カレイドスコープ

篠原皐月

(2)オリエンタルマジック

 そうこうしているうちにリチャードの挙式と披露宴当日を迎え、礼服姿の浩一は何とか笑顔を保ちながら式に列席した。そして参加者一同がぞろぞろと披露宴会場に移動したが、そこに入るなり重い溜め息を吐いた浩一に、同僚が肩を叩きつつ声をかける。
〔よう、コゥ。何暗い顔してるんだ。めでたい席に相応しく無いぞ? 気持ちは分かるが〕
 苦笑いで慰めてきた同僚に、浩一は何とか意識して笑顔を作りつつ応えた。


〔分かってる、気をつけるよ。ジム、今日はよろしく頼む〕
〔それは構わないし、準備はばっちり整えてあるが……。一体あれで、何をする気なんだ?〕
 怪訝な顔をしながら尋ねてきたジムだったが、浩一は微妙に視線を逸らしつつ誤魔化す。
〔……説明が面倒なので、実際見てくれ。それから妻に助手をして貰うから、もう少ししたらホテルに来る事になっているんだ。到着したら会場近くに通して貰う様に、話をつけておいて貰いたいんだが〕
〔分かった。従業員には言っておこう。じゃあ、また後でな〕
 今日はリチャードの披露宴を盛り上げるべく、裏方として奔走しているジムを見て、浩一は(俺もあんな風に、人知れず駆けずり回りたかった……)と一人会場の隅で項垂れた。


 それから開催された披露宴はつつがなく進行し、自分が担当する順番と時間が近づいたところで、礼服のポケットに入れておいたスマホが、恭子からの呼び出しを振動で伝えてきた。そして同じテーブルの同僚達に断りを入れて廊下に出ると、ドアの近くに恭子が佇んでいるのを見て、思わず溜め息を吐き出す。
 間違ってもフォーマルドレスなどでは無い、白い小袖に緋袴、足は白足袋着用で鼻緒が赤い草履を履いた所謂巫女装束の彼女は周囲を行き交う客や従業員の視線を集めていたが、恭子はそんな事には構わず浩一に声をかけてきた。


「浩一さん、そろそろよね。最終的な打ち合わせをしておきましょう」
「ああ。しかし本当に、どこからそんな物を調達したんだ?」
「アメリカだろうが何だろうが、どうにでもなるわよ。それより、打ち合わせ通り頑張ってね? 大風呂敷を広げるんだから、万が一にも失敗したら洒落にならないわ」
「……分かってる」
 落ち着くどころか逆にプレッシャーをかけられる羽目になった浩一は、相変わらず周囲から好奇心に満ちた視線を受けながら、再度溜め息を吐いたのだった。
 それから十分程して、会場からジムが出てきて浩一達に声をかけた。


〔コゥ、出番だぞ。頼まれた物はセッティングしておいたから〕
〔ありがとう。撮影も宜しく〕
〔任せろ。……ところでキョーコとは、結婚式以来だね。今日は宜しく頼むよ〕
〔任せて下さい。皆さんに楽しんで貰いますね〕
 見慣れない服装に一瞬戸惑いを見せたものの、恭子と面識があったジムは、笑顔で右手を差し出した。対する恭子も臆する事無くその手を握り返し、従業員から順番になった事を告げられた為、浩一を促して会場内へと入っていった。
 そして司会者から浩一と恭子の名前と、新郎との関係が紹介され、二人で一礼してから早速恭子がマイクを手にして語り始めた。


〔只今司会者から紹介された、カワシマです。実は先程から夫は、先祖伝来の秘術を行使する準備の為、話す事ができない状態なのです。夫の代わりに私がご説明する事をお許し下さい〕
〔はぁ?〕
〔コゥ?〕
 真顔で説明する恭子の横で浩一が無言で頭を下げると、至近距離の新郎新婦はもとより、会場中の人間が怪訝な顔になってざわめいた。


〔古代、人類が言語を獲得しても、まだ文字を獲得していなかった時代。人々は互いの意志疎通と記録を残す為に、どういった手段を用いたと思われますか? はい、そこのあなた。答えて頂けますか?〕
 いきなり脈絡のない話が始まった上、恭子が最前列のテーブルにいた若い男に話を振った為、相手はしどろもどろになりながら答える。
〔ええと……、象形文字、とか? でもそれも文字の範疇みたいだし、もっと簡単な絵とか図形かな?〕
〔正解です。ありがとうございます〕
 恭子が微笑んで頷いた為、彼は安堵した表情になった。そんな中、恭子が真剣な面持ちで話を続ける。


〔始まりは地面に木の枝で書く事から始まりましたが、日本では独自の進化を遂げ、紐でこの世に存在する様々な物を表現する技術が育まれました。それが“アヤトリドウ”です。それは海外でも認知度がある“サドウ”や“カドウ”とは、比較できない位マイナーな分野ですが、実は夫は面々と継承されてきた“アヤトリドウ”流派の一つ、“カシワギリュウ”第八十七代目に当たります〕
 厳かな口調で恭子がそう述べた途端、微かにざわめいていた会場が完全に静まり返った。


(『あやとり道』って……、『柏木流』って何だよ。そもそも柏木家は、八十七代も続いてないから。『アメリカは建国以来の歴史が浅いから、長く伝わってるって言えばそれだけで感心してくれるわよ』って、嘘八百にも程があるぞ)
 そう呻きたい気持ちを何とか抑えながら、浩一が一見平然としながら無言を貫いていると、恭子の説明が淀みなく続いた。


〔一本の紐から色々な形を作り出す様は、無から有を作り出す神の技に通じ、“アヤトリドウ”は正式には神事に繋がる物との位置付けです。その為その継承者は、代々呪術的としての側面を持ち、一切言葉を発しまま紐のみで様々な形を作る事で、祈願したり吉凶を占ってまいりました。“アヤトリドウ”を見慣れている日本人は、それを見れば何を表しているのか一目瞭然ですが、馴染みのないこちらの方々には分かりづらいと思い、私が解説する事に致します〕
 そう言ってマイク片手ににこやかに微笑んだ恭子だったが、予想外の事を立て続けに聞かされた為か、会場は静まり返ったままだった。その様子を見回した浩一は、僅かに顔を引き攣らせる。


(何か、皆にドン引きされている気がするが……。もういい。ここまで来たら、意地でも最後までやり切ってみせようじゃないか)
 半ば自棄気味に浩一が腹を括っているうちに、恭子が説明を締めくくった。


〔それでは今回は新郎新婦のご結婚を祝い、この幸せが永遠に続く事を祈願して、夫が“カシワギリュウ”に代々伝わるおめでたい技の数々を、特別に組み上げた技を披露致します。背後になる招待客の皆様にも見える様に、撮影したものをそちらのスクリーンに映し出しますので、一緒にご覧下さい〕
 そして恭子が浩一の胸の前に白いパネルを差し出して固定すると、浩一はポケットから赤い紐を取り出して両手の指に引っ掛けた。そして恭子と小さく頷き合うと、手慣れた手付きで紐を交差させ始める。


〔まずは新郎から新婦に贈られたエンゲージリングのダイヤを象徴する、宝石を作り出します。……はい、トランプのダイヤと同様の形ができました。それが一つだけでは少し寂しいので、段々数を増やしていこうかと思います〕
 浩一達の準備が終了し、新郎新婦に向かってあやとりを披露し始めるのと同時に、ハンディーカメラを抱えたジムがそれを撮影し、前方斜め前に急遽設置されたスクリーンにその一部始終を映し出した。白い背景に赤い紐が映えてくっきりと映し出され、それを出席者が唖然として見守る中、赤い線で構成された図形が次々変化していく。


〔さあ、ダイヤが二個、三個と増えていき……、どんどん増えました。七個、九個。……遂には無数に増える、煌めく宝石をご覧下さい。きっと今後新郎が、幾つものアクセサリーを新婦に贈って下さる事でしょう。お二人が将来、お金に困る事態にはならないと思われます〕
(『はしご』と『ダイヤ』に引き続いて、『天の川』の変形連続技だけどな……)
 にこにこと愛想を振り撒く恭子の横で、浩一は手の動きを止めないまま少し呆れていた。そんな彼の心境には構わず、恭子の独壇場が続く。


〔最初は相愛の夫婦でも、共に生活するうちに小さな不満は溜まる筈です。しかし無理に溜め込むのは、良くありません。偶にはこの様に噴火させる事も必要です。これが、溶岩が流れ落ちる火山です〕
(確かに『山』ではあるが、『火山』じゃなくて、富士山なんだが……)
 浩一はそこで小さく息を吐いたが、マイク片手の上機嫌な解説は平然と続いた。


〔そして先程、どうして無理に噴火させるのかと、不思議に思った方がおられるでしょう。それは何故かと申しますと、破壊無くして再生は望めないからです! ……さあ、そしてこれが火に焼かれ、火山の炎の海から蘇った不死鳥です!〕
(『アゲハ蝶』なんだが……。まあ確かに先入観が無ければ、そう見えない事もないか)
 感極まったナレーションをする恭子とは裏腹に、浩一は黙々と事前に手順を組み立てておいたあやとりを続行させた。


〔そして人生において、そんな数多くの困難を共に乗り越えたお二人を象徴するのが、こちらのつがいのオシドリになります。オシドリは東アジアに主に生息する鳥ですが、日本ではオシドリになぞらえた夫婦は、大変仲の良い夫婦であると認識されています〕
(本当は、雷鳥なんだがな。……もうどうでも良いか)
 小さな鳥が二羽、向かい合う形を作り出した浩一は、溜め息を吐き出した。
 それから更に、幸運を呼ぶベルならぬ逆さにしたバケツ、楽しい新婚旅行になるようにとの願いを込めてのエッフェル塔ならぬ東京タワーなどを浩一が次々と作り出し、無事に予定していた全過程を終了させた。そこで浩一が指から紐を外して安堵の溜め息を吐くと同時に、恭子が終了を宣言する。


〔それではこれで、新郎新婦の幸せを祈願致しました、カシワギリュウの神事が無事終了致しました。これまで静かにご覧になって頂きまして、ありがとうございました。お二人の幸せを、心よりお祈りしております〕
 そして恭子と一緒に新郎新婦と招待客に向かって一礼したものの、会場内が未だに静まり返っている為、浩一は密かに項垂れた。


(終わった……。確実にドン引きされた気がするが、やるだけやったんだからもう良いか……)
 そんな浩一の心境を読んだのか、頭を上げながら恭子が囁いてくる。
「お疲れ様。反応が薄いけど、インパクトはあったわよ。自信を持って」
「ああ、そうだな」
 そして二人が日本語で囁き合っていると、会場中からいきなり盛大な拍手と歓声が湧き起こった。


〔リック! あなたの友達が呪術的だったなんて、聞いてなかったわよ!? 凄いわ! これで私達の将来は安泰ね!〕
〔凄いぞ、コゥ!! お前、何でこんな凄い特技を隠してたんだ! その紐だけなんだから、トリックなんかないよな!?〕
 会場の中でも、間近で見ていた新郎新婦の反応は激烈で、いきなり椅子から立ち上がって興奮した状態でまくし立てた。花嫁に至っては手袋を外しての大拍手であり、その興奮状態を見た浩一は、逆に戸惑う。


〔はぁ? 別に、隠していたわけじゃないが……〕
 しかし呆然と呟いた浩一を、自分達のテーブルから駆け寄って来た同僚達が取り囲み、笑顔で軽くこづきつつ語気強く迫った。
〔全く、どこまで謙虚なんだよお前は!〕
〔これだからシャイな日本人は。もっと自分の能力を前面に出せよ!〕
〔本当に! どうしてこれを仕事に活かさないの!?〕
〔そう言われても……、仕事でこれを有効利用なんかできるのか?〕
 本気で戸惑う浩一に、横からとんでもない提案がなされた。


〔相手がお前の“アヤトリドウ”に見とれているうちに、相方がさっさと契約書にサインするとか?〕
〔ランディ、それは明らかな署名偽造の犯罪行為だ〕
〔ジョークに決まってんだろ!?〕
 頭痛を覚えながら指摘したものの、途端に周囲に大笑いされて、浩一はがっくりと肩を落とした。
(駄目だ……。俺はまだこのノリに、付いていけない)
 軽く自信喪失気味になった浩一だったが、それを察したのか苦笑いしながらランディが声をかけてくる。


〔さっきの冗談はともかく、契約を煮詰める段階でなかなか折り合いが付かない時とか、場つなぎと雰囲気を変えるためにやってみても良いだろ〕
〔確かに、そういう事だったら……〕
 そこで浩一がなんとなく納得したところで、彼が如才なく恭子に声をかけた。


〔今日は奥さんもご苦労様〕
〔皆さんが楽しんでくれたようで、良かったです〕
 にこやかに言葉を返した恭子を見て、途端に周囲の者達が興味津々の眼差しを送る。
〔そういえば私、コゥの結婚式には出なかったから、奥さんに会うのは初めてなの。紹介してくれる?〕
〔あ、俺も!〕
〔すぐキョーコの席も用意するから。これから参加していってくれ〕
〔お邪魔ではありませんか?〕
〔とんでもない!〕
 そこでいつまでも前方で騒いでいると、進行の邪魔になると察した面々は、興奮冷めやらぬ会場を移動して、リチャードの同僚達で固まっていたテーブルに移動した。そして浩一の隣に急遽席が作られ、飲み物が運ばれてくると、周りの者が先程のあやとりについて、興味津々で尋ねてくる。


〔さっきの“アヤトリドウ”って、他にも色々できるのか?〕
〔勿論。先程のは夫が一人でやりましたが、二人で紐を取り合う事もありますし。良く子供同士で遊びますね〕
 そう恭子が口にした途端、周りが食いついてくる。


〔本当? あんな複雑な手指の動きを、子供ができるの?〕
〔やっぱり日本人って、器用な民族なんだな〕
〔紐を取り合うって、イメージが湧かないんだが。どうするんだ?〕
〔ちょっとやって貰えないか?〕
〔ええ。構わないわよね?〕
〔ああ、じゃあちょっとやってみようか〕
 そこで浩一と恭子は二人あやとりを始めたのだが、それを目の当たりにした同僚達が歓声を上げてしまい、何事かと不審に思った周囲が尋ねてきた事で、それを伝え聞いて興味を持った新郎新婦の求めに応じ、先程と同様に前方で二人あやとりを披露して、再び拍手喝采を浴びる事になったのだった。





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