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アビシニアンと狡猾狐

篠原皐月

第21話 降って湧いた話

「すまん、幸恵。俺を助けると思って見合いしてくれ!」
「……挨拶抜きでいきなり寝言を言うのは、止めて貰えないかしら? 『親しき中にも礼儀あり』って言葉を知らないなら、この際教えてあげるわよ? 兄さん」
 夜かかってきた兄からの電話に応答するなり勢い込んで言われた内容に、幸恵ははっきりと顔を顰めて冷たく言い返した。しかし正敏は真剣な口調で話を続ける。


「いや、真面目な話、お前に見合いの話があってだな」
「却下。断って。それじゃあね」
「少しは人の話を聞け! だから今回は今までの話とは違って、ちょっと断りにくい筋からの話なんだ!」
 そんな事を結構切羽詰まった口調で言われてしまった幸恵は、流石に多少心配になって問い返した。


「何? 仕事での取引先関係とか、ごく親しい交友関係からきた話なの?」
「……まあ、ある意味、そう言えなくもない」
 何やら急に声量を落とし、電話の向こうで何やらボソボソと呟いている正敏に、幸恵は苛つきながら声をかける。
「一人で何をゴチャゴチャ言ってるのよ?」
「とにかく、お前にれっきとした婚約者とか、結婚を前提に付き合ってる男とかが居れば、それを理由に堂々と断りを入れられるんだがな。……どうする? いっそのこと、和臣に事情を説明して、あいつの名前を借りるか?」
 唐突に正敏が提案してきた内容を耳にして、幸恵は半ば狼狽しながらそれを拒否した。


「なっ、なんでそこで和臣の名前が出て来るの! 第一、どうして名前を借りる必要があるのよっ!!」
「今、お前、『和臣』って言ったか?」
 すかさず正敏の突っ込みが入り、幸恵の動揺に拍車がかかる。
「いっ、言って悪い!? 兄さんは前から名前で呼んでるし、そもそもうちの和臣と名前が同じだから、何気なく口にしちゃっただけよ!」
「へえぇ~? ふぅぅ~ん? そぉかぁ~、なぁるほどなぁ~」
「だから、言いたいことがあるなら、さっさと言ったらどうなの!?」
 含みが有りすぎる声で応じた兄に、幸恵が苛つきながら話の続きを促すと、正敏は口調を改めて冷静に話を進めた。


「和臣に頼まないんだったら、見合い位は受けて貰いたいんだが。見合い自体を断るなんて失礼だろうし。見合いをした上で、やんわりとお断りすれば良いだろう。頼む、偶には俺の顔を立ててくれ」
 神妙な物言いをしてくる正敏に、幸恵はそれ以上無碍に断る事もできず、不承不承頷く。
「……分かったわよ。付き合うから」
「本当か? いや、すまん。本当に助かる」
「それで? そのお見合いっていつなの?」
「今度の土曜日の正午。レイティスホテルの懐石料理店の個室で、美味い飯でも食いながら和やかに歓談をって流れで」
「ちょっと待って! 今度の土曜日って、明後日じゃないの!」
 事務的に話を進めようとした幸恵だったが、正敏の話を聞いて忽ち顔付きを険しくした。
「ああ、悪い。連絡するのが遅れててな」
 加えて、正敏が平然とそんな事を言ってきた為、幸恵の声のトーンが無意識のうちに下がる。


「……勿論、釣書とかは有るんでしょうね?」
「いや~、それが。お互い顔見知りなもので、そこら辺はザクッと省略してだな」
「兄さんと意気投合した変人が見合い相手ね。よぉぉ~っく分かったわ」
 正敏の台詞を遮り、力一杯皮肉をぶつけると、電話の向こうから不本意そうな声が返ってくる。
「変人って、お前、それ偏見」
「ご心配なく! 指定の時間にちゃんと出向きますから」
 そこで問答無用で通話を終わらせる気配を察した正敏が、慌てて叫んだ。


「おい幸恵! 幾ら気乗りしないからって、当日はそれなりの格好をして来いよ!? 間違ってもTシャツにジーンズなんて真似は、相手に失礼以前に、お前の常識を問われるからな!」
「ご心配無く! 一応常識は弁えているつもりです。ばっちりフォーマルスーツで出向きますからご心配無く! それじゃあ失礼します」
「おい、幸恵!」
 完全に腹を立てながら通話を終わらせた幸恵だったが、一応引き受けた事だし、下手に揉める会話をしてはまずいと思ったのか、正敏はかけ直してこなかった。そして幸恵はベッドに転がって愚痴を零す。


「全く……、仕事のしわ寄せをこっちに寄越さないでよね」
 そして溜め息を吐いてから、ごろりと横に転がって、クローゼットに視線を向ける。
「お見合いか……、何を着て行こうかな……」
 何となくすっきりしない気分のままそんな事を呟いていると、携帯が着信を知らせてメロディーを奏でた。そしてディスプレイで発信者名を確認した幸恵は、盛大に顔を引き攣らせる。
(ちょっと!! どうしてこういうタイミングでかけてくるのよ、この男は!)
 十分動揺している自覚はあった為、幸恵は携帯を握り締めたまま軽く息を整え、それからゆっくりとした動作で通話ボタンを押してそれに応答した。


「はい、荒川です」
「もしもし、幸恵さん。今大丈夫かな?」
「大丈夫だけど……、何の用?」
「明後日の土曜日の話なんだけど、午後から予定が空いてたら出かけないかと思って」
 そう言われた幸恵は、内心の動揺を押し隠しながら、なるべくいつも通りの口調で答えた。
「えっと、その……、その日はお昼から用事があるの」
「仕事? そういう事を以前言っていたかな?」
「仕事じゃないんだけど……」
 そこで口ごもってから、幸恵は(別に付き合ってるとか、そういう訳じゃないし、何も変に隠し立てする必要は無いわよね)と考え直し、正直に言ってみる事にした。


「実は、兄さん経由で見合いの話があって……。正午からその相手と会食するのよ。それが何時に終わるか予想が付かないから、夕方からも何時って確約できなくて……」
「見合い?」
「……ええ」
 話を聞いた和臣は多少驚いた声で問い返したものの、幸恵が肯定すると押し黙った。そして電話の向こうとこちら側で、若干重苦しい沈黙が続く。
(うっ……、気まずい。黙り込んで無いで、何か言い返せば良いでしょうが。いつもヘラヘラ喋ってるくせに)
 半ば八つ当たりしつつ、このままでは埒が明かないと幸恵が口を開こうとした所で、和臣が妙にあっさりとした口調で声を発した。


「そうか。それなら仕方がないね。お見合い頑張って」
「え?」
 いきなり激励されてしまった幸恵は当惑したが、和臣はそんな事はお構いなしに話し続ける。
「綺麗に着飾った幸恵さんを見たい気もするけど、まさか見に行く訳にもいかないしね」
「ちょっと」
「レイティスホテルの和食はなかなか美味しいって評判だし、日本庭園も見事だよ? じっくり堪能してきて。それじゃあ、また電話するから」
「あの、待って」
 いきなり会話が終了し、無機質な合成音が聞こえるだけになった携帯を耳から離した幸恵は、それを呆然と見下ろしながら呟いた。 


「……ちょっと。これで本当に終わり? 他に何も言う事は無いわけ? 私がお見合いしても、一向に構わないって?」
 そして携帯を握り締めた手をプルプル震わせてから、それを枕に向かって力一杯投げつける。
「ふざけんじゃないわよ、どいつもこいつも!! こうなったらこっちも好きな様に、やらせて貰おうじゃないの!!」
 憤怒の形相で一人宣言した幸恵は、勢い余ってベッドから転げ落ちた携帯を放置したまま、クローゼットに直行して見合いの席に着ていく服の物色を始めたのだった。


 そして見合い当日。昼近くに会場のホテルに到着した幸恵は、微妙に周囲の視線を集めつつ、正敏との待ち合わせ場所である、ロビーの奥まった場所にあるティーラウンジに出向いた。
 開放感のあるテーブルの間を進み、正敏の背後から近付く形になった幸恵は、すぐ横に立って兄を見下ろしながら声をかける。
「兄さん、お待たせ」
「おう、大して待って無いから……、って、おい!」
 幸恵の姿を認めた正敏は、驚いて反射的に手にしていたコーヒーカップをソーサーにガチャンと乱暴に戻してしまい、妹に叱責される羽目になった。


「ちょっと! 乱暴だし、零れてるわよ? 汚いわね。スーツを汚したら香織さんに叱られるから」
「誰のせいだ、誰のっ!? お前、何だその出で立ちは!」
 正敏は呆れた表情で、幸恵を指差しながら叱りつけた。確かに有名ホテル内で全身黒一色では悪目立ちする事確実であったが、幸恵は完全に開き直っている為、平然と答える。


「兄さんが電話で言っていた様に、Tシャツとジーンズ姿は回避して、フォーマルスーツ着用ですが何か」
「意味が違う! それはどこからどう見ても喪服だろ!! ご丁寧にストッキングにバッグにパンプスまで黒で統一しやがって。弁解の余地がねぇじゃねえか!?」
「昔から『結婚は人生の墓場』と言いますし、偉大な先達の言葉に倣ったシチュエーションを考えてみただけです」
 もう完全に目が据わっている幸恵は、何を言われても動じる気配は無く、正敏は本気で頭を抱えた。


「……本当に勘弁してくれ。周囲からの視線が痛い」
「知らなかったわ。兄さんって自意識過剰だったのね」
「そうだ。このホテル内にブティックがあるだろ。そこで一揃え買って」
「残念でした、時間切れよ? 約束の時間に遅れて良いわけ? 念の為言っておくけど、私、着替える気はサラサラ無いから、そのつもりで」
 冷たく言い切った幸恵に、正敏は色々諦めて溜め息を吐きつつ立ち上がった。


「分かった、もう良い。行くぞ。……しかしこれを見たら、流石にあいつもドン引きだろうなぁ……」
「何一人でブツブツ言ってるのよ。さっさと行くわよ」
 何やら気乗りしない風情で、重い足取りで進む正敏を促しつつ、幸恵は会場となっている日本料理店に到着した。そこで受付担当の着物姿の女性に、正敏が声をかける。


「すみません、遠藤の名前で予約してある筈ですが……」
「お連れ様が既にお見えになって居られますので、奥へどうぞ。ご案内致します」
 そうして幸恵の姿をしっかり視界に収めながらも、上品に微笑んで自分達の前を歩き出した女性に、幸恵は密かに感嘆の眼差しを送った。
(流石有名店。従業員の接客態度も隙が無いわね)
 そんな事を考えていると、すぐに個室に辿り着き、靴を脱いで上がり込んだ。そして更に奥の襖の前で正座した仲居が、静かに室内に向かって声をかける。


「失礼致します。お連れ様がいらっしゃいました」
「どうぞ、入って貰って下さい」
 中からの声に、仲居は座ったまま静かに襖を引き開け、幸恵達を促した。
「それではどうぞお入り下さい」
「はい」
「失礼します」
 仲居に軽く頭を下げつつ、正敏と共に奥に進んだ幸恵は、(さっき聞こえた声、何か聞き覚えが……。気のせいかしら? こんな所に居る筈無いものね)などと一人考え込んだが、入った室内に見慣れた面々が存在していた為、思わず全身の動きを止めて固まった。





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