有能侍女、暗躍す
(3)作戦開始
「姫様、財務官のディオン殿がいらっしゃいました」
「ありがとう、入って貰って」
即座にシェリルが応じると、女官が下がって今度はディオンが現れた。
「失礼します、シェリル様」
「いらっしゃい。わざわざ足を運んで貰って、ごめんなさい」
「いえ、お呼びとあらば。しかし姫様、領地の税収の件なら、先週従来の半分に減らす事を確認した筈ですが、今日はどう言ったご用件でしょうか?」
持参した資料の束を片手に、不思議そうに尋ねてきた彼に、シェリルは正直に嘘をついて呼びつけた事を詫びる。
「ごめんなさい、ディオン。実はそれは、ここに来て貰う為の口実なの」
「はい?」
そこでちょうどシェリルに向かって歩み寄って来た彼が、魔導鏡の正面に来て自分の視界に入った為、ソフィアは鏡越しに呼び掛けた。
「ディオン殿、すみません。私があなたにお願いしたい事があって、姫様に呼んで頂いたんです。申し訳ありませんが、ご助力願えないでしょうか?」
いきなり話しかけられて一瞬本気で驚いた顔になったものの、ディオンは鏡に向かって生真面目に頷いてみせた。
「はぁ……、私で侍女殿のお役に立てるかどうかは分かりませんが、取り敢えず話をお伺いします」
「ありがとうございます。これは極めて、私の個人的な話なのですが……」
一応そう断りを入れてから、ソフィアは先程シェリルに対して語った内容をもう一度繰り返した上で、彼に要請したい内容について語った。するとディオンは終始無言で、途中から目を見開いて話を聞いていたが、一通り聞き終えてから率直な感想を漏らす。
「しかし……、これはまた、とんでもない話ですね」
「非常識な事は、重々承知していますが」
思わず弁解しかけたソフィアだったが、ディオンは慌てて宥めてきた。
「ああ、呆れたりとか、非難するつもりでは無いんです。さすがにシェリル姫様に仕えているだけあって、スケールが違うなぁと感服しただけですから」
「ディオン……」
「何か、微妙なコメントなんですが?」
シェリルからは若干恨みがましい目を、ソフィアからは軽く顔を顰められて噴き出しそうになりながら、ディオンはその『とんでもない話』について快く了承した。
「分かりました。この際、全面的にお力になりましょう。うちの領地位辺鄙な所なら、どうにでも戸籍はごまかせますしね。現に俺自身、適当に出生を誤魔化した上で、両親が養子縁組をしていますし」
陰りの無い笑顔で、身も蓋も無い事を言い切ったディオンだったが、それを聞いたソフィアは大いに喜んだ。
「ありがとうございます、助かります!」
しかしここで、ディオンが心配そうに確認を入れてきた。
「そのルセリア嬢の身元は、貴族にしなくても大丈夫ですか?」
「ええ、勿論。なまじ貴族なんかにしたら、元々存在していないのがすぐにバレますし」
「それならどうにでもなると思います。早速、領地に居る両親に連絡を取りましょう。今晩にでも、ステイド子爵家の方から両親に直接連絡を取って、諸々を打ち合わせして貰えますか?」
「分かりました。お手数おかけしますが、宜しくお願いします」
とんとん拍子に話が進んだ為、ソフィアが心底ありがたく思っていると、ディオンが苦笑いした。
「ソフィアさんが身元を隠して働いていらしたのは驚きましたが、同じ弱小貴族として、大身の貴族から無理難題をふっかけられるのは身に覚えがありますから、これ位お手伝いするのは構いません。それに姫様には色々とお世話になっていますし、そのご恩返しの意味もありますから気にしないで下さい。他にご用はありませんか?」
「いえ、結構です」
「そうですか。それでは姫様の方からは……」
「私も無いわ。どうもありがとう、ディオン」
笑顔で頷いてみせたシェリルに、ディオンは礼儀正しく一礼した。
「それではこれで失礼します。この計画が上手くいく事を祈っています」
そうして彼が退出して行ってから、ソフィアもシェリルに通信を終わらせる旨を告げて、改めて礼を述べてからジーレスに回線を閉じて貰った。
「やった! ディオンさんに快諾して貰って助かったわ~。ありがとうございます、頭領」
満面の笑みでソフィアが礼を述べると、頷いたジーレスが感心した様に呟く。
「それは構わないが……。あんな話を聞いても動じないとは、ああ見えて、彼はなかなか胆力がありそうだな」
「彼には公爵様も目をかけて、陰ながら後見していますし」
「そう言えばそうだったか」
再度納得した様に頷いたジーレスを見上げて、サイラスはしみじみと考え込んでしまった。
(本当に、シェリルの周りって、豪胆で破天荒な人間が揃ってるよな……)
第三者から見れば、その中に自分も含まれている事など、全く意識していない元王子のサイラスだった。
そして夜になると、ソフィアとジーレス、オイゲンが全員黒装束で居間に集まり、大きなテーブルにルーバンス公爵邸の見取り図を広げて、これからの行動の最終確認を行った。
「姉さん、本当に行く気か?」
三人で一通り確認を終えて見取り図を巻き終えた所で、イーダリスが如何にも不本意そうな顔で声をかけてきた為、ソフィアは呆れ気味に言い返した。
「今更、何を言っているのよ?」
「しかし……、これは俺の問題だし、せめて彼女に説明するのは、自分でするべきだと思うし……」
「あんたには、あそこにこっそり忍び込むのは無理だし、堂々と乗り込んだら計画の話なんかできないでしょうが? だけど見ず知らずの人間がこんなとんでもない話を持ち込んでも、ルセリア嬢が納得して素直に頷くとは思えないし。だから忍び込む技量があって、彼女と面識がある私が出向くしか無いの。いい加減割り切りなさい」
ピシャリと言い切られて、イーダリスはそれ以上反論できずに頷く。
「分かった……。宜しく頼むよ」
そこで申し訳無さそうに頭を下げた弟を励ますつもりで、ソフィアは半ばからかい気味に告げた。
「任せなさい! でも言っておくけど、彼女がこちらに来たら、改めて自分で口説くのよ? あまり恥ずかしい台詞まで、代弁するつもりは無いんだからね」
「あ、あのなぁっ!!」
瞬時に真っ赤になった弟に笑いかけながら、ソフィアは手を振った。
「じゃあ、行って来ます」
それで我に返ったらしいイーダリスは、慌てて姉に同行する二人に頭を下げた。
「ジーレス殿、オイゲン殿、お手数をおかけして申し訳ありません。姉の事を宜しくお願いします」
「心得ました。いざという時はフォローしますから、安心して下さい」
「今夜はあくまで秘密裏に事を運ぶつもりなので、荒事に及ぶつもりはありませんからね」
そして全員で玄関まで移動し、イーダリスやファルドの前で騎乗した三人は、あっという間に門から出て闇の中に消えて行った。
(あのルーバンス公爵邸に忍び込むなんて、かなり難しいぞ? この前忍び込んだ時も、お抱え魔術師の手によると思われる防御魔術が、幾重にも張り巡らせてあったしな。ジーレス殿が付いて行くなら、心配は無いと思うが……)
扉の隙間から外に出ていたサイラスは、門を閉めて戻ってくるイーダリスとファルドを見ながら考え込んだ。
(やっぱり、行って様子を見て来るか)
最初は大人しく待っているべきだとは思ったものの、色々心配になったサイラスは、イーダリスに見つからないように植え込みの中に姿を隠し、二人が目の前を通り過ぎて邸内に戻ったのを見届けてから、門へと駆け寄った。更に彼は門の格子の隙間から街路に出て、ルーバンス公爵邸へ向かって軽快に走り出した。
「ありがとう、入って貰って」
即座にシェリルが応じると、女官が下がって今度はディオンが現れた。
「失礼します、シェリル様」
「いらっしゃい。わざわざ足を運んで貰って、ごめんなさい」
「いえ、お呼びとあらば。しかし姫様、領地の税収の件なら、先週従来の半分に減らす事を確認した筈ですが、今日はどう言ったご用件でしょうか?」
持参した資料の束を片手に、不思議そうに尋ねてきた彼に、シェリルは正直に嘘をついて呼びつけた事を詫びる。
「ごめんなさい、ディオン。実はそれは、ここに来て貰う為の口実なの」
「はい?」
そこでちょうどシェリルに向かって歩み寄って来た彼が、魔導鏡の正面に来て自分の視界に入った為、ソフィアは鏡越しに呼び掛けた。
「ディオン殿、すみません。私があなたにお願いしたい事があって、姫様に呼んで頂いたんです。申し訳ありませんが、ご助力願えないでしょうか?」
いきなり話しかけられて一瞬本気で驚いた顔になったものの、ディオンは鏡に向かって生真面目に頷いてみせた。
「はぁ……、私で侍女殿のお役に立てるかどうかは分かりませんが、取り敢えず話をお伺いします」
「ありがとうございます。これは極めて、私の個人的な話なのですが……」
一応そう断りを入れてから、ソフィアは先程シェリルに対して語った内容をもう一度繰り返した上で、彼に要請したい内容について語った。するとディオンは終始無言で、途中から目を見開いて話を聞いていたが、一通り聞き終えてから率直な感想を漏らす。
「しかし……、これはまた、とんでもない話ですね」
「非常識な事は、重々承知していますが」
思わず弁解しかけたソフィアだったが、ディオンは慌てて宥めてきた。
「ああ、呆れたりとか、非難するつもりでは無いんです。さすがにシェリル姫様に仕えているだけあって、スケールが違うなぁと感服しただけですから」
「ディオン……」
「何か、微妙なコメントなんですが?」
シェリルからは若干恨みがましい目を、ソフィアからは軽く顔を顰められて噴き出しそうになりながら、ディオンはその『とんでもない話』について快く了承した。
「分かりました。この際、全面的にお力になりましょう。うちの領地位辺鄙な所なら、どうにでも戸籍はごまかせますしね。現に俺自身、適当に出生を誤魔化した上で、両親が養子縁組をしていますし」
陰りの無い笑顔で、身も蓋も無い事を言い切ったディオンだったが、それを聞いたソフィアは大いに喜んだ。
「ありがとうございます、助かります!」
しかしここで、ディオンが心配そうに確認を入れてきた。
「そのルセリア嬢の身元は、貴族にしなくても大丈夫ですか?」
「ええ、勿論。なまじ貴族なんかにしたら、元々存在していないのがすぐにバレますし」
「それならどうにでもなると思います。早速、領地に居る両親に連絡を取りましょう。今晩にでも、ステイド子爵家の方から両親に直接連絡を取って、諸々を打ち合わせして貰えますか?」
「分かりました。お手数おかけしますが、宜しくお願いします」
とんとん拍子に話が進んだ為、ソフィアが心底ありがたく思っていると、ディオンが苦笑いした。
「ソフィアさんが身元を隠して働いていらしたのは驚きましたが、同じ弱小貴族として、大身の貴族から無理難題をふっかけられるのは身に覚えがありますから、これ位お手伝いするのは構いません。それに姫様には色々とお世話になっていますし、そのご恩返しの意味もありますから気にしないで下さい。他にご用はありませんか?」
「いえ、結構です」
「そうですか。それでは姫様の方からは……」
「私も無いわ。どうもありがとう、ディオン」
笑顔で頷いてみせたシェリルに、ディオンは礼儀正しく一礼した。
「それではこれで失礼します。この計画が上手くいく事を祈っています」
そうして彼が退出して行ってから、ソフィアもシェリルに通信を終わらせる旨を告げて、改めて礼を述べてからジーレスに回線を閉じて貰った。
「やった! ディオンさんに快諾して貰って助かったわ~。ありがとうございます、頭領」
満面の笑みでソフィアが礼を述べると、頷いたジーレスが感心した様に呟く。
「それは構わないが……。あんな話を聞いても動じないとは、ああ見えて、彼はなかなか胆力がありそうだな」
「彼には公爵様も目をかけて、陰ながら後見していますし」
「そう言えばそうだったか」
再度納得した様に頷いたジーレスを見上げて、サイラスはしみじみと考え込んでしまった。
(本当に、シェリルの周りって、豪胆で破天荒な人間が揃ってるよな……)
第三者から見れば、その中に自分も含まれている事など、全く意識していない元王子のサイラスだった。
そして夜になると、ソフィアとジーレス、オイゲンが全員黒装束で居間に集まり、大きなテーブルにルーバンス公爵邸の見取り図を広げて、これからの行動の最終確認を行った。
「姉さん、本当に行く気か?」
三人で一通り確認を終えて見取り図を巻き終えた所で、イーダリスが如何にも不本意そうな顔で声をかけてきた為、ソフィアは呆れ気味に言い返した。
「今更、何を言っているのよ?」
「しかし……、これは俺の問題だし、せめて彼女に説明するのは、自分でするべきだと思うし……」
「あんたには、あそこにこっそり忍び込むのは無理だし、堂々と乗り込んだら計画の話なんかできないでしょうが? だけど見ず知らずの人間がこんなとんでもない話を持ち込んでも、ルセリア嬢が納得して素直に頷くとは思えないし。だから忍び込む技量があって、彼女と面識がある私が出向くしか無いの。いい加減割り切りなさい」
ピシャリと言い切られて、イーダリスはそれ以上反論できずに頷く。
「分かった……。宜しく頼むよ」
そこで申し訳無さそうに頭を下げた弟を励ますつもりで、ソフィアは半ばからかい気味に告げた。
「任せなさい! でも言っておくけど、彼女がこちらに来たら、改めて自分で口説くのよ? あまり恥ずかしい台詞まで、代弁するつもりは無いんだからね」
「あ、あのなぁっ!!」
瞬時に真っ赤になった弟に笑いかけながら、ソフィアは手を振った。
「じゃあ、行って来ます」
それで我に返ったらしいイーダリスは、慌てて姉に同行する二人に頭を下げた。
「ジーレス殿、オイゲン殿、お手数をおかけして申し訳ありません。姉の事を宜しくお願いします」
「心得ました。いざという時はフォローしますから、安心して下さい」
「今夜はあくまで秘密裏に事を運ぶつもりなので、荒事に及ぶつもりはありませんからね」
そして全員で玄関まで移動し、イーダリスやファルドの前で騎乗した三人は、あっという間に門から出て闇の中に消えて行った。
(あのルーバンス公爵邸に忍び込むなんて、かなり難しいぞ? この前忍び込んだ時も、お抱え魔術師の手によると思われる防御魔術が、幾重にも張り巡らせてあったしな。ジーレス殿が付いて行くなら、心配は無いと思うが……)
扉の隙間から外に出ていたサイラスは、門を閉めて戻ってくるイーダリスとファルドを見ながら考え込んだ。
(やっぱり、行って様子を見て来るか)
最初は大人しく待っているべきだとは思ったものの、色々心配になったサイラスは、イーダリスに見つからないように植え込みの中に姿を隠し、二人が目の前を通り過ぎて邸内に戻ったのを見届けてから、門へと駆け寄った。更に彼は門の格子の隙間から街路に出て、ルーバンス公爵邸へ向かって軽快に走り出した。
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