ようこそリスベラントへ

篠原皐月

(2)早くも登場

 着替えを済ませた藍里達は、この間扉の前で控えていた侍女に案内されて、リスベラントに出向く者が待機する為の待合室に足を踏み入れた。広々とした部屋に三組の応接セットがL字型に配置され、ルーカス達がその中の一つに落ち着いて寛いでいるのを認めた彼女達は、そこに歩み寄って軽く頭を下げる。


「お待たせしました」
「ああ、待たされたな」
 即座にルーカスから返って来た台詞に、着慣れない裾の長いドレスに苦労しながら廊下を進んできた藍里は、流石に腹を立てた。しかしそこですかさずウィルが、取り成す様に会話に割り込んでくる。


「殿下。そういう事を口にするものではありませんよ。第一、女性の身支度には時間がかかるのは、古今東西変わりの無い事実です。お二人とも、素敵ですよ?」
 そう言ってにこやかに褒めてきたウィルに、半分以上社交辞令だとは思いながらも、藍里は素直に頭を下げた。


「ありがとうございます」
「まずは少し、休憩して下さい」
 立ち上がりながら藍里達に席を勧め、自分は立ち上がってソファーのワゴンにむかったジークに、藍里は怪訝な顔を向けた。


「え? 時間は大丈夫なの?」
「はい。着替えの時間を見越して、予定には余裕を持たせておりますので。あと二十分程は大丈夫かと」
「そうでしたか。それなら良かったです」
(それなら遅いとか何とか、顔を合わせてすぐに嫌味を言わなくても良いじゃない)
 ポットにお湯を入れながらジークが説明した内容を聞いて、藍里はますます気分を悪くした。スタンドカラーで僅かに肩口が膨らんだシャツに、足にフィットしたズボンは明らかに現代風の装いとは異なり、それが不思議と様になっているなと思ったが、似合うなどと言って誰が喜ばせるかと藍里はそっぽを向く。


(まあ、腐っても公子様だし? そんな褒め言葉なんか聞き慣れてて、私が言っても微塵も感銘を受けないとは思うけどね!)
 そんな事を考えて、些か自棄になってジークから手渡されたティーカップの中身を飲んでいると、少ししてルーカスがどこか落ち着かない素振りで組んでいた足を解き、ジークに向かって真顔で申し出た。


「なあ、ジーク。予定を早めて、さっさと向こうに行かないか?」
 それにジークとウィルは、困惑半分、諦め半分の表情で応えた。
「そうは言われましても、双方の扉管理者の了解を取り直す必要がありますので。それにあの方も、そんなに暇ではないと思いますが」
「気持ちは分かりますが……、ここでジタバタしてもどうにもなりませんよ」
 そんなやり取りを聞いた藍里は、隣に座ったセレナに小声で尋ねた。


「何? ルーカスは何か急いでリスベラントに行かなきゃいけない理由があったの? それならさっきの嫌味も、少しは納得できるけど」
「いえ、そうではなくて、できるだけこの場に留まりたくないと言いますか、長居するだけ面倒事に遭遇する可能性が高まると言いますか……」
「面倒事?」
 セレナが困った顔で言葉を濁していると、廊下に続くドアがノックされたと思ったら、黒の上下に身を包んだ執事風の男性が恭しく頭を下げてからお伺いを立ててきた。


「失礼します、ルーカス殿下。アメーリア殿下がこちらにいらっしゃいまして、ルーカス殿下とアイリ嬢にご挨拶をされたいと仰られておりますが、どういたしましょうか?」
 一応確認を取る形にはなっているものの、実際には単なる通達でしかないその台詞に、ルーカスは辛うじていつもの顔を取り繕って応じた。


「……分かった。お通ししてくれ」
「畏まりました」
 そして男が扉の向こうに姿を消すと同時に、ルーカスが苦々しい顔付きになって恨み言を漏らす。


「だから、さっさと行こうと言っただろうが……」
「予想以上にお暇だったみたいですね」
「あの方なら例え俺達の滞在時間が五分でも、嫌味を言いに現れますよ。諦めて下さい、殿下」
 さすがにジークもウィルもうんざりした顔付きになったが、そんなやり取りを見た藍里は、容易に事態を察する事ができた。


「……やっぱり来ましたね」
「面倒事って、アメーリア殿下の事なの?」
「はい」
「そりゃあ婚約者の対戦相手となれば、アメーリアさんにとって私は面白くない人間だと思うけど」
 それ位は分かっているけど的な顔になった藍里だったが、セレナは怖い位真剣な顔付きになって念を押してきた。


「アイリ様は必要最低限の挨拶だけして、黙っていて頂けますか? 後の対応は私達がしますので」
 その気迫に若干押されながら、藍里は素直に頷く。
「うん、勿論それは任せるけど……。もう穏便に済むだなんて、楽観的な事は思っていないから、無理しないで良いわよ?」
「はい。畏まりました」
 藍里に気遣って貰った事が嬉しかったのか、セレナは若干顔を綻ばせて会釈した。そこで先程下がった執事が再びドアを開け、声高に告げる。


「アメーリア殿下がいらっしゃいました」
「お通ししてくれ」
「どうぞ、お入り下さい」
 ルーカスの了承の言葉に、執事が何歩か下がってドアを大きく開けるのが見えた。その空間を通って、一人の二十代半ばに見える女性が入室して来る。
 緩やかに波打つ栗色の髪に、薄い水色の瞳。身に着けているワインレッドのシフォンワンピースは、歩く度に引き絞ったウエストから幾重にも重ねられた裾が緩やかに揺れて、彼女の顔立ちと共に品の良さを感じさせたが、険悪な表情を隠そうともせずに睨みつけてきては、その上品さも台無しだった。


(うっわ、今すぐこの人の前に姿見を持って来て、自分がどんな顔をしているか見せてあげたい)
 藍里がある意味呑気にそんな事を考えていると、アメーリアは無言で五人の方に歩み寄り、その間に全員ソファーから立ち上がって彼女を待ち受けた。そして近くまで来て足を止めた彼女は、その顔に一応笑みらしきものを浮かべながら、ルーカスに声をかけた。



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