ものぐさ魔術師、修行中

篠原皐月

21.傍迷惑な行為

 ルパートが抵抗らしき抵抗ができないうちに、エリーシアはさっさと暗示をかける術式を行使し終え、アクセス達の方を振り返った。


「終わりました。取り敢えず一晩はこのまま眠らせておいて、明朝私達がここを離れたら、反対方向に歩いて行って貰う様にしますから」
「ご苦労だったな、エリー」
「いえ。それじゃあサイラスを手伝ってきて良いですか?」
「ああ、頼む」
 そして彼女が一礼して立ち去ると、アクセスはレオンに向き直った。


「さてと。今度は殿下に、色々お伺いしたい事があるんですがね?」
 その問いに、レオンは顔を強張らせながら頷く。
「分かってる。どうして俺が、奇襲班に混ざっていたかと言う事だろう?」
「分かってんなら、さっさと吐けや、おら!」
 本来の金糸の縫い取りがある軍服ではなく、他の兵士と同様の無地の軍服を掴み上げながらアクセスが恫喝すると、さすがに看過できなかった部下達が慌てて止めに入った。


「ちょっ……、副官! 気持ちは分かりますけど、抑えて下さい!」
「仮にも王太子殿下なんですから!!」
「十分礼儀は守ってるつもりだぜ? 問答無用で殴ったりして無いだろうが!?」
「その……、悪かった」
 両側から部下に腕を取られ、レオンからは心底申し訳無さそうに言われた為、アクセスはそれ以上の言葉を飲み込んだ。


「謝罪はもう良いですから、事情説明をお願いします」
 服を掴んでいた手を離し、怒りを抑えて申し出ると、レオンが小さめの声で詳細について話し始めた。


「その……、ジェリドが『軍内に不穏な気配がありますので、殿下の替え玉を立てます』と言われて、背格好の似てる近衛兵と、互いの外見を変える魔術を施されたんだ。万が一の用心の為にって」
「ああ、何かそんな事も言っていたような。それは分かりましたが」
 淡々と話の続きを促したアクセスに、レオンが益々言いにくそうに続けた。


「それで、エリーシアが奇襲部隊に配置されたと聞いて、この前も何やら騒動があったと小耳に挟んで、心配になって……。部隊が点呼を取って確認した後、紛れ込んだんだ」
「点呼後、ですか」
「やられましたね」
 思わずガスパールとミランが溜め息を吐くと、アクセスが舌打ちして忌々しげに告げる。


「ルーバンス公爵の閨閥では無い人間で、腕が立つ人間ばかりを各部隊から引き抜いて急遽編成したから、互いに面識が無い人間がいても不審に思わなかったんだな。盲点だった。点呼も出発直前にしたってのに……」
 そして少しの間ブツブツ言っていたアクセスだったが、ふと何かを思い付いた様に言い出した。


「この事、ジェリドは知らないんだよな? 知ってて、許可を出す筈無いよな?」
 眼光鋭く睨み付けてくるアクセスから微妙に視線を逸らしながら、レオンは説明を続けた。


「ああ。一応俺は、俺の身替わりの『レオン王子』付き近衛兵って事になってたから、本陣を離れる時に彼に『ちょっと離れるがすぐ戻る。ジェリドが怒り出したらこれを見せてくれ』と事情を書いた手紙を託してきた」
 それを聞いた他の三人は、自分の上官がその手紙を読んだ時の惨状を想像し、揃って遠い目をしてしまった。


「……殿下、あんた酷い人ですね。その身替わり、多分今頃再起不能ですよ」
「俺……、こっちで良かったかも」
「司令官、怒りまくってるよな……」
「…………」
 貴公子然としているくせに、結構容赦がなくて苛烈な所がある従兄の事を考えて、レオンは黙り込んだ。そんな中、アクセスが頭をかきむしりながら、大声で叫んだ。


「ぐあぁぁっ!! 上に立つ人間の立場とか責任とかの話を、こんな所で俺がしても意味ねぇし! 殿下へのお説教は、戻ってからジェリドの奴に丸投げしてやる。とにかく殿下が居る事を、部隊全員に周知徹底させるぞ。それからこれからの方針を決めるからな」
「それが妥当ですね」
「どうにかして、主力部隊と合流しませんと」
 難しい顔をしながらガスパールとミランも頷き、それからはレオンも交えて今後の方針を話し合った。
 そして一通り方針を纏めてから、一同は負傷者達の手当てを行っている場所に行ってみたが、そこに居ると思っていた人物の姿が見当たらない為、皆怪訝な顔付きになった。


「エリーとサイラスは? 負傷者の手当てをしてたんじゃ無かったのか?」
 手近な兵士に二人の所在を尋ねると、彼も困惑気味に答える。
「それが……、手当が終わると同時に、『食料調達に行ってきます』と言い残して、どこかに行ってしまいまして」
「何?」
 思わず眉を寄せたアクセスの横で、レオンも反射的に顔色を変えたが、その時、朗らかな声がその場に響き渡った。


「お待たせしました! 急いで準備しますね」
 その声にレオン達は声のした方を振り返ったが、サイラスとともにどこかから戻ってきたその状態を見て、本気で面食らった。


「エリー! お前、何やってるんだ?」
「何って……、飲料水と、肉の確保ですが?」
 戻ってきた二人の周囲には、大きな水の塊と、捕獲したらしい鳥や小動物が何匹も空中に浮かんでいた。それに驚いている隙も無く、これまでレオンの存在を知らないまま部隊の後方で活動していた兵士から、驚愕の声が上がる。


「え!? 何で王太子殿下が、こんな所に居るんですか?」
 その声で一同は、自分達がまずしなければならない事を思い出してそれぞれ動き出した。



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