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ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第28話 謎

 春先からの貴子の交友関係に頭を悩ませていた祐司と孝司は、七月初めの日曜日に、彼女のマンションに揃って出向いた。


「あの二人と会ってから、あっという間に二か月近く経っちゃったけど、一体どうなってるんだろうな~」
「だから様子見も兼ねて、今日出向いてるんだろうが。お前その後、何か聞いてるか?」
 最寄駅から並んで歩きながら問いかけてきた兄に、孝司が淡々と答える。
「特に変わった事は何も。新しい男ができたって話も無いし。毎日榊さんからのメール転送は続けてるけど」
 それを聞いた祐司は、思わず溜め息を吐いた。


「だけど直接のアプローチは皆無って……。それとメールの内容は、一応確認してるんだよな?」
「そりゃあ姉貴が怒る内容だったら、流石に拙いからしてるさ。だけど件名が一文の他は、普通に小説の一部だし」
「本当に、何考えてるんだろうな、榊さんって……。姉貴に対しても時々感じる時があるが、頭が良過ぎる人間の思考パターンって良く分からないぞ」
 しみじみと愚痴めいた呟きを漏らした祐司に、孝司が怪訝な顔を見せる。


「ただ単に、取り敢えず自分からのメールを無視できない様に、面白そうな小説を付け足してるだけだろう?」
「だって小説の他は、件名の所に一文だけ付けてるんだろ? それでどう姉貴と意思疎通を図るって言うんだ?」
「中継する俺の目に入る事は必至だから、凡人には分からない暗号仕立てとかになってるんじゃないか? 俺は『シャープペンは0.7』とか『百鬼夜行』とか『オムライスのデミグラスソース』とか見ても、全然意味分かんないけど。そこは東成大法学部出身者同士、何か通じる所があるとか」
 すこぶる真顔で訴えてきた孝司に、祐司は僅かに頭痛を覚えた。


「孝司……、姉貴は中退だし、間違ってもそれに深い意味は無いと思うぞ? 絶対考え過ぎだ」
「それよりさ、俺この前から、小説の中身の方が気になってるんだよな……」
「はぁ? そっちの方に何か意味があるのか?」
 珍しく神妙に孝司が言い出した為、祐司も思わず顔付きを改めて問い掛けた。すると孝司が真剣な顔付きのまま、思っていた事を口にする。


「先週、遊歩道のヌシのトラ猫と一緒に行方不明になった、体内に何かのマイクロチップを埋め込んだハムスターが物語の鍵だと思うのに、その行方が一向に分からないから毎日気になってしょうがないんだ」
「ハムスターじゃなくて姉貴の事を心配しろ、この馬鹿野郎!!」
「いや、だってさ! 姉貴の事は、もうなるようにしかならないんじゃないか!?」
 そこで思わず切れてしまった祐司が孝司の肩を掴んで揺さぶりながら絶叫した為、二人は周囲の通行人の視線を浴びてしまい、それに気が付いた二人は慌ててその場を後にした。


「お待たせ。さあ、召し上がれ」
 出向いた貴子のマンションで、待たされる事少し。テーブルに次々皿を並べていた彼女から声をかけられて、歓喜の叫びを上げた孝司は勿論、祐司も笑顔になって軽く頭を下げた。
「わ~い、姉貴いただきます!」
「いただきます。今日はベトナム料理なんだ」
「最近詳しい人に、色々教えて貰ってね。祐司に持たせるお惣菜が和食中心だから、お昼は違う方が良いかと思って」
「ああ、ありがとう」
 姉の気遣いに感謝した祐司の隣で、孝司が料理を頬張る合間に貴子に話しかける。


「姉貴、この牛肉のフォーうまっ!! 海老と蒸し鶏の生春巻きも甘辛さが絶妙だし、タコのカルパッチョもハーブが効いてるよな。あ、シュリンプトーストもう少しある?」
「はいはい、お代わり前提で作ってあるわよ。最後のデザートまで食べていってね?」
「やった!」
 追加を持って来る為に、苦笑して立ち上がった貴子がキッチンに入ったのを見て、祐司は弟に囁いた。


「おい、孝司。お前マジで食べる事に専念してるだろ」
「当ったり前だろ? 食べ物に対して失礼じゃないか」
(駄目だ。こいつは当てにならない……)
 早くもここに来た本来の目的を忘れ去っている孝司に、祐司は頭を抱えたくなった。しかし気を取り直し、皿を手に戻って来た貴子が食事を再開してから、慎重に声をかけてみる。


「姉貴、どう? 最近仕事の方は」
「順調よ。だけどそろそろテレビ関係の仕事は、止めようかと思ってるけど」
「そうなんだ……。それじゃあ、葛西さんとはどうなってるんだ?」
 そんな風に《本題その1》を口にした祐司に、貴子は怪訝な顔で問い返した。


「どうって?」
「いや、その……。紹介したのは俺だし、その後付き合ったりしてるのか気になってたから……」
 もごもごと弁解した祐司に、貴子が事も無げに告げる。
「言ってなかったかしら? 『お兄ちゃん』になってくれたけど」
「はい?」
「だから、私が芳文の『妹』になったの」
「悪い……、分かる様に説明してくれ」
 思わず懇願口調になってしまった祐司に、貴子は小さく肩を竦めて説明を続けた。


「私は女としては対象外だけど、ツンデレ妹としてはストライクなんだそうよ。ある意味病んでるわね。ドS兄の役回りがぴったりだわ」
「……益々理解不能だ」
 本気で呻いた祐司だったが、ここで食べるのを中断した孝司が、興味津々で尋ねてきた。


「へえ? 姉貴が妹役なんて、全然想像付かないけど。じゃあさ、葛西さんと二人で会ってる時、兄妹としてどんな風に振る舞ってるわけ?」
「どんな風にって……。なんか芳文が言うには『妹は兄に可愛がられて甘やかされるべき』なんですって」
「それで?」
「最低でも一時間に一回は『おねだり』をしなくちゃいけないとかで」
「……なんか葛西さんって、ちょっと歪んだ兄妹観を持ってる様な気がしてきた」
「祐司は黙ってろよ。それで? 具体的には姉貴は葛西さんにどんな『おねだり』をするわけ?」
 その孝司の問いかけに、貴子は首を傾げて考えつつ答えた。


「そうね……、例えば喫茶店に入って、メニューを見るじゃない?」
「ああ」
「それでパフェの写真を見て食べたいなと思っても、食事の直後だったり、男連れの時には頼まないで、飲み物だけにするわ。幾ら食べたくても無理にお腹に詰め込む趣味は無いし、大口開けてパフェを食べるなんて、《宇田川貴子》のキャラじゃないし」
「だよな~」
「じゃあ葛西さんと一緒の時は違うのか?」
 孝司が当然の様に相槌を打ち、祐司が不思議そうに尋ねると、貴子はサラリとその場面の光景を口にした。


「その時は芳文に『パフェを食べたいけど、1人だと食べ切れないと思うから、お兄ちゃん一緒に食べて?』って言うわけ」
 突然体の前で箸を両手で握り締めつつ、にっこりと笑みを浮かべた貴子がそう告げた途端、弟二人は揃って固まり、箸を取り落とした。そして沈黙の中カシャーンという箸の落下音が響き、貴子が気分を害した様に続ける。


「……何よ。自分でも可愛く無いのは分かってるわよ。大体祐司。あんたが変な奴に絡まれたお陰で、私が毎回こんな羞恥プレイさせられてるって言うのに、その反応は何?」
 そう不機嫌そうに言ってから食事を続行させた貴子に、祐司は慌てて弁解した。


「いや、そうじゃなくて! 可愛くないとか言ってないから! 十分可愛いと思うし! と言うか、今のはちょっと意外過ぎてびっくりしただけで!」
「適当な事言わないでよ。昔から『可愛げがない』とは散々言われてるけど、『可愛い』なんて言われた事無いもの」
「ちょっと待て姉貴! 『可愛いか可愛くないか』と『可愛げが有るか無いか』って、かなり違うと思うぞ!?」
「どうして?」
「どうしてって……」
 孝司も慌てて口を挟んだものの真顔で問い返され、思わず絶句する。そこで祐司が、殆ど気合いだけで会話を続行させた。


「でも姉貴、これまで自分の事を美人だって言ってただろう?」
「当然よ。世の中渡っていくには、使える物は何でも使わないと駄目でしょう? 二十歳過ぎてから気合いを入れて、スキンケアとメイクを研究したんだもの。美人じゃない方がおかしいわ」
 堂々とそんな事を言い切った貴子に、弟二人は顔を見合わせてボソボソと言い合った。


「それじゃあ、何か? 姉貴は自分の事を『全然可愛くない化粧で何とかみられる美人』で認識してたのか?」
「そういう事だよな。それで『美人に似合わない可愛い言動』とやらを、無意識に封印しちゃってたとか?」
「封印してて良かったかも……。さっきのあれを所構わずやってたら、男絡みのトラブルは今の三倍は発生してたぞ」
「同感」
「ちょっと。何をボソボソ話してるのよ」
 本気で腹を立て始めた貴子に、祐司は慌てて話題を変えた。


「その……、そうすると、さっきの様な事は、榊さんの前ではやった事が無いとか?」
 殆ど自棄で《本題その2》を祐司が口にした途端、貴子の眦が吊り上った。


「当たり前でしょう!? 何であいつに向かって『行きたい所があるんだけど』とか『これを買ってくれない?』とか『久しぶりのデートなのに、腕位組んでくれなきゃやだ』とか、上目遣いで言わなきゃいけないのよ!!」
「葛西さんには言ってるんだ……」
「一時間に一回……」
 思わず揃って遠い目になってしまった弟二人に、貴子は益々吠えた。
「誤解しないでよ!? 私だって好きでやってるんじゃないだから!!」
 うっすらと頬を紅潮させて主張する姉を眺めながら、祐司達は再度顔を寄せて囁き合った。


「何だかんだ言いながら、姉貴、葛西さんの言いなりになってるって事だよな」
「葛西さん、怖過ぎる……。あの姉貴のキャラを崩壊させるなんて」
「さっきの榊さんについての話も、今までだったら『当たり前でしょう』の一言で、淡々と終わらせてたよな」
「あんな風に赤くなってる姉貴、初めて見たかも。絶賛人格改造中?」
「さっきから何を二人で話し込んでるのよ! 言いたい事があったらはっきり言いなさい!」
 苛立った表情で貴子が叱り付けた為、孝司が勢い良く片手を上げながら、反射的に気になっていた事を口にした。


「じゃあ姉貴、質問! 毎日俺から転送してる、榊さんのメールの意味は何か教えて下さい!」
「そんなの知りますか!! 毎日毎日、意味不明な件名付きでぶつ切りで小説を送り付けて、何考えてるのよ!? 今日なんか『紫外線照射量』よ!? どんな意味があるって言うの! 確かに今は紫外線が一番多い季節よ。でもだから何? スキンケアの方法を教えてやるとでも言うわけ? 野郎にそんな事で教えを乞うつもりはないわよっ!!」
「姉貴、ちょっと落ち着こうか」
 段々錯乱じみてきた貴子を祐司が呆れ気味に宥めたが、貴子は目を見開いて益々声高に叫んだ。


「大体あの小説も、先週遊歩道のヌシのトラ猫と一緒に、体内にマイクロチップを埋め込んだ物語の鍵だと思うハムスターが行方不明になってから、その行方について一向に触れてこないってどう言う事!? 毎日気になってしょうがないわ。全く、何の嫌がらせよ!!」
「…………」
「どうしたのよ。二人とも急に黙り込んで」
 勢い良くテーブルを叩いて怒りをぶちまけたものの、向かい側に座っている二人が無言で顔を見合わせた為、貴子は怪訝な顔になった。


「その……、やっぱり俺と姉貴って、血の繋がった姉と弟なんだなあって、ちょっと感動した」
「はあ?」
「俺は、二人とは血が繋がって無いかもしれない。一人だけ除け者っぽくて、ちょっとジェラシー?」
「あんた達……。何、訳の分からない事を言ってるのよ?」
 眉根を寄せて眺めてくる貴子を半ば無視して、祐司と孝司は再び声を潜めて言い合った。


「何だかんだ言って姉貴、榊さんの事、結構気にしてないか?」
「だよな。元々の姉貴の行動パターンなら、俺のアドレスを受信拒否まではしないものの、読まずに即刻消去だろ」
「葛西さんも怖いけど、榊さんも得体が知れないな」
「同感。さすが昔からのマブダチ同士」
「だから……、人の目の前でコソコソ内緒話をするのは止めなさい!!」
 そんな教育的指導が入った後は、祐司と孝司は当たり障りのない世間話に終始し、貴子も声を荒げる事無く過ごしたのだった。




「よう、今日も汗水垂らして国民の為に働いてるか? 公僕殿」
「似非医師以上に勤勉に働いていると思うが?」
「失敬な。俺はれっきとした医師免許保持者だぞ?」
「どこの国の発行の医師免許だ? 夢の国か?」
 待ち合わせた店の前で丁度出くわした二人は、顔を合わせるなりお約束の様に軽い皮肉の応酬をしてから、苦笑いして居酒屋の店内へと入った。そしてテーブル席に落ち着き注文を済ませてから、隆也が徐に口を開く。


「それで……、あいつはどんな感じなんだ?」
「うん? ツンデレ妹としてはストライクど真ん中だな。可愛がり甲斐がある」
「……何を言ってる」
「この間で、随分可愛くなったぞ? お前、ああいうのまだ見た事ないだろ?」
 グラス片手に笑いを堪える表情でそんな事を言ってきた芳文に、隆也は冷ややかな視線を向けた。


「芳文……、ふざけてるのか?」
「真面目な話なんだがな……。じゃあ、ちょっと見せてやるか」
「だから何を」
 何やら楽しそうに芳文がスマホを取り出し、手早く操作したと思ったら隆也の方に画面を向けた。それに目を向けた隆也が、瞬時に固まる。


「……なっ、何で私が、メイド服なんか着なくちゃいけないのよ!?」
「『お兄ちゃん』って呼ばれるのも楽しいが、偶には『ご主人様』って呼ばれてみたいからに決まってる」
 どうやら芳文は撮影しながら喋っているらしく、ディスプレイの中には顔を真っ赤にしてスカートを押さえながら、悲鳴じみた声を上げている貴子だけが映し出されていた。


「だからって、どうしてこんなミニ丈なの!?」
「なんだ、無駄毛処理の手を抜いてるのか? じゃあ勘弁してやるか」
「そんな事あるわけないわよっ!! 完璧にしてるわっ!!」
「じゃあ別に良いだろ。さあ、このまま外に行くぞ」
「ちょっと待って、冗談でしょ!?」
 伸びてきた芳文の手らしいものに手首を掴まれて、貴子は明らかに狼狽した。しかしそれに芳文の、すこぶる冷静な声が続く。


「本気に決まってる。俺の可愛い妹を、世間の皆様に見せびらかす絶好の機だ」
「絶対に出ないわよっ!!」
 力任せに芳文の手を振り払った貴子だったが、ここで芳文が間合いを詰めたらしく彼女の姿が若干大きく映し出された。


「へえ? 貴子、お前今『絶対に出ない』とか言ったか?」
「いっ、言ったわよ! それが何!?」
「もっと違う言い方があるだろう? 言ってみろ」
 じりじりと後退しながら抵抗した貴子だったが、何歩か下がった所で顔を引き攣らせながらくぐもった声を出した。


「……っ、お、お兄ちゃん?」
「何だ? 貴子」
 機嫌の良さそうな芳文の声が響く中、目を閉じて息を整えていた貴子が、俯き加減のまま小声で訴えてくる。


「あの……、この格好で外を歩くのは恥ずかしいから、着替えさせて欲しいの」
「困った恥ずかしがり屋さんだな。とっても可愛いのに」
「お願い、お兄ちゃん」
 そう言って顔を上げ、涙目で訴えてきた貴子に、芳文は溜め息を吐いて苦笑気味に許可を出した。 


「しょうがないな。じゃあ着替えて良いぞ」
「……じっ、地獄に堕ちなさい! このドS野郎ぉぉっ!!」
 目の前の人物から許しが出た途端、貴子は怒りで顔を紅潮させたまま喚き立て、背後のドアを開け放って駆け出して行った。そこで動画が終わった為、隆也は額を押さえながら芳文に問いかける。


「芳文……、お前これを一体どこで、どういうシチュエーションで撮った?」
「いや~、顔なんか真っ赤になって、可愛いだろう? もう下手な男に渡す気が無くなった。俺以上の男じゃないと駄目だな、これは。だからお前も諦めろ」
 唐突な話の流れに、流石に隆也は顔を顰めた。


「……どうしていきなり、そんな結論に達する」
「だってお前、中学の時から俺に勝てた事無いだろ? 毎年学年五位以内に入ってたが、俺は万年一位だったし。女の数も年収も、お前より多いぞ?」
「喧嘩を売る気なら、定価の五割増しで買ってやる」
 本気で怒りのオーラを醸し出し始めた隆也だったが、再び芳文がはぐらかす様に話を変えた。


「冗談はさておき、随分打ち解けてきたとは思うんだが、ちょっと気になる事があってな」
「打ち解けてじゃなくて、あいつを弄んでるの間違いだろう」
 本気で貴子に同情した隆也だったが、芳文は真面目に話を続ける。


「昔はともかく、それなりに仕事で成果を出して社会的地位もそれなりにあるし、人間関係でも父方以外とは円満に交際してるし、親父との確執なんてとっくに割り切って消滅しててもおかしくないと思うんだが……」
「それは……、当時の記憶がよっぽど不快で腹立たしかったから、忘れられないんだろう?」
 戸惑いながらも隆也は順当に言葉を返したが、芳文は軽く指でテーブルを叩きながら、納得しかねる顔つきで独り言の様に告げた。


「まあ、それはそうだろうが……。幾ら鮮明でも、記憶ってのは徐々に薄れていくものだろ。それに付随する感情も同様とは言い切れないが。時々会話の合間に探りを入れてるんだが、どうやらあいつ、何か持ってる感じがする」
「持ってるって、何を?」
 全く意味が分からなかった隆也が不思議そうに尋ねると、芳文はその顔に視線を合わせて淡々と口にした。


「何か、未だに彼女の怒りを増幅させる物。弟君達の話を聞く限りでは、例の家政婦さんが辞めさせられた一件辺りが臭いと思う。あの二人に確認してみたが、貴子があの二人に聞かれてポツポツ昔の事を話した時も、その前後の事は話しても、その時の事だけは一言も喋ってないらしい。だからその時の事は家政婦さんから聞いた内容しか知らないそうだ」
 それを聞いた隆也は、顎に手を当てて考え込んだ。


「家政婦からの伝聞は有っても、あいつの主観を聞いた事が無い、という事か?」
「ああ、だからこそ、そこがターニングポイントだと思う」
「さっき、怒りを増幅させる物と言ったが、具体的には?」
「そうだな……。何か家政婦さんに貰った物とか、写真とか、事件の時の割れたガラスの破片とか、手当に使った布類とか。そんな普通あまりしまい込んだりしない物が、変な所に隠してあったりしなかったか?」
 何気なくそう問いかけられた隆也は、表情を消して短く答えた。


「悪いな。むやみやたらに他人の部屋を家探しする趣味は無い」
「言ってみただけだ。気を悪くするなよ?」
「分かってる。それで?」
 苦笑いした相手を隆也が促すと、芳文はここで真顔になって溜め息を吐いた。


「そういう毒にしかならん物は、妹思いの兄としては、即刻捨てさせたいんだがな。聞いても素直に吐かんだろう」
「そうだろうな」
「まあ、もうちょっと鋭意努力するさ。それこそ俺の腕の見せ所だろ」
 そんな事を口にして不敵に笑った芳文を見て、隆也は心底うんざりした表情になった。


「例え世界に医者がお前だけになっても、俺は一生お前にだけは診て貰わない事を、今決心した」
「つれないな。中学の頃から、お前の身体の事を一番良く知ってるのは俺だってのに」
 茶化す様なその台詞に、隆也が嫌そうに言い返す。


「他人が聞いている所で、今の様な事を言うなよ? 確実に誤解される」
「俺のやり方にケチを付ける前に、自分の方を何とかしろよ? 取り敢えず男避けだけはしておいてやるから」
「ああ、今ちょっと考えてる」
 そう言ってグラスを傾けた隆也に芳文は余計な事は言わず、それからは他愛のない会話を続け、二人は最後は笑顔で別れた。



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