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ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第41話 対峙

 騒動の翌朝、急遽午前中休みを入れた芳文は、傍目にはいつも通りの貴子を愛車の助手席に乗せて新野署へ向かった。そして言葉少なく過ごしているうちに目的地付近に到達したのが分かった芳文は、彼女に向かって声をかけてみた。


「そろそろ着くぞ。戦闘準備は?」
 その問いかけに対し、ふっ……と鼻で笑う気配に次いで、冷え切った声が返ってくる。
「理論武装は完璧よ。加えて、あんたとの馴れ初めから今現在に至るまでの関係も、アホらし過ぎて心底呆れたけど、全部しっかり頭に入れたから心配しないで“お兄ちゃん”」
 一々顔を向けなくても分かる呆れ果てたと言った感じの眼差しを、顔の左半分に受けているのが分かった芳文は、苦笑いしかできなかった。


「言葉に棘が有るな。一応確認しておくが、あのグダグダカップルのシナリオを書いたのが、俺だとは思ってないよな?」
 幾分茶化す様に言われた台詞に、ここで貴子が盛大に噛みつく。
「芳文以外の誰が書いたって言うのよ!? 付き合い始めたきっかけがあんたのナンパに応じた事で、二股ならぬ三股かけられて破局した後も、この三年でくっ付いては別れてを三回繰り返してって……。私、そんな馬鹿女じゃ無いわっ!!」
「俺もヒモもどきの、甲斐性無し男じゃない。あの野郎面白がって、プロのくせにろくでもない筋書き書きやがって……」
 小さく溜め息を吐いてブツブツと文句を言いつつハンドルを切った芳文を見て、ある事を思い出した貴子は微妙に顔を歪めながら尋ねた。 


「プロ……。まさか東野薫が書いたとか、言わないでしょうね?」
「なんだ、あいつの事知ってたのか?」
 心底意外そうに言い返されて、思わず項垂れる貴子。
「あんたのダチが、後輩だって言ってたわ」
「俺の後輩でもあるからな。今までこの話題を出さなくて正解だった。下手したら、隆也との繋がりがばれてたな」
 納得した様に頷かれて、貴子は思わずダッシュボードを叩きながら声を荒げた。


「先輩が先輩なら、後輩も後輩よね! 馬鹿馬鹿し過ぎて、あんた達に対する怒りも綺麗に吹き飛んだわよ!!」
「涙も綺麗に吹き飛んだってか?」
 サイドブレーキを引きながらさり気無く言われた内容に、貴子は瞬時に真顔になって口を閉ざした。そして少し間を置いてから、静かに反論する。


「……泣いてなんかいないし。何を言ってるのよ?」
 窓の外を見ながらの反論に、芳文は思わず笑い出したくなったが、ここでそんな事をしたら盛大に貴子が拗ねる事が分かっていた為、何とか堪えた。
「そうか。じゃあ行くか」
「ええ」
 エンジンを切ってドアロックを外した芳文に、貴子はいつも通りの表情で頷く。そして車外に降り立った二人は、迷う事無く新野署の正面玄関に向かって歩き出した。


 前日に管内で重大事件が起こったばかりの署内は何となくざわついており、一階ロビーにもチラホラとマスコミ関係者らしき人物が見て取れた。そんな中ロビーを横切り、総合受付で貴子が名前と用件を名乗った途端、窓口担当者に加えて奥の机に座っていた者達も一斉に様々な反応を見せる。しかし貴子も芳文もそれに気が付かなかったふりをして案内の言葉に耳を傾けると、奥に座っていた警官の一人が案内役を申し出て移動を開始した。


「周囲から突き刺さる様な視線が、いっそ心地良いな」
「どんな時も、人気者は辛いわね」
 先導する警官にはギリギリ聞こえない程度の囁きかけたが、同様の声で貴子が飄々と言い返してきた為、芳文は多少安堵した。
(少し懸念してたが、この調子なら取り敢えず大丈夫そうだな)
 そしてエレベーターで上がった先で、変わり映えのしないドアが並んだ廊下を進んでいるうちに、一つのドアの前で先導役が立ち止まる。


「宇田川さんはこちらでお待ち下さい。すぐ担当者が参ります」
 そう貴子にドアを指し示しつつ、芳文に向かっては(あんたは遠慮しろ)と目線で訴えてきた為、芳文は(それなら下でそう言えよ。それともマスコミ連中の目の前で、揉めたくなかったってか? それとも他の理由が有るのか?)と半ば面白がりつつ貴子に声をかけた。


「じゃあ俺は、下のロビーで待ってるから」
 そう短く断りを入れて、無言で頷いた貴子に背を向けて歩き出した芳文だったが、エレベーターに到達する前に斜め後ろから声をかけられる。
「失礼、宇田川貴子さんの同行者ですよね?」
 その声に、内心で(おう、おいでなすった。せいぜい引っ掻き回してやるか)とほくそ笑みつつ、真面目な顔を取り繕いながら芳文は振り向いた。


「はい、そうですが。それが何か?」
「少し宇田川さんに関してお話を伺いたいので、お時間を頂けますか?」
 制服と私服の二人組に口調だけは丁寧にお伺いを立てられ、芳文は気安げに頷く。


「俺にですか? 貴子を待っているので、その間であれば構いませんが」
「ありがとうございます。それではこちらにどうぞ」
 暇つぶし及び嫌がらせする気満々の芳文は、(さて、引っ掛かったのはどっちかな?)と緩みそうになる頬を引き締めつつ、近くの小部屋に誘導された。


「宇田川さん、わざわざご足労頂き、恐縮です」
 案内役の警官が言っていた通り、貴子があまり広くも無い会議室らしき部屋に入って観察を初めてすぐに、見覚えのある人物が部下らしき若手を連れて入室してきた。そして殊勝に頭を下げてきた相手に、貴子も椅子から立ち上がって、満面の笑みで挨拶する。


「あら、とんでもない。捜査課長の譲原さん、でしたわよね? 昨日はお世話になりました。それからお借りした千円です。ありがとうございました。助かりました」
「……どうも」
 芳文から借りた千円を入れた白封筒を、同じく借りたポーチから取り出して差し出すと、譲原は顔を若干引き攣らせながらそれを受け取った。そして長机を挟んで貴子の向かい側に彼が座ると、横から彼の部下らしい三十代の男性が、抱えた箱を貴子に向かって差し出しながら事務的に話を進める。


「それではまず銀行に残されていた、宇田川さんの物と思われる荷物を確認して下さい。足りない物が無ければ、こちらの引き渡し確認書類にサインをお願いします」
「分かりました」
 それから平然とバッグの中身を一つずつ取り出して確認した貴子は、頷いて書類とボールペンを手元に引き寄せた。
「大丈夫の様です」
 そして滑らかな筆跡で貴子がサインを終えると同時に、さり気なさを装いながら譲原が問いを発した。


「そうですか。ところで、昨日はそのバッグの中にあった携帯とは別に、スマホもお持ちだったかと思いますが、それは今、手元に有りますか?」
 そこで貴子は、若干わざとらしく両手を打ち鳴らし、困った様に告げた。
「あ! 実は昨日、移動の途中かテレビ局でどこかに置き忘れたのか、無くしてしまいまして。こちらでついでに紛失届を出して行こうと考えていたんです。受付窓口は一階でしたよね?」
「ほう? 無くされた……、それはそれは」
 貴子の問いかけを半ば無視する形で譲原は皮肉気に呟いたが、貴子もその反応を無視して話を続けた。


「普段はこんな失態しないのに、自分で思っている以上に動揺していたんですね。本当に困りました。仕事向けの電話は、そちらで受けていたもので。今確認した携帯のアドレス帳にも、一通りの連絡先データは入っていますけど」
「白々しい……」
 僅かに顔を歪めて苦々しく呟いた譲原に、貴子が怪訝そうに尋ねる。


「何か仰いました?」
「いえ。それではお願いしたいのですが、そちらの携帯のアドレス帳に入っている人物の連絡先を、教えて頂けませんか?」
 眼光鋭く睨みつけられながらの要請に、予想通りの展開で少々楽しくなりながらも、貴子は傍目には不思議そうに問い返した。


「あら、どうして私の交友関係を知りたいんですか?」
「今回の捜査に必要なもので」
「全く意味が分かりません。プライバシーの侵害だと思います」
「自主的に、ご協力願えませんかね。そうして頂けたら警察の心証と言うものが、随分違うと思いますよ?」
「正当性と必要性があるなら、面倒くさがらずに捜査令状をお取りになったらどうでしょう? 組織の中では、手順を踏むのが良しとされると思いますが」
 男二人に正面から見据えられても、貴子は微塵も動揺する事無く、その非難がましい視線を不敵な笑みさえ浮かべつつ真っ向から受けて立った。その態度に些か腹を立てたらしい譲原が何か言いかけたその時、ドアを控え目にノックする音と共に、二十代らしきスーツ姿の男性が顔を覗かせる。


「課長」
「どうした。邪魔はするなと言っておいただろうが」
「それが……」
 困惑顔で頭を下げた部下らしき男に目線で促され、譲原ははっきりと舌打ちして立ち上がった。そして廊下に出て何やらその部下と話していたと思ったら、一分もせずに戻ってくるなり、貴子に向かって意味不明な嫌味を漏らす。


「宇田川さん、あんたの彼氏は随分とマメらしいな」
「はい?」
 不思議に思った貴子だったが、如何にも不機嫌そうな相手が何も説明しないまま腕を組んで椅子に座ってしまった為、無理に怒らせる事もあるまいと自身も無言を貫いた。そして更に待つ事二分。予想外の人物が現れた。


「失礼します」
 ブリーフケース片手に入室してきた男性が、軽く頭を下げた後軽く室内を見回した。白髪が目立ち始めた還暦近い外見ではあるものの、細い黒フレームの眼鏡越しに突き刺さってくる鋭い視線は目の前の刑事達の比では無く、この人物が只者ではない事を雄弁に物語っていた。そして内心で当惑している貴子に向かって、若干笑顔を作ったその男が懐から取り出した名刺入れの中身を一枚差し出してくる。


「宇田川貴子さん、初めまして。私は大門明憲と申します。葛西芳文氏からの依頼で、この場に同席させて頂きます」
「はぁ……」
 その場の流れで受け取った名刺に視線を落とした貴子は、大門と名乗った弁護士の所属を確認して、軽く目を見張った。


(榊総合弁護士事務所の弁護士……って、あいつの父親が所長のあそこ!?)
 慌てて顔を上げると大門は貴子の横の席に座りながら、ブリーフケースから商売道具らしき物を色々取り出している所だった。


「貴女は今現在容疑者では無く、逮捕状も出ていない一般人です。任意で事情聴取を受けているだけですから、弁護士を同席させても何ら不都合はありませんし、勿論会話の内容を一字一句記録しても、全く支障はありません。拒否権云々に関しては、一々説明するのも馬鹿らしいですね」
「そういうものですか」
「ええ、そういうものです。取り敢えず同席して話を聞かせて頂きますが、支障が無ければ黙っておりますので、どうぞお構いなく」
 自分の方を見ないまま、淡々と事も無げに説明を済ませた大門を眺めて、貴子は納得しつつも僅かな疑問を覚えた。


(れっきとした取り調べってわけじゃないし、恐らくこの人がきちんと手順を踏んでるから、排除できないわけか。だけど弁護士を手配したのは本当に芳文? そんな事微塵も聞いてなかったけど)
 目の前で大門がノートは筆記用具を準備し、更にICレコーダーの録音スイッチまで入れた所で、「さあどうぞ。刑事さんもお忙しいでしょうから」と促すと、譲原は一瞬苛立たしげな表情になりつつも、平静を装って口を開いた。


「それではお伺いしますが、青葉銀行新野支店は宇田川さんの取引銀行ですね?」
「はい、住居の最寄りですので、何年も利用しています」
「内部構造も良くご存知で?」
「窓口がある一階と、投資セミナーに出席した時に足を踏み入れた二階とかは存じ上げていますが、それ以外は分かりません」
「銀行内で宇田川さんが犯人に食ってかかってトイレに行かせたそうですね。そしてなかなかお戻りにならなかったとか」
「生理痛が酷かったもので。こういう事を男性に向かって、あまり口にしたくは無いのですが」
「それから、妊婦を連れて店外に出て来た時、率先して犯人の外見とかを報告されてましたが、その意図は?」
「意図? どうせ聞かれるかと思って、聞かれる前に言っただけですが。間違った事は言っていませんよ? 他の方が私と違う事を言っているとでも?」
 若干わざとらしく首を傾げて見せた貴子に、譲原が苦々しげに応じた。


「いえ、後から確認した他の皆さんの証言も、あなたが告げた内容と同じです」
「ですよね? それのどこが問題なんでしょうか?」
 そこで、譲原の隣に座っていた、三十代に見える刑事らしき男が、机を叩きながら声を荒げた。


「だから! あんたが犯人の出で立ちが『目出し帽に野球帽で、顔は不明。黒のジャンパーにジーンズ、白のスニーカーを着用』って予め言ってたから先入観があって、それ以外の服装で客や行員に紛れて出て来た犯人に、咄嗟に気が付かなかったんだよ!」
 その訴えを聞いた貴子は心底呆れた口調で反論し、それに途切れなくノートに何かを書きつけながらの大門の呟きが続く。


「凄いこじつけですよね、それって。自分達の目が節穴だったのを棚に上げて、他人のせいにしないで貰えます?」
「何だと!? ふざけんなこの」
「根拠に乏しい推論。威圧的な口調と態度。取り調べ状況下における、証言捏造誘導の典型」
「加藤」
「……っ!」
 暗に大門に非難され、譲原は部下を小声で窘めた。そして悔しげに顔を歪めた彼が黙り込むと、譲原が冷静に質問を続ける。


「次に、宇田川さんが昨晩出演された、テレビ番組について伺いたいのですが」
「私の仕事が何か関係があるんですか?」
「あれでこちらは、大層な迷惑を被っておりましてね。番組内で事件の詳細とか経過とか、事細かに喋っておられましたが」
 そう問われた貴子は、内心(やっぱり突っ込んできたか)と笑い出しそうになりながら、困惑した表情を取り繕いつつ尋ね返した。


「それが何か拙いんですか? 遅かれ早かれ、明らかになる事かと思いますが」
「それはともかく、犯人像について色々自由に語っておられましたよね? 一味の中にカップルがいるとか、外国人だとか、犯罪組織が係わっているとか」
「あら、VTRを見て頂ければお分かりになるかと思いますが、私は一度も『絶対そうだ』なんて断定はしていませんよ? あくまで『そうかもしれない』という、仮定の話をしただけで。後は出演者の皆さんのトークが盛り上がって、随分話が膨らんだとは思いますが。それが何か問題でも?」
 白々しく貴子がそう述べた瞬間、斜め前の席で加藤が再び怒鳴り声を上げた。


「問題大ありだろ!! あの生放送やその内容を取り上げた朝の情報番組とかの類を、今回居合わせた客や行員達の殆どが目にしていて、皆『宇田川さんの言う通りだろう』って先入観を持っちまって、『犯人は不自然なイントネーションのある外国組織の構成員で、男五人女一人』って証言しか取れないんだよ!」
「今更そんな事を仰られても……。それならそうと現場から離れる前に、『みだりに犯人達に関して口外しないで下さい』と一言言って下されば、自重しましたが。テレビでの発言は、司会者に促されてのものですから。一応仕事なもので」
「普通、あんな事が有った後に、テレビ番組にのこのこ出演しに行くなんて考えるか!?」
「仕事に真摯に向き合っている姿勢を、見ず知らずの方に咎められる筋合いはありません。それに現場で簡単に事情聴取すれば良かっただけの話では?」
「それができなかったのは誰の!」
「職務怠慢。現場の指揮系統の混乱。臨機応変な対応への未熟さ、思慮の無さが散見される……、と」
 淡々と呟きながら何かを書いてボールペンの動きを止めた大門が、無言で顔を上げて向かい側の譲原達に目を向けた為、譲原は彼から目を逸らしつつ再度小声で部下を窘めた。


「加藤」
「……分かりました」
 憤懣やるかたない表情を隠しきれず、歯軋りまでした加藤を眺めてから、貴子は横目で隣に座る大門を観察した。


(やっぱり相当やり手っぽい。それに下手すると、私がやった事も見透かされてるかも。でも余計な事は考えずに、開き直るしかないわね)
 そんな事を考えて貴子が決意を新たにしていると、更に予想に違わぬ展開になった。



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