有能侍女、暗躍す

篠原皐月

(9)陰謀の筋書き

「今回の縁談で、ルーバンス公爵家はステイド子爵家の乗っ取りを狙ってるぜ?」
「何ですって!?」
「乗っ取りって、師匠! どう言う事!?」
「ちょっと落ち着け。最後まで頭の血管が持たねえぞ?」
 思わず腰を浮かせた姉弟を手振りで座らせてから、オイゲンは淡々とした口調で説明を始めた。


「現ルーバンス公爵には、嫡出庶出合わせると、相当な数の子供が居るだろう? 娘を片付けるのも持参金の問題で大変だが、息子に領地を割いて分家を立ててやるか、どこかの跡取り娘に婿として押し付けるのも、なかなか大変なんだ。特にあそこの家は最近色々な問題が噴出して、権威がガタ落ちだからな」
「女に手を付けまくって子供をたくさん産ませたのも、認知もしなかった娘が領地爵位持ちになった途端、それを掠め取ろうと策略を弄して自滅したのも、自業自得としか言いようがないですが」
 さらりと合いの手を入れたファルドに頷き、ジーレスが後を引き取る。


「某子爵家の跡取り息子に九女を、長女に七男を押し付けた上で、婚家の跡取り息子が死亡。そうなるとその家の後継者は長女の婿に入った七男で、自然に爵位も領地も彼の物。未亡人の九女の扱いは婚家で責任を持つ事になるから、その後の彼女の生活費は一切婚家持ち。ルーバンス公爵家は対面を損なわず身銭も切らずに九女を厄介払いし、七男に財産と肩書を持たせて一件落着という胸算用らしいな」
「ご都合主義も、ここに極まれりって奴だ」
「この場合、跡取り息子が死ぬ原因って、絶対自然死じゃないよな? 嫁さんが殺るか、嫁さんに付いて来た使用人が殺るか、何か贈られた物に物騒な物を仕込むか」
「…………」
 あまりと言えばあまりな内容を、年長者達が冷静に語り合っているのを聞いて、イーダリスは顔色を無くして黙り込んだが、それとは逆に、ソフィアは怒りで顔を赤くしながら怒声を放った。


「あんの、ど腐れ一家!! ふざけんなよ!? 全員纏めて綺麗さっぱり、あの世に送ってやろうじゃねぇか!!」
「ソフィア。それ位に」
「でも!! 頭領!!」
 思わず汚い言葉遣いで、ルーバンス公爵家の面々を罵倒した彼女を、ジーレスが穏やかな口調で宥める。しかし注意を受けてもまだ納得しかねる顔付きの彼女に、ジーレスは薄笑いを見せながら、尚も静かに言い聞かせた。


「そんなろくでもない連中なら、死んでも神様の前に行ったりしないだろう。というか、目の前に送り込まれたら神様だって迷惑だ。そんな事を口にするのは止めなさい」
「……それもそうですね」
 瞬時に大人しくなったソフィアの急変ぶりにも驚いたが、サイラスは先程一瞬ジーレスが見せた酷薄な笑みを目の当たりにして、全身が総毛立った。


(お、おいっ! さっきのジーレスさんの表情、寒気がしたんだが!? それにソフィアが、今度はジーレスさんの事を『頭領』って……。一体、どう言う関係なんだよ?)
 益々混乱してきたサイラスだったが、そんな彼には全く構う事無く話が進んだ。


「二人とも。今の話は、私達が色々ルーバンス公爵家の内外を探ってみて、導き出した推論に過ぎないんだ。だから本当のところは公爵家が二人の人柄や子爵家の環境を見込んで、善意から縁談を申し込んできたかもしれないんだが……」
 慎重にジーレスが口にした内容を、当事者二人が言下に否定する。


「それはありえません。俺はルーバンス公爵を初め彼女以外の公爵家の人間に、一度も会った事がありませんし」
「まともに考えたら、何年も領地に引き籠っている設定の売れ残り年増女に、縁付けしたがりませんよ。ネリアがとっくに結婚していて良かったわ。七男と同じ年だし、独身だったら絶対あの子の方に話が来てたわね」
 きっぱりと言い切った二人をどこか面白そうに眺めながら、ここでジーレスが問い質した。


「さて、それでは君達はどうする? これはステイド子爵家にもたらされた縁談だから、私達がその決定に口を挟む余地は無いしな」
「勿論、何としてでも断ります! こんな人を馬鹿にした話。そうよね? イーダリス?」
「…………」
「イーダ?」
 打てば響く様に応じたソフィアとは対照的に、何故かイーダリスは難しい顔で黙り込んだ。それを不思議に思ったソフィアが声をかけると、彼は思い切ったように姉に向き直って、きっぱりと断言する。


「姉さんを巻き込んでしまって悪いけど、見合いは受けるつもりだ」
「イーダ!?」
「少なくとも彼女は、自分の夫を平気で毒殺するような人間じゃない。例え言い含められたとしても、実行する事はないよ。そういう人だ」
 思わず非難がましい声を上げた姉に言い聞かせるように、イーダリスは落ち着き払って断言した。しかし到底納得などできる筈が無いソフィアは、声を荒げて言い返す。


「ちょっと! 一回だけ、しかもちょっと顔を合わせただけの人間を、どうしてそこまで信用できるのよ!?」
「俺の勘って言ったら、姉さんは激怒するよな」
「当たり前でしょう!?」
 苦笑しながら告げた弟に、ソフィアの怒りは増大した。そしてそんな展開を十分予想していたのか、ジーレスは淡々と、オイゲンはほくそ笑みつつ、ファルドは難しい顔をしながら姉弟の会話を見守る。当然サイラスもハラハラしながら、事の成り行きを窺った。



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