話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第54話(最終話) 扉の向こう側

 既に入籍済みの為、一般的な順序とは前後してしまうが、略式結納をしながら榊家と高木家の顔合わせを兼ねた食事会をしようという話が持ち上がり、再来月披露宴を開催予定であるホテルの料亭内の一室で、両家の全員が顔を揃えた。


「本日はお忙しい中、ご家族揃っておいで頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ、貴子さんのご家族と顔を合わせるのを、楽しみにしておりました」
「私もです。既にそちらにお伺いしている隆也から、色々話を聞いておりましたので」
「隆也さんが家にいらした時にお騒がせした事もありますし、どんなお話が伝わっているのか、少しお恥ずかしいですわ」


 略式である為仲人は同席していないものの、万事心得たホテルの担当者がその場を取り仕切り、両家で簡単に挨拶を交わした後、床の間に飾ってあった結納品と家族書、及び受書を滞りなく取り交わしてから、隆也と貴子がそれぞれ記念品として贈った指輪と時計を披露して、無事会食の流れとなった。
 そして仲居によってその場に次々と人数分の祝い膳が運び込まれ、亮輔の音頭で乾杯してから、和やかに会話が進む。


「うちの息子達は隆也さんとは面識はあるのですが、ご家族の方には今回紹介させて頂きます。こちらから長男の祐司と、次男の孝司になります」
「今日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「宜しくお願いします」
 竜司が息子達の方に顔を向けながら改めて紹介してきた為、亮輔は笑顔で頷きつつ娘を紹介した。


「貴子さんを含めて、礼儀正しいお子さん達ですね。高木さん達にきちんと躾られたのが分かります。私共の子供は、隆也の他に娘の眞紀子が居ります」
「貴子さんにはこの前、兄に引き合わせられましたが、ご家族の方には初めてお目にかかります。今後とも宜しくお付き合い下さい」
 そう口上を述べて礼儀正しく頭を下げた眞紀子に、竜司と蓉子がいかにも感心した風情で応じた。


「いやあ、礼儀正しいお嬢さんですね」
「貴子から聞きましたが、眞紀子さんは優秀な外科医でいらっしゃるとか。なかなかできる仕事ではないと思います」
 しかしそれに、亮輔と香苗が苦笑いで返す。


「ですが勤務時間や形態が不規則で、親もどんな生活を送っているのか、全く見当がつかない次第でして」
「仕事にやりがいがあるのは結構ですけど、もうちょっと何とかならないものかと、主人とも常々話しているんですのよ?」
(う、なんだか眞紀子さんの眉間に皺が……。確かに私達の顔合わせの場で、自分の仕事についてあれこれ言われたら面白くないわよね。隆也、なんとかして!)
 無言になった眞紀子の表情を見て密かに焦った貴子は、正面の隆也に目線で訴えた。その視線を受けて妹に視線を向けた隆也は、素っ気なく言い放つ。


「まあ、それは……、幾ら何でも、こいつも家庭を持ったらさすがに考え方も変わるんじゃないか? 遠藤君もこれから頑張るみたいだし、あまり心配しなくとも大丈夫だろう」
 その台詞に、両親を挟んだ位置から、眞紀子が盛大に噛みついた。
「あいつの事は関係ないでしょ!?」
「なんだ、弘樹君がそんな事を言ってたのか?」
「良かったわ。今度は眞紀子の式場を予約しておかないと」
「だからあいつとは、何でも無いって言ってるでしょうがっ!!」
 何やら変な風に榊家で盛り上がってる光景を眺めながら、貴子は思わず溜め息を吐いた。


(あぁ……、眞紀子さんの眉間の皺を深くしてどうするのよ……)
 しかしここで、祐司がさり気なく話題を逸らしにかかった。


「式場と言えば、披露宴会場の予約に加えて、媒酌人の選定と依頼も榊さんの方に全面的にお任せしてしまいましたが、こちらにも縁が有る方にお願いされたそうで、話を伺って驚きました」
(祐司……、やっぱりあんたが一番空気が読めるわ)
 しみじみと祐司の如才無さに感心していると、隆也が笑ってその話に応じる。


「いえ、こちらの都合でお願いした時、青山警備局局長の奥様が蓉子さんと従姉妹同士に当たる方だと聞いて、私も本当に驚きました」
「俺達もそれを聞いて、凄い偶然でびっくりしました。姉貴が挨拶に出向いた日の夜、朋美おばさんから電話があったんだけど、姉貴、おばさんに『初めまして』って挨拶したんだって?」
 嬉々として会話に割り込んできた孝司に、貴子は若干顔を引き攣らせながら弁解した。


「仕方ないでしょ……。てっきり初対面だと思ってたし」
 それだけでは良く事情が分からないであろう隆也以外の榊家の三人に、祐司が補足するように簡潔に告げる。


「厳密に言うと、俺達の母方の祖父が亡くなって初七日の時、少しだけ顔を出した姉が朋美伯母さんと顔を合わせてるんです。それ以外は没交渉だったんですが」
「それを朋美おばさんが指摘したらポカーンとした顔をしてから、慌てて『誠に失礼致しました!』って座布団から下りて、畳に頭付けて謝ったんだって?」
「……だって、本当に記憶が無かったのよ」
 孝司におかしそうに笑われながら言われた台詞で、その時の光景を思い出した貴子はがっくり項垂れたが、それを見た蓉子は優しく宥めた。


「朋美さんは『無理は無いし、ちょっと驚かせようと思ってこちらも黙っていて悪かったわ。貴子さんに気にしない様に言っておいて』と笑いながら言ってたから、そう落ち込まないで」
「それに青山局長にも『呆然とした顔も、美人だと絵になるな』と盛大に受けてたし。気にするな」
 そう淡々と隆也が口にした瞬間、貴子が勢い良く顔を上げて盛大に文句を言った。


「気にするわよ! 第一、青山さん達の話だと、母さん達の関係を隆也はとっくに聞いて知ってたんでしょ? どうして事前に一言、教えてくれなかったのよ!?」
「その方が面白いからに決まってる」
「…………っ!」
 あまりの即答っぷりに、これ以上何を言っても無駄だと諦めた貴子は畳に両手を付いて項垂れ、眞紀子はそんな彼女に憐憫の眼差しを、祐司と孝司は相変わらず飄々としている隆也に、尊敬の眼差しを送った。


「兄さん。あまり傍若無人な事をやってると貴子さんに捨てられるから、ほどほどにしておきなさいよ?」
「姉貴を良いように転がす事ができるなんて、流石だよな」
「ああ、やっぱり姉貴の結婚相手は、榊さんしかいないって」
 そんな子供達の様子を微笑ましく眺めながら、親達もすっかり意気投合していた。


「もう、こんな感じで困ってるんです。隆也は変な所で悪戯好きなもので、貴子さんを何かにつけ怒らせてしまいそうで」
「いえ、貴子は基本的に構って貰うのが好きですから、大丈夫だと思いますよ? 寧ろ先の行動が読める程度の人間だと、つまらないと思っているみたいですし」
「だが、やっぱり限度と言うものはありますからな。もし隆也がろくでも無い事をしでかしたら、実の親子と言っても、いえ、実の親子だから余計に許せません。よし、貴子さん。もし隆也がろくでも無い事をして、別れたくなったら、依頼料無料で調停離婚の代理人になってあげるから、遠慮しないで言いなさい」
「それは頼もしい。良かったな、貴子」
 ニヤリと面白がる様な笑みを浮かべながらとんでもない事を言い出した亮輔に、竜司が悪乗りして満面の笑顔で述べる。それを聞いて貴子は溜め息を吐き、蓉子は本気で怒りだした。


「……お義父さん」
「まあ、何を言ってるんですか、あなた!?」
「冗談だ冗談」
「言って良い冗談と、悪い冗談がありますっ!!」
 そこで夫婦喧嘩勃発かと思いきや、香苗が冷静に会話に割って入った。


「今の主人の発言は半分冗談にしても、これから仲よくしてね? 貴子さん。私達は何かあった時、隆也より寧ろあなたの味方なのは本当だから」
「どうしてそうなる」
 若干不機嫌そうに視線を向けた隆也だったが、両親に鼻で笑われる事になった。


「あら、これまでの自分の行動を、胸に手を当てて考えてごらんなさい?」
「全くだな。渡り鳥生活から、本格的に定住するんだから」
 無言で小さく肩を竦めた隆也を見て、貴子は苦笑いしかできなかったが、竜司と蓉子は「渡り鳥?」と不思議そうに首を傾げた。ここでさすがに嫁の両親に、これまでの息子の女遍歴を暴露するわけにはいかないと、亮輔と香苗はさり気なく話題を変える。


 その後は両家で話に花が咲き、まるで昔からの知り合いの様に隔意の無い一時を過ごし、自分の家族とも如何にも楽しげに会話を交わしている貴子の様子を眺めて、(同居すると言っても結構不安そうだったが、何とか大丈夫そうだな。というか、何かヘマしたら叩き出されるのは俺の方なのが確定か?)と隆也は一人、苦笑を深めていたのだった。




 それから一ヵ月程経過した日曜日。昼過ぎから貴子のマンションから用意していたダンボール箱や、必要な家具や小物を運び出した引っ越し業者の責任者は、室内を確認してから貴子に最終確認をしてきた。


「それでは、搬出し忘れている物はありませんね?」
「ええ、大丈夫です」
「それではこちらにサインを。向こうでの搬入は、三時からになります」
「お願いします」
 契約書類を挟んだクリップボードをボールペンと共に差し出された為、貴子は署名欄にサインして相手に返した。そして一礼した彼がドアの向こうに姿を消してから、貴子は物が無くなったリビングを無言のままぐるりと見回す。今後不要になる家具は既にリサイクル業者に売却していた為、この数日は室内が随分殺風景に感じられてはいたが、完全に物が無くなるとこれまでの比では無かった。


「やはり物が無いと、広く感じるな」
「……そうね」
 思わず感想を述べた隆也に、その横に立つ貴子は、どこか心ここに在らずと言った感じで応じる。その為、隆也はもう一度声をかけてみた。
「感慨深いか?」
「ここで十年近く暮らしたもの。それなりにね」
 苦笑しながらそう答えた貴子は、小さく肩を竦めて言葉を次いだ。


「何とかローンを完済していて、助かったわ。そうじゃなかったら、売却する時に色々面倒だったもの」
「本当のところ、俺はお前が潔くここを売却するとは思ってなかったが。このまま保有してても良かったんだぞ?」
「持ってるだけで、維持管理費や税金を取られるのよ? 無駄じゃない」
「それはそうだが」
 なんとなく納得しかねる顔付きの隆也に、貴子は笑いながらサバサバした口調で告げた。


「新しい家も実家もできたし、本当に良いのよ。『一国一城の主だ』って、ここに固執する理由は無いわ」
「そうか」
「夜に喧嘩したら、同じ都内に住んでるんだし、祐司の所に転がり込む事にするから」
 平然とそんな事を言ってのけた貴子に、隆也が苦笑して釘を刺してくる。


「酷い姉だな。祐司君の都合と迷惑も、少しは考えろよ?」
 窘めつつも禁止するつもりは無いらしい物言いに、貴子は少し意外そうな顔を見せた。
「止めろとは言わないのね」
「お前は拗ねる時は、勝手に拗ねまくるタイプだからな。押さえ込もうとしたら反発するだけだろう」
 淡々と指摘してきた隆也に、貴子は納得した様に頷く。


「良くご存知で。じゃあ祐司の所に綾乃ちゃんが来てて駄目とか言われたら、芳文のマンションにお邪魔」
「却下」
「本っ当に心が狭いわね」
「当たり前だ。まだ分かってなかったのか?」
 自分の言葉を遮って来た隆也に貴子が思わず本気で笑ってしまうと、隆也も釣られた様に苦笑いしたが、腕時計で時間を確認してから彼女を促した。


「そろそろ戸締まりをして行くぞ。ゆっくりし過ぎると、向こうの搬入開始時間に間に合わない。尤も今日は両親揃って家に居るから、俺達が遅れても支障は無いとは思うが」
「分かったわ。行きましょう」
 確かに舅と姑に全部任せるのは心苦しいと、貴子は素直に頷いた。そして隆也に続いて玄関に向かおうとして、リビングの出入り口の所で振り返る。


「……さよなら。ありがとう」
 ここで暮らした年月を思い返す様に、もう一度ゆっくりと室内を見回した貴子は、小さく別れの言葉を口にした。
 それから彼女は静かにドアを閉め、玄関で靴を履いて待っている隆也の元に向かったが、彼の前に現れた時の表情には、もう一片の迷いも無かった。彼女はその胸中に、後悔などの代わりに少しばかりの不安と、それを上回る大きな希望を抱えて、自分の新しい人生の一歩を隆也と共に踏み出したのだった。




(完)

「ハリネズミのジレンマ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く