え? あ、ちょっと!」
 名乗った途端、何故か驚いた様な香織の声に続き、電話の向こうで何かが派手に倒れる音や、誰かが言い争う様な声が微かに伝わって来た為、幸恵は首を捻った。


「香織さん? 今背後で、何か物音とか話し声がしましたけど、どうかしたんですか?」
「ええと、それが……、ちょっと積み上げてあった雑誌が崩れて、それが偶々テレビのリモコンの上に落ちて、音量が一時的に大きくなっちゃって……。ごめんなさいね、五月蠅くて」
「もう~、また兄さんが適当にまとめてたんでしょ。香織さんが妊婦だってのに、気を付けなさいって言おうかしら」
 本気で腹を立てた幸恵だったが、香織は幾分焦った様に話題を変えてくる。


「それより、昨日話があったお友達を連れて、今こっちに向かってるのよね?」
「はい、一応連絡しておこうかと思って」
「大丈夫よ。泊まって貰う準備はしてあるし、夕飯も人数分作ってあるから遠慮無く来てね?」
「ありがとう、香織さん。後四十分位で着きますから」
「お義母さん達に、そう伝えるわ。気を付けて来てね」
 そして香織と和やかに会話を終わらせた幸恵は、スマホをしまい込んで満足そうに頷いた。
「さてと。ここまでは順調よね。じゃあ行きましょうか」
 そこでホームに滑り込んだ電車に泉を促しつつ、自分も乗り込んで久しぶりの実家に向かったのだった。


「ただいま~」
「幸恵さんいらっしゃい」
 玄関を開けつつ明るく挨拶した幸恵を、笑顔の香織が出迎えた。幸恵はそんな彼女の反応を心配しつつ、背後に控えている泉を見える様にして簡潔に紹介する。
「香織さん、こちらが暫く泊めて欲しい、君島泉さんです」
「香織さん、初めまして」
 そう言って礼儀正しく挨拶した泉だったが、香織は動揺する事無く笑顔で頷き返した。


「こちらこそ宜しく。でも、何か変な感じね。確かに何度も話しているけど、泉さんとは初対面の筈なのに、初めて会った気がしないわ」
「私もです。香織さんは、これまでイメージしてきた通りの女性ですし」
「良かった。期待外れだなんて思われたら、どうしようかと思ってたの。さあ、取り敢えず上がって頂戴」
「お邪魔します」
 そして問題なく上がり込んでから、幸恵は少し釈然としない思いで香織に囁きかけた。


「香織さん。泉さんと幾らか交流は有ったにしても、いきなり君島家のお嫁さんを私が連れて来て、驚かないの?」
 その問いかけに、若干困ったような顔をした香織だったが、すぐに正論らしき事を口にした。
「ええと、訳ありなんでしょう? 玄関先で立ち話する内容じゃないと思うし」
「それはそうだけど」
 幸恵は(香織さんって、思った以上に豪胆な性格だったらしいわ)と密かに感心しつつ、香織と泉が簡単にここまでの旅程などについて話している後に付いて歩き出した。


「正敏さん、お義父さん、お義母さん。幸恵さんと泉さんが到着しました」
 襖を開けながら香織か室内に声をかけると、今の中に居た健と信子は泉に愛想よく声をかけた。
「やあ、遠い所から、わざわざ大変だったね」
「いらっしゃい、泉さん。幸恵、あんた泉さんを引っ張り回して無いでしょうね? 香織さんから聞いたけど、ほぼ同じ月数の妊婦さんなんでしょう?」
「いえ、幸恵さんには色々と気を遣って貰いましたので」
「そう? それなら良かったけど。大事にしないとね」
「ありがとうございます」
 ここにどうして泉が居るのかという理由には触れず、取り敢えず歓迎の言葉をかけた両親に、幸恵はほっとした。しかしさっそく泉と和やかに会話している両親とは裏腹に、正敏が一人神妙な顔付きで黙り込んでいるのに気が付いた幸恵は、その前に座って尋ねてみる。


「ただいま、兄さん。何か静かだけど、どこか具合でも悪いの?」
「お前って奴は……、本当に昔から予想の斜め上を行く奴だったが……、いや、なんでもない」
 何やら自分に対して悪態を吐きかけ、自分の背後に目をやって急に黙り込んだ正敏を見て、幸恵は不審に思った。そして何気なく兄の視線を追ってみた幸恵は、そこににこにこと笑っている香織の姿を認める。何となく目が合ってしまった幸恵だったが、香織は何事も無かったかのように微笑みかけてから、手早く淹れてきたらしいお茶を皆に配りつつ、話を進めた。


「お茶を淹れてきましたので、どうぞ。それから泉さん、今回こちらに来た訳を、私達に話して貰えるかしら?」
「はい、そうですね。まずそれをお話ししないと」
「焦らないで。お茶を飲んでからで構わないから」
 瞬時に真顔になった泉を信子が苦笑気味に宥め、泉は茶碗のお茶を半分ほど飲み終えてから、ゆっくりと順序立てて話し出した。
 君島家に到着早々から幸恵が陰で篤志から嫌がらせを受け、自分はそれに当初気が付かなかった事。その後気が付いて夫を窘めたら、初めて夫婦喧嘩をしてしまった事。更には娘に意見されて暫く頭を冷やす為に、幸恵の協力を得て家出を決行してしまった事を話し終えた泉は、荒川家の面々に向かって深々と頭を下げた。 


「この度は、幸恵さんに不快な思いをさせた挙句、ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」
 その真摯な謝罪の言葉を聞いて、幸恵は本気で焦った。
「泉さん! 何度も言いましたけど、それは泉さんが負い目を感じる事じゃありませんから!」
「そうそう、幸恵が嫌がらせされたそもそもの原因は、ばあちゃんの四十九日の時に和臣に泥水ぶちまけて篤志さんを激怒させた事なんだし、言わば自業自得ですから」
「しかし、仮にも県会議員がやり口がせこ過ぎる。どうせなら門の前に《暴力女は立ち入り禁止》とでもどでかい看板を掲げる位の豪胆さがあって良いかと思うがな」
「あら、やっぱり議員さんなんだから、周囲の目が気になるんじゃない? 寧ろここは、泉さんに正直に『どうしてもあいつが気に入らないから協力してくれ』って話して、協力を仰ぐべきだったわね。奥さんに秘密裏に事を運ぼうとするのは、やっぱり間違っていると思うわ」
 唖然とする泉の前で好き勝手に言い合う家族を見て、幸恵は思わず地を這う様な声で尋ねた。


「……父さん母さん兄さん、私が嫌がらせされた事は問題ではないと?」
「お前、それ位でへこたれないだろ?」
「その挙句、奥さんを連れて逃亡とは、意趣返しのつもりなんだろう?」
「篤志さんへの嫌がらせとしては、最高よね」
 淡々とそんな事を言われて、幸恵と泉は顔色を変えて挽回した。
「とっ、逃亡って何!? それに意趣返しだなんて、欠片も意識した事無いんだけど!」
「いえ、幸恵さんは嫌がらせなんかじゃなくて、ただ私に同情してくれて!」
 そんな二人の言葉を、健が苦笑交じりに遮った。


「まあ、きっかけがどうあれ、滞在先をここに選んでくれて良かったと思いますよ? 遠慮なんかしないで、好きなだけここでゆっくりしていって下さい」
「え? あ、あの……」
 穏やかな表情で宥められて、泉は面食らった。更に健の横から信子が相槌を打ってくる。
「そうそう、夫婦喧嘩なんてね、幾ら繰り返してもおかしくないんだから。初めてそんな事になって動揺して、出た先で事故とかにあったら大変だもの。君島さんからお電話を頂いた時に、時々泉さんの事を『夢乃の言う事を良く聞いて頑張っている嫁だ』って聞いて、夢乃さんも大事にしてるんだろうなって思ってたし」
「そんな……、私なんか、お義母さんにご迷惑をかけてばかりで……」
 思わず涙ぐんでしまった泉だったが、そこで突然健と信子が明るい口調で言い出した。


「妹の大事な嫁なら、俺達にとっても身内も同然という事ですよ。……さて、そうと決まれば、一応筋を通しておかんといかんな」
「そうね。地元で駆けずり回っている人達も気の毒だしね」
「は?」
「ええと、何?」
 戸惑う泉と幸恵の前で、信子が固定電話の子機と備え付けのアドレス帳らしき物を夫に渡すと、健はすぐに目的の番号を見つけて早速電話をかけ始めた。


「やあ、初めまして、篤志君。荒川健です。伯父の名前位は知っているだろう? この番号は以前君島さんから聞いていたんだが、これまでかける必要が無かったものでね。君にもわざわざ不快な思いはさせたくなかったし」
「父さん!?」
「篤志さんにかけているんですか!?」
 予想外の展開に女二人は仰天したが、健は淡々と話を続けた。


「おっと、早速切るなよ。短気だな。奥さんの行方を知りたくないのか? ……ほほう? なかなか正直じゃないか。結構結構」
 悦に入っている口ぶりの健を見て、香織が半ば呆れた様に隣の正敏に囁いた。
「……お義父さん、完全に面白がってるわね」
「ああいう人だから。諦めてくれ」
「それで挨拶はここまでにして、本題に入るが……」
 そこで健が、どこからどう聞いても悪役っぽい口調で言い出した。


「貴様の嫁は我が家で預かっている。返して欲しくばここまで嫁を迎えに来て、嫁に土下座するんだな。さもなければ嫁は返さん。お腹の子供ごと養子縁組して、広島には返さんからそのつもりでいろ、以上だ」
 そして苦笑いしながら通話ボタンを押した健は、信子に子機を渡しながら感想を求めた。
「どうだ、信子。こんな感じで良かったか?」
「ええ、ばっちりよ。これで篤志君にも本気度が伝わったんじゃない?」
 そうしてにこにこと上機嫌に語る夫婦を、他の者達は唖然として見やったが、ここで幸恵が真っ先に我に返った。


「ちょっと! あの兄貴相手に、なに喧嘩売ってんのよ!?」
「別に喧嘩は売ってないぞ? ちゃんと泉さんは家で預かっているから、心配するなと伝えただけだ」
「今の言い方のどこがよっ!!」
 勢いに任せて健を叱り付けた幸恵だったが、ここで信子が意味不明な事を言い出す。
「あ、そうそう。泉さんの方が一段落したから、今度は幸恵の方よね」
「ああ、そうだ。すっかり忘れてたな」
 そして(何事?)と眉を寄せた幸恵の前で健が立ち上がり、隣の部屋に続く襖を両側に開きながら、その向こうに声をかけた。


「……じゃあ綾乃ちゃん、祐司君、いい加減それを解いてやってくれ。あ、一応口と手は最後でな」
 そんな健の向こう側に見えた光景に、幸恵は本気で驚愕の叫びを上げた。
「え? …………ちょっと、あんた達、そこで何やってるわけ!?」
「……っ、……むぅ、……ぅ、……ふっ、……ぅ」
「え、ええと……、こ、こんにちは……」
「……色々あってな」
 そこには猿ぐつわを噛まされた挙句、薄手の毛布で全身をグルグル巻きにされ、ご丁寧にその上から胸から足首にかけての四か所を紐で縛り上げられた和臣が、芋虫よろしくのた打ち回っていた。更にそれに付き添っていたらしい綾乃が、引き攣った顔で挨拶をしてくる横で、何故か額に大きなガーゼを貼っている祐司が、憮然とした表情で和臣の身体を縛り上げている紐を解きにかかる。
 幸恵だけでは無く泉もその光景を見て言葉を無くしていると、正敏が疲れた様な表情で説明を始めた。


「幸恵……、お前、君島さんの家を飛び出した後、和臣の電話やメールに応答しないで、スマホの電源を落としてただろ?」
「……それが何よ?」
 些か後ろめたさを覚えながら幸恵が応じると、正敏は深い溜め息を吐いてから話を続けた。
「お前が出て行ったあと、篤志さんと和臣がブチ切れて大乱闘になったんだと。屋敷の人間はその剣幕に恐れおののいて止められなくて、最後は祐司君が割り込んで何とか止めたとか」
 それを聞いて、幸恵は思わず黙々と作業をしている祐司に目を向けた。


「……それであの怪我?」
「おう、綾乃ちゃんの話では、見えない所にも相当ダメージ受けてるらしいぞ? 元カノが今の恋人と揉めたとばっちりを受けるなんて、気の毒過ぎる。後で謝っておけ」
「……そうするわ」
(ごめん、祐司。こんな事で面倒かけて)
 心の底から申し訳なく思った幸恵だったが、正敏は淡々と話を続けた。


「それから和臣の奴、昨日のうちに東京に戻って来たんだが、合鍵を使ってお前の部屋で待ってても、一向に帰って来ないし。相変わらず連絡はつかないしで」
「え? ちょっと待って」
 さすがに事の重大さに気が付いて冷や汗を流した幸恵に、正敏が更に追い打ちをかける。
「夜になっても音沙汰がないんで、誘拐か事故かとあいつパニック起こして、綾乃ちゃん達は勿論、会社の上司さんにも立ち寄る場所の心当たりがないかどうか、聞きまくったらしいな」
「まさか遠藤係長とかにも!? 何やってんのよあいつ!!」
 思わず声を荒げて未だ芋虫状態の和臣に目をやった幸恵だったが、そんな彼女を正敏が盛大に叱りつけた。


「阿呆! ちゃんと連絡を入れるか、メールのチェック位しとけ! 挙句深夜になって『捜索願を出しに行く』って言い出して、その場に居合わせた綾乃ちゃんと祐司君を引き連れて警察に出向いたが、『身内じゃない自称婚約者の申請なんて受け付けられません』って言われて切れて、当直の警官相手に乱闘になりかけて、祐司君が力づくで引き剥がしてまた負傷したそうだ」
(ホントにごめん、祐司)
 もう申し訳なさの極致の話を聞かされて、幸恵は本気で項垂れると、正敏が呆れた口調で続けた。
「俺達にあまり心配をかけたくないって、お前が行方不明になってるって事はこっちに連絡してこなかったんだがな。今日になって流石にそうも言ってられないと、電話をかけてきたんだ。それでお前から昨日、泊めて欲しい友達を連れてここに来るって連絡があった事を話したら、都心からすっ飛んできてな。お前の顔を見た途端噛み付きそうだったんで、一通り話を聞くまで大人しくして貰ったってわけだ」
「それであの芋虫……」
「ああ。それでまた祐司君に、痛い思いをさせちまったがな」
「…………」
 もう何も言わずに幸恵が黙り込んでいると、隣の部屋で綾乃と祐司が緊迫した声を上げた。


「きゃあっ!! お願い、ちぃ兄ちゃん、落ち着いて!」
「君島さん、冷静に!」
 思わず幸恵が目を向けると、その視線の先で拘束を解かれた和臣が、自分の手で乱暴に猿ぐつわを外し、勢い良く立ち上がった所だった。そして迷わず幸恵の元に駆け寄り、片膝を付いて据わった目で凝視してくる。


「幸恵……」
「はい……」
「義姉さんの面倒を見てくれた事は、礼を言う」
「……お構いなく」
 和臣が醸し出す威圧感に、幸恵はこの場から逃げたり逆らったりする気など起きず、素直に応じた。しかし冷静に話をできたのもここまでで、次の瞬間和臣がスラックスのポケットから何かを引っ張り出し、折り畳まれていたそれを開きながら幸恵に命令する。
「結婚するぞ。この婚姻届に今すぐサインしろ」
「……はい? 何で?」
 目を丸くして思わず本音をダダ漏れさせた幸恵に、和臣は充血した両眼を見開いて掴みかかった。


「幸恵! この俺のどこが不満だ!? はっきり言ってみろ!!」
「ちょっと待って、和臣! 何錯乱してるわけ!?」
 自分の両肩を掴んで激しく揺さぶってくる和臣に、幸恵は狼狽したが、流石に周りも傍観できずに止めに入った。
「おい和臣! 気持ちは分かるが、もう少し冷静に話し合おう、なっ!?」
「そうですよ、君島さん! こいつは強く言えば言う程反発する、天邪鬼体質なんですから!」
「……本当の事だけど、何かムカつくわね」
 正敏と祐司が和臣の腕を取り、背後から押さえ込んで宥めようとしたが、和臣はそれを振り払おうとしながら、益々激昂して叫んだ。


「ふざけんな!! 大体どうしてお前の交友関係を、俺よりも元カレと上司が把握してんだよ!!」
「仕方ないじゃない! 親しくしてるのは、どうしても同じ職場の人間になるんだし!」
「それに、どうして『捜索願を出したいなら、自称婚約者じゃなくて夫になってから来て下さい』なんて、鼻であしらわなけりゃいけないんだ!」
「ちょっとそれ、絶対被害妄想入ってると思うし!」
「もう駄目だ。やっぱりお前は、ちょっと目を離すと何をやらかすか分かったもんじゃない。仕事辞めろ。そして俺の部屋から一歩も出るな!!」
「何、その失礼な断定! 加えて横暴で俺様かつ監禁発言!? 取り澄ましたいつものあんたは、一体どこに行ったのよ!?」
 ぎゃいぎゃいと言い合う二人に呆れ果てたのか、未だに和臣を確保しながら、正敏と祐司が心底嫌そうに言い出す。


「おい、幸恵。もういい加減結婚してやれ」
「綾乃、この際サイン代筆してやって」
「ちょっと! 何よ二人とも! しかも代筆って何!?」
 投げやりにそんな事を言った二人に幸恵が怒気を露わにすると、ここで如何にも申し訳無さそうな声が割って入る。


「ごめんなさい、幸恵さん。ここは一つ諦めてくれないかしら? ここまで理性を飛ばした和臣君って初めてだし、納得してくれないと本気で幸恵さんを監禁しそう……」
「泉さん……、あのですね」
 激しく脱力しつつ、泉の居る方に向き直って言い返そうとした幸恵だったが、申し訳無さそうな泉の横で、綾乃が自分に向かって合掌しているのを認めて、盛大に顔を引き攣らせたのだった。





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