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ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第33話 小さな発見

 休日に姉のマンションを訪問する許可を取り付けた祐司は、当日、玄関で靴を脱ぎながら、出迎えてくれた貴子に申し訳なさそうに述べた。
「悪いな、姉貴。また押しかけて」
 その謝罪に、腕を組んだ彼女は、少々意地悪く応じる。


「本当よね。綾乃ちゃんとデートとかしなくて良いの? あんまり放っておくと、愛想を尽かされるわよ?」
「そんな事は無いから」
「あら、惚気? ちょっと生意気」
 二人でそんなやり取りをして、苦笑しながら奥に進んだが、リビングに入る前に貴子が思い出した様に問いかけた。


「そういえば、今日はどんな用事でここに来るのか、言ってなかったわよね。何なの?」
 すると祐司は手に提げてきたビニール袋を差し出し、持ち手を掴んだ両手を開いて、中を見せる。


「これだけど」
「西瓜がどうしたの?」
「何か無性に、姉貴と一緒に食べたくなった」
 そう言った祐司の顔と、袋の中のバスケットボール程の大きさの西瓜を交互に眺めた貴子は、胡散臭そうな顔付きになった。それを見て一見平然としていた祐司は、流石に少し後悔する。


(やっぱりちょっと無理があったか……。だが、適当な理由が思いつかったしな)
 するとやはり予想通り、貴子は怪訝な顔になって疑問を口にする。


「頭は大丈夫? いきなり何を言い出すのよ、あんたは。それに二人で食べるには、ちょっと大きい気がするんだけど?」
「食べられない事はないだろ? 多ければ冷蔵庫で取っておいて、何日かかけて食べれば良いし」
「まあ、それはそうだけど」
 何となく納得しきれない感じではあったが、土産にケチを付けたく無かったのか、貴子はそれ以上は追究せずに西瓜の入ったビニール袋を受け取った。


「じゃあ、ありがたく頂くわ。これはお昼を食べる間、冷やしておいて、最後に出すわね。もう少しで料理が出来上がるから、ちょっと待っていてくれる?」
「ああ、ゆっくりで良いから」
 そう言ってキッチンに入った貴子と別れて、リビングに入った祐司だったが、ソファーに乱暴に腰を下ろすなり、深々と溜め息を吐いた。


(榊さんの事がどうなっているのか、探りを入れに来たものの……。どこからどう話を持って行くべきか)
 そんな風に頭を悩ませながら何気なく視線を上げると、正面の壁際に置いてあるリビングボードの上に、見慣れない物体を認めた。


(あれ? まさかあれって……)
 無言のまま勢い良く立ち上がり、足早にリビングボードに歩み寄った祐司は、その楕円形に近いぬいぐるみを両手で持ち上げた。そして以前自分の恋人が言っていた台詞の内容と、送られてきた画像を思い返す。


(やっぱり。綾乃が『もっふもふのツルッツルの一押しプリティーちゃんです!』ってコメント付きで、榊さんと一緒に買い物に行った時に撮って、添付してきた画像と同じ物。って事は、榊さんから貰った奴って事だよな?)
 そこまで考えて、祐司は事の重大性に気が付いた。


(お袋があれだけ贈ってても、自分には似合わないからってぬいぐるみや人形の類はこれまで部屋に飾ってなかったのに、リビングに置いてあるなんて……。そりゃああの姉貴の事だから、飾ってなくても捨てたりしないで、どこかにしまい込んでいるといると思うが。これは榊さんから貰った奴だから、だよな? 榊さんの影響、凄いじゃないか)
 そして静かにぬいぐるみを元の場所に戻し、自分の涙腺が緩んでいるのを自覚した祐司が、目頭を押さえながらソファーへと戻る。


(うわ、まずい……。何かちょっと感動して泣きそうだ、俺。ちょっと落ち着け。いきなり泣き出したら、姉貴に不審がられるだろうが!)
 祐司にとっては幸いな事に、気合を入れてなんとか平常心を取り戻してから、貴子が両手でトレーを持ってリビングにやってきた。


「お待たせ。食べましょうか」
「ああ、うん」
 そしてダイニングテーブルで向かい合って食べ始めたが、いつもとは違って無口な異父弟に、貴子は再び怪訝な顔になった。


「何か今日は無口ね。好みの味付けじゃなかった?」
「いや、そう言うんじゃなくて……、ちょっと味わって食べてるから」
「そうなの? 最近、あんたも孝司も何となく変よね」
「そうか? 段々暑くなってきたからかも」
「天気のせいにしないでよ」
 苦笑いした貴子はそれ以上は口にせず、祐司と共に食べ終えた。そして貴子は食器を持ってキッチンに向かい、テーブルに一人取り残された祐司は、密かに考えを巡らせる。


(さて、どういう風に話を持って行くべきかな?)
 そうこうしているうちに、貴子が櫛型に四等分した西瓜を、皿に乗せてやってきた。


「ちょっと大きめに切ってみたわよ? 食べられない大きさじゃ無いと思うし」
 その形を見た祐司が、思わず子供の頃を思い出して相好を崩す。
「ははっ、四分の一か。この形、懐かしいな。子供の頃は良く皆で四等分して、少しでも大きいのを取ろうとして孝司と取っ組み合いして、一緒にかぶりついててさ」
「……そうでしょうね」
 相槌を打った貴子だったが、心なしか低い声だった事に気付いた祐司は、自身の迂闊さを呪った。


(失敗した……。姉貴は家族で切り分けて食べるなんて事、した事ないんだよな)
 咄嗟に次の言葉が浮かばず、困った祐司だったが、貴子は何でも無い様に会話を続けた。


「一応、フルーツ用のスプーンを持ってきたけど、かぶりついても良いわよ? 布巾も持ってきましょうか?」
「いいから。流石に、もう子供じゃないし」
「そう? じゃあ、いただきます」
「いただきます」
(何となく気まずい……。迂闊に、微妙な話題を出せない雰囲気だが、ここでおめおめと帰れないぞ)
 ザクザクとスプーンで西瓜をすくいながら、密かに気合いを入れた祐司は、思い切って壁際を指差しつつ口に出した。


「えっと、姉貴。さっきから気になってたんだけど、あそこに置いてあるぬいぐるみ、姉貴が買ったのか?」
「え?」
 唐突にそう問われた貴子は、すっかり忘れていた事実に気が付いた。


(しまった! うっかりしてたわ。祐司が来るなら、あれはしまっておくべきだった。あれを選んだのは綾乃ちゃんってあいつが言ってたから、彼女と付き合ってる祐司が、これの話を聞いている可能性があるのに)
 心の中で動揺しつつも、貴子はそれを微塵も面には出さなかったが、祐司が更に困惑する事を言い出す。


「ちょうど食べ終わったし、ちょっと触ってみても良いかな?」
「え、ええ。構わないわよ?」
 怪しまれない様に、快く許可してみせた貴子だったが、スタスタと歩み寄った祐司が、問題のぬいぐるみを持ち上げ、凝視しながら僅かに首を傾げた為、貴子は肝を冷やした。


「ふぅん?」
(何? どうしてまじまじと見てるのよ? やっぱり誰から貰ったか、分かったのかしら?)
 貴子が密かに動揺していると、祐司はそこで徐に言い出した。


「なあ、姉貴?」
「何?」
「これ、背中がもふもふで、腹がツルツルだな」
「……そうね」
 撫で回しながら感想を述べた祐司に、貴子は静かに相槌を打つ。ここで祐司がまじまじと正面からぬいぐるみを見下ろし、ちょっとした疑問を口にした。


「それに……。なんだかこれ、どこかで見たような気がするんだが……」
(やっぱりばれた? ここはしらを切るべきかしら?)
 贈り主がバレた時の誤魔化す台詞を、貴子は頭の中で必死に考えていたが、そんな彼女の耳に、どこか嬉しそうな祐司の声が届く。


「このつぶらな瞳の可愛い所……、綾乃に似てる」
 それを聞いた貴子の口元が、ピクッと引き攣った。
「…………ふざけてるの?」
「悪い。つい本音が出た」
「惚気たかったら、よそでやりなさいよ!」
 真顔で振り返って堂々と述べた祐司に、貴子はこめかみに青筋を浮かべながら叱りつけた。そして苛立たしげな気持ちを、必死に押さえ込む。


(全くもう! 何を真顔で言ってんのよ! 焦ったじゃない!)
 しかしそんな苛立ちは、祐司の次の言葉で吹き飛んだ。


「ところで姉貴、このぬいぐるみ、誰からの貰い物?」
「それは……」
「姉貴? どうかしたのか?」
 瞬時に頭が冷えた貴子が口ごもると、祐司が怪訝な顔になった為、ボソッと言い返した。


「……自分で買ったのよ」
「そうなのか? でもさっき俺が『買ったのか?』って聞いた時、何も言わなかったから、てっきり誰かから貰った物かと思ったんだが」
「私がそういう前に、あんたが『触って良いか?』って聞いたから、言いそびれただけよ!」
「そうなんだ」
 強い口調で主張すると、祐司はそれ以上絡んで来る事は無く、ぬいぐるみを置いてテーブルに戻って来た。それに貴子は安堵したが、祐司は話を続ける。


「でも姉貴、あのぬいぐるみを随分気に入ってるんだな。今まであの類の物なんて、飾った事は無かっただろう?」
「まあね。好みは人の勝手でしょ?」
「別に、文句を言ってるわけじゃ無いさ」
「じゃあお茶を淹れてくるから、ちょっと待ってて」
「ああ」
 なるべく自然な流れを装って会話を終了させた貴子は、立ち上がってキッチンに向かった。そしてそれぞれ一人になってから、姉弟共に溜め息を吐く。


(勘弁してよ。突っ込まれるかと焦ったじゃない)
(気に入ってるとは認めたし、まあ良いか。綾乃にも、後から教えてやろう。しかし榊さん、策士だな……)
 貴子がお茶を淹れて戻ってきてからは、祐司は必要以上に姉を刺激しないように話題を変えた。


「ところで姉貴、今月の予定は? 来月のお盆は、やっぱり家に顔を出すだろ?」
 すると貴子は、若干申し訳無さそうに口を開いた。
「そのお盆だけど……、後半はちょっと出かける予定があるから、早めに切り上げるわ。一泊はさせて貰うけど」
 それを聞いた祐司は、途端に期待に満ち溢れた目になる。


「旅行? 誰かと出かけるのか?」
(ひょっとして榊さんと!? よりを戻したのか、戻す為の旅行か? でも姉貴、絶対口を割らないと思うから、無理に問い詰めずにスルーしておかないと)
 ウキウキしながらお茶を飲んだ祐司だったが、ここで予想外の名前が出てきた為、危うくお茶を吹き出すところだった。


「ええ、芳文と二泊三日で山に行ってくるの」
「ああ、葛西さんと山に……、ってちょっと待て、姉貴!!」
 ガコッと音がする位乱暴に、テーブルに湯飲み茶碗を置いた弟に貴子は目を丸くしたが、祐司はそんな戸惑いに構っている余裕は無かった。


「何よ? 急に大声出して。びっくりするじゃない」
「いや、だって、葛西さんと旅行って、何で?」
「何でって……、『夏休みと言ったら家族旅行だろう』って言われたから」
「はぁ?」
 姉から平然と言われた言葉に、祐司は更に狼狽した。


(それって、何なんだ? 確かに兄妹設定って話は聞いたけど、それなら別に変に気を回す必要は無いのか? だけど、この事を榊さんは知ってるのか? いや、そんな事より)
 色々考えているうちに、ある事実に気がついた祐司は、瞬時に頭が冷えた。そして静かに問いを発する。


「その、姉貴?」
「何?」
 きょとんとして尋ね返してきた貴子の顔を凝視した祐司は、何故か気まずそうに自分から視線を逸らし、小さく息を吐いた。


「……いや、何でもない。気にしないでくれ」
「何なの? 最近、孝司もあんたも、何か変よね」
 若干気分を害した様に文句を言った貴子だったがすぐに怒りを静め、それから暫く祐司と他愛もない馬鹿話などをして、それなりに楽しく過ごした。
 そしてひとしきり会話を楽しんだ祐司は、貴子に礼を言ってマンションを出てからすぐ、孝司に電話をかけ始めた。すると相手もそれを待っていたのか、何コールもせずに応答してくる。


「孝司、見て来たぞ」
「どうだった?」
「ちゃんと飾ってあったぞ。綾乃一押しのぬいぐるみ」
「うわ、マジ? ちょっと感動ものだな。榊さんって、ちょっと怖いけど偉大だ」
「同感だ」
 挨拶もそこそこに切り出した話題に、弟が食い付いたのを確認してから、祐司はさり気なく次の話題を切り出した。


「ところでお前、姉貴が葛西さんと泊りがけで旅行に行く話、知ってたか?」
「……それは初耳」
 一瞬の沈黙の後返された言葉に、祐司は思わず溜め息を吐く。


「だよなぁ……。それを榊さんが知ってるかどうか、俺から葛西さんに確認してみる。それと、今度家族旅行に行くぞ」
「は? いきなり何だよ」
 唐突に変わった話題に、孝司は怪訝な声になったが、祐司は淡々とその理由を説明し始めた。


「考えてみれば、家族全員で旅行って、俺達が中学の頃までだったんだよな。それ以降は休みが合わなくなったり、都合が付かなくなって揃って出掛けにくくなったり、行きたい所も違ってきて俺達はダチと好き勝手に出かけたり、夫婦だけで出かけたりしてただろ?」
「そうだなぁ……。だけどどこの家だって、そんなもんだろ?」
 まだ不思議そうに問い返してくる弟に、祐司は言い聞かせた。


「だから、姉貴が時々家に来る様になった時期には、もう家族全員で旅行する様な事も無くなってたから、姉貴を誘ってどこかに泊りがけで出かけるなんて事もしてなかったんだよ。今の今まで、すっかり失念してたが」
 それを聞いた孝司は、電話越しに納得した様な声を出してきた。


「言われてみればそうだな。分かった。今度の年末年始とかにでも、姉貴を誘って皆で出かけるか?」
「年末まで待たなくても、お盆の時期とかはもう無理だろうが、秋以降に連休とかあるだろ。前後に休みを入れれば、どうにでもなるんじゃないか?」
「なるほど。それもそうだな。季節も良いし」
「じゃあ、その方向で親父達に話を通しておいてくれ。五人分の旅費は俺が出すから」
 さくさくと話を纏めていく祐司に、ここで孝司がからかい混じりの声を上げる。


「お! 祐司、太っ腹! どういう風の吹き回しだよ?」
 それにも祐司は、すこぶる冷静に話を進めた。
「葛西さんが『兄妹で行くんなら家族旅行だ』と言った云々の話を聞くまで、姉貴と一緒に旅行した事が無かった事も、恐らく姉貴が家族旅行なんてものをした事が無かっただろう事にも、全然気が付かなかったからな。実の弟としては立場が無いだろ」
 それを聞いた孝司が、一転して神妙な声で応じる。


「確かにな……。もし今後、姉貴が榊さんと結婚する事になったら、余計に俺達が家族旅行なんかするのも、難しくなるか。よし、俺も少しは出す」
「そうだな。お前、自分の分位は出せ」
 素っ気なく言い切った祐司に、孝司が笑いを堪える口調で言い出す。


「うわ、何か物凄く、見くびられてる気がするぞ?」
 それに祐司は、はっきりとした笑い声で答える。
「分かってるじゃないか。それじゃあな」
「ああ、親父達には俺から話をしておく」
 そして最後は笑顔で弟との会話を終えた祐司だったが、スマホをしまい込みながら「さて、どうなる事やら」と物憂げに呟き、今後の展開について真剣に考え込んだ。



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