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篠原皐月

(4)あからさまな不正

 その宣言を受けて、アンドリューがスラリと細身の剣を抜き放ち、そのまま藍里に切りかかってきた。


「親兄弟同様、生意気で目障りな小娘が!! 魔術抜きで切り刻んでやるぞ!」
「はっ、冗談でしょ!」
 藍里は避けもせず、一歩足を踏み出しながら相手の軒先を凪払い、流れる様な動きで彼の眼前に刃先を突き出す。それをアンドリューは後ろに跳び退いて辛くもかわしたが、その時藍里は異常を感じた。


(何? 今の一瞬変な感じは?)
 その違和感をゆっくり検討する暇もなく、アンドリューが口汚く罵りながら、呪文を口にした。


「くたばれ! この恥知らずの小娘が!! ジェス、ガゥ!」
 腕ずくだと容易では無いと見て魔術戦に持ち込む気かと、藍里は自分目掛けて一直線に飛んできた複数の炎の刃を横に跳んでかわしつつ、雷撃で反撃しようとしたが、その呪文詠唱が不自然に途切れた。


「リァン、キー、……っ!」
(重い? ついさっきまでは、普通に歩けていたのに!?)
 辛うじて炎をかわす事ができたものの、藍里が頭の中で想定していた距離の半分も跳べなかった。その為紐で括ってあった袂の一部が焦げ、藍里は即座にその周囲に空気中の水分を凝縮させて消火する。その間にアンドリューは一気に距離を詰め、再度彼女に切りかかってきた。


「ほらほら! 大口叩いていた割には、手も足も出ないだろうが!? だから極東の田舎育ちは、口だけが達者だって言われるんだよ!!」
(確かに母親が減らず口を叩くタイプの人間で、相手を煙に巻くのが得意だけどね)
 大振りな動きと同時に、衝撃波も放ちつつ接近戦に持ち込んできたアンドリューに、藍里は咄嗟に呪文を唱えて防御壁を張りつつ、薙刀の強化してある柄で剣の切っ先を受け止め、何とかかわし続けた。それと並行しながら、冷静に状況判断を続ける。


(身体の動き、特に足の重量感は、気のせいじゃないわ。競技場の地面に、明らかに何かの魔力が介在してる。これじゃあ多分、草履を脱いでも無駄か。足袋だけになった途端、余計に攻撃を受けそうよね)
 そこでアンドリューが急にある程度の距離を取ったと思ったら、剣を振り下ろしつつ声高に呪文を唱えた。


「クラン、ダエム、リ、エラ!」
「ユーデル、フィス、コ、タル!」
 相手が敢えて距離を取った事で、次の攻撃の予想が付いた藍里は、慌てずに対抗する為の魔術を展開させる。その読みは当たり、藍里を中心とした半径3メートル程の範囲の地面が一斉に燃え上がったが、彼女の半径1メートルの範囲だけは耐熱耐圧ガラスの上に藍里が乗っている様に、その縁から炎が逃げる如く燃え上がった。


(間違い無い。歩けなくなる程の足止めだと明らかに他の人間にバレるから、身体が重く感じる程度に拘束するタイプの魔術かしら?)
 そして次の攻撃に備える為、油断無く薙刀を構え直しながら、観客席から遠巻きに自分達を眺めている者達を、さり気なく観察してみる。すると対戦相手のアンドリューの一族郎党と同様に、審判が四人とも薄笑いしているのを見て、藍里は推察した。


(あの嫌らしい笑い……。観客席から直接何か仕掛けるのは難しそうだし、やっぱり実際にやってるのは審判?)
 そこで藍里は変わらずアンドリューからの攻撃をかわしながらも、密かに基樹から伝授されていた、来住家に伝わる魔術を行使してみた。


「流、表、陣、明……」
 すると藍里だけに感知できる細い光の糸が、自分の足元の地面から四方に伸び、四人の審判の要る場所に繋がっているのが確認できた。


(ビンゴ。れっきとした審判が、贔屓するだけじゃなくて、堂々と文字通り人の足を引っ張るとはね。恐れ入ったわ。当然、私がこの場で不正を訴えても、すぐに証拠を残さず魔術を解除できて、試合を理由もなく中断させたとして、処罰されるのは私の方って筋書きかな?)
 もはや怒るのを通り越して藍里が呆れ果てていると、開始直後から傍目には攻撃をかわすだけで精一杯の彼女に向かって、アンドリューが勝ち誇った表情であざ笑いながら、次々と剣を繰り出してきた。


「何だ、まともに試合をする気は無いのか? ご臨席頂いた公爵閣下に対して、不敬な事だよなぁ? これだから田舎者は、礼儀を弁えなくて困る」
 しかしそれに無駄に言い返したり、不用意に挑発に乗ったりはせず、藍里はひたすら無言でこれ見よがしな攻撃をかわし続けた。


(あんたの減らず口も相当だと思うわよ? 動きも無駄が多いし、これで最上位のディルだなんて、レベルを疑っちゃうわ)
 心の中で悪態を吐きつつ、藍里は上空から降ってきた火矢を跳ね返しながら、冷静に考える。


(まあ、母さんと悠理の腕前はともかく、事前に手合わせして貰ってジークさん達の力量を知ってるから、変な誤解をしないで済んだけど)
 そんな事を考えたのは、試合開始から十分ほど経過した頃だったが、この頃になると観客席のルーカス達にも、さすがに彼女の異常に気が付いた。





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