企画推進部二課の平穏な(?)日常

篠原皐月

詐欺師城崎

「すみません、そこの高須さんのお話を伺いたいんですけど、どんな方達でしょうか?」
 如何にも人当たりの良い、営業スマイルを顔に貼り付けて尋ねたにも関わらず、何故かその年配女性三人組はその顔にはっきりと警戒する色を浮かべ、美幸を軽く睨み付けながら問い返してきた。


「……誰、あなた?」
「え?」
 最年長の女性に胡散臭い物を見る様な目で眺められ、美幸はたじろいだが、他の二人も口々に喋り出した。
「また興信所? 見た目お人好しそうなら、ペラペラ喋るとでも?」
「随分人を馬鹿にした話ね。言っときますけど高須さんのお宅は、探られても何も出ないわよ!?」
「いえ、馬鹿になんかしてませんが……」
(え? な、何? どうしてこの人達、いきなり怒り出したの?)
 段々喧嘩腰になっていく話の流れに美幸が戸惑っていると、相手は口調を益々ヒートアップさせた。


「第一、失礼よね! 真面目に働いている人間を捕まえて、素性が悪いだの何だの」
「何でもお金で解決しようなんて奴の方が、よっぽど精神が卑しいわよ」
「その通り。そんな奴からお金を貰ってコソコソ嗅ぎ回る輩はハイエナも同然ね!」
「このハイエナ女! 今度の依頼主はどんなろくでなしよ!」
 三人に険しい表情で詰め寄られた美幸は本気で狼狽し、反射的にバッグから自分の名刺を取り出して説明しようとした。


「いえ、興信所とかそう言うんじゃ無くて、私は高須さんと同じ」
「大変失礼致しました。部下が皆さんの心証を害してしまった様で、心からお詫び致します」
「かかり……、むぐっ……」
 そこで出遅れて様子を窺っていた城崎が、このまま傍観していては拙いと判断し、美幸の背後から腕を回して彼女の口を塞ぎつつ、女性達に向かって神妙に頭を下げた。そして美幸の耳元で小声で叱りつける。
「ちょっと黙ってろ。会社の名前を出したら、社名に傷が付きかねないし、何より高須に知られるわけにいかんだろうが!?」
 そして美幸が軽く頷いたのを確認してから手を離し、女性達に向かって再び軽く頭を下げてから、真摯に訴えた。


「改めてお詫び申し上げます。奥様方がお察しの通り、私共は某興信所の調査員です。調査対象者に私共の存在を知られると、甚だ拙い事になりますので、高須様の方には何卒内密にお願いしたいのですが……」
(ちょっ……、いきなり何嘘八百並べてるんですか、係長!?)
(良いから、黙って見てろ!)
 声には出さなかったものの、目を見開いて驚きの表情を見せた美幸を、城崎は目線で黙らせた。その間、相手の女性達は困惑気味の顔を見合わせる。
「でも、ねぇ……」
「やっぱりコソコソ周囲を嗅ぎ回られるのは、気分が悪いと思うわ」
「ここで引き下がるって言うなら、見逃してあげても良いけど?」
 代表して最年長と思われる女性が条件らしきものを口にすると、城崎も真面目くさって頷いた。


「勿論、私共も調べたい内容が分かれば、深入りはしません。ご依頼主は高須さんのお宅が早くにご主人が亡くなっておられる事や、運営されている運送会社が仮出所された方の就職先になっている事などは既にご存知で、それでも構わないと仰っておられますので」
 それを聞いた途端、三人は意外そうに子細について尋ねてくる。
「あら、どういう事?」
「痛くも無い腹を探っているのかと思ったけど」
「そうじゃないわけ?」
 そこで些かわざとらしく城崎は左右に首を動かして周囲の様子を窺うふりをしてから、女性達に向かって一歩足を踏み出しつつ懇願した。
「皆様は高須様とお知り合いの様子ですので、あくまでここだけの話にして頂きたいのですが……」
「勿論よ。信用して頂戴?」
「不用意に噂話なんかしないわよ」
「ねえ?」
(何か信用できない……。話した途端、向こう三軒両隣に筒抜けになる気がする……)
 ニコニコと笑顔で女性達は請け負ったが、その表情を客観的に眺めた美幸は、どこか遠い目をしながら溜め息を吐いた。そんな美幸の心情を知ってか知らずか、城崎が真顔で語り始める。


「実は、高須さんの息子さんに、とある縁談が持ち上がっておりまして」
「あら、そうなの?」
「全然知らなかったわ」
「友子さん、そんな事言っていたかしら?」
「正確に言えば、まだ縁談自体は持ち上がっておりません。先方のお嬢様が優治さんを見初めて、お父上に話をしたらしいですね。偶々お父上の知人に高須様と旧知の方がいらして、ご家庭の事情を色々とお聞きしたのですが、特に支障は無いだろうと判断されて、その旧知の方に縁談を取り持って貰おうと考えておられる最中だそうです」
 ここで怪訝な顔をしていた女性達は、顔付きを明るくして安堵した様に顔を見合わせた。


「ああ、そういう事なの」
「でも、なかなか太っ腹なお父様ね。粗方事情を知った上で構わないと仰るなんて」
「多少は尻込みするかと思うけど」
 感心した様に頷く相手に、城崎は愛想良く笑いかけつつ説明を続けた。
「それで、実はお嬢さんが自分が二歳ほど年上なのを気にして気持ちを打ち明けられないので、優治さんに交際中や婚約者の女性がいないか、確かめて貰いたいと我が社に依頼があったわけなんです。居られない様なら正式に縁談を申し込もうという事で。どうでしょう? ご家族からそれらしいお話を聞いた事は無いでしょうか?」
「あの話以来、それらしい話は聞いていないわよね」
「そうよねぇ……」
「ねぇねぇ、ところで、そのお嬢さんって美人?」
 年上二人は真面目に考え込んだが、女性達の中で一番若く見える女性が、瞳を輝かせながら城崎に尋ねた。そんな唐突な問いにも動じる事無く、城崎はいつもの鋭い目つきの片鱗も見せず、穏やかに笑いながら冷静に告げる。


「美醜の価値基準は人それぞれだと思いますが、彼女は誰が見ても文句なしに美人だと判断すると思いますよ? 君もそう思うだろう?」
「うぇっ!? は、はいっ! 文句無しの美人です! バツイチですが!」
「…………」
 急に話を振られてしまった為、狼狽著しい美幸は力一杯言わなくても良い事まで断言してしまった。その途端その場が静まり返り、これまで順調に自分のペースで話を進めていた城崎は、額を押さえながら小さく囁く。
「……藤宮」
「すみません。口が滑りました」
 思わず肩を縮こまらせて小さく謝罪した美幸だったが、ここで我に返った女性達が取り成す様に口々に言い合い始めた。


「あら、バツイチなんて今時珍しく無いわよね?」
「そうよ。そんな事を気にするなんて、控え目な可愛い人じゃない」
「それに姉さん女房だって普通でしょ? 現に高須さんの所の涼子ちゃんだって、旦那さんは四歳年下の筈だし」
「え? そうなんですか?」
「まあ、本当に全然調べて無かったのね。じゃあお婿さんの淳君が元ロールケーキだったのも知らないの?」
「……ロールケーキって何でしょう?」
 思わず口を挟んでしまった美幸だったが、話の流れは益々意味不明なものとなった


「あら、ロールケーキじゃなくてローライズじゃないの?」
「何か違う気が……、スプライトとかサプライズじゃなかった?」
「そうじゃなくてカミキリとかコガネムシとか? どうも最近の若い人の言葉は、意味が分からなくて覚えにくくてねぇ……」
 そう言って嘆息した相手に、城崎は僅かに顔を引き攣らせながらも律儀に応じる。
「……何となく分かりました。要は優治さんの義理のお兄様は、以前公道で派手な暴走行為をしていた方だと」
「そうそう。要するにそれよ。だけどさすがに結婚してからはしてないわよ?」
「涼子ちゃんにしっかり手綱を握られてるものね。町内会の催し物がある時は率先して出てくれるマメな子よ」
「なかなかいい男だしね。良いお婿さんを貰って、友子さんが羨ましいわ~。うちの娘なんて未だにパラサイトで」
「あら、家の事をしてくれるだけマシよ。うちの孫なんて……」
(係長……、どうして今の話で、言っている内容が分かるんですか?)
 和気あいあいと女性達に混ざって会話を繰り広げている城崎に、美幸は呆れ半分、感嘆半分の眼差しを送った。


「走っている時涼子ちゃんに声をかけて、殴り倒されて鼻血を出したのが馴れ初めだって聞いたわよね?」
「それを聞いた時、笑っちゃったわ~」
「ナンパ男と付き合う涼子ちゃんも涼子ちゃんだけど、それを婿にしちゃう友子さんも友子さんよねぇ」
「……それは本当の話ですか?」
 美幸が思わず口を挟んだが、事も無げな返事が返ってくる。
「ええ、町内では有名な話よ?」
「お母様もお姉様も、なかなか豪気な方みたいですね」
 美幸が(もう帰ろうかな……)と何となく疲れてきた所で、抜け目なくタイミングを図っていた城崎が真顔で問い掛けた。


「それはともかく、先程皆様は高須様のお宅が、以前興信所等の調査が入った様なお話をされていましたが、『あの話以降』とはどんな話があったのでしょうか?」
 そう言われた女性達は瞬時に口を閉ざし、「どうする?」とでも言うように互いの顔を見合わせてから、最年長の老婦人が僅かに声を潜めて真剣な顔つきで話し出した。
「少し調べれば分かる話だし、変に脚色されたら高須さんも迷惑だろうからここで話しておくけど、優治君には以前大学時代の同級生で、就職してからも付き合っていた彼女が居たの。だけど入社した年、相手のお父さんが家に乗り込んで来たのよ」
 一人が口火を切ると、他の二人も先を争う様にして話し始める。


「娘の交際相手の家の事を、興信所を使って嗅ぎ回ったのね。連絡無しにいきなり出向いて来てそれだけでも失礼なのに、『うちの娘は片親で、ろくな躾もされてない人間になんぞやるつもりはない』とか暴言吐いたそうよ」
「挙げ句に『こんな貧乏所帯なら手切れ金はこれ位が妥当だな。これから娘に一切近寄るな』って、三百万押し付けようとしたんですって」
「何ですか! その失礼千万なオヤジはっ!? それで高須さんはどうしたんですか? まさか黙って三百万受け取って、引き下がったわけじゃ無いですよねっ!?」
「おい藤宮、落ち着け! 下手すると同僚だとバレる!」
 途端に激昂して叫んだ美幸を城崎が慌てて押し止めたが、女性達は美幸に負けず劣らず興奮気味に話を続けた。


「それが傑作なの。優治君が『てめぇの手垢臭い札束何かいるかよ。とっとと持って帰れ!』って怒鳴りつけて、札束でその人の顔を往復ビンタしたのよ」
「その後、張り手の要領で勢い良く鼻に押し付けて、相手がひっくり返ってね。鼻血も相当出たらしいわ」
「それでその人を引きずって塀の外側まで出してから突き飛ばして。更に道路の中央に札束を三つ放り投げたの」
「そうしたらその男、手切れ金用に持って来たってのにそれを惜しんでね」
「つくづく間抜けよね。回収する為に周囲を見ないで道路を横切ろうとして、バイクに跳ねられて全治三ヶ月。笑い話にもならないわ」
「相手のお嬢さんは全く知らない話だったらしくて、少ししてから高須さんのお宅にやって来て、『父が大変失礼な事をしました』って全員の前で頭を下げたそうよ」
「それで結局気まずくなって、別れちゃったのよね」
「以前そんな事があったんですか。それは、興信所なんて聞いたら警戒しますよね~」
 しみじみと納得した様に美幸が頷くと、城崎が横で微笑みながら如才なく告げた。


「なるほど。こちらの調査の手間を省く、貴重なお話をありがとうございました。加えて高須様のお宅が良好な近所付き合いもされているお宅だと分かりましたし、自ずとご家族のお人柄も推し量れると言うもの。こういう仕事をしていると、人間の汚い部分や醜い部分を目の当たりにする事が常ですので、皆様と高須様のご信頼関係には心が和みます」
「それはそうでしょうねぇ」
「言われてみれば、大変なお仕事よね」
「皆様は高須様のお宅に好意的でいらっしゃいますから、お話の内容は何割か差し引くにしても、今回はご依頼主に良い報告ができそうで、私も嬉しいです」
 白々しく営業スマイルを炸裂させている城崎を眺めた美幸は(係長……、詐欺師になれます)とほとほと呆れていたが、ここで女性達が勢い込んで城崎に訴え始めた。


「えぇ? 何割か引いちゃうの? それなら優治君の事、普段の何割増しかで誉めておくんだったわ!」
「優治君は頭が良い上に、とても面倒見が良い子よ? うちの馬鹿孫なんて優治君に勉強見て貰って、何とか希望の高校に入れたんだから」
「配送の忙しい時期とか申告の時期とか、有給取って家の仕事を手伝ってるわ。この前も事務所に顔を出した時見たもの」
「最近はこの辺も老夫婦だけとか独居老人が増えてるけど、『小さい頃お世話になりましたから』って時々ボランティアでそういう家庭を回って、家の修繕とか庭の手入れとかもしてるのよ?」
「そ、そうなんですか……。若いのに、感心な方ですねぇ」
「そのコメント、おばさんみたいだぞ、藤宮」
「…………」
 嬉々として高須をアピールしてくる老婦人達の勢いに多少引きつつ、美幸はひたすら彼女達の話が終わるのを待ち、その横で城崎はメモを取るふりをしながら、最後まで笑顔を崩さなかった。
 そして高須のアピール点を語り尽くして気が済んだ女性達と笑顔で別れ、城崎と美幸は最寄り駅に戻るふりをして、曲がり角を曲がった所で立ち止まった。


「驚きましたね。色々な話が聞けました。親孝行で良い人ですね、高須さんって」
「ああ。時々休みを取る時に家業を手伝ってるとは、以前聞いた事があったがな」
「それに前の恋人さんと別れてから、仕事三昧で浮いた噂一つ無くてお母さんが心配してるって……。きっと前の恋人の事を忘れる為に、失恋を仕事へのエネルギーに変えて、いじらしく頑張ってきたんですよ。貰い泣きしそうですっ……」
「……単にニ課が死ぬほど忙しかったって話だと思うがな。新人研修明け直後に配置されたし」
 どこか遠い目をしながらボソッと城崎が呟いたが、涙ぐんでハンカチを目に当てていた美幸はそれに気付く事無く話を続けた。


「でも課長、興信所の人間なんて言ってしまって大丈夫だったんでしょうか?」
「あのご近所さん達は揃って高須家の人達とは懇意だから、以前高須家がそれで嫌な思いをしたのが分かってるから、却って耳に入る様な話し方はしないだろう。逆に会社の上司と後輩が色々探ってるなんて事になったら、職場でトラブルがあったり何か問題を抱えているんじゃないかと、変に憶測を呼ぶんじゃないか?」
 真顔で城崎が言い聞かせると、美幸は納得した様に頷く。
「なるほど、そういう考えもありますね。さすが係長です。おばあさん達を口車に乗せる手腕も、まだまだ真似できません」
「口車って……。それはともかく、まだ調べるのか?」
「はい、もう少し粘ってみます。高須さんの家族が周囲の人望が厚い人達なのは分かりましたけど、美野姉さんを受け入れてくれるタイプの人達かどうか、まだ良く分かりませんし」
「じゃあ取り敢えず、入り口の所まで戻ってみるか。……お誂え向きに、さっきのおばあさん達は居なくなったし」
 そう言いながら曲がり角の向こうを窺いつつ述べた城崎に、美幸は驚きの声を上げた。


「え? まだ付き合ってくれるんですか?」
 その問いかけに城崎は美幸を振り返り、苦笑いしながら手招きした。
「乗り掛かった船だからな。それに藤宮一人だと、何をやらかすか心配だ。ほら、行くぞ」
「はい!」
 促された美幸は(信用が無いのは何かちょっと不満だけど、やっぱり係長が一緒にいてくれると心強いわね)と思いながら、笑顔で城崎の後を追ったのだった。



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