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アビシニアンと狡猾狐

篠原皐月

第13話 逆恨み

 昼食から戻って早々、幸恵は抜かりなく中身を揃えておいた鞄とコートを手にし、上司の席へと歩み寄って声をかけた。
「係長、それでは今から藤和ユニットに行って来ます」
「ああ、明日が仕事納めだって日まで、出向いて貰ってすまないな。宜しく頼むよ」
 席に座ったまま愛想良く応じた弘樹だったが、明る過ぎると言えない事も無いその笑顔に、幸恵は無性に苛ついた。
「そう言って頂けるのなら、それ以外の仕事の負担を、是非減らして頂きたいものですが。一応確認させて貰いますが、係長。先週までに私が取り纏めて提出した企画書ですが、明日までにきっちり内容を精査して課長に出して頂けるんですよね?」
 そう幸恵が念を押した途端、弘樹の笑顔がどことなく強張る。


「……それは大丈夫だ」
「どうしてそこで、私から視線を逸らすんですか。本当に処理してるんでしょうね!?」
 そこで吠えた幸恵に対し、少し離れた机から課長の戸出が笑いながら宥めてきた。
「まあまあ。荒川君は部下の仕事だけではなくて、上司の仕事まで管理してくれて助かるよ。働き者の部下を持って、俺は嬉しいぞ?」
「ありがとうございます」
 課長に対してまで文句を言うわけにもいかず、取り敢えず怒りを押さえ込んだ幸恵だったが、ここで弘樹が余計な口を挟んだ。


「そもそもこいつは働き過ぎなんですよ。イブもクリスマスも言い寄ってくる貴重な男を袖にして残業三昧で、女として枯れてます。上司としてはどうにかしてやらねばと、気を揉んでいるところなんですから」
「イブに高級レストランを予約して一方的に連絡した彼女を待ち受けてたのに、二時間待ちぼうけを食わされて店内中の客から憐憫の視線を、スタッフからは冷たい視線を浴びた、痛すぎる男に同情される程切羽詰まっていませんからご心配無く。それでは課長、行ってまいります」
「ああ、ご苦労様」
 ここで弘樹が動揺も露わに会話に割り込んだ。


「おい、ちょっと待て荒川! さっきの話をどこから聞いた!?」
「可愛い従妹が、係長からのデート話をすっぽかした事を難攻不落の彼女から聞いて、『遠藤さんが可哀相なので労わってあげて下さい』って言ってました」
「綾乃ちゃん……、言う相手間違ってるから。そう言う事は眞紀子さんに言ってくれ。というか荒川! お前全然労わってないだろうが!?」
「枯れてる女なもので、申し訳ありません」
 もはや二人のやり取りに苦笑するしかない戸出と激しく動揺している弘樹に背を向けた幸恵は、手早くコートに袖を通すと廊下に出て目的地に向かって歩き出した。


「全く。余計なお世話だって言うのよ」
 ブツブツと文句を言いながら正面玄関の自動ドアを抜けて外に出た途端、全身に刺すような冷気が迫ってくる。
「はぁ……、さすがに寒い。向こうを引き上げてからも微妙に時間が余るから、一度会社に戻らなくちゃね。もう少し遅い時間を先方が指定してくれたら、直帰できたのに……」
 思わず愚痴った幸恵だったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「愚痴らない、愚痴らない。明日働いたら休みなんだから。久々に実家に帰ってゆっくりしようっと」
(そう言えば……。一昨日の夜、あいつ年末年始がどうこう言ってたわよね? 何だったっけ? 部屋で缶ビール片手に聞いてたから、何か記憶が断片的なんだけど……)
 中途半端な記憶について考え込みながら歩いていると、横に並んだ人物がいきなり右腕を掴んで体を寄せ、低く恫喝してきた。


「……動くな、そのまま歩け」
(え? ちょっと!?)
 咄嗟に何を言われたか理解し損ねた幸恵は、反射的に右腕の方に視線を向け、自分の脇腹に当てられている刃渡り十五センチ程度のナイフを認め、思わず足を止めて冷え切った声で言い返した。
「何言ってんの? 動かなかったら歩けないでしょうが。大体、断り無しに人の腕を掴まないで」
「痛い目に合いたいのか?」
「合いたくは無いけど、脅す場所が間違ってるわ」
「何だと?」
 野球帽にサングラス、マスクと言う如何にも怪しげな風体の男は苛立たしげな声を出したが、幸恵は慎重に相手の様子を窺いつつ冷静に指摘する。


「ウールコートにスーツ、ブラウスと肌着の間には極薄携帯用カイロが貼り付け使用中。冷えは女の大敵なんだから。この何層にもなった状態で脇腹辺りを刺したり切ったりしても、大した傷は付けられないわよ? 脅すなら首か顔じゃないの?」
「分かった様な口をきいてるんじゃねぇ!」
「ふざけてるのはそっちでしょ!?」
「う、ぐはっ!」
 激昂した相手がナイフを自分の脇腹から首筋に持っていこうとした隙を狙って、幸恵は掴んでいる腕を体を捻って振り解きざま両手で鞄を掴み、それで勢い良く男の顔目掛けて振り上げた。その横殴りした鞄は男の顔とナイフを持っていた手にヒットし、ナイフが弾き飛ばされて歩道に転がる。
 二人が往来で揉め始めたのを通りかかった者達は怪訝な顔で眺めていたが、男が取り落としたナイフを見て瞠目し、騒ぎ立て始めた。


「え? 何?」
「何か飛んできたぞ?」
「こんな所でナイフ? まさか無差別殺人事件!?」
「きゃあぁぁっ! 誰か! 人殺し!」
「警察に早く通報! そいつかっ!」
「気をつけろ! まだ何か刃物を持ってるかも知れないぞ!?」
 自分を指差しながら、通行人が口々に騒ぎ立てて集まり始めたのを見て、男は舌打ちして幸恵の鞄を引ったくり、そのまま人垣を突破して逃げ始めた。


「……っ、ちいぃっ!!」
「あ、ちょっと! 待ちなさい!!」
「おい、あんた!」
「何する気だ、危ないぞ!」
「どこに行くんだ!」
 駆け出した二人を周囲が驚いた顔で見やったのは当然の事で、これを弘樹が見たならば(何やってんだ、とっとと逃げろ。深追いなんかするな!)と盛大に叱りつける事確実な光景であったが、幸恵は大真面目に男を追いかけた。


(あの中には契約書と部品サンプルが! 何で人の鞄を持ってくのよ! 大してお金が入っている風にも見えない廉価品なのに!!)
 社に戻れば必要な物は揃えられるとの考えが頭から吹き飛んでいた幸恵は、相手がナイフを放置して逃げ出した事で安心して追い掛けた。そしてすぐに歩道の角を曲がって車がギリギリすれ違える幅の路地に入ると、十メートル程先にガムテープでナンバープレートを隠したワゴン車が停めてあり、件の男が後部ドアを引き開けながら、運転席に叫んでいる声が聞こえる。


「おいっ! エンジンかけろ! 合図したらすぐに出せ!」
「ちょっと! 鞄を返しなさい! 金目の物なんて入って無いわよ!?」
 追い付いた幸恵が苛立たしげに叫ぶと、振り返った男が目の前に乱暴に幸恵の鞄を投げ捨てた。
「人の物だと思って! 手荒に扱わないで!」
 完全に腹を立てた幸恵が屈んで鞄を拾おうとしたが、ここでいきなり首の後ろに激しい痛みを感じ、反射的に右手を首に回しながら道路に左手を付きながら倒れ込む。


(全く……、うぁっ!?)
 てっきり尻尾を巻いて車で逃げ去ると思っていた犯人が、自分に何かしたらしい事だけは分かったが、あまりの痛みに幸恵は咄嗟に動く事ができず、呻き声を漏らすだけだった。
「い、つっぅ……。なに?」
 そんな幸恵を男が乱暴に背後から抱え上げ、ズルズルと引きずる様にしてからワゴン車の後部座席に放り出す様に押し込む。そこで幸恵を追いかけてきた何人かが遅れて路地に到達し、口々に叫び声を上げた。


「おい、お前! そこで何やってる!」
「その人をどうする気だ!?」
「おい、早く出せ!!」
 幸恵と共に男がワゴン車に飛び乗り叫ぶと、既にエンジンがかかっていたそれは、勢い良く走り出して乱暴に歩道を横切り、幹線道路をひた走った。


(いったぃ……、ひょっとしてさっきのはスタンガン? 首の後ろが痛い……。絶対火傷したし、心臓悪かったら止まってたわよ、この野郎!)
 座席にうつ伏せ状態にさせられ、背後から手早く目隠しをされ、口にガムテープを貼られてしまった幸恵は、顔を盛大に顰めながら背後の男に向かって心の中で悪態を吐いた。
(取り敢えず威力は絞ってあったみたいだから、何とか意識は保ってるけど、寧ろ気絶した方が痛くないかも……)
 冷静にそんな分析を始めた所で、後ろ手に縛り上げられてしまったが、ここで男がマスクを取ったらしく、変にくぐもっていない本来の声らしい忌々しげな声が響いた。


「全く! この前会った時もそうだったが、どこまで生意気な女なんだ!」
 それを耳にした幸恵は、目隠しの内側で軽く目を見張った。
(初めてはっきり聞いたけど、この声って、まさかあいつ!?)
 そして自分がこんな目に合っている原因の男の顔を思い浮かべて(やっぱりあいつ絡みだとロクな事にならないわね)と多少うんざりすると同時に、(商談の時間に完璧に間に合わない……。不可抗力なのでフォローして下さいよ? 係長)とどこまでも生真面目に考えを巡らせたのだった。


「はい、星光文具商品開発部、戸出です。……ああ、山瀬さん。お久しぶりです。今日はうちの荒川がそちらに出向いている筈ですが、何か……、はぁ?」
 課長席でいきなり発せられたその当惑声に、室内にいた者の殆どが何事かと戸出に顔を向けた。その視線の先で、受話器を持ったまま戸出が困惑の度を深めながら、謝罪の言葉と共に頭を下げ始める。


「あ、いえ、そんな筈は……、彼女が十分時間に間に合う様に社を出たのを、私が直に確認しておりますが。……ええ、誠に申し訳ありません。確認の後、折り返しご連絡致します。それでは失礼します」
 そうして静かに戸出が受話器を戻したのを確認してから、部下を代表して弘樹が立ち上がり、課長席に向かって問いかけた。


「課長、荒川がどうかしましたか?」
 それに戸出が硬い表情で応じながら、連絡先リストを確認し始める。
「約束の時間を三十分過ぎても、藤和ユニットに現れていないそうだ。あの荒川が寄り道するとも思えん。行く途中で事故にでも巻き込まれていないか、確認してみる。荒川の携番は……、ああ、これだな」
「分かりました。念の為、これから他の者を向かわせても良いように、荒川が今日持参した資料を揃えておきます」
「そうしてくれ」
 即座に弘樹も表情を引き締め、何人かに声をかけて忙しく動き出したが、戸出が幸恵に連絡を取ろうとした事で室内が更に混乱する事になった。


「もしもし、荒川か? 私だ。戸出だが、商談の時間はとうに過ぎているがどうかしたのか? 現在位置はどこだ?」
 幸恵の携帯にかけてみると、呼び出し音に続いて応答が有った為、戸出は安堵してまくし立ててしまった。しかし一息に言い切ってから、予想に反して恐縮気味の年配男性の声が返ってくる。
「こちらの携帯の、持ち主の同僚の方でしょうか? こちらは牛込警察署の者ですが」
「警察!?」
 本気で驚愕した戸出が叫びながらその場で立ち上がると、周囲の者達は揃ってギョッとした目を彼に向けた。そんな中、戸出が最悪の予想をしながら、電話の向こうに詳細を尋ねる。


「すみません、荒川は私の部下で星光文具に勤務していますが、彼女は無事ですか? 商談先に出向く途中で、事故にでも巻き込まれたんでしょうか?」
「それが……、事故では無く、その場に居合わせた目撃者の話では、どうやらそちらの社屋のほど近くで正体不明の男に拉致されたらしく、足取りが掴めていません」
 幾分申し訳なさそうに告げられた内容に、本格的に戸出の顔が強張った。
「何ですって!?」
「放置された鞄の中身を確認した所、そちらにお勤めの人物だと判明しましたので、ちょうど今からそちらに捜査員を差し向ける所でした。詳細についてはその者がそちらでご説明します。一度こちらは切らせて頂きますので」
「分かりました。宜しくお願いします」
 それ以上何も言えず、戸出は静かに受話器を戻した。すると先程より更に険しい顔をした弘樹が、確認を入れてくる。


「課長、荒川に何か?」
「それが……、拉致されて今現在、行方不明らしい」
「何ですか、それはっ!?」
 それから商品開発部は蜂の巣を叩いた様な喧騒に包まれ、警官が到着して事情説明を受ける段になって、漸く静まり返った。


 それと同じ頃、自分の席で勤務中だった和臣は、呼び出し音が鳴った内線の受話器を取り上げた。
「はい、君島です」
「君島さん。外線が入ってます。七番を取って下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
 短く礼を言った和臣は、指定されたボタンを押していつも通り落ち着いた声で応対した。
「お待たせしました。投資営業部融資審査課、君島です」
「よぅ、久しぶり。元気だったかい? 君島さん」
 声を聞いてすぐに相手が誰か分かったが、不愉快極まりない記憶を伴う名前を自分から口にしたく無かった和臣は、皮肉混じりの口調で惚けた。


「どちら様でしょうか? 生憎と親しくしている人達の中に、名乗りもしないで馴れ馴れしく話し掛けてくる様な人物に、心当たりは無いもので」
「女が生意気ならてめぇは横柄ってか? 似合いだな。分かる程の頭が無いなら教えてやる。湯村だ。湯村工業のな。それとも、もう忘れたか?」
 明らかな挑発口調にもムキになったりはせず、和臣は淡々と、事務的に話を進めた。
「ああ、湯村さんでしたか。勿論覚えておりますが。それで今日はどうされましたか? 新規の事業計画が纏まったので、融資の相談でしょうか?」
 和臣は(万が一にもそんな事は有り得ないだろうが)と、口調だけは丁寧に侮蔑の感情を抑えきれないまま尋ねたが、ここで湯村から予想外の言葉が返ってきた。


「……そうだな。取り敢えず五千万出して貰おうか」
(正気か? 不動産も技術者も無しに、そんな査定ができるわけ無いだろうが)
 そう思ったものの、そんな内心は微塵も感じさせずに、和臣は取り敢えず融資する場合の手続きついて説明しようとした。


「そうですか。それではまず担保の抵当権の確認と、事業計画の検証をしてみたいので、これからご説明する書類を揃えて一度ご来店を」
「そんなのは必要無い」
「……湯村さん?」
 平然と言い切った誠意が無さ過ぎる口調の相手に対し、流石に気分を害した事を隠そうともせずに和臣が呼びかけると、湯村は思わせぶりに言い出した。


「まあ、担保と言うか何と言うか……、逆にこっちが預かってるのが有るんだけどな?」
「何の話です?」
「……おい、何か喋れ」
「…………」
「何をしてるんですか?」
 電話の向こうで沈黙が続き、和臣は怪訝に思って再度問いかけた。そして冷やかしならいい加減切るかと半ば本気で思い始めた時、電話の向こうから響いてきた男女の怒声で一気に顔つきが変わる。


「てめぇ……、どこまで強情な奴なんだ!」
「……っ! ちょっと! 身動きできない人間の脛を蹴り上げるなんて、どこまで最低野郎なのよ!!」
「うるせぇ!!」
「幸恵さん!?」
 反射的に椅子から立ち上がりつつ受話器片手に叫んだ和臣に、同じ部屋の同僚達は揃って驚いた顔を向けた。
「そういう訳だ。てめぇの女はこっちで預かってる」
 ふてぶてしく言い放った湯村に対し、和臣は小さく歯軋りしてから怒鳴りつけた。


「幸恵さんとは別に付き合ってるわけじゃ無い。単なる従姉妹だ! 今すぐに彼女を解放しろ!」
「そんな事はどうでも良い。さっさと事務処理や手続きを済ませて、俺に融資したと体裁を取り繕って、俺の口座に五千万振り込むんだな。分かっているだろうが、お前の上司や警察に知らせたら、この女がどうなってもしらんぞ。秘密裏に処理しろ。それじゃあ、また連絡する」
「待て、湯村!!」
 和臣が怒鳴りつけたが通話はあっさり途切れ、不通になった証の無機質な電子音だけが受話器から伝わってきた。忌々しく思いながら和臣がそれを戻すと同時に、課長の浜田が困惑顔で寄って来た事に気付く。


「どうした君島君」
「すみません、一本電話をかけます。詳細はその後で」
 課長に対して失礼な物言いだったが、和臣はそんな事に構っていられる余裕は無く、それを何も言わずとも理解できていた浜田は黙って説明を待つ態勢になった。
 そして取り敢えず幸恵の携番にかけてみた和臣は、応答した気配があった為、(さっきのはタチの悪い悪戯だったか?)と思いながら勢い込んで話しかける。


「もしもし、幸恵さん? 良かった無事だったんだね」
 しかし返ってきた声に、和臣は再び表情を引き締めた。
「……生憎、無事とは言えない状態らしいんですよ、和臣さん」
「遠藤さん、ですか?」
「はい。そうですが、どうして荒川に何かあったのを知っている様な口振りで、電話をかけて来たんですか?」
「やっぱり職場には居ないんですか……」
 舌打ちしたい気分で会話を続けた和臣に、弘樹が手短に事情を説明する。


「昼過ぎに商談に向かう途中、何者かに連れ去られて行方不明です。それで、今捜査員の方が来社していて、この携帯も鞄と一緒に放置されていたのを持ってきて貰ったんですが、警察から君島家の方に連絡がいったんですか?」
 最後の不思議そうな問い掛けに、和臣が吐き捨てる様に事情を説明する。
「そうではなく……。実は今、犯人から俺の所に、身代金の要求がきました」
「何ですって!? それは本当ですか?」
「はい。それで、今近くに捜査員の方がいらっしゃいますか? 軽くこちらの事情を説明しておきたいのですが」
「分かった。今代わる」
 血相を変えて叫んだ弘樹はすぐに捜査員に携帯を渡し、和臣は相手に湯村との関係とこれまでの事情を簡潔に説明した。そして幾つかのやり取りをしてから、受話器を置いて待たせてしまっていた上司に頭を下げる。


「お騒がせして申し訳ありません、課長。そういう訳ですので、こちらの管内の警察署の方が、これから出向いてくれるそうです」
 それに対し、浜田は小言や嫌味など言うでもなく、冷静に和臣に指示した。
「構わん。君が説明している間に、支店長には私の方から簡単に内線で事情を説明しておいた。第二会議室を使って構わないから、そこで警察の方と対応しろ。君宛の外線は今後全てそちらに回す」
「ありがとうございます」
 そこで一礼した和臣は、素早く駆け出して廊下へと飛び出した。そしてすれ違った何人かに何事かと不審そうな顔をされても頓着せず、人気の無い廊下の突き当たりまで行ってスマホを取り出す。そして険しい表情のまま、素早くある番号を選択して電話をかけた。


「緊急事態だ。幸恵さんが誘拐監禁されてる。大至急、例のあれを探知できる物を配備して、出せるだけ出してくれ。犯人は例の湯村だ」
 挨拶抜きで始まった会話に、電話の向こうの青山も端的に返してくる。
「そいつなら下調べ済みです。正直、そんな大それた事はできない、小者だと思っていましたが」
「御託はいい。さっさと動かせ!!」
 苛ついた様に和臣が怒鳴りつけると、青山も無駄話をしている暇は無いとばかりに、短く告げて通話を終了した。
「了解。先生は今、常任理事会の筈なので、蓼原さんに一報を入れて私の権限で動員します」
「宜しく」
 そうしてスマホをしまい込んでから、和臣は足音荒く指示された会議室に向かった。



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