有能侍女、暗躍す
(5)質問の意図
そして当たり障りのない世間話などをしながら、デザートまで進んだところで、ロイが何気なく言い出した。
「先程も仰っておられましたが、エルセフィーナ嬢は普段は領地におられるのですよね?」
「はい、そうですが。それが何か?」
「それでは今回、王都にはいつ頃いらしたのですか?」
「はい?」
真顔での問いかけにソフィアは正直面食らいながらも、ステイド子爵邸に戻った日付を答える。
「いつ頃と言われましても……、一昨日、到着したばかりですが?」
「一昨日? そんな筈は……」
「何か御不審な点でも?」
納得いかない様な顔つきで自分を凝視してきたロイに、ソフィアは若干気分を害しながら問い返したが、彼は疑念に満ちた表情で問いを重ねた。
「ステイド子爵邸と通りを挟んでヴォーバン男爵邸がありますが、ヴォーバン男爵家は、我が家とは縁続きなんです。それで貴女が屋敷にお入りになったら、まずご挨拶に出向こうかと思いまして、ヴォーバン男爵家にステイド子爵家の馬車が入ったら教えて欲しいと頼んでおいたのですが、そのような知らせが無かったもので、不思議に思っていまして。一昨日なら男爵家の方で気付いて、教えてくれたかと思うのですが」
それを聞いたソフィアは、自分の失態を悟った。
(しまった……。確かにあの成金男爵家、門にしっかり門番を張りつかせて、道行く人に権勢を誇示しているもの。どうしよう、こっそり家に戻ったのがばれたら、なし崩し的に私の侍女奉公がばれるかも。それはまだ良いとして、下手したらファルス公爵家への借金とか、うちの窮状まで……)
殆ど気合だけで、動揺を顔に出さずに取り繕ったソフィアだったが、どう言い逃れするべきか咄嗟に思い浮かばず、頭の中が真っ白になった。しかしそこで、落ち着き払ったイーダリスの声が割り込む。
「ロイ殿。恐らくヴォーバン男爵家は、ステイド子爵家の家紋を付けた馬車が、屋敷に入るのを待っていたのではないでしょうか? だから姉がこちらに到着したのが、分からなかったのでしょう」
「は? それはどういう事でしょうか?」
今度はロイが怪訝な顔になり、ソフィアもいきなり何を言い出すのかと必死に動揺を押し隠す中、イーダリスが淡々と告げた。
「姉は我が家の馬車を使わず、領地から王都まで侍女と二人で乗合馬車で来たのです。元から行動力と好奇心が有り過ぎる人なので、両親共々困っているのですが、もう家族全員諦めているものですから」
「乗合馬車!? そんなもので、領地から王都までいらっしゃったと?」
ロイとルセリアはその話を聞いて、揃って驚愕の顔付きになったが、ソフィアは弟に感謝の目配せを送った。
(ナイスフォローよ、イーダ!! しかも乗合馬車なんて庶民の乗り物を利用する女なんて、こんな高慢ちきな男にとっては、本当に願い下げでしょうしね!)
そしてその話に、早速便乗する事にした。
「そうなんです。家の馬車で来れば勿論早くて快適ですが、その土地ごとの風物や食べ物などに、出会える事を楽しみにしておりまして。貴族にあるまじき振る舞いだとは、重々承知しておりますが」
神妙にそんな事を申し出たソフィアに、ロイが明らかに引き攣った笑みを浮かべながら、追従を述べる。
「あ……、い、いや、行動力があると言うのは、結構な事だと思いますよ? それに、男爵家の方から知らせが無かった事も納得できましたし。そうすると、乗り合い馬車の乗降場から子爵邸まではどうされたんですか?」
「勿論、歩きましたわ。服装も邪魔にならない旅装でしたので、周囲の方々からは、子爵令嬢などと見て貰えなかったのでしょうね」
「は、はは……、そうでしたか」
動揺を隠しきれないロイとは対照的に、完全に落ち着きを取り戻したソフィアは余裕の笑みを浮かべた。すると先程案内してきた侍従長がテーブルの上を確認し、デザートも終了間際なのを見て取ると、さり気なくロイに助言してくる。
「それでは皆様のお食事もお済みの様ですし、お二人ずつに分かれて、お話などをしてみては如何でしょうか?」
その提案に我に返ったロイは、些か横柄にルセリアに言いつけた。
「そうだな。ルセリア、向こうの庭園では、今はクレムントの花が盛りだろう。イーダリス殿を案内して差し上げろ」
「はい……、分かりました。イーダリス様、宜しいですか?」
「ええ、喜んで拝見させて頂きます」
言葉少なに兄の言葉に応じたルセリアが、なんとなく申し訳無さそうに自分に声をかけてきた為、イーダリスは快諾して立ち上がり、素早くテーブルを回って彼女に手を差し伸べた。その手に掴まって微妙にふらつきながらルセリアが歩き出し、イーダリスと二人で庭園の植え込みの向こうに姿を消すまでソフィアは心配そうに見守っていたが、心中ではロイに対する怒りと不快感が、刻一刻と増大していく。
(この男……、自分が歩き回りたく無いからって、体よく二人を追い払ったわね? どう見てもルセリア嬢は体調が悪そうだったのに、どこまで根性が腐ってやがるのよ!)
相変わらず笑顔は保ちつつも、ソフィアは目の前で平然と給仕にお茶のお代わりを出させているロイを、内心でばっさり切り捨てた。
一方でその様子を木の上から眺めていたサイラスは、二組に分かれた事で一瞬迷う素振りを見せたものの、その場に留まってソフィアの様子を観察し続ける事にした。
「先程も仰っておられましたが、エルセフィーナ嬢は普段は領地におられるのですよね?」
「はい、そうですが。それが何か?」
「それでは今回、王都にはいつ頃いらしたのですか?」
「はい?」
真顔での問いかけにソフィアは正直面食らいながらも、ステイド子爵邸に戻った日付を答える。
「いつ頃と言われましても……、一昨日、到着したばかりですが?」
「一昨日? そんな筈は……」
「何か御不審な点でも?」
納得いかない様な顔つきで自分を凝視してきたロイに、ソフィアは若干気分を害しながら問い返したが、彼は疑念に満ちた表情で問いを重ねた。
「ステイド子爵邸と通りを挟んでヴォーバン男爵邸がありますが、ヴォーバン男爵家は、我が家とは縁続きなんです。それで貴女が屋敷にお入りになったら、まずご挨拶に出向こうかと思いまして、ヴォーバン男爵家にステイド子爵家の馬車が入ったら教えて欲しいと頼んでおいたのですが、そのような知らせが無かったもので、不思議に思っていまして。一昨日なら男爵家の方で気付いて、教えてくれたかと思うのですが」
それを聞いたソフィアは、自分の失態を悟った。
(しまった……。確かにあの成金男爵家、門にしっかり門番を張りつかせて、道行く人に権勢を誇示しているもの。どうしよう、こっそり家に戻ったのがばれたら、なし崩し的に私の侍女奉公がばれるかも。それはまだ良いとして、下手したらファルス公爵家への借金とか、うちの窮状まで……)
殆ど気合だけで、動揺を顔に出さずに取り繕ったソフィアだったが、どう言い逃れするべきか咄嗟に思い浮かばず、頭の中が真っ白になった。しかしそこで、落ち着き払ったイーダリスの声が割り込む。
「ロイ殿。恐らくヴォーバン男爵家は、ステイド子爵家の家紋を付けた馬車が、屋敷に入るのを待っていたのではないでしょうか? だから姉がこちらに到着したのが、分からなかったのでしょう」
「は? それはどういう事でしょうか?」
今度はロイが怪訝な顔になり、ソフィアもいきなり何を言い出すのかと必死に動揺を押し隠す中、イーダリスが淡々と告げた。
「姉は我が家の馬車を使わず、領地から王都まで侍女と二人で乗合馬車で来たのです。元から行動力と好奇心が有り過ぎる人なので、両親共々困っているのですが、もう家族全員諦めているものですから」
「乗合馬車!? そんなもので、領地から王都までいらっしゃったと?」
ロイとルセリアはその話を聞いて、揃って驚愕の顔付きになったが、ソフィアは弟に感謝の目配せを送った。
(ナイスフォローよ、イーダ!! しかも乗合馬車なんて庶民の乗り物を利用する女なんて、こんな高慢ちきな男にとっては、本当に願い下げでしょうしね!)
そしてその話に、早速便乗する事にした。
「そうなんです。家の馬車で来れば勿論早くて快適ですが、その土地ごとの風物や食べ物などに、出会える事を楽しみにしておりまして。貴族にあるまじき振る舞いだとは、重々承知しておりますが」
神妙にそんな事を申し出たソフィアに、ロイが明らかに引き攣った笑みを浮かべながら、追従を述べる。
「あ……、い、いや、行動力があると言うのは、結構な事だと思いますよ? それに、男爵家の方から知らせが無かった事も納得できましたし。そうすると、乗り合い馬車の乗降場から子爵邸まではどうされたんですか?」
「勿論、歩きましたわ。服装も邪魔にならない旅装でしたので、周囲の方々からは、子爵令嬢などと見て貰えなかったのでしょうね」
「は、はは……、そうでしたか」
動揺を隠しきれないロイとは対照的に、完全に落ち着きを取り戻したソフィアは余裕の笑みを浮かべた。すると先程案内してきた侍従長がテーブルの上を確認し、デザートも終了間際なのを見て取ると、さり気なくロイに助言してくる。
「それでは皆様のお食事もお済みの様ですし、お二人ずつに分かれて、お話などをしてみては如何でしょうか?」
その提案に我に返ったロイは、些か横柄にルセリアに言いつけた。
「そうだな。ルセリア、向こうの庭園では、今はクレムントの花が盛りだろう。イーダリス殿を案内して差し上げろ」
「はい……、分かりました。イーダリス様、宜しいですか?」
「ええ、喜んで拝見させて頂きます」
言葉少なに兄の言葉に応じたルセリアが、なんとなく申し訳無さそうに自分に声をかけてきた為、イーダリスは快諾して立ち上がり、素早くテーブルを回って彼女に手を差し伸べた。その手に掴まって微妙にふらつきながらルセリアが歩き出し、イーダリスと二人で庭園の植え込みの向こうに姿を消すまでソフィアは心配そうに見守っていたが、心中ではロイに対する怒りと不快感が、刻一刻と増大していく。
(この男……、自分が歩き回りたく無いからって、体よく二人を追い払ったわね? どう見てもルセリア嬢は体調が悪そうだったのに、どこまで根性が腐ってやがるのよ!)
相変わらず笑顔は保ちつつも、ソフィアは目の前で平然と給仕にお茶のお代わりを出させているロイを、内心でばっさり切り捨てた。
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