企画推進部二課の平穏な(?)日常

篠原皐月

美幸の婚活指南

 藤宮家でちょっとした論争が勃発した翌日の月曜日。出社した美幸は企画推進部の部屋に入って高須の姿を認めるなり、早速行動に移った。
「高須さん! 唐突ですが、今現在お付き合いしている女性とかはいませんか!?」
 室内に居た全員が(何事?)と驚愕の視線を美幸に向ける中、高須が心底うんざりした表情で振り返り、美幸に軽く説教した。


「藤宮、お前な……。朝の挨拶も無しに、いきなり何を叫んでるんだ?」
「失礼しました。おはようございます、高須さん。それで、交際している方はいるんですか? いないんですか?」
 一応素直に非を認め、深々と頭を下げて挨拶をした美幸だったが、再び頭が上がり切る前に、真剣な表情で質問を繰り返す。それに対し、高須は頬を僅かに引き攣らせた。
「……別に、そういう人はいないから。少し静かにしろ」
 何となく後ろめたそうに視線を逸らした高須に、美幸は探る様な視線と口調で尚も尋る。
「ええ~? それ、本当ですかぁ~? 高須さんなら可愛い彼女の一人や二人や三人」
「くどい! それに一人はともかく、二人や三人って何だそれは!? お前は俺を、一体どんな人間だと思ってるんだ!!」
「すみません……」
 高須に本気で叱りつけられ、自分でもしつこく食い下がった自覚はあった美幸は、素直に謝った。そして「全く、朝から何なんだ……」などとブツブツ小声で文句を言っている高須の様子を横目で窺いながら、密かに考えを巡らせる。


(最初から正直に答えてくれるとは思って無かったしね。もし付き合ってるのが本当に美野姉さんなら、妹の私には余計に恥ずかしくて言いにくいかもしれないし。それなら今度は……)
 そして美幸は椅子ごと高須の方に向き直り、満面の笑顔で告げた。
「それでは高須さん」
「何だ?」
「付き合っている人が誰も居ないなら、合コンしませんか?」
「はぁ?」
 高須が隣の席に座ったまま、(いきなり何を言い出すんだ?)と言う様な怪訝な顔を向けたが、美幸は上機嫌な笑みを崩さないまま話を続ける。


「高須さんが合コンに出るなら、日頃の感謝の気持ちを込めて、腕によりをかけて伝手を駆使して相手を厳選しますよ? 見た目が派手な方が好きならスッチーでもグラドルでも、堅実性を狙うなら教師でも同業者のOLでも選び放題です。どうです? 参加してみませんか?」
 揉み手せんばかりの愛想笑いで誘いをかけてみた美幸だったが、高須は不機嫌そうに顔を顰めて美幸の提案を切り捨てた。
「朝から馬鹿な事言ってないで、さっさと仕事しろよ。相原クリエイトの企画案、今日の午前中まで提出じゃなかったのか?」
「えっと……、本当によろしいんでしょうか?」
 再度念押しした美幸に、高須は本気で気分を害した様に、冷たい視線を向けた。


「余計なお世話だ」
「分かりました……。お騒がせしました」
 それ以上怒らせるのは拙いと判断した美幸は、そこでしおらしく謝った。
(取り敢えず、他の人にちょっかい出すつもりは無さそうだけどね。まあ、一応高須さんの事は信じてたけど?)
 取り敢えず納得した美幸は、そこでもう少し高須に探りを入れてみるつもりだったが、周りの状況がそれを許さなかった。


「藤宮……。そういえばお前、去年から社内外での合コンの仕切り屋として、密かに噂になってたよな」
「脅威のカップル成立率九割とか」
 いつの間にか席を立って美幸の側までやって来ていた一課の伊東と橋田が、真剣な顔で声をかけた。それに美幸が笑顔で応じる。
「いえ、確かに纏まるカップルは多いですけど、精々八割五分といったところですかね~。九割に乗せたいのは山々ですが」
 にこやかに謙遜しつつ願望を語ってみせた美幸に、男二人が益々表情を険しくして迫った。
「藤宮」
「はい」
「お前を見込んで話がある」
「……何でしょう?」
「ちょっと待て、城崎君」
「冷静に、落ち着こうか」
 話の途中でいきなり二人に両手を掴まれてしまった美幸は、若干戸惑いながら問い返し、先程からその様子を自分の席から見ていた城崎は、無言で立ち上がった。物騒な気配を醸し出しながらのその動きに、周囲が慌てて囁きながら押し止めようとしたが、伊東の言葉で美幸とニ課全員の動きが止まる。


「同じ企画推進部の誼で、俺達の合コンをセッティングしてくれ」
「はい?」
 話の流れを完全に掴み損ねた美幸は、小首を傾げつつ間抜けな声を上げたが、そこですかさず三課のスペースで三人の男が立ち上がり、美幸達の所に血相を変えて駆け寄って来た。
「おい、一課で抜け駆けするな!」
「藤宮! その時は俺達も混ぜろ!」
「企画推進部は課にとらわれない、一致団結がモットーだろうが!」
 真顔の真鍋、春島、小宮に口々に訴えられ、美幸は戸惑いながらも事実確認の為に口を開いた。
「あの……、そうすると皆さん、今現在彼女さんがいらっしゃらない?」
「…………」
 途端に押し黙った五人に、美幸は更に念を押してみる。
「それで私に相手を紹介しろと?」
 すると美幸の台詞で色々吹っ切れたらしい面々は、口々に話し始めた。


「実は、去年からお前の噂を聞いて、ちょっと頼んでみようかと思った事もあったんだが」
「幾ら何でも、同じ職場の後輩に頼むのは恥ずかしいだろう?」
「第一、藤宮に引かれそうだと思って、なかなか踏み切れなくてな」
「だが藤宮が高須に彼女を紹介する事に抵抗が無いなら、俺達が頼んでも抵抗は無いよな!?」
「まあ、それはそうですが……。皆さんならそこそこ顔も稼ぎも良いと思いますから、すぐに恋人の一人や二人、見つかると思いますよ?」
 美幸は不思議そうに周囲の面々を見やりながら評したが、男達からは疲れた様な溜め息が返ってきた。


「俺達の様に三十過ぎると、交際イコール結婚の意識が強くてな」
「色々家庭の事情とかで、相手に敬遠される事が多いんだよ」
「こいつなんか最近、五年近く付き合った彼女にそろそろ結婚をとプロポーズしたら『付き合うのは良いけど、結婚は無理だわ』って呆気なくふられちまって」
「事実だが、こんな所でばらすなよ……」
「安心しろ。俺だってこの前振られたばっかりだぞ」
「……それは酷いですね」
「そうだろう!?」
 同僚に暴露されてがっくりと項垂れた橋田に、美幸は思わず同情した呟きを漏らすと、周りが激しく頷いて同意を求めた。そして全員が真剣そのものの表情である事を確認した美幸は、小さく頷いて力強く宣言した。


「分かりました。課は違えど、同じ企画推進部の先輩方です。不肖、藤宮美幸、全力で皆さんの合コンをコーディネートしようじゃありませんか」
「本当か? 藤宮」
 それを聞いて目を輝かせた周囲に向かって、美幸は胸を叩きながら請け負った。
「勿論です! 女に二言はありません。大船に乗ったつもりでいて下さい。その代わり、皆さんも本気出して下さいよ?」
「おう、勿論だとも」
「お前の好意を無駄にはしないぜ」
「それならここで少々お待ち下さい」
「ああ」
 そして周りの者達が(何をする気だ?)と怪訝な顔で様子を窺う中、美幸は自分の席のPCを起動させ、素早くキーボード上で指を滑らせて何かのファイルを開いたかと思うと、鋭く叫んだ。


「蜂谷!」
「はいっ!」
「今プリントアウトした物、先輩方の人数分コピーして配って!」
「畏まりました!」
 美幸の声に蜂谷は弾かれた様に立ち上がり、プリンターに駆け出して行った。そして呆気に取られている周囲を尻目に即行でコピーを済ませ、恋人募集中の面々に一部ずつ配る。
「どうぞ」
 それを目にした面々は、揃って困惑した表情になった。


「……藤宮、何だこれは?」
「プロフィール&調査表です」
「ちょっと待て。趣味とか特技とかなら、話題を出すのに必要かとも思うが……」
「合コンするのに生年月日や住所とか、家族構成や収入まで書き出す必要があるのか?」
「その他にもこれまでの交際歴とか、別れた理由とか、プライバシーの侵害」
「この期に及んで、何たわけた事言ってるんですか!?」
 突然般若の形相で美幸が怒鳴った為、周りは思わず一歩後ずさった。
「おっ、おい」
「藤宮?」
「単なる合コンなら、ここまで詳しい情報収集なんてしませんよ。だけど先輩方の場合は、これは婚活じゃないですか。婚活ですよ? こ・ん・か・つ! 自分の全てをさらけ出す気構えが無かったら、戦う前から負けです!!」
 ビシッと指差さしながら言い聞かせてきた美幸に、タジタジとなりながらも男達が一応反論してみせる。 


「いや、藤宮。そんな大げさな」
「勝ち負けの問題じゃ無いだろう」
「立派に勝ち負けの問題です! 皆さんはこのままズルズルと、独り者人生まっしぐらになりたいんですか? 恋愛は数多あまたのライバルを蹴散らし、それ以上に不甲斐ない自分自身に打ち勝たなければいけない、勝利有るのみの勝ち抜きバトルです。認識が甘過ぎますっ! これまでの自分を猛省して下さい!」
「……はい」
(藤宮……、あまり皆を追い詰めるな。それにそこまで大言壮語を吐くのに、自分自身の恋愛には無頓着だよな。少しは係長を気にしてやってくれ……)
 二課の面々は項垂れた五人に同情しつつ、無言で額を押さえている城崎を横目で見やって嘆息した。そして美幸の指導は更に続く。


「取り敢えず理解して頂けた様なので、これまでの自分を洗いざらいさらけ出すつもりで、全ての項目を包み隠さず書いて下さい。見栄張って年収とか家族構成とか誤魔化しても駄目ですよ? 後で広瀬課長と上原課長に、チェックして貰いますから」
「おい、藤宮……」
「どうして俺達がそんなプライベートな事まで」
「お二人とも既婚者でしょうが! 不憫な部下に協力しようとは思わないんですかっ!?」
「……分かった」
「……後から持って来い」
 思わず口を挟んだ広瀬と上原も一喝し、美幸は拳を握りながら力強く宣言した。


「大丈夫ですよ、自信を持って下さい。皆さんは競争率激しい就活を勝ち残って、社内でも一・ニを争う業績を上げてる企画推進部の人間なんですよ? 立派な勝ち組です!」
「お、おう」
「ありがとう藤宮」
「多少の悪条件が何ですか。それ位軽くお釣りが来ますって! これまでは偶々巡り合わせが悪かっただけですから!」
「そ、そうか?」
「それなら嬉しいが」
「そうなんです! ですからこの勢いで、婚活にも勝利しますよ? 任せて下さい。私が絶対皆さんを、人生の勝利者にしてみせます! 皆さんの人生を私に預けて下さい!」
「よし、分かった藤宮。俺は腹を括った、何でも聞け!」
「俺の人生、お前に預けるぞ!」
「絶対負け犬にはならないからな!」
「その意気です。さあ、皆さんご一緒に! ファイトーッ!」
「おぉぉーっ!!」
 段々ボルテージが上がっていく美幸の叫びに引きずられる様に、五人も忽ち精気に満ちた表情になり、自然に美幸を中心に円陣を組んで手を重ね合わせて雄叫びを上げた。そして和気あいあいと話が盛り上がる中、他の面々はそそくさと仕事の準備を始め、広瀬と上原は静かに真澄の席までやって来て小声で謝罪する。


「……すまんな柏木。最近あの連中、色々煮詰まってて。ここにきて一気に焦ってしまったみたいなんだ」
「同世代の中では一番結婚しそうに無かったお前が、去年あっさり結婚したのが相当衝撃だったらしくてな」
「そうでしたか……。ですが藤宮さんがプライベートで相談に乗る分には構いませんので、お気遣いなく」
 微妙な顔付きになった真澄だったが、それからはその件に触れる事は無く、他の面々も通常通りの業務を開始したのだった。


「……と言うわけで、先輩方の条件や希望に見合った女性を広く求めていきたいので、秀明義兄さん、美子姉さん、ご協力宜しくお願いします」
 その日の夜、夕食を食べ終えた美幸が姉夫婦に朝のやり取りを説明して協力を仰ぐと、二人は快く請け負った。
「美幸ちゃんからのお願いなら、いつでも力になるよ?」
「来週のお父さんの誕生日パーティーには美実と美恵も来るから、話を出すにはちょうど良いわね。ところで美幸?」
「はい」
「高須さんが恋人募集中では無いし、仮に美野と付き合っているにしても、それを秘密にしている事を良い事にフラフラと浮気する様なタイプでは無いのは分かったけど、肝心の二人が付き合っているかどうかの確認は出来なかったわけよね?」
 にこやかに確認を入れてきた長姉に、美幸は言葉を詰まらせ、下手な言い訳はせずに頭を下げた。


「……申し訳ありません。途中から先輩方の婚活話に熱中してしまいました」
 それを見て姉夫婦は(やれやれ……)といった風情で苦笑いの顔を見合わせたが、ここで甲高い声が割り込んだ。
「美幸ちゃん、質問!」
「何? 美樹ちゃん」
 手を上げて元気良く質問してきた姪に、美幸は話題を変えられそうだと安堵しつつ尋ねると、美樹は好奇心に満ちた目で問いかけてきた。


「あのね、急に気になっちゃったんだけど、その高須さんの家族って、どんな人達?」
「え? さすがにそんなプライベートな事まで詳しくは……。確か、早くにお父さんが亡くなって、今はお母さんとお姉さん夫婦と同居してる筈だけど……」
 途端に自信無さげに応じた美幸だったが、それを聞いた美樹は眉を寄せた。
「うわ~、未亡人か~。何か『女手一つで子供を育てた』って、結構気が強そうだよね~」
 そう言ってうんうんと一人で頷いている美樹を、美幸が軽く窘める。


「美樹ちゃん、それって偏見じゃない?」
「だけど、昨日美野ちゃんが自分で言ってたもの。『大体年上のバツイチ女なんて、門前払いが良い所よ』って」
「確かにそんな事を言ってた気がするけど……。それがどうかした?」
「いざ家族に紹介って段取りになった時、相手のお母さんが『うちの息子の嫁に年上のバツイチ女なんて、冗談じゃないわ!』とか逆上するタイプで、高須さんとの結婚に大反対されたりしたら美野ちゃんが可哀想だよ? 今度こそ死ぬまで引き籠もりになっちゃうよ?」
「幾らなんでもそれは大袈裟じゃない?」
「断言できる?」
「それは……」
 美樹なりに、叔母である美野の事を本気で心配していると分かる表情での問いかけに、美幸は咄嗟に口ごもった。するとそこまで静観していた美子と秀明が、笑顔で美幸に呼びかける。


「美幸?」
「美幸ちゃん?」
 二人はにこにこと笑っているだけではあったが、その言外に匂わせている事を察せられない程、美幸は鈍くなかった。
「……分かりました。二人が本当に付き合ってるかどうかと、高須さんのご家族について再度調べてみます」
 そうして美幸は、(さて、どうやって調べようかしら?)と早速考えを巡らせ始めたのだった。



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