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ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第24話 対策会議

「そう言えば、榊さんはどうして姉貴と腐れ親父の事を聞きたかったんですか?」
「それは……」
 取りあえず落ち着いて座ってから、ふと孝司が漏らした根本的な疑問に、祐司も無言のまま隆也に視線を向けた。対する隆也が何故か言葉を濁して黙り込んでいると、隣から笑いを堪える口調で芳文が口を挟んでくる。


「俺にもはっきり言わなかったが、多分こいつ、互いに毛嫌いしてても何かきっかけを作れたら、ひょっとしたら二人が和解できる可能性があるかもと考えていたんじゃないのか?」
「和解?」
「姉貴とあのろくでなしが?」
「…………」
 まだ無言を貫いている隆也の前で、祐司と孝司は一瞬怪訝な顔を見合わせ、次の瞬間どちらも真顔で主張してきた。


「いやいやいやいや、榊さん、それ天地がひっくり返っても有り得ませんから!」
「榊さんがそんなに楽天的かつ楽観的な考え方の持ち主だとは、夢にも思っていませんでした」
 孝司に力一杯否定され、祐司から幾分憐れむ様な眼差しを受けて、隆也は溜め息を吐いて断言した。


「今回、二人のこれまでの暗闘ぶりが良く分かったから、その考えはきっぱり捨てる事にする」
「そうして下さい」
「いや~、今のは本気で驚いたな」
 そんなやり取りをクスクス笑いながら眺めていた芳文だったが、会話が途切れた所で徐に言い出した。


「しかし、孝司君。さっきから君の話の内容を吟味しつつ言動を観察していたが、君が《料理研究家・宇田川貴子のオリジナル》だね?」
「はい?」
「オリジナル?」
「芳文、お前何を言ってる?」
 他の三人が途端に怪訝な顔をする中、芳文は淡々と自論を展開した。


「隆也から話を聞いてから、メディアに出ている宇田川貴子のイメージと照らし合わせてみたんだが、どうにも一致しなくて、その理由を考えていたんだ。君は人見知りしないし、友達が多いだろう? 友達が多いと言うよりは天然の人タラシで、殆ど敵を作らないでいつの間にか自分の陣地に引きずり込むタイプ。そして話好きだが、本当に周囲が嫌がる事は口にしない。そして面倒見が良くて、困っている人間に恩をきせずにさり気なくフォローできる」
「さあ……、自分では良く分かりませんけど?」
 本気で首を捻った孝司だったが、祐司には十分思い当る内容だったらしく、小さく頷いた。それを確認しながら話を続ける。


「君は直感が鋭いし、天然だから無意識にそれらをしているが、彼女は常に周りの視線を意識しながら、緻密な計算の上でそれをやってる。二人の違いはそこだな」
 そう端的に断定されて、祐司は慌てて芳文に確認を入れた。


「え? そうすると、まさか姉貴は自分の行動パターンを、孝司を手本にしてるって事ですか!?」
「俺はそう思うが。彼女、本来は内向的で猜疑心が強くて、融通がつかない位生真面目で、周囲に気を遣い過ぎて損をするタイプだろう?」
「確かにそうかもしれませんが……。姉貴、手本にするなら、どうしてもっとマシな奴を選ばないんだ……」
「うわ、祐司ひでぇ! ……でも本当に、何で俺?」
 驚愕の事実に本気で項垂れた祐司に文句を言ってから、孝司が真顔で尋ねた。その問いにも、芳文は平然と答える。


「彼女が観察してみたら、彼女の知り合いの中で君が一番周囲に好かれてて、友達も多かったからだろ?」
「確かにこいつ、無茶苦茶友達とか知り合いとか居て、家族も交遊関係のすべてを把握仕切れていませんが……」
 何となく納得しかねる顔つきで応じた祐司を見ながら、芳文が淡々と続ける。


「家で孤立してて、父親を見返す為だけに勉強してた様な学校生活送ってれば、友好な人間関係を築くスキルなんて、皆無だろうと思っただけだ。だが彼女、君を手本に選んで正解だったと思うぞ? 余計に歪む事が無かったみたいだからな。ある意味突き抜けた言動と、余計な行動力を身に付けたかもしれないが」
「……どうも」
「微妙過ぎる誉め言葉ですね」
 素直に喜べない様な表情で孝司が頷いてから、芳文はあっさり話題を変えた。


「さて、それで彼女のオリジナルの君に聞きたい。彼女はこれからどうすると思う?」
 そう問いかけらえて、孝司は流石に驚いた顔になった。
「それを俺に聞くんですか?」
「現に聞いてる。難しく考えないで、直感で答えて欲しいんだが」
「う~ん、俺だったらやられたらやり返すのが信条なんですが、この場合はな~。直接手を出された訳じゃないし……。取り敢えず憂さ晴らし?」
 取り敢えず口に出してみた孝司に、芳文は更に問いを重ねる。


「憂さ晴らしねぇ……、因みに彼女だとショッピング、ギャンブル、酒、男、どれに走るタイプ?」
 それを耳にした隆也は無言で僅かに顔を顰めたが、孝司はさらっと答えた。
「料理しまくって、作った料理をやけ食いかな?」
「……彼女の職業をすっかり忘れてたな。意外に健全過ぎる予測をありがとう」
 迷わずの即答された想定外の内容に、芳文はややたじろいだ。その為孝司が、弁解する様に付け加える。


「姉貴は無駄遣いはしないし、基本真面目だからギャンブルはしないし、ザルだから際限なく飲んだら身体壊すだけだって分かってるし、男の話は今のところしていないし」
「ちょっと待て、孝司。何だ最後の『男の話はしていない』って言うのは。まるで姉貴が付き合ってる男を変える度、お前に教えてたみたいな言い方だが」
「大体、教えて貰ってるから」
「何で!?」
「何でって、提案した以上は、やっぱり心配だから教えてくれって頼んだら、あれから姉貴、毎回律儀に報告してくれてるからな」
「提案って……。お前、まさか姉貴に関して、まだ何か話してない事が有るのか!?」
 孝司の台詞に引っ掛かりを覚えた祐司が横から盛大に突っ込みを入れたが、孝司は事もなげに答えた。


「さっき話した、姉貴が彼氏と友達に騙された話。あれを打ち明けた姉貴が報復行為を誓ってから、最後にボソッと『もう男なんかこりごりだわ』って愚痴ったから、『何言ってんだよ、姉ちゃんまだ二十歳だろ!? 今からそんな枯れた事言ってどうすんだ! この失敗を活かして、男を手玉に取る位じゃないと、この世知辛い世の中生き残れないぞ!』って慰めたんだ」
「慰めてるのか? それ」
 ぼそっと芳文が呟いたが、それは孝司の耳には届かなかった様だった。


「それでもまだ鬱々してるから、アドバイスしたんだ。『姉貴、男を顔で選んだから失敗したんだよ。あの宇田川の親父思い出して見ろ。一応東成大卒で頭はそこそこ、顔も何とか見られる、体格も貧相じゃない、親の遺産でそこそこ小金持ち。だけど性格の悪さで全部台無しだろ? 男の価値って性格の良し悪しに尽きるぞ?』って言ったら納得してた」
「あれは意外に頭も悪いし、如何にも陰険な顔付きだし、チビじゃないが格闘技なんてしてないだろうし、親から譲り受けた不動産も切り売りしてそろそろ手元不如意だろ?」
 心底嫌そうに顔を歪めながら祐司が細かく訂正を入れたが、それも綺麗に無視して孝司が主張を続けた。


「だから『これから男を見る目を養う為に、性格が良い事をベースに、頭が良い奴、顔が良い奴、身体が良い奴、金を持ってる奴のサイクルで選んで付き合ってみろよ。数をこなせばそのうち当たるから!』ってアドバイスしたんだ」
(二十歳の女が、男子中学生に恋愛指導を受けるってどうなんだ?)
 第三者の芳文と隆也は心の中でそんな突っ込みを入れたが、ここで祐司が怒りを抑え込んでいる様な声音で質問を繰り出す。


「孝司……、まさか姉貴、それを真に受けたりしなかったよな?」
「真面目に頷いて実行してたから、きちんと報告してくれたんじゃないか。因みに『性格の良い人って何を基準に判断すれば良いと思う?』とも聞かれたから、『別れても友人付き合いがしたいと思う人って考えたら?』と説明したら、早速実践して別れた元カレ全員と、今でも仲良く友達付き合い続けてるみたいだな」
「みたいだな、じゃねぇぇぇっ!! それじゃ何か? 陰でお袋がこっそり泣いてて、親父が本気で心配してた、顔を合わせる度話をする度男の名前が違ってた、姉貴の超高速サイクルの男遍歴は、お前の考え無しの発言のせいだったのか!?」
 再び怒りが振り切れたらしい祐司が弟に掴みかかって怒鳴りつけたが、孝司は気分を害した様に言い返した。


「俺なりに、ちゃんと考えた上でのアドバイスだったんだぞ? 姉貴、付き合い出してから何となく違うなと思った人にはすぐ『恋人じゃなくて友達の方が楽しく過ごせそうだわ』って断りを入れて、超高速サイクル故に身体の関係有った男は、付き合った男の総数の一割以下だし。変な病気も貰ってないからな」
「何でそんな事まで根掘り葉掘り聞くんだ!?」
「黙ってても姉貴が懇切丁寧に教えてくれた。お陰で高校の頃から耳年増だったよな~、俺」
「と言うか、そもそもそんな事、榊さんが居る場で口にするな!」
 思わず遠い目をしながら言った孝司を、祐司が顔を引き攣らせながら叱り付けた。しかし孝司は喉元を掴み上げられながら、隆也に向かって笑顔で確認を入れてくる。


「だって榊さん、大人だし。祐司と違って心広いし、別に気にしませんよね?」
「……ああ、別に」
「ほら! 榊さんだってこう言ってるだろ?」
「お前と本当に血が繋がってるのか、疑いたくなってきた……」
 他に言いようが無い為隆也が曖昧に頷くと、孝司は満面の笑みで兄に自慢げに言い聞かせ、その表情を見た祐司は、疲れた様に孝司の服を掴んでいた手を離し、畳に両手を付いて項垂れた。そして再び服の乱れを直して一息ついた孝司が、しみじみと言い出す。


「さっき言った様な訳で、街で偶然榊さんと出くわした時、凄く驚いたんです。榊さんと付き合ってるって姉貴から全然聞いて無かった上、毛嫌いしている警視庁のキャリアで、見た目良くて頭良さそうでいい身体してたので」
 その台詞に、隆也は僅かに眉を寄せて問い返した。
「そんなに意外だったのか?」
「はい、それにちょっと性格が悪そうで、これまでのパターンに当てはまりませんでしたし。……あ、だから姉貴からすると、本当に単なるセフレで付き合ってるつもりは皆無だったのかな? よくよく考えたら一方的に決裂して音信不通なんて、これまでの男との対応とも違うし……」
「…………」
 何やらぶつぶつと呟きながら考え込んだ孝司を見て隆也は無表情になり、祐司は頭痛を覚えながら芳文に話しかけた。


「葛西さん……、さっきこいつは他人を不愉快にする言動をしないとか何とか言ってましたが、撤回する気はありませんか?」
「ちょっとしたくなってきた。……まあ、何はともあれ、今の彼女の精神状態を確認したいんだが。いきなり無関係な俺が押しかける訳にもいかないし、どうしたものかな……」
 そして芳文も自問自答してから、祐司達に尋ねた。


「君達、どちらか近いうちに、彼女と会う約束とか無いかな? ちょうど連休に入るし」
「いえ、俺はちょっと予定が立て込んでまして」
「連休と言わず、今日『飲み過ぎて家まで帰れないから泊めてくれ』って頼んじゃ駄目ですか? これまでも時々、突発的に姉貴のマンションに泊めて貰ってましたし」
「勿論それで構わないよ?」
 申し訳なさそうに祐司が断りを入れたが、孝司はあっさりと了承した上で提案してきた。それに芳文が頷いた為、孝司は早速話を進める。


「それで、姉貴と会ったらどうすれば良いんですか?」
「そうだな……、最近はどれ位前に泊めて貰った?」
「ええと、2ヶ月位前ですね」
「その位の期間なら好都合だ。室内でその時と変わった事が無いかどうか、確認して欲しいんだ。何かずっと使っていた物が無くなってたり、逆にこれまでだったら選択しえない物が増えたりしてないか」
「はあ、分かりました」
 素直に頷き、以前に訪れた時の部屋の様子を軽く思い返し始めた孝司に、芳文が質問を続ける。


「それから彼女はピアスをしているか?」
「いえ、してません。何か『穴を開けるのが怖いから』とか、冗談みたいな事を言ってて」
「じゃあピアスを付け始めていないかどうかの確認と……、できれば身体に傷ができていないかも、確認したいんだが」
「え?」
「それって……」
「おい! まさかあいつが、自傷行為に走ってるとか言わないよな!?」
 祐司達は怪訝な顔付きになったが、芳文が何を言いたいのかを悟った隆也は、瞬時に顔色を変えて芳文に迫った。対する芳文は、ちょっと肩を竦めただけで冷静に答える。


「適度にストレス発散してれば、問題ないんだがな。やり場の無い怒りが、どこに向くタイプか分からんし、一応念の為だ。あ、後冷蔵庫の中身とかのチェックも宜しく。摂食障害とかで外で仕事で調理してても、自宅で作らなくなるって事もあり得るし」
「洒落になりませんよ……」
 思わず溜め息を吐いた祐司だったが、孝司は素早く気持ちを切り替えたらしく、芳文に確認を入れてきた。


「じゃあとにかく、姉貴に泊めて貰う様に頼んで、今葛西さんに言われた内容を、確認すれば良いんですね?」
「ああ、頼む。あと実際に知り合うきっかけを作りたいが、その方法はまた考えるから、後日協力して欲しい」
「分かりました。じゃあ早速電話っと」
 そして自分の携帯を取り出した孝司は、他の人間にもやり取りが聞こえる様に、ハンズフリー設定にして貴子に電話をかけ始めた。そして相手が電話に出たのを確認した途端、意識的にこれまで喋っていた時よりも大声、かつ陽気な声で、掌の中の携帯に向かって喋り出す。


「もしもし~、姉貴~? 愛しの弟、孝司君どぇ~っす!」
 すると予想に違わず、呆れた口調で貴子が返してきた。
「ちょっと孝司、酔っ払ってるわけ? 随分ご機嫌じゃない」
「そうなんだよ~。気持ち良く酔ってるってのにさ~、祐司の奴、泊めてくれないんだぜ? 酷いよな~、泣いてやるぅぅぅっ!」
 そうして孝司は泣き真似をしたが、間近で見れば嘘くさいそれも、電話越しではそれ程違和感を感じなかったらしく、貴子はちょっと驚いた様に尋ねてきた。


「え? 今、都心で祐司と飲んでるの?」
「そうなんだ~。ここからだと、祐司のより姉貴のマンションの方が近いから泊めて~。『お前の世話なんかするか!』って、祐司が冷たいんだよ~」
 その哀れっぽい訴えに、電話の向こうで溜め息を吐いた貴子が、苦笑しながら了承の返事をしてくる。


「どれだけ飲んだのよ……。分かったわ。遠慮なくいらっしゃい。朝食は和食で良いわね?」
「うん、やっぱり朝は米の飯だよな! サンキュー、姉貴。お礼に今日は背中を流してやるから」
 ヘラヘラと笑いながら孝司がそう口にした瞬間、隆也と芳文は無言で驚いた様に目を見張ったが、祐司は容赦なく弟の頭を拳で殴りつけた。


「いきなり何を言い出すんだお前はっ!」
「いって! 何すんだよ! 姉貴へのささやかな感謝の気持ちを、表現してみただけだろ!」
「横から怒鳴らないでよ、祐司。せっかく孝司が申し出てくれたのに」
「笑い事じゃ無いだろ姉貴!」
 ハンズフリー設定のせいで弟達のやり取りが丸聞こえだった貴子は、くすくす笑って祐司を宥めた。そして口調を改めて、孝司に向かってゆっくりと話しかけてくる。


「じゃあ孝司、今夜は一緒にお風呂に入りましょうか? お返しに、お姉ちゃんを気持ち良くさせてくれるんでしょう?」
 貴子も悪乗りして、妙に艶っぽい声でそんな事を言ってきたが、それを聞いた途端、何故か孝司は真顔になって押し黙った。そこで急に無言になった為、訝しんだ貴子が「孝司? どうかしたの?」と呼びかけてくると、孝司は真剣な表情のまま声を絞り出す。


「…………姉貴」
「何?」
「姉貴の欲求不満を解消してあげたいのは山々なんだけどさ……、今、裸の姉貴に迫られた場面を想像してみても、姉貴相手だと勃ちそうにないんだ。お役に立て無くてホントごめん……って、痛いぞ! 何で二回も殴るんだよ!?」
「お前が阿呆な事ばかり言ってるからだろうがっ!!」
「何だよ!! 俺はこれ以上は無い位、真面目に悩んだのに!!」
「そもそもそんな事で悩むな!!」
 あまりの馬鹿さ加減に祐司が問答無用で孝司の頭を再び殴りつけ、抗議した孝司と激怒した祐司の間で口論が勃発した。そして電話越しに「あははははっ!!」と貴子が爆笑している声が伝わり、一気に室内が騒々しくなる。その間芳文は必死に笑いを堪え、隆也は一人壁を眺めながら現実逃避していたが、何とか笑いを抑えたらしい貴子が、電話越しに弟達を窘めてきた。


「こら、孝司。あまり馬鹿な事言ってるんじゃないわよ? 危ない近親相姦の気があるなんて思われたら、以前聞いた香月さんとやらに愛想尽かされるから」
「……気を付けます」
「祐司もそんなに怒らないで。孝司はもう少し、酔いを覚ましてからこっちに来た方が良いわね。階段から転げ落ちたら大変だし。そこら辺までは面倒を見てよ?」
「ああ、分かった」
「じゃあ、孝司にはお風呂とお布団の準備はしておくからって伝えて。それじゃあね」
 二人揃って貴子の言葉に神妙に頷いてから、祐司は通話を終わらせようとした貴子に慌てて呼びかけた。


「あ、ちょっと待った、姉貴!」
「何? 祐司、どうかしたの?」
「ちょっとした確認なんだけど、榊さんと仲良くしてるのか?」
 ちらっと隆也に視線を向けつつ、しらばっくれて問いかけた祐司に、貴子は途端に不機嫌な口調になって言い返してくる。


「……何であいつと『仲良く』なのよ?」
「だって付き合ってるんだろ?」
「最初からしてないわよ、そんな事! お母さんと高木さんにも、ちゃんとそう言っておきなさいよ!?」
「そうなんだ。じゃあ今フリーなら、ちょっと男を紹介しようと思って」
「はぁ? いきなり何を言い出すのよ?」
 唐突過ぎる話題の転換に、流石に戸惑った声を出した貴子だったが、祐司は今度は芳文に視線を向けながら話を続けた。


「いや、結構面白い人と最近知り合いになって。道を歩いててぶつかって、因縁付けられたんだけど」
「祐司……、それで面白い人呼ばわりって、人が良すぎると思うわ」
「いや、話してみたら話題豊富だし頭切れるし。だけど手先が物凄く不器用で、医者のくせに注射や点滴がド下手で、針が血管突き抜けて内出血するわ筋肉に刺さるわ、切開すればきちんと縫合できなくて傷口が化膿するわで、実習の時に『お前は外科にだけは行くな』って周囲の全員から言われて、内科と心療内科のクリニック立ち上げちゃった人」
「そんな人に、診て貰いたくないわね」
 そんなとんでもない事を祐司が口にした途端、今度は隆也が笑いを堪える表情になり、芳文が無言のまま表情を消した。しかし通話に気を取られていた祐司は、二人のそんな変化には気付かず、平然と会話を続ける。


「でも人の心の中をざっくざっく切り刻むのは超得意だから、姉貴がその人をいたぶろうとしても、全く平気だからちょうど良いかなと。間違っても繊細な人間を、姉貴に紹介できないし」
「祐司? 自分の姉に対する認識を、少し改めた方が良いわよ?」
「そこら辺はまた改めて。それでどうかな? 今言った様な人に興味ある?」
 さり気なく尋ねてみると、貴子は少し考えてから事もなげに答えた。


「確かにちょっと面白そうね。会ってみても良いわよ?」
「そうか? じゃあ相手の都合を聞いてみて、また連絡する。それじゃあ」
 そして通話を終わらせた祐司が、携帯を孝司に返しながら半眼になり、呆れた様に言い出す。


「孝司、お前、さっきのあれは何だ?」
「いや~、言いたい事は分かるけどさ。ほら、風呂場でなら、手っ取り早く全身のチェックができるだろ?」
「少しは躊躇しろよ……。それから葛西さん、すみません。葛西さんの事、見た目通りの美形のエリート医師なんて言っても絶対姉貴は食いつかないので、適当にキャラ設定をしてしまいましたが、これで紹介する前振りはできましたので」
 そう言って真顔で祐司が謝罪したが、何故かここで隆也が堪えきれずに噴き出し、「あははははっ」腹を抱えて爆笑し始めた。常にクールなイメージを湛えている隆也のその姿に、祐司達は本気で驚いてしまう。


「榊さん、どうかしたんですか?」
 その問いかけに、何とか笑いを抑えた隆也は、隣で溜め息を吐いた芳文を指差しながら、楽しげに解説した。
「祐司君が言った事、実はその通りなんだ。こいつ超絶に頭良くて運動神経も人並み外れてるのに、何故か手先が信じられない程不器用でね。医学部の友人がさっき君が言った事と、まさに同じ事を言ってた」
 それを聞いた祐司は信じられない物を見る様な目つきで芳文を眺めてから、恐縮しきって頭を下げた。


「失礼しました……」
「いや、本当の事だから。どうやら彼女の興味は引けたみたいだし、構わないよ」
 もはや苦笑するしかできない芳文が宥める様に言って頷くと、孝司が話題を逸らそうと話しかけてくる。


「さて、それじゃあ姉貴のマンション室内に異常が無いかチェックして、気になった所を葛西さんに伝えれば良いんですよね。連絡先を教えて貰えますか?」
「ああ、そうだね。名刺のアドレスは仕事用だし、できればお互いに個人的な連絡先を交換しておこう」
 そうして互いに連絡先を交換した後は、すっかり疎かになっていた酒と料理を、四人でそれなりに楽しく雑談しながら堪能したのだった。


 一通り飲んで食べた後、店の出入り口で高木兄弟と別れた隆也と芳文はどちらからともなく誘い合い、以前行った事のある、そこから程近くのアイリッシュパブに足を運んだ。ビルの地下にあるその店に続く階段を下り、柔らかな色合いの照明に照らされているカウンターに腰を落ち着けると、芳文がさくさくと注文を済ませてしまう。それを黙って眺めてから、隆也は多少意地悪く尋ねてみた。


「勝手に注文するなら、当然お前の奢りなんだろうな?」
「ああ、振られて可哀相な親友に奢ってやらない程、心は狭くないつもりだぞ?」
「お前にそんな殊勝な考えができたとは、驚きだな」
 互いに辛口の応酬をしてから、二人は目の前に出されたグラスを静かに合わせ、ゆっくりと中身を飲み始めた。そして無言のまま何口か飲んでから、芳文が口元を緩めてしみじみと言い出す。


「しかしあの兄弟、本当に面白かったな」
「確かにな」
 否定できなかった隆也も、思わず苦笑いで応じた。
「それで二人とも、“お姉ちゃん”が大好きときてる。……お前に対して一見友好的ではあるが、正直『姉貴に近付く男は排除対象』なんじゃないのか? お前はまともな奴だから、我慢してるだけで」
「そうなのか?」
 僅かに顔を顰めた隆也を見て、芳文が呆れた様に笑った。


「そんな地味にショックを受けた様な顔をするなよ。彼女に関しては勘が狂いっぱなしらしいな、お前」
 冷やかす様にそんな事を言ってから、グラスを口に付けた芳文は、一口中身を含んで飲み干してから冷静に告げた。


「自覚してても兄の方は意識的に、弟の方は無意識に相手にそれと悟らせないあたり、八つ当たりして衝動的に着替え一式を送りつけてくる姉より、はるかに大人だって事だ。だから言っただろう? 頭だけ良くて中身はガキな女だって」
「……確かに、そうかもしれんな」
 素直に頷いた隆也と、それから暫く近況など話し合って小一時間飲んでいた芳文が、マナーモードにしておいたスマホがジャケットの内ポケットで振動を伝えてきた為、それを取り出しつつ席を立った。


「おっと、噂をすれば影だ。ちょっと話してくる」
 そう断りを入れてドアを開けて店内から出て行った芳文は、周囲に話を聞かれない様に階段を上がり、外まで出て行った。そして五分程で、何事も無かった様な顔で戻って来る。


「待たせたな」
「どうだった?」
「どうやって調べたかは分からんし、彼も言わなかったが、全身傷一つ無かったそうだ。深く考えるのは止めておけ」
「そうだな」
 小さく肩を竦めつつ端的に報告した芳文に、隆也は思わず笑いを誘われた。そんな友人を見ながら、隆也が淡々と続ける。


「それから、ゴミを確認したらマグカップが一つ割れてたのと、カレンダーが五月になってたらしい」
「カレンダー?」
 言外に、それが何か問題でもあるのかと訝しんだ隆也だったが、そんな彼に芳文が付け加えた。
「今日は何日だ?」
「四月二十七日だろう?」
 まだ何となく理解できずにいた隆也に、芳文は再び飲み始めながら説明を続けた。


「弟に確認したら、月が変わる前に早々とカレンダーを処分するタイプじゃ無いそうで、気になったそうだ。結構乱暴に破った跡があったそうだし。そのカレンダーは壁掛けで、日付毎に書き込めるスペースがある奴みたいだな」
 そう言われて、隆也は記憶にあるリビングの光景を思い浮かべた。


「ああ、確かにそんなのが有ったな、電話の横の壁に。それが?」
「四月のカレンダーに、何がどんな風に書いて有ったんだろうな。知りたくないか?」
 含み笑いで思わせぶりにそんな事を言われた事で、隆也は恐らくそこに自分に関する何かが書いてあったと、芳文が推察しているのが分かった。しかし隆也としてはその内容に見当も付かない為、相手から視線を外しながら、素っ気なく感想を述べる。 


「……四月に入ってから、そこには行ってないから知らないし、別に知ろうとも思わないが」
「そうか」
 すると芳文は、今度はその顔にはっきりとした笑みを浮かべつつ、隆也の不安を煽る様な事を口にする。


「さて、せっかく顔合わせも済ませた事だし、弟君達にもう一肌脱いで貰おうか。なんだか段々楽しくなってきたぞ」
「頼むから、あまり大事にはしないでくれ」
「それはあの外見オトナ、中身はガキの彼女次第だなぁ」
 そう言ってクスクスと笑い出した芳文を見て、(こいつに相談したのは早計だったかもしれない)と、隆也はほんの少しだけ自分の判断を後悔した。





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