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ハリネズミのジレンマ

篠原皐月

第6話 騒動の顛末

 そして隣で渋い顔をしている隆也に一瞬目を向けてから、貴子は素知らぬ顔で話を再開した。


「散々難癖を付けた挙げ句、『うちは付き合いが広くて、これ位の規模で披露宴をする必要があります。つきましてはそちらも相応の負担をして下さい』って、何百万かの費用額を提示されて、お母さんが頭を抱えてしまったそうなの」
 そこで思わず隆也が口を挟んだ。


「それは……、随分意地が悪いな。母子家庭だから一般的に金銭的に余裕のある暮らしではないだろうし、身内に犯罪者がいるなら親戚付き合いだって途絶えているだろう。借金の申し込みどころか、披露宴にも出席して貰えるかどうか微妙だぞ?」
「それが分かってるから表向き『結婚を認めてあげても良い』的な顔をしながら、えげつなく嫌がらせしてるんじゃない」
「そんなのと親戚付き合いなんかしてもろくな事無いぞ。結婚自体を止めたらどうだ?」
 はっきりと渋面になった隆也に、貴子は困った様に小さく肩を竦める。


「赤の他人がそんな事言っても。結婚相手本人は凄く良い人なんですって。『そんな事言うなら披露宴なんてしない』って両親相手に大喧嘩して揉めてる最中で、娘さんとお母さんは却って申し訳無く思ってるみたい」
 そこで何となく疲れた様に溜め息を吐いた隆也が、殆ど確信している口調で問いかけた。


「なるほど。それで元妻と娘の窮状を人伝にでも聞いたそいつが、手っ取り早く大金を手に入れる為に犯罪の片棒を担ぐ事にしたと、そういう訳か?」
「そんな所ね。それで今の打ち明け話を聞かされた後、『どうすれば良いと思う?』と聞かれたから、『止めておいた方が良いですよ』って言ったの。さっき話した息子さんの治療費を工面したい人に相談された時には、『やったら良いんじゃないですか?』って言ったけどね」
「は? 何で相手が違うと対応が違うんだ? それ以前に犯罪行為を唆すな!」
 一瞬戸惑った顔をしてから、すぐに気を取り直した隆也は貴子を叱り付けた。しかし貴子は悪びれなく言い切る。


「だって『命あっての物種』でしょ? それにその人はもう殆ど決心してて、誰かに最後の一押しをして貰いたかっただけで、仮に私が『止めた方が良い』と言っても裏金をちょろまかしてたわよ。断言できるわ」
「だからと言って最後に押すな!」
「だけど娘にお金を用立ててあげたいって人の方は、相談した段階で凄く迷ってて。ああいうタイプは一生隠し事とかできないだろうし、いつかは捕まったり妻子にバレると思うのよ。そうなったら娘さんが可哀想でしょうが」
「何で娘が可哀想なんだ?」
 急に話の流れが変わった事に隆也は戸惑ったが、貴子は真顔で続けた。


「だってそんな大金、ポンと見ず知らずの人間の名前で送金しても怪しまれるだろうし、自分の名前を出して『披露宴の費用に使ってくれ』と伝えなければ駄目でしょうが」
「常識的に考えればそうだろう?」
「長い間放っておかれた父親から費用を用立てて貰ったら、娘さんはその時は嬉しいだろうけど、それが犯罪行為で得たお金だと知ったらどう思うかしら? 真面目に働いて更正してると喜んだ分だけ、余計に裏切られた気分になるんじゃない? 結婚相手の家からも『そんな汚いお金で披露宴をしたなんて、いい恥曝しだ』とか言われかねないし」
 貴子はそう言って、二人で話し始めてから向かいの席で俯き、一言も発していない衣笠をチラッと眺めてから物言いたげに隆也の顔色を窺ったが、対する隆也も不自然でない程度に向かいの席に視線を向けてから、些かわざとらしく頷いた。


「なるほどな。お前の見立てではそっちの相談をしてきた方は、如何にも要領の悪い隠し事のできそうに無いタイプだから、いずれ事が露見するのを見越して止めておけと助言した訳か」
「そういう事。だけどやっぱり気になってね。汚いお金でもお金はお金だし、やっぱり披露宴の費用を都合付けてあげる様に言うべきだったかな~って。それでおじさんの意見を聞きたくなったの。おじさん、どう思う?」
「……俺、の?」
 いきなり話を振られた衣笠は、ビクッとしてから顔を上げて貴子に顔を向けた。そんな顔色の悪い衣笠に、貴子は無邪気とも言える笑顔を見せる。


「ええ。二人目の凄く迷ってた人が、おじさんと年格好も雰囲気も、凄く良く似てる人だったの。だから第三者的な立場から、今の話に関してどう思うか意見を聞きたくなって。どうかしら?」
「その……、俺、は……」
「うん、何?」
(白々しい奴、大体事情を察してるくせに。頭は良さそうだが少々意地が悪いぞ)
 ニコニコと微笑みつつ答えを促す貴子を見て、隆也は密かに呆れた。そして答えに窮している衣笠がどう答えるのかを多少の興味と共に黙って見守ったが、ここで我に返った様に衣笠が詫びを入れてくる。


「……ああ、すまないな、お嬢さん。そろそろ待ち合わせの相手が来る時間なんだ」
「あ、ごめんなさい、長居しちゃって! 五月蝿い迎えも来たし、これと一緒に帰るわ。色々話を聞いてくれてありがとう。凄く参考になったわ!」
 貴子が慌てて荷物を纏め、隣を指差しつつ立ち上がると、隆也はムッとしたものの引き上げ時を見誤る事無く、如才なく頭を下げた。


「お寛ぎの所、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、こっちも楽しかったよ。これからはあまり喧嘩するなよ?」
「はい、じゃあおじさん、さようなら」
「気をつけます。お世話様でした」
 ほっとした様に笑顔で別れの言葉を告げた衣笠に、二人も愛想良く笑い返して会計を済ませて外へ出た。するとドアを出た途端貴子が腕を絡めてきた為、隆也が嫌そうに振り払おうとする。


「おい、馴れ馴れしくくっつくな!」
「あぁら、まだ窓越しにあのおじさんが見てるから、恋人同士の小芝居に合わせてあげてるだけよ。最後まで役に徹したら?」
「このっ……」
 余裕たっぷりの表情で笑いかけてくる貴子に、隆也は怒声を抑え込み、そのまま歩き続けた。そして角を曲がって店から見えなくなった所で、貴子の手を振り払いつつ盛大に怒鳴りつける。


「もう良いだろう。手を離せ。とっとと失せろ!」
「言われなくてもそうするわよ。それじゃあね」
「全く、ろくでもない……」
 笑いを堪える表情で貴子がその場を立ち去ってから、隆也は注意深く店からの死角を選びつつ指揮車まで戻った。そしてドアを開けて仏頂面で乗り込むと、カメラとマイク越しに先程の一部始終を見聞きしていた部下達に、微妙過ぎる表情で出迎えられる。


「悪い、遅くなった」
「……ご苦労様です、課長」
「課長、本当に宇田川さんとは知り合いじゃ無いんですか?」
「くどいぞ、相川。それよりそろそろ相手が来る。集中しろ」
「はい」
 ピリピリしている空気を醸し出している隆也に下手な事が言える筈も無く、車内に沈黙が漂った。しかし1分かそこらで事態が動く。


「榊課長! 男が1人店に入ります!」
「よし、画像は撮れたな? 急いでデータベースにアクセスして解析にかけろ」
「了解しました」
「店内の捜査員はそのまま待機。決定的な受け渡し現場を押さえる。単に相席しただけだとか、後からほざかれたらたまらんからな」
「分かりました」
 隆也と桜田が矢継早に指示を出す中、解析技官の歓喜の叫びが上がった。


「出ました! 戸倉組の構成員で、藤川という男です」
「やっと釣れたか。その名前で大至急、通貨偽造等準備罪の容疑で逮捕状を請求しろ! 後で罪状は幾らでも追加できる!」
「手間かけさせやがって……」
「後は確実にブツとルートを押さえるぞ。念の為周囲に見張り役などもいないかチェックを怠るな!」
「はい!」
 そんな風に一気に活気に満ちてきた指揮車とは真逆に、もう一方の舞台である店内には奇妙な静けさが漂っていた。


「あんた、衣笠さんだろ?」
「ああ」
 一見、自由業と思われる、カジュアルな着こなしの四十代の男が、衣笠のテーブルに歩み寄って声をかけた。それに固い声で衣笠が応じると、苦笑いしながらその向かい側の椅子に腰を下ろす。そして近寄って来たマスターに珈琲を注文してから、衣笠に向き直って早速用件に入った。
「悪かったな。向こうで急に仕事を頼んだそうで。それでブツは?」
「……止めた」
 ボソッと呟かれた内容を聞きのがし、藤川は不思議そうに問い返した。


「あぁ? 今、何て言った?」
「あんたに渡すのは止めた。これを持って警察に自首する」
 隣の椅子に置いていたセカンドバッグを引き寄せ、しっかりと顔を上げて自分と対峙してきた衣笠に、藤川は愛想笑いをかなぐり捨て剣呑な視線を向けた。
「てめぇ……、何を言ってる」
「やっぱり美弥子に汚い金は渡せん。俺のせいで泰子共々散々苦労させたのに、結婚にケチをつけさせる様な真似は」
「寝言はいい。さっさとブツを渡せ」
 もはや議論する余地は無いと言わんばかりに藤川は衣笠の声を遮り、右手を自分の腰に回してスラックスに挟み込んでいた拳銃を、ジャケットの下から取り出した。そしてテーブルの下に両手を入れて安全装置を外し、不敵な笑いを見せる。


「痛い思いはしたく無いよな? このまま膝を打ち抜かれたいか?」
「…………」
 先程の微かな音が何かを悟って衣笠は蒼白になって固まったが、指揮車の中では怒号が湧き起こった。


「課長! セーフティーロック解除音です!!」
「銃刀法違反の現行犯逮捕だ。拳銃保持者には発砲を許可! 直ちに被疑者を確保しろ。店主の安全確保も怠るな!」
「課長! 先程の女性が再び来店しました!」
「何だと!?」
 悲鳴じみた声を上げた技官に注意を引かれ、モニターに隆也が目を向けるのと、盗聴しているマイクの音声が携帯の呼び出し音を伝えてくるのとほぼ同時だった。そしてその時、店のドアに突進していった貴子が、勢いよくドアを開けつつ呼び出し音が鳴り響いている店内に飛び込んでマスターに叫んだ。


「マスター! ごめんね~、さっき携帯置き忘れちゃったみたいで~!」
「た、貴子ちゃん!?」
「ああ、鳴ってる鳴ってる。多分、椅子から床に落ちたかと……。あら?」
 予想外過ぎる展開に、店内の者が誰一人として咄嗟に動けず固まっていると、貴子はさっさと衣笠のテーブルまでやって来て、屈んでその下を覗き込んだ。そして状況の変化に付いていけず銃を握ったままだった藤川に、笑いを堪える表情で問いかける。


「おじさん、いい年してモデルガンなんか持ってどうしたの? ちょっと立って貰って良いかしら? おじさんの足元に私の携帯があるのよ」
「……っ!」
 にっこりと笑いかけられた藤川は顔を強張らせ、反射的に立ち上がって貴子に銃口を向けた。そしてキョトンとしている貴子とは対照的に、周囲の者達が一斉に動く。


「動くな、藤川!!」
「嬢ちゃん、危ない!!」
 張り込んでいた捜査員が立ち上り、拳銃を構えながら威嚇するのとほぼ同時に衣笠が立ち上がり、手にしたグラスを至近距離から藤川のこめかみに叩き付ける様に、力一杯投げつけた。


「うわぁぁっ!!」
「おじさん!?」
 頑強なガラス製のグラスは砕け散らなかったものの、それは藤川にとってはかなりの衝撃となり、加えてぶちまけられた水が一瞬視界を奪った。その隙を見逃さず、店内中から藤川めがけて捜査員が殺到し、あっという間に取り押さえられる。そんな中衣笠はいち早く貴子に駆け寄り、やや強引に腕を引っ張って捜査員の邪魔にならない場所に移動させた。
 そして手早く拘束された藤川が、盛大に悪態を吐きながら店の外に連れ出されるのを見送ってから、衣笠は呆気に取られて黙り込んでいた貴子に心配そうに声をかけた。


「大丈夫か?」
「え、ええ。えっと、でも……、これは何事?」
「それは……」
 咄嗟に上手く事情を説明説明できなかった衣笠が口ごもると、桜田が歩み寄って衣笠に有無を言わせぬ口調で迫った。


「衣笠。一緒に来て貰うぞ。荷物はこれだな?」
「はい。お手数おかけしました」
 セカンドバッグを持ち上げながら確認を入れた桜田に、衣笠は一切弁解せずに神妙に頭を下げた。そして横から現れた相川が衣笠に手錠をかけると、貴子が驚いた様に彼に食ってかかる。


「え? ちょっと! おじさんに何するのよ? おじさんは私を助けてくれたのよ?」
「ああ、いいんだ。それより俺のせいで、怖い思いをさせてすまなかったね」
 貴子を宥めつつ謝罪の言葉を口にした衣笠に、貴子は少し考えて慎重に尋ねた。


「俺のせいって……、さっきの銃を持ってた人と関係あるの?」
「そうだな。自首しようかと思ったんだが、手間が省けたよ。わざわざ迎えに来て貰えるとはね」
「でも、おじさん、全然悪い人には見えないわよ?」
「それは嬉しいな」
「ほら、衣笠。行くぞ」
 嬉しそうに顔を綻ばせた衣笠に、相川が追い立てる様に声をかけた。それに素直に従って歩き出した衣笠の背中に、半ば泣き声の貴子の声がかけられる。


「待って! おじさんの下の名前教えて! 庇ってくれたお礼に警察に差し入れに行くから!」
 それを聞いた衣笠は、思わず足を止めて背後を振り返った。
「差し入れなんて、駄目じゃ無いかな?」
「じゃあ減刑嘆願書を出してあげるから!」
 真剣にそう訴えてきた貴子に、衣笠は苦笑しながらも自分の名前を口にした。


「衣笠政弘だよ。だけどそんな事しなくて良いから。時間の無駄だろう」
「無駄かどうかは私が決めるわ。おじさん、元気でね。気を落としちゃ駄目よ?」
「ああ」
 涙ぐんだ貴子に笑顔で軽く頭を下げ、衣笠が連行されていくと、俯いた貴子はハンカチを取り出し、両目に当てた。それを視界に入れた店内の後片付け要員として残った捜査員は、何となく気まずそうな顔を見合わせたが、すぐに店内に陽気な貴子の声が響き渡る。


「さぁあぁぁって、これで一件落着っと。レシピのイメージがこれでしっかり纏まっちゃったわね~。《酸いも甘いも噛み分ける、大人が選ぶカレーは涙と粘りの渾然一体》っと。うん、我ながら、なかなかインパクトのあるキャッチコピーだわ~」
 そうして顔からハンカチを離した貴子は、つい二・三分前とは打って変わって明るい笑顔でコロコロと上機嫌に笑った為、店内の者達は呆気に取られて固まった。するといつの間にか貴子の背後に立っていた隆也が、鬼神の形相で呻く。


「……何を意味不明な事をほざいてるんだ、お前は?」
「あら、あんた居たの? 容疑者連れて行かなくて良いわけ? 暇なのね」
 けろっとした顔で皮肉を言ってきた貴子に、隆也の目つきが益々凶悪な物に変化した。


「あいつの注意を逸らす為に、わざと携帯を鳴らしたな? しかもあれをいつ置いた?」
「ええ~? 自分で意図して置いたなら、忘れていかないと思うけど?」
「しかもどうしてタイミング良く携帯を鳴らせたんだ。誰かに頼んだのか?」
「スマホも持っててね。これは仕事用で携帯は男との連絡用。携帯が無いのに気付いて、どこにあるか分かり易い様に店に入る直前に鳴らしてみたんだけど、それが何か?」
「……貴様、さり気なく衣笠を翻意させたかったのか、単に現場を振り回したかったのか、どっちだ?」
「え? 何の事? 世の中怖い話ばかりで物騒ね~。あ、でもこれ、ブログネタになりそう。ちょっと刺激的かもしれないけど」
 あくまで無関係で偶々だと、堂々としらばっくれた貴子に、隆也の堪忍袋の緒は完全に切れた。


「さってと、帰ってアイデアを煮詰めて、明日には校内で試食会を」
「人の仕事を散々邪魔しくさって。事情聴取だ。ちょっと来い」
 踵を返して店を出て行こうとした貴子の肩を、隆也が握り潰しそうな渾身の力で掴んで引き止めた。
「いたたっ! ちょっと、どうしてよ! 私は偶々巻き込まれた、善良な一般人の被害者よ!?」
「どこが『偶々』で『善良』だ、ふざけるな! 例の裏金ちょろまかしの詳細を吐いて貰うぞ!」
 それを聞いた貴子は、小さく噴き出してヒラヒラと片手を振って宥めようとした。


「やっだ~、あれ、あのおじさんの本音を聞き出す為の、口から出まかせなのに。それ位察してよね、キャリアさんなんだから」
「言い分は取調室でしっかり聞いてやろうじゃないか。そのついでにみっちり説教してやるから覚悟しろ!」
 そうして引きずられる様にして店から出た貴子は、腕を掴んでいる隆也を盛大に非難した。


「横暴! 職権乱用! 不当逮捕よ!」
「逮捕じゃない。任意の事情聴取だ。それに取調室は静かだし、考えも纏まるだろ。合間に好きなだけレシピでも書いとけ」
「任意って言うなら、出向く筋合いは無いわよっ!! さっさと離しなさい、この陰険キャリア!!」
 しかし隆也は薄笑いを浮かべただけで、目前にやってきたパトカーの後部座席に貴子を押し込み、続いて自分も乗り込んで野次馬が集まって来たその場を後にしたのだった。



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