有能侍女、暗躍す

篠原皐月

(14)歓待は徹底的に

 その日の深夜。
 ソフィアは寝入るどころか、お手製の覚醒作用のある特製飲料を、景気良く一気飲みしてから庭に出た。そして照らす物が月明かりだけという貴族の屋敷にしては暗い庭で、不埒者の不法侵入を今か今かと待ち受ける。


「……来たわね」
 月が流れてきた厚い雲に隠れ、月明かりすら無くなった庭が暗闇に閉ざされたが、先ほどの微妙に不自然な雲の流れから、それはジーレスの魔術によるものであり、この屋敷の周辺に賊が集結しつつある事を暗示していた。それをこれまでの経験で、それを正確に認識していたソフィアは、細心の注意を払いながら引き続き塀際の木立の中に身を潜めていると、少ししてから塀の少し離れた部分から、次々と何者かが飛び降りる気配を感じる。


「……10、11、12。全員で12人か。肩慣らしには、ちょうど良いか」
 そう言って自分だけに聞こえる程度の声でソフィアは呟き、足音を立てずにゆっくりと移動を開始した。その時、塀を乗り越えてステイド子爵邸内に侵入してきた者達は、自分達のすぐ近くにソフィアが潜んでいる事など、全く気付いていなかった。


「ちっ! 月も隠れたか。観賞用の魔導灯の一つもないとは、本当にしみったれた庭だぜ」
「こんな下っ端貴族まで手を広げないと、息子娘の貰い手が見つからないとは、あの公爵家もご苦労な事だな」
「しかし、本当にあのうらなり野郎に、俺達がやられる演技をするのか? 想像するだけでムカつくんだが」
「そこは割り切れって。金の為だぞ?」
「しっかしルーバンス公爵ってのは、女にだらしない以上に、悪知恵が働く御仁だな」
「それに俺達の様なろくでなしの、実に良いお得意様だ」
「違いない」
 声を潜めて下品に笑い、無駄口を叩き合っている当初から、その男達の風上から微風に乗って、とある微細な粉末が漂ってきていたが、無味無臭のそれは全く彼らに察知される事は無く、少しずつ彼らの体内に吸収されていった。そして頃合いを見たソフィアが、黒衣の懐の合わせ目から、無言のまま仕事道具を取り出す。


「さあ、無駄口を叩いてないで、そろそろ行くぞ」
「そうだな。盛大に暴れて、坊ちゃんの到着を待っ……、ぐふぁっ!!」
「なんだ? どうした、レント……がぁっ!!」
 続けざまに仲間のうち二人が、額に刺さった何かを抜きつつ悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ為、他の者は驚いてその周りに集まろうとした。しかし一番離れていた者の首にいきなり縄が撒き付き、彼は驚きの声を上げつつ、足を止めざるを得なくなる。


「な、何だ!? ぐげえっ!! た、たすけ……」
 次の瞬間彼が空中に浮きあがり、息も絶え絶えに仲間に助けを求めた。その異常な光景を目の当たりにした者達は、揃って仰天し、慌てて周囲を見回す。


「どうした? 一体どうなっているんだ!?」
 良く見ると、彼の首に絡み付いた縄が、どうやってか頭上の木の枝を経由して向こう側に伸びており、それが他の木の幹に括り付けられて固定されているのが分かって、仲間たちは慌ててその紐を切って吊り上げられていた男を地面に下ろした。しかし今度はその間に、全く剣筋が分からない場所から切りつけられて、数名が犠牲になってしまう。


「うわっ!!」
「やられた!」
「おい! 近くに怪しい奴は、どこにもいないよな!?」
「どうやって切りつけているんだ!?」
 幾ら何も灯りが無い庭での闇夜と言っても、流石に近くに人が居れば気配や物音が感じ取れる筈であるにも関わらず、一向に襲撃者の存在を掴めない為、侵入者達は徐々に恐怖を感じ始めた。それは予めソフィアが噴霧して吸入させておいた薬物の幻覚作用と麻痺作用の相乗効果でもあったのだが、時間が経過する毎に、確実に恐怖心を倍増させていく。


「ぎゃあぁぁっ!!」
「何だ、これはっ!!」
 何かが予想も付かない場所から自分めがけて飛来し、手足に絡み付き自由を奪い、全身を嬲るように形状すらはっきりと分からない刃物で切り刻まれる。その上、その攻撃を繰り出してくる相手の影も形も見えないとあっては、きちんと訓練を受けている正規兵などとは異なるその辺のごろつき程度では、すぐに音を上げるのは当然だった。


「も、もう止めだ! 俺はこの話から下りるぜ!」
「待て! 俺も帰る!」
「何だよ、この化け物屋敷は!?」
 そこで男達が泣き叫びながら、我先に侵入してきた塀の方に駆け戻ろうしたが、その前に音もなく全身黒装束に、目鼻だけを覗かせた黒覆面のソフィアが大木の上から降り立ち、彼等の進路を塞いだ。


「ふざけるな!! まだまだこれからだろうが! 姿が見えないとやり合えないってんなら姿を見せてやるぞ、このゴミ野郎共!! その代わりこっちの気が済むまで、とことんやらせて貰うからな! 覚悟しやがれ!!」
 その怒声を発すると同時に、ソフィアは極細の鎖で編み上げた網を彼等の上部に放った。すると特殊な魔導術式を施してあるそれは、容赦なく男達の約半数を絡め捕って、地面に転がしてしまう。


「ひいぃぃっ! た、助けてくれ!」
「おい! 置いていくなよ!」
 パニックを起こして、逃げ惑う残り半数の者に対しては、ソフィアは懐から取り出した円形の薄刃を、何枚か纏めて勢い良く水平に放った。内側をくり抜いてあるそれは、真っ直ぐに飛んでは行かずに緩やかなカーブを描き、一つとして外す事は無く、賊の首筋や手首を音も無く一文字に切り裂く。


「うわあぁぁっ!」
「また切られた!」
「あの黒服、何人いやがるんだ!?」
 次いでソフィアは腰に下げていた特製の小型の投弾弓を持ち上げ、次々と逃げ惑う男達に狙いを定めて、親指の爪程の大きさの鉄球を打ち出した。魔術で連射機能も備え付けているそれは、次々とせり上がってくる球を自動で張った弦に装填していく。ソフィアは庭の植え込みの中を縦横無尽に走りながら、それで男達の急所に確実に鉄球を当てていき、完全に相手方をパニックに陥れた。


「ぐえぇっ!! こ、この野郎! こうなったら目に物見せてやる!!」
「こいつ! やっと姿を現しやがったな!? 姿を見せてるなら、こっちのもんだぜ! 皆、囲んでかかれ!」
「おう! 随分ふざけた真似をしてくれたじゃねえか! うあっ!」
「覚悟しやがれ! ぐっ……、こ、この野郎っ!!」
 周到に男達の周囲を回り込みつつ、彼等を一か所に集めながらも、必ず誰かの背後からその向こう側の敵を狙うと言う高度な襲撃方法を選択していたソフィアに連中はすっかり騙され、完全に効いてきた幻覚剤の作用もあって仲間を襲撃者と誤認して、間抜け過ぎる同士討ちを始めた。
 その騒ぎを他所に、気配を消したソフィアが仲間にやられて戦闘不能状態に陥った者を一人ずつ縛り上げて騒然としている場所から密かに引きずり出し、また一人縛り上げて安全地帯に避難させるという行為を繰り返す。


「まともに一人で十二人を相手にするのも、労力の無駄だし面倒だものね。最後の一人になるまでに、どれ位時間がかかるかしら?」
 素っ気なくそんな事を呟いたソフィアは、拘束用の縄を手にしながら、大騒ぎになっている庭を完全に傍観者の目で眺めやった。そこで彼女以上に他人事といった感じの口調で、暗がりからオイゲンが声をかけてくる。


「おいおい、お嬢……。同士討ちに持ち込むなんて、これじゃあ益々俺の出る幕がねぇじゃねえか?」
「あら、仕事だったらありますよ? 安心して下さい、師匠。この馬鹿共をほとぼりが冷めるまで、うちの貯蔵用の地下室に放り込んでおかないといけないので」
 目鼻だけ出した状態で微笑んだソフィアに、オイゲンは色々言いたい事を飲み込んで、早速仕事にかかった。


「へいへい。ったく、人使いの荒い弟子だよなぁ」
「弟子思いのお師匠様で、私はとても幸せです!」
「言ってろ」
 胡散臭いソフィアの台詞にブツブツ言いながらも、オイゲンは両方の手で縛り上げた侵入者の足を掴み上げ、左右に一人ずつ引き摺って地下室への入口がある方へと向かった。そして何往復かしているうちに、気が付くと庭に立っているのが、一人だけになっているのに気が付く。


「予想より、片付くのが早かったな。まあ、侵入者から万が一にも足が付かないように、ちゃんと訓練された兵士を使わなかったから、当然と言えば当然だが。ソフィアにとっては、肩慣らしにもならなかったか」
 しみじみと呟きながら、夜目が利く目で庭内の様子をオイゲンが観察していると、無駄な労力を省きつつも最後はきっちりしめる気になったらしいソフィアが、幸運にもただ一人残った男に向かって、全力で攻撃を繰り出す所だった。


「ぐあぁっ! ぎゃあぁぁぁっ!!」
 自分に向かって繰り出される刃物に容赦なく両手両足の腱を切断された、つい先程まで仲間内で一番幸運だった男は、短い間に一番不幸な男に成り下がった上に、地面に無様に転がった。更に容赦なく頭を殴られて意識を失った為、庭に再び静寂が訪れる。


「お~い、ソフィア。片付けたのなら、さっさとお前もこいつらを運ぶのを手伝えよ?」
「分かってますって。師匠だけに力仕事はさせられません」
 そして手早く足元の男を縛り上げたソフィアは、流石に一人ずつ引き摺って移動を開始した。そこで更にジーレスが音も無く現れる。


「ソフィア、オイゲン。早速、招かれざる客が来た。手伝うから急いでこの場を片付けるぞ」
 そう告げたジーレスは時間を無駄にする事無く、庭に転がっている残りの人間を全員魔術で浮かせて、地下室の方へふよふよと移動させ始めた。それで助かったものの、オイゲンは思わず恨みがましい声を漏らす。


「頭領、見ていたんなら最初から運ぶのを手伝ってくれても良いだろうが?」
 その台詞に、ジーレスがしれっとして言い返す。


「そうか? お前がソフィアの役に立ちたいと思っていたみたいだから、邪魔するのは無粋かと思っていたからな」
「いや、絶対わざと傍観してただろ?」
 そんなやり取りを聞いて、少しの間庭を走り回っていたソフィアは笑いを堪えながら報告した。


「頭領、ありがとうございます。庭に転がっていた連中や私の武器も、全て回収しましたので、もう不透視結界は大丈夫です」
「そうか。それなら邸内に戻るぞ。ほら、お客人だ」
 ジーレスが視線で示した植え込みの向こうから、確かに複数の男達の話し声と足音が聞こえて来た為、三人は足早に邸内へと戻って行った。





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